Recipe Note ~ シナモン・コーヒー/パンケーキ
本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。ウッドフォード行き最終列車は、16時の出発予定です。改札は、出発の10分前を予定しておりますので、ご乗車のお客様は、改札口横にございます待合室にてお待ちください。
―― なお、お待ち合わせの際には併設の喫茶店『ツバメ』もどうぞご利用ください。
※これまでに登場した料理のレシピ紹介を兼ねた番外編です。
ある夜、静まり返った喫茶店『ツバメ』のキッチンにタクミの姿があった。
テーブルに置いたランプの揺らめく炎が手元をほのかに照らす中、タクミは一人静かにノートにペンを走らせている。
そこに、一人の影が近づいてきた。壁に写された影には、頭に三角形の山が2つついている。この店の看板娘、ニャーチがやってきたようだ。
「ふにゃ? 遅くまで何してるのにゃ?」
「ん?ああ、ニャーチ降りてきたのねー。これをまとめていたんだよ。見る?」
タクミはそう言うと、手元のノートをニャーチに見せる。ニャーチは首をかしげながらもノートに記された文字を視線で追っていった。
「……んー、料理のレシピなのな?」
「うん、改めてまとめ直そうと思ってね。ほら、ロランドも随分しっかりしてきたし、ルナちゃんも料理に興味を持ってくれたみたいだしね。こうしてまとめて置けば、自分で練習もできそうでしょ?」
「なるほどなのなー。それで遅くまでこっちにいたのなっ。でも、ちょっとさびしいのなっ!」
そう言うが早いか、タクミの背中にニャーチがとびかかる。テーブルにペンを滑らせそうになったのを何とかこらえ、タクミがたしなめた。
「こらっ!ペンを持ってるときは危ないことをしてはダメでしょっ!」
「にゅー。ちょっとしたスキンシップだったのに……。ところで、これちゃんと読んでもいいっ?」
「いいよー。ちょうど切りが良いところまで書き終わったところだしね」
タクミはそういうと、改めてノートをニャーチに渡す。するとうれしそうな笑顔を見せたニャーチが、タクミを押しやるようにしながら椅子の右半分に腰を掛けた。
「ったく、狭いんだからあっちの椅子に座ればいいのに……」
「これでいいのなっ! 寒いからくっついていたいのなっ!」
タクミがこぼした言葉を気にする様子もなく、ぐいぐいと身体を寄せてくるニャーチ。仕方ないなぁ……とつぶやきながらも、タクミは、ニャーチが座りやすいよう左に移動するのであった。
「やっぱり最初はシナモン・コーヒーなのなねっ!」
表紙をめくった最初のページにあったのは、喫茶店『ツバメ』に欠かせない飲み物のレシピだ。
「そうそう、うちの看板だからね。どうだろう?これで分かるかな?」
「ちょっと待つのなっ!今読むのなっ!」
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■シナモン・コーヒー (10杯分)
<用意するもの>
・コーヒー豆(炒って挽いたもの) 80~100g (好みで調整)
・シナモンスティック 1~2本 (好みで調整)
・水 2リットル
・砂糖 適量(1杯に対して小さじ1~2杯ぐらい)
※あれば黒糖の塊がベスト
<作り方>
1. 大き目の鍋に水を張り、シナモンスティック、砂糖を入れて火にかける
2. お湯が沸くまでの間にコーヒー豆を用意する
3. 鍋のお湯が沸騰したら、コーヒー豆を一気に全部入れる
4. すかさず火から降ろす。
5. 豆がぐるぐると沈んだところで、出来るだけ細かい網で濾しながら容器に移す
<ポイント>
・必ずシナモンスティックで作ること。シナモンパウダーだと辛くなります!
