27 冬の風物詩とスープ論争(4/4パート)
※2015.12.10 22:00更新 4/4パート
※本日二回目の更新です。昨日からの続きは第3パート(前話)よりお楽しみ下さい。
※第1パートからの続きです。まだお読みでない方は第1パート(3話前)よりお読みください。
その日の夕刻、営業が終わった喫茶店『ツバメ』のホールには5人の姿があった。今回の騒動の端を発したアルディとカルディの二人に論争の輪を広げたテオ、それにこの駅舎の住人であるニャーチとルナだ。
天井より吊るされたランプの灯りが、窓についた水滴を輝かせている。夜を迎えた『ツバメ』のホールは少しずつ寒さを増してきていた。
『ツバメ』のある駅舎では、早速昨日から地下室の暖房窯が焚かれていた。駅舎の各部屋や二階の居室、そしてこの『ツバメ』のホールの床下に張り巡らされたパイプの中を暖房窯で温められた空気が通り、さながら床暖房のように部屋の中をじんわりと温める仕組みとなっていた。
この暖房のおかげで日中は駅舎のどの部屋でも上着が不要なほどの暖かさとなるのだが、やはり夜になればそれなりに冷えてくる。特に間仕切りの少ないホールとなればなおさらだ。
そうなるとより待ち遠しくなるのが温かいスープ。五人は“白いアルメハのスープ”が出されるのを今や遅しと待っていた。
「アルメハの白いス~プ~、とっても楽しみ~~~♪」
「おなかぺこり~んにして待ってたよ~~~♪」
先日の言い争いのことなどすっかり忘れてしまったのか、今日の夕食に招かれたアルディとカルディの二人は何ともご機嫌の様子だ。
「んー、気楽でいいですねぇ……。まぁ、喧嘩に巻き込まれるよりはいいですけどね……」
その態度の変わりようにテオが思わず苦笑いを見せる。
ふとテオが顔を上げると、向かい側に座っていたニャーチまでもが、二人の歌につられたのかご機嫌に歌っていた。
「私も楽しみなのな~♪白くてあったまる冬のスープなのにゃ~~~♪」
ニャーチの隣の席に座るルナは、気分よさそうに歌声へと耳を傾けていた。
以前であればニャーチの突拍子もない行動に一つ一つ驚いていたルナだが、最近ではずいぶんと馴れてきたようで、少々のことでは動じなくなってきていた。
ほどなくすると、五人が思い思いに待っていたテーブルへ、タクミとロランドが深めのスープ皿を乗せた銀色のトレイを手にやってきた。
「お待たせしました。料理をお持ちいたしました。熱いのでお気を付けください」
各人の席の前の他、二つの空席にも皿が並べられる。皿の中に入っているのは、ほんのわずかに黄色みがかった白いクリームスープだ。
スープの白いキャンバスの上にはペレヒールが散らされており、その美しい緑が食欲を掻き立てるようだ。
全員の分を並べ終えると、タクミはニャーチの隣、ロランドはテオの隣の空席へと着いた。全員に向けて一礼した後、タクミは説明を始める。
「こちらが先日お話していた“白いアルメハのスープ”です。スープ皿の横に添えてあるのは二度焼きして水分を飛ばしたマイスブレッドのラスクです。お好みでスープに浸したり、軽く砕いてスープに振りかけたりしてお召し上がりください」
「いっただっきまーすなのなっ!!」
タクミの説明が終わるのを待って食前の祈りを捧げようとした他の面々をよそに、ニャーチが大きな声で食前の挨拶を告げ、早速スープを頬張った。ニャーチがはふはふとするたびに、白い息が口から立ち上る。
「ん~~~っ、やっぱりおいしいのなっ!!」
満面の笑顔でスープを頬張るニャーチ。その姿を見たアルディとカルディも、スープを目がけて一目散にスプーンを伸ばした。
「……!!」
何か言葉を発しようとした二人だったが、あまりに急いで食べてしまったせいで口の中に熱気が回ってしまったようだ。二人は、しばらく顔を天井に向けて口からはふはふと湯気をくゆらせる。
