27 冬の風物詩とスープ論争(2/4パート)
※2015.12.9 20:07更新 2/4パート
※第1パートからの続きです。まだお読みでない方は第1パート(前話)よりお読みください。
アルメハのスープを想う即興歌を紡いでいた最中に、珍しく歌詞が食い違ってしまったアルディとカルディ。二人はお互いのことが信じられないといった様子でしばらく無言のまま見つめ合っていた。
やがて、二人の口元がもぞもぞと動き出す。先に言葉を発したのはアルディの方だ。アルディはカルディへ指先を突き付けながら、早口でまくしたてる。
「アルメハのスープといったら、“あめ色スープ”で決まりじゃないのっ?」
アルディの主張に対し、突きつけられた指先にかじりつきそうな勢いを見せながらカルディが反論する。
「違うでしょっ?アルメハといえば“赤いスープ”だってばっ!」
「何言ってるのっ!?アルメハのおいしい部分を一番味わえるのは、鶏のスープといっぱいのお野菜を一緒に炊いた“あめ色”のスープだってっ!赤いスープってこのスープみたいにトマトを入れたやつのことでしょ?これはスープとしてはおいしいけど、せっかくのアルメハの味がトマトの味で塗りつぶされちゃうじゃん!」
「そんなことないって!アルメハのスープにトマトを一緒に入れるから、トマトのおいしい味とアルメハのおいしい味が一緒になって、何倍にも美味しくなるのっ! もちろん、あめ色のスープもおいしいんだけど、トマトが無いと普通においしいってだけだよねっ。トマトと一緒だったらもっともっと美味しくなるんだよっ!」
「だから、トマトが入っちゃうと、トマトの味ばっかりになっちゃうんだってば!アルメハのおいしい味がいーっぱい楽しめるのは、やっぱりあめ色のスープのじゃないとダメなんだってばっ!」
「そんなことないって!!トマトとアルメハが出会って、もっと何倍にもおいしいが出来上がるのっ!」
どんどんエスカレートしていく二人に、慌てたテオが割って入る。
「ちょ、ちょっと待ってまって、お二人ともそう興奮しないでください。せっかくの美味しいご飯の後なのに、後味が悪くなっちゃいますよ?ほらっ、いったんお水を飲んで落ち着きましょう?」
なんとか二人を落ち着かせるようと微笑みかけるテオ。駅務の際に乗客同士がトラブルを起こしたときの対応と同じだ。しかし思わぬ展開に気が急いてしまっているせいか、その声が妙に上ずってしまっていた。
なんとか宥めようとするテオだが、すっかりヒートアップしてしまった二人は止まらない。むしろ、二人の矛先は割って入ってきた新しい標的へと向けられてしまうことになった。
「なによっ!そういうテオはどっち派なのっ?あめ色?それとも真っ赤に染まっちゃったやつっ?」
「そんな言い方しなくてもいいじゃーんっ! お兄さんは茶色のあめ色スープよりもきれいな赤いスープの方がいいよねっ?」
「ふふん、テオはさっきパトの方からフォークを伸ばしていたわっ。つまり、アルメハの味をシンプルに味わえる料理が好きってことだわっ! ね、あめ色の方が好きって言ってくれるよねっ?」
「おいしい物は最後にとっておく人だっていっぱいいるよっ!だからきっと赤いスープが好きなんだよっ!ねっ?」
二人から詰め寄られ、たじたじと後ずさりするテオ。やがて二人の圧力に負けてしまったテオは、両手を胸の前で広げて軽く横に振りながら、つい本音を口に出してしまった。
「っと、どっちも好きですよっ!本当にどっちの味も好きなんです!でも、実家にいた頃はトマト入りのスープが多かったですし、個人的にはどっちかといえばトマトが入ってた方がいいですね……」
テオの発言は一方に肩入れしたとも捉えかねない不用意なものだった。案の定その言葉に反応したたアルディが、顔を真っ赤にしながらテオへと詰め寄る。
「ちょっと何よっ!テオはカルディなんかの肩をもつわけっ?もしかして、あなたは本当においしいあめ色のスープを飲んだことないんじゃないのーっ?」
「へっへーん!その真っ赤な顔こそトマトみたいになってるじゃーんっ!」
テオを味方に引き入れたと思ったカルディが、アルディに軽口をたたく。上手いことを言うな、と思わず吹き出しそうになったテオだが、ここで笑ってしまっては火に油どころの話ではない。
