29 大みそかと年越しの料理(1/2パート)
本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。この列車は当駅が終点となります。改札口にて乗車券を拝見いたします。到着いたしました列車は車庫に入ります。お手荷物などお忘れ物がございませんよう、ご注意をお願いいたします。
―― なお喫茶店『ツバメ』では、12月31日と1月1日の両日をランチ営業のみとさせていただきます。予めご了承ください。
“こちらの世界”でもいよいよ大晦日の夕方を迎えていた。傾いた日が煉瓦造りの駅舎の壁を赤く染めている。
“こちらの世界”では新年の初日こそ休日とされているが、翌日からは普段通りに仕事が始まるのが一般的だ。大きなイベントもなく、先日のポサダや聖誕日までの賑わいに比べると非常にあっさりとした印象を受ける。
それでも、街の中心部ではコンサートが開かれたり、教会では夜通しでミサが行われたりと、新年の到来を祝福する人たちで賑やかさを増していた。
一方、駅舎周辺は静かな年末を迎えていた。
帰省や旅行もポサダの期間に合わせて行われることが多く、年末年始は普段よりも列車を利用するお客様も少ない。
年中無休で営業を続ける駅舎において、年末年始は比較的ゆっくりとできる数少ない時期でもあった。
駅舎に併設している喫茶店『ツバメ』も同様だ。
客足が少なくなるため大晦日と新年初日はランチタイムのみの短縮営業、メニューも普段のモーニング程度へと絞っている。
キッチンの大掃除があるために、大晦日の今日はロランドにもお昼まで出勤してもらっていたが、明日はお休みだ。
そして今、きれいに清められた『ツバメ』のキッチンにて、タクミが一人静かに新年を迎えるための準備を進めていた。
キッチンテーブルの上には、小皿や鉢に取り置かれたいくつかの料理が並べられている。
新年用の“おせち”にと、営業の合間を縫いながらタクミが用意していた料理だ。
その出来栄えを一つずつ確認し、見栄えよく映るように意識しながら、重箱代わりの箱皿へと料理が盛り付けられる。
箱皿の中央を陣取るのはきれいに焼き上げられたローストビーフだ。薄くスライスされたローストビーフは、断面からきれいなピンク色を覗かせている。
ローストビーフの隣に並べられているのは、もう一つのメインである大きなランゴスティノ。
頭をつけたまま塩ゆでされたランゴスティノは、その身にはっきりと紅白の縞模様を移しだし、新年らしい鮮やかな彩りを演出していた。
この他、メインの二品の周りを囲むようにオードブルとして出されるような料理の数々が並べられている。
その中には、タクミが工夫して作り上げた“おせち”らしいものも見受けられた。
例えば、艶やかに輝いている赤い豆は、“こちらの世界”でよく食べられているフディーアと呼ばれる豆を甘く炊いたもの。こちらでは手に入らない黒豆の代わりに用意されたものだ。
伊達巻の代わりとされているのは、ふんわりと焼き上げられた甘い玉子焼き。こちらはメレンゲとランゴスティノのすり身を合わせ、厚焼き玉子の要領で焼き上げたものだ。
商売繁盛や金運を願って作られる栗きんとんは、保存しておいた甘煮のカスターニャと、蒸かしてから潰して餡にしたカモテを合わせたものだ。
ラバーノやサナオリアの千切りワインビネガーと砂糖で作った甘酢に漬け込んで用意した紅白なますには、刻んだナランハを合わせて爽やかな柑橘の風味を加えている。
これら以外にも、塩漬け肉のパテやカバージャのマリネ、数種類のチーズの盛り合わせといった“こちらの世界”で馴染み深い食材も順に並べられた。
一見するとパーティーのオードブルプレートのようでもあり、日本にいた頃のような“おせち”とはずいぶん趣が異なるようにも感じられる。
しかし、これも新年を祝う立派な“おせち”だ。“こちらの世界”で手に入る限られた食材の中で作り上げた“おせち”を、タクミは気持ちを込めながら一つ一つ丁寧に盛り付けていった。
(こんな感じでよさそうですね……)
用意しておいた料理を箱皿いっぱいに詰め込んだタクミは、一歩離れたところからその仕上がりを確認する。赤や黄色を中心に彩りよく盛り付けられた“おせち”は、とても華やかなものに仕上がっていた。
入りきらなかった料理が少し残ってしまったが、これは今夜の夕食の時に一緒に食べてしまえばいいだろう。