そして何とかその温かいスープを喉に通すと、一度互いに見合ってから感激の声を上げた。
「あっつーいっ! でも、おいっしーっ!!」
「うん! とーってもおいしーねっ!!」
澄まし仕立てのあめ色スープが“さっぱり”、トマト仕立ての赤色スープが“しっかり”とした味わいであれば、この牛乳仕立ての白いスープは“まったり”とした味わいと言えるだろう。
とろみのあるスープを舌の上で転がせば、まろやかな風味が心を躍らせる。しかも、単なる牛乳の味わいとは全く異なる。まろやかなその味わいの奥には肉や野菜、そしてアルメハの旨みがしっかりと感じられるのだ。
スープを堪能した二人は、今度は具材ごとスプーンで口へと運んだ。
サナオリアやパタータ、セボーリャといった野菜類はどれも柔らかく煮込まれており、大地の恵みである野菜の甘みが十分に引き出されている。塩漬け肉の香ばしさや脂のコクもとても味わい深い。
そしてなにより素晴らしいのが主役であるアルメハの身の味わいだ。
縮むことなくプリプリとした食感のままに仕上げられたアルメハの身に歯を立てれば心地よい弾力が感じられる。その身を歯先でプツンとかみ切れば、今度は中から海の恵みの旨みが溢れ出てきた。
このアルメハ旨みがスープのまろやかさと相まって、さらなる美味しさを生み出している。
そして殻から外されているおかげでとても食べやすい。一度に何個ものアルメハの身を一緒に頬張ることで、その旨みを何倍にも楽しむことができるのだ。
アルディとカルディの二人がかぶりつくようにしてスープを堪能している最中、今度はルナから声があがった。
「このマイスブレッド、すっごくサクサクに焼いてあるんですねっ。私、これ好きですっ」
添え物として出されていたマイスブレッドのラスクは、出来る限り薄切りにした上で乾かすようにしてオーブンストーブの余熱で焼かれたものだ。
すっかり水分が飛んだラスクはトースト以上にサクサクとした食感となり、またマイスの風味と香ばしさをいっそう増していた。
そのまま食べてもお菓子のような美味しさのあるラスクだが、スープと一緒に食すことでその表情を一変せる。
ラスクをスープにて浸してから食べると、たっぷりとスープの旨みを吸い込んだラスクはふんわりと蕩けるような食感へ変貌を遂げ、スープとラスクの混然一体となった旨みを口いっぱいに広げる。
一方、小さく砕いて浮き身として乗せれば、スープにサクサクとした食感と香ばしさが加わり、こちらはちょうど良いアクセントとなる。
どちらも素晴らしい味わいとなるだけに、どう食べようか迷ってしまうほどだ。
「いや、マイスポタージュのようにミルクを使うスープがあるのは知っていましたが、アルメハと合わせてこれほどの味わいが生み出されるとは……驚きです」
半分ほど食べ終えたテオが、一息つきながら感嘆を漏らした。ロランドもその言葉に続く。
「一緒に料理させてもらったんですが、作り方自体は“あめ色”や“赤色”のとも良く似てるんっすよね。“赤色”でトマトを入れる代わりに、アロース粉を合わせた牛乳を入れるだけって感じっす。これなら、材料さえあれば家でも簡単に作ることが出来ると思うっす」
タクミは、ロランドの言葉にゆっくりと頷くと、補足するように言葉を加えた。
「もしアロース粉が無くても、たとえば茹でたパタータをつぶして混ぜてればとろみがつきますのでそれでも良いかと思います。私の故郷ではこの白いアルメハのスープが家庭でよく作られておりました。ちょっとしたコツはありますが、簡単に美味しく出来るのは“あめ色”と”赤色”と一緒ですね」
タクミの説明を聞いたアルディとカルディは、その感激を歌にする。
「そうなのね~♪簡単で美味しいのはすごいことなのよ~~~♪」