テオはぐっと腹に力を入れると、息が漏れるのを何とかこらえる。
場を乱してしまい防戦一方となったテオは、誰かに助けを求めるかのように回りをぐるりと見渡した。その視界に入ってきたのは、キッチンの片づけをしていたロランドの姿だった。
こちらの様子が気になったのか、ロランドがふと顔を上げる。その瞬間、テオと視線が交わった。これ幸いとばかりに、テオはロランドへと話の水を向ける。
「そうだ!ロランドの意見も聞かせてくださいっ。海の幸に通じているロランドから見たら、あめ色と赤色、どっちのスープがよりお勧めです?」
洗い物をしていたためあまり話を聞いていなかったロランドは、突然突拍子もない話を振られて驚きを隠しきれなかった。それでも、尋ねられたのは自分が最も得意とする“海の幸”についてのこと。ふぅむと顎に手をやってしばし考えたロランドは、ゆっくりと自分の考えを述べ始めた。
「そうっすね……。俺としてはどっちも捨てがたいのが正直なところっす。でも、アルメハの味を素直に味わえる方が好きなので、そうなるとやっぱり自分が食べるなら透き通ったあめ色のスープの方がいいっすね。まぁ、この辺は好みっすけどねっ」
「ほらねっ!私が言ったとおりでしょ?料理のプロの方が仰るんですもの、間違いございませんわっ!」
ロランドという有力な味方を手に入れて、アルディが食い気味に叫んだ。そしてそのまま手の甲を口角に当てると、ほーっほっほっと高笑いを始める。
その様子をややあきれた様子で見ていたカルディが、“相方”へと声をかけた。
「なーんでお嬢様口調になってるのっ? それはそうと、まだ二対二なんだから、どっちがおいしいか決まったわけじゃないんだからねっ!」
「でも、こちらはプロの方のご意見ですわよっ?」
「作るのはプロでも、食べるのはみんな一緒なんだし、平等に二対二だってばっ!」
またもや言い争いを始めてしまう二人を落ち着かせようと、無理は承知で宥めるテオ。ようやく話の流れを掴んだロランドも、しまったな……といった様子でバツの悪い表情を見せていた。
その後もあーでもない、こーでもないとやりあう二人。しかし、どちらも決定的な意見を出すことはできなかった。しばらく続けられた言い争いでほとほと疲れてきたのか、アルディの口から結論を出すための一つの解決策が飛び出した。
「もうこうなったら、タクミさんに決めてもらいましょうよっ!どっちがよりおいしいか、一番の本職の方の意見で決めてもらうのがいいですわっ」
「そうだねっ!それが一番だよねっ!」
その声は、明日の営業に向けたスープのベースとなるブイヨンの仕込みをしながらそれとなく様子を見守っていたタクミの耳にも届く。思わずタクミはゴホゴホとむせ返ってしまう。
小柄な二人の大きな眼から注がれる視線を一心に浴びるタクミ。テオとロランドも、固唾を呑んでタクミの答えを待っていた。
さて、どうしたものでしょうか……と困り顔を見せるタクミだったが、これだけ見つめられてしまっては何か答えないと場が納まらないことは重々感じられていた。タクミは、知恵を絞って一つの答えを繰り出す。
「そうですねぇ……。さっぱりと仕上げるあめ色のスープはアルメハの味わいが素直に楽しめますし、トマトを効かせた赤色のスープだとアルメハとトマトの旨みが重なってしっかりとした味わいになりますよね。どちらも美味しいと思いますし、あとはそれぞれのお好みとなるのではないでしょうか?」
「「そんなの、答えになってないじゃなーーーい!!」」
タクミからの“大人の回答”に納得いかなかったアルディとカルディは、不満爆発と言った様子で揃って大きな声を上げた。
その声はどうやらホールにまで届いてしまったようだ。大きな声に驚いたニャーチが慌てた様子で出窓からひょこっと首を出した。
「なんか大きな声がしたのにゃっ!どうしたのなっ?」
「っと、ニャーチさんごめんなさい。ちょっと今アルメハのスープについての大論争が勃発中でして……」
テオが申し訳なさそうにしながら、ニャーチに事情を説明する。ふむふむと頷きながら一通りの状況を聞き取ったニャーチは、納得したようにぽむ、と一つ手を打ってから、論争中の二人に声をかけた。
「おいしいアルメハのスープの話なのなっ? そんなの答えは簡単なのにゃっ!」