・豆や砂糖の量は何度か練習して加減してみてください
・さらし布で濾すと、粉っぽさがとれておいしく仕上がります。
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レシピを読み終えたニャーチは、うーんと唸りながら難しい顔を見せる。
その様子に気づいたタクミが、思わず声をかけた。
「ん? 何か分かりにくいところあった?」
タクミの質問に、ニャーチは首をふるふると横に振ってから答える。
「違うのにゃっ。作り方自体はわかりやすいのなっ。でも、これでは量が多すぎるのなっ! お店用なのなっ!」
「ん?それって、どういうこと? お店用のレシピじゃ拙かった?」
ニャーチの指摘の意図がつかめず、首をかしげるタクミ。やれやれといった様子で、ニャーチがさらに言葉を続けた。
「だから、この量だと一杯出来すぎちゃうのなっ! 例えばルナちゃんがお店をお手伝いするときならこれでいいのなっ。でも、ルナちゃんがお家で作ろうと思った時だと、このレシピでは困っちゃうのなっ! 将来のルナちゃんが誰かに作ってあげられるように、ちゃんと少ない量のも書いておくといいのなっ!」
力説するニャーチの言葉を、タクミはふむふむと頷きながら聞いていた。
確かに言われてみればそうだ。何もレシピを用意するのはお店のためだけではない。
ルナにしてもロランドにしても、ここ以外でその腕前を披露する機会はこれからもっと増えるだろう。
どうせレシピを纏めるなら、いろんな場面で使える方がいい。
「確かにニャーチの言う通りだね。そうしたら、こうしたらどうかな?」
お礼代わりにじーっとこっちを見つめているニャーチの頭をポンと撫でてから、タクミはレシピノートへ再びペンを走らせた。
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■シナモン・コーヒー (10杯分/2杯分)
<用意するもの>
・コーヒー豆(炒って挽いたもの) 80~100g / 20g前後 (好みで調整)
・シナモンスティック 1~2本 / 3分の1本ぐらい (好みで調整)
・水 2リットル / 400ml
・砂糖 適量(1杯に対して小さじ1~2杯ぐらい)
(以下略)
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「作り方は一緒だから、こうやって少ない量の時の分量も書いておけばいいよね」
「うん、これでばっちりなのなっ!」
確認するように話すタクミに、ニャーチは親指と人差し指で丸を作り、頬の横にポンポンと当てた。
満足げなニャーチの様子に、タクミもうんと一つ頷く。
「じゃあ、次のページも見てもらっていい?」
「おっけーなのなっ!次はどんなのかにゃー?」
ノートの端をそっと摘まむと、なぜだが仰々しくページをめくるニャーチ。次のページに書かれていたのは、時々作る“お子様ランチ”の定番メニューだった。
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■パンケーキ (2~3枚分)
<用意するもの>
・アロース粉 80gぐらい
・マイス粉 80gぐらい
・ビカルボナート 小さじ1
・卵 1個分
・砂糖 または ミエール 大さじ2前後(好みで調整、多めが良い)
・塩 少々(1~2振りくらい)
・牛乳 150mlぐらい
・コルザ油 小さじ1ぐらい
・バター 適量(少な目でOK)
<作り方I -生地づくり>
1. 卵をボウルに割り入れ、泡立て器でしっかりと泡立てる
2. 泡立てた卵液に、砂糖、ビカルボナート、牛乳を合わせ、さらに混ぜる。
3. アロース粉とマイス粉を一緒にふるいにかけながら、何度かにわけてふるい入れる
4. 生地の硬さを確認しながら、空気を含ませるようにさっくりしっかり混ぜる
5. 気持ち緩いぐらいのイメージまでトローッとしてきたら、コルザ油を入れて、さっくりと合わせる。
<作り方II -焼き上げ>
1. 中火で温めたフライパンに、さらし布でこすりつけるようにしながらバターをごく薄く引く。
2. 生地をレードルですくい、フライパンの真ん中へ静かに流し入れる。
3. 生地の端が少し乾いてきて表面にポツポツと気泡が出始めたら、フライ返しでひっくり返す。
4. しばらく置いて両面をこんがりと焼き上げる。
5. 両面に適度な焼き目が出来れば完成。心配なら串を刺して生の生地がつかないかどうかを確認する。
<ポイント>
・手間をかけるなら、黄身と白身をわけて白身をメレンゲにしてから黄身と混ぜるとよりふんわりします。
・アロース粉の代わりにソハ粉でもOKです。マイス粉は細粒のものをつかうこと。
・ミエールやシロップ、バター、ホイップクリーム、ジャムなどを添えてどうぞ。
