28 聖誕祭と初めてのケーキ作り(3/3パート)
※2015.12.10 22:00更新 3/4パート
※第1パートからの続きです。まだお読みでない方は第1パート(前々話)よりお読みください。
翌日、私学校でのポサダのパーティーには、学校に通う子供たちが集まっていた。みんな机の上に並べらえたいっぱいのご馳走に目を輝かせている。
その机には、一ヶ所だけ大きなスペースが開けられていた。
何が運ばれてくるんだろうとワクワクした様子で友達同士言い合っている子供たちに、イザベルが大きな声で話しかける。
「はーい、皆さーん。今日は皆さんのためにケーキという大きなお菓子をいただきましたーっ。それでは、早速運んできてもらいますので、通路を開けてくださいねーっ」
イザベルの言葉を合図に、子供たちが教室の入口に続く通路をさっと開ける。イザベルの手で扉が開かれると、そこにいたのは大きな銀色のプレート皿をかかえたルナの姿があった。
両手をいっぱいに広げて支えているプレート皿に、イザベルがそっと手を添える
二人は転ばないようゆっくりと慎重にプレート皿を運び入れた。
プレート皿の上には全体を覆うように大きな丸い蓋がかぶせられおり、“ケーキ”の姿を見ることはできない。
―― ねぇねぇ、ケーキってどんなのだと思う? ―― フランとは違うのかな? ―― お菓子って言ってたからきっと甘いんだよ! ―― そっか、そしたらおれ一番大きいのとっぴ! ―― あ、ずるーい!ちゃんとみんなで分けなきゃだめなんだよー!
子供たちが大きな皿を見上げながら口々に言い合っていた。
机に用意しておいた中央のスペースまで運ばれると、再び子供たちに向き直したイザベルから声がかけられた。
「では、みなさんこちらへ集まってくださーい」
イザベルの言葉を合図に、子供たちがわっと駆け寄る。想像を大きく広げた子供たちが、ワクワクとしながら先ほど運ばれたばかりの大きなお皿を見つめる。
「では、ルナさん、皆さんに見せてあげてくださーい」
ルナは一つ頷いてから慎重に蓋を持ち上げた。
その瞬間、子供たちのざわめきが、どよめきへと変わった。
皿の上に載せられていたのは、太く巻かれたロールケーキだ。
ケーキの表面には褐色のクリームがたっぷりと塗られ、その表面に樹木の皮のように波打つように模様が入れられている。
斜めにカットされたその断面から見えるのは、くるくると渦を巻いているクリームよりも濃い色に染まったスポンジ生地だ。生地の間には表面に塗られているものと同じ褐色のクリームが挟まれ、濃淡のコントラストが美しい。
挟まれたクリームの中にはところどころ木の実らしきものが顔を覗かせていた。
―― すっごーい! ―― クリームがいっぱいでおいしそうだね! ―― それに、まるで木みたいに見えるねっ、この長さだと薪かなっ? ―― え?ケーキって薪なの?俺、あんな硬いの食えねぇぞ! ―― ばっかねぇ、薪みたいってだけで、薪そのものじゃないでしょ? いらないなら私がもらっちゃうわよ? ―― あっ、てめぇ!そりゃずるいぜ! ―― ねぇ、これって何味なのかなっ? ―― 決まってるだろ、甘い味だよ! ―― それは分かってるって!でも、甘いにもいろいろあるでしょー? ―― そりゃ食べればわかるって! ―― あんた、ホントに役に立たないねぇ……。
初めて聞く名前に初めて見るお菓子、子供たちは興味津々だ。押し合いへし合いしながらケーキを覗きこみ、お互いに想いをぶつけ合う。
その様子を優しく見守っていたイザベルだったが、このままでは子供たちの話が尽きないと見て、パンパンと手を叩いた。
いつもの着席の合図だ。子供たちは反射的に並んで床へと座る。
イザベルは、一つ咳払いをしてから子供たちに語りかけた。
「このケーキは、鉄道の駅のところにあります喫茶店の『ツバメ』さんが皆さんのために特別に用意してくれたものです。『ツバメ』さんって分かりますかー?」
「はーい、私知ってるー!ルナちゃんのお家だよねーっ!」
「ええ、そうです。そして、実はこのケーキ、なんとルナさん自身がお家の方に教わりながら作ってきてくれたんです。さぁ、ルナさん、こちらへどうぞ」
「えーっ!これルナちゃんがつくったのーっ!ホントにーっ!? すっごーーい!」
女の子の甲高い声が教室に響いた。男の子たちからも、すっげぇ、かっこいい!と歓声が上がる。
子供たちの視線を一身に浴び、ルナは恥ずかしそうにモジモジしながらも前へと向かった。
「では、このケーキについて説明してもらえますか?」
イザベルに促され、ルナはポケットから昨晩のうちに用意しておいたメモを取り出す。
そして、両手でしっかりとメモを持つと、タクミから教わったケーキの話を読み始めた。
「えっと、今日のケーキは、今の私がお世話になっている『ツバメ』のマスターさんを務めているタクミさんと一緒に作ったものですっ。名前はブッシュ・ド・ノエルといいますっ。タクミさんの故郷でこの時期良く食べられるケーキで、薪の形をしているのは生まれたばかりの神様 ―― 聖人様を暖めて護るために暖炉で夜通し薪を燃やしたというお話が元になっているそうですっ」