タクミは、箱皿と対になる蓋を出来上がった“おせち”にかぶせると、涼しい食料庫へと運び入れた。
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おせちの準備を終えたタクミは、いよいよ今日の夕食の準備にとりかかった。
大晦日の晩に頂く“年越し料理”は毎年決まっている。“年に一度の大ご馳走” ―― タクミが日本にいた頃から毎年欠かさず食べていた『一年のご褒美の料理』を今年も用意していた。
食料庫から運び入られた年越し料理用の食材が、キッチンテーブルの上にそっと置かれた。
(もう三度目の新年になるのですね……)
食材に包丁を入れながらこの一年に起こったことを振り返るタクミ。
今年はいろいろと“変化”と“成長”が感じられる年となった。
“こちらの世界”に迷い込んだ後、駅舎を利用するお客様や街の人たちの憩いの場になればと始めた喫茶店は、すっかりこの地に根付くことができた。
店へ足を運んでくれるお客様も随分と増え、毎日忙しくさせてもらっている。一番弟子のロランドも今年は大きな成長を見せ、今では貴重な戦力として欠かせない“右腕”となった。
一方、駅舎の仕事については、“駅長”の計らいにより新たにテオという部下を迎え入れた。
これまでどおり“駅長代理”としてきちんと責任は負っていくものの、実際の仕事そのものはある程度テオに任せることが出来るようになってきている。
最初に来た時はどこか気乗りしなさそうな態度を見せていたテオだったが、駅舎で直接お客様と接する仕事で鍛えられ、最近では前向きに仕事に取り組んでくれているようだ。
時々ポカミスを起こすこともあるのでまだまだ細かく目を配っていく必要は感じるが、それでも最初の頃に比べればずいぶんとしっかりしてきた。来年は安心して仕事が任せられるレベルまできっと成長してくれるだろう、タクミはそう感じていた。
(それにしても、今年も本当にいろんなご縁に恵まれました……)
タクミの思いは、喫茶店や駅舎に集う人々へと移っていく。
特に、喫茶店の営業については本当に多くの人に支えられているとタクミは感じていた。
毎朝新鮮な食材を届けてくれるガルドや美味しいコーンブレッドを提供してくれる職人サルバドールには、今年も大変お世話になった。
機械工ギルドのグスタフの力も大きい。新しい料理を作りだすために必要となる道具たちは、彼の力が無ければ作りだせなかったものも多い。
タクミ自身が“知識”や“アイデア”を持っていても、実際にそれを形にできたのはグスタフの力があってこそだ。
また、今年はお客様との縁も深く結びついた年となった。
その中でも、博覧会の開催と前後して結ばれたソフィアやサバスとの縁は大変貴重なものだった。
これまで欲しいと思っても手に入れることが出来なかった多くの“食材”を手に入れることができるようになったのも、行動力溢れるソフィアと幅広い人脈を有するサバスのおかげだ。
その中でも、アロース粉が安定的に手に入るようになったのは、タクミにとって非常に喜ばしいものであった。
小麦粉が手に入らない“こちらの世界”で、マイス粉とともにアロース粉を使えるようになったことで、料理の幅がいっそう広げられるようになった。
また、夏ごろから供給を受けられるようになった“氷”のおかげで、食品の保存についても心配を減らすことができた。
今やツバメの名物料理となり、さらに客足を伸ばす大きな原動力となった“パト”が入手できるようになったのも、ソフィアやサバスの力の賜物であった。
二人の他にも、ツバメを中心とした縁は広がっている。
新聞売りのフィデルは、サンドイッチの街売りを通じて『ツバメ』の縁を広げてくれている。
リベルトのように、わざわざ遠くから『ツバメ』を訪れてくれるお客様とも縁をつなぐことが出来た。
ひょんなきっかけからルナという新しい“家族”も迎え、駅舎はますます賑やかになっている。
最初は“駅長”から結ばれた小さな縁。
右も左もわからず、途方に暮れていた自分たちを支えてくれたその縁は、時間ととともに次々と結ばれていき、さらに広がっていた。
本当に感謝しなければならない。
今年お世話になった方々の顔を思い浮かべては、タクミは心の中で言葉を紡いでいった。
※第2パートに続きます。