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「あれ? なんか昔の作り方と違う気がするのなっ?」
レシピをふんふんと読んでいたニャーチが上げた疑問の声に、タクミが答える。
「そうなんだよね。前はアロース粉がなかったからソハ粉を合わせてたんだけど、試してみたらアロース粉で作った方がふわもちに仕上がっていいかなーって」
「なるほどなのなーっ! 知らないうちに進化してたのなっ!」
「まぁ、これもソフィアさんのおかげだね。感謝しないとね」
小麦粉が無い“こちらの世界”では、料理をするにも随分と苦労をさせられていた。
しかし、ソフィアとの縁がきっかけで手に入るようになったアロース粉のおかげで、その悩みも随分解消することができるようになった。
最近は、アロース粉とマイス粉を同量ずつ混ぜて使うことが多い。こうすることで薄力粉に近い感覚で使うことが出来るためだ。
もちろん薄力粉とは違ってグルテンが含まれないため全く同じとはいうわけにはいかないが、それでも様々に応用しやすいのはタクミにとって大変有り難いものであった。
タクミが想いにふけっていると、ニャーチがふと何かに気づいた様子を見せながら声をかけてきた。
「でも、几帳面なごっしゅじんにしては、分量がすごくアバウトなのなっ。これで大丈夫なのなっ?」
「そうなんだよね。もう少し正確に書いてもいいかなとは思うんだけど、料理している時って割と見た感じや手に伝わる感触で調整しているから、あんまり細かく書けないんだよね。この辺はロランドやルナに頑張ってもらうしかないかなぁ」
「なるほど、そーいくふーなのなっ!」
真剣な面持ちでしてふむふむと頷くニャーチ。ちゃんと理解できたのかどうなのか……タクミは苦笑するしかなかった。
そんな時、ニャーチが突然思いついたように声を上げた。
「そうなのなっ! ここにお絵かきしたいのなっ! 」
「え?お絵かき? うーん、これ割と頑張って作ったんだけどなぁ……。何を描きたいの?」
折角まとめたレシピを落書き帳にされては、タクミとしても困ってしまう。しかし、ニャーチの様子を見る限り、普段の落書きとは違うようだ。タクミはとりあえず次の言葉を待った。
「あのねあのねっ、レシピを絵でも描いておくのな! そうするともっと分かりやすくなるのなっ!」
自信に満ちた笑顔で言い切るニャーチ。
確かに、レシピというものは文字だけでは伝わりにくいところがある。そこに挿絵で様子を伝えることができれば便利であろう。
ただ、その挿絵をタクミ自身が描き上げるのは現実的ではなかった。なぜなら、タクミは絵を描くことだけは大の苦手であったからだ。
そうなると、挿絵を入れるなら絵を描くのが得意なニャーチに委ねるのが適切であろう。タクミはこっくりと頷いた。
「そうしたら、描いてほしい絵を説明するから、描くのはお任せしていい?」
タクミの言葉に、ニャーチは手を額にかざして元気よく了承の言葉を返す。
「あいあいさーなのなっ! じゃあ、ちゃんとしっかり描くから、今から三時間ちょうだいなのなっ!あと、サンプルを今すぐ用意するのなっ!」
その言葉の直後、壁にかけてある柱時計からボーンボーンボーンと鐘の音が聞こえてきた。その数実に10回。普段ならとっくに寝ている時間だ。
「……ごめん、もう遅いから明日以降でお願いしていい? さすがにそろそろ眠ないとね」
タクミに却下されたニャーチは、ぷぅと頬を膨らませて抗議する。
「むぅ、自分は一人で遅くまでかきかきしていたのに……。でも、仕方が無いから寝てあげるのなっ!一緒に二階にいくのなっ!」
そういうと、ニャーチはタクミに腕を絡め、引っ張るようにして立ち上がった。タクミも、やれやれといった調子で引きずられるように席を立つ。
「はいはい。じゃあ、後片付けだけはさせてね」
席を立ったタクミがニャーチの頭をポンと撫でると、ニャーチはニャーと嬉しそうな声を上げた。
いろんなことを考えながらまとめ始めたこの“レシピノート”。出来ることであれば、ロランドが独立したり、ルナが嫁入りするときのような“幸せな形”で役に立ってほしい ―― そう心の中でつぶやきながらノートを畳むタクミであった。
《レシピに関する補足》
上記でご紹介したマイス粉は、現代日本では目が粗い方から「コーングリッツ」「コーンミール」「コーンフラワー」の3種類が販売されております。
このうち、喫茶店『ツバメ』にて使っているマイス粉は、最も細挽きの「コーンフラワー」に相当します。もし試作される場合には、お間違いの無いようにお願いいたします。
ちなみに、“コーンスターチ”はマイス粉とは全く別のもの(片栗粉に近い物)になりますので、ご注意ください。