「そうだね~っ♪これはいっぱい広めたいね~~~♪」
二人が歌うその歌詞に、“弟子”であるロランドが慌てて言葉を挟む。
「でも、これはタクミさんが作った料理なんっすよね。作り方とか広まっちゃっても大丈夫っすか?」
「ええ、先ほども言ったとおり元々は家庭料理の一つですからね。新しい味わいの一つとして受け入れてもらえるのであればこれほど嬉しいことはありません。簡単なスープ料理ですし、家庭ごとに違う味わいになってもいいですしね」
心配無用とばかりにいつもの朗らかな笑顔で応えたタクミ。その言葉に安心したアルディとカルディは、さらに歌を紡ぐ。
「それなら~」「いっぱい~」「いろんなときに~」「いろんなところで~」「「歌わせてもらいま~すっ♪」」
二人は、自分たちの新しい使命を見つけたかのように満面の笑みを湛えていた。
その後も“白いアルメハのスープ”を囲む夕食会は賑やかに続けられていた。
アルディやカルディの歌を中心に、テーブルを囲む皆が楽しく盛り上がっている。
そんな中、ふと隣の席へと視線を送ったタクミは、そこ座っているはずのニャーチの姿がないことに気づく。
そういえば、先ほどから随分静かにしていたようだが、さては……、タクミはキッチンへと向かう扉の方へと視線を送った。
すると、タクミの予想通り、その視線の先に抜き足差し足で忍んでいるニャーチの姿が見て取れた。
タクミは、気配を消して、音を立てないように歩いている自身の相方へと声をかける。
「えーっと、そこのニャーチは何をしているのかな?」
「にゃぁ……その……スープをおかわりしようと思ったのにゃ……」
タクミの呼びかけに、ニャーチは耳をぴくっとさせながらゆっくりと振り向いた。
ニャーチの視界に移ったタクミの表情は、いつものように穏やかな笑みのままだ。ニャーチもそれに合わせるように、ぎこちなくタクミへと微笑みかける。
そんなタクミは、いつものようにゆっくりと落ち着いた調子でニャーチへと声をかけた。
「ん、お代わりはいいけど、まさか独り占めするつもりじゃないよね?」
その言葉に、ニャーチは耳を倒してしゅーんとうなだれる。ニャーチの取ろうとしていた行動は、タクミにしっかりと先読みされていた。
タクミは腿をポンポンとたたくと、ニャーチを呼びつける。
「はい、一回こちらに戻ってらっしゃい」
もはや逃げられないと悟ったニャーチは、バツを悪そうにしながらタクミの言葉に大人しく従う。
ちゃんと自分の元へと戻ってきたニャーチに、タクミは手にしている皿をテーブルへ置くように促す。コトリとした音がテーブルから響く。
その音を合図にするように席を立ちあがったタクミは、ニャーチの後ろに回り込み少し丸まっている背中をむんずと掴んで持ち上げた。
「独り占めはダメです。反省しなさい」
「にゃぁぁぁぁ……」
いつものポーズで反省を促され、ニャーチはか細い声を上げる。その姿は、テーブルを囲んでいる全員の視線を一新に集めた。やがて、誰からともなくクスクスという声が漏れだし、そして大きな笑いに包まれた。
その後、ロランドの配膳で全員にきちんと行き渡るようにスープのお代わりが配られた。
初めて食べた“白いアルメハのスープ”、その味わいはアルディにもカルディにも衝撃的なものだった。
しかし、この“白色”を食べれば食べるほど、不思議と“あめ色”や“赤色”の美味しさも思い出されてくる。
どれが一番という訳ではない。“あめ色”も“赤色”も、そして“白色”にもそれぞれの味わいがあり、それぞれにおいしいのだ。
“白色”という新しいスープもみんなに楽しんでもらえるよう、そして“あめ色”も“赤色”もおんなじように楽しんでもらえるように歌い広めていこう ―― 食卓を囲んで陽気に歌いながらそう心に誓うアルディとカルディだった。