「そっか、ナシミエントのお話と一緒なんだ!」
小さな男の子から声があがった。
“生命の樹”を模したリースであるナシミエントには、聖母や聖人の人形を一緒に飾り付ける。その話の元になっているのは、このケーキの由来と同じ“聖人の誕生”なのだ。
子供たちの口から再び歓声が上がる。
少し間を開けて歓声が落ち着くのを待ってから、ルナは話を続けた。
「このケーキの茶色は、カカオの色です。いつもは温めた牛乳に溶かして飲むカカオを、今日のケーキの生地やクリームに混ぜています。ちょっとだけ苦くて、でも甘くておいしい味になっていると思いますので、皆さんどうぞ召し上がってくださいっ」
「「「はーいっ!」」」
ルナからの呼びかけに、子供たちから元気な返事がこだました。
一段落したルナは、ふぅ、と一息つく。すると、手にしていたメモをパタンと閉じ、教室の仲間たちの方を見てもう一度話し始めた。その表情は先ほどまでの緊張とは異なり、真剣なものへと変わっていた。
「えっと……さっきはこのケーキを一緒に作ったって言いましたが、本当は、ほとんどタクミさんが言う通りに作業しただけで、私が作ったというほどではありませんっ。でも、こうして初めてケーキを作ってみて、おいしい料理やお菓子を作るのはすっごい大変なことなんだと思いました。だからっ、これからご飯やお菓子を頂くときは、これまで以上に作ってくれた人たちに感謝したいと思いますっ」
ルナの言葉に子供たちは引き込まれていた。
しばらくして、パチ、パチ、パチとゆっくりと手を叩く音が聞こえはじめる。やがてそれは万雷の拍手へとかわっていった。
自分の中から紡ぎだしたのであろうルナの言葉に、イザベルは思わず涙ぐむ。そして、目尻に浮かんだ涙を拭くと、そっとルナの手を取って話しかけた。
「本当に良いことを学びましたね。ぜひ、これからもその思いを大切にしていってくださいね」
イザベルの言葉に大きく頷くルナ。その様子を見ていた子供たちからもう一度大きな拍手がわき上がった。
「さて、それではさっそく頂きましょう。ケーキのほかにも先生たちで手分けをしていろんな料理を用意しています。押し合わずに、喧嘩せずに、みんなで仲良くいただきましょうね」
はーい、と今日一番の大きな声が教室に響き渡った。
イザベルの先導で食前の祈りを捧げた子供たちは一目散にご馳走へと駆け寄り、手元の器へと思い思いに料理を盛り付ける。
普段はなかなか食べられないご馳走だ。鶏肉を丸ごと焼いたローストや、ホカホカと湯気を立てている色とりどりの野菜、貝や海老が入ったパエージャも美味しそうだ。チーズやコーンブレッドもたっぷり用意されている。スープもいつもとは違って具だくさんだ。
そして、大きなブッシュ・ド・ノエルは、子供たち全員に行き渡るようイザベルが切り分けて配っていった。もちろん今日の人気ナンバーワンだ。子供たちはカカオ色の甘いケーキを頬張っては、賞賛の声を口にする。
―― うめぇ!これ、チョコのドリンクとおんなじ味だ! ―― それ、さっきルナちゃんが話してたよっ。聞いてなかったの-? ―― き、聞いてたけど、でも予想以上にうまいんだもん! ―― ホント、おいしいよねっ!こんなにふわふわなお菓子、私、初めて食べたかもっ ―― このふわふわのって、パンじゃないんだよねっ?もしいつも食べてるパンがこれだったら、毎日すっごい幸せなんだろうなぁ…… ―― ん?中になんか入ってる! これは……種? ―― ちがうわよ、これはきっと木の実だわ。コリコリして香ばしくって、おいしいね ―― クリームもとってもおいしいよっ。これってどうやって作るのかなぁ ―― ルナちゃんに聞いてみたらわかるんじゃない? ―― そうだねっ!聞いてみよっと、ねぇ、ルナちゃーん!
呼びかけられたルナの眼にはうっすらと涙が浮かんでいた。
ほんの少し前までは、こんなに幸せなポサダを迎えることが出来るなんて思ってもいなかった。
でも、タクミさんと出会い、駅長さんたちのお世話もあってこの学校に通うことが出来るようになった。
みんなと過ごせる日々は本当に楽しい。今日のケーキを用意するのはすっごく大変だったけど、こうしてみんなに喜んでもらうこともできた。
こうして幸せな生活を過ごせているのも周りの人たちのおかげなんだ、本当に感謝しないといけないな ―― ルナは心の中で感謝を繰り返していた。
「ねぇ、ルナちゃん?どうしたの? 大丈夫?」
返事が返ってこなかったのを心配したのか、いつの間にか先ほどルナを呼んだ女の子が近寄ってきていた。涙ぐむルナに、心配そうに声をかけてくる。
ルナは、目元に浮かんだ雫を手の甲で拭き、微笑みを浮かべた。
「ううん、何でもないのっ!」
いつもの明るい表情へと戻り、子供たちの輪の中に溶け込んでいくルナであった。