よっぽど答えに自信があるらしく、ニャーチの表情は自信満々といった様子だ。アルディもカルディも大きな目を一層丸くしてニャーチを見つめる。テオやロランドもつられてニャーチを見つめていた。
あめ色なのか、それとも赤色と告げるのか……、固唾を呑んで言葉を待っていた四人に対し、ニャーチが満面の笑みを湛えながら“答え”を宣言した。
「おいしいアルメハのスープといえば、もちろん“白いスープ”なのなっ!」
「「「「白!?」」」」
返された“答え”は彼ら四人の予想の斜め上を行くものであった。
アルメハのスープといえば、澄んだ“あめ色”かトマトをふんだんに使った“赤色”が定番。“白いアルメハのスープ”というのは四人とも聞いたことも見たことも、もちろん食べたことがないものだ。
四人は思わず顔を見合わせ、首をかしげる。
ロランドが、“白いスープ”についての説明をニャーチに求めた。
「えーっと、白いスープって、あめ色の色がついていない透明のスープのことっすか?」
「ちがうのなっ。アルメハみたいな貝とお野菜に牛乳やクリームを合わせて白いスープにしたやつなのなっ。まろやかでおいしいのなっ!」
「ええっ?アルメハと牛乳を一緒に煮るんですのっ!?」
驚きの声を上げたのはアルディだ。マイスのスープのように牛乳を加えるスープがあることは知っているが、今話しているのは“アルメハのスープ”だ。
魚介類であるアルメハと牛乳と一緒に煮込む、アルディの中では全くイメージが湧いてこない組み合わせだ。
おいしいかどうか想像がつかず思わず眉をひそめてしまうアルディに対し、ニャーチはいつものように陽気な調子で応えた。
「うーん、私は食べる係りだから作り方は良く分かんないのなっ。でも、話してたら食べたくなったのにゃっ……。ごっしゅじーん、白いアルメハのスープ、作ってにゃー!」
突然指名を受けたタクミは、うーん、と唸りながらポリポリと頭をかく。確かに材料はシンプルなのでアルメハさえ手に入れば作れなくはない。しかし、賄いのためだけにアルメハを仕入れるのも心に引っ掛かるものが無いとは言えなかった。
しかし、キッチンに集う面々の表情を見た後では、タクミの中から“作らない”という選択肢は消えていた。先ほどまで論争を繰り広げていたアルディとカルディ、そしてテオやロランドの顔にも揃って同じ答えが書かれていたのだ。曰く、その白いスープをぜひ食べてみたい、と。
タクミは、ふぅ、と一つため息をついてから、ニャーチを含めた全員に声をかける。
「……仕方がないですね。今日使った分で頂いたアルメハは使い切ってしまいましたので、また明日……いや、砂抜きのことを考えると明後日になりますでしょうか?ニャーチの言う“白いアルメハのスープ”を作ることにしましょう。ロランド、申し訳ないですが、明日もアルメハを分けて頂くことはできますか?」
「もちろんっす!この時期は海さえ荒れなければ売るほど取れるっすから大丈夫だと思うっす!」
「ありがとうございます。今度はちゃんと仕入れとさせていただきますから、代金は払わせてくださいね。それとアルディさん、カルディさん、申し訳ないのですが明後日の夕方に改めてこちらにお越しいただくことはできますか?」
「「大丈夫で~~すっ♪白いアルメハのスープっ、楽しみで~~すっ♪」」
好奇心が刺激されて満足したのか、二人はようやくいつもの調子に戻ったようだ。大きな目をくりくりっとさせながら揃って歌うように返事をする。
タクミは、うんうんと二度頷いてから、話を続けた。
「では、明後日の夕方、改めてニャーチがお話しました“白いアルメハのスープ”をご用意させていただきますね。さて、とりあえず今日のところはいったん解散にしませんか?アルディさんカルディさんはともかくまだみんな仕事が残っていますしね」
「そうですね。私もそろそろ戻らなければ……」
ようやく場が落ちついてほっとしたテオは、そそくさと仕事へと戻ろうとする。席を立ちあがったテオに、タクミがゆっくりと、やや低いトーンで声をかけた。
「っと、テオさん……この後の仕事に入る前に、ちょっと駅務室でお話しましょうか? とはいっても、テオさんなら言われることはもう分かっていますよね?」
「は、はいっ……」
タクミの言葉の内容を察したのか、テオの表情が青ざめる。
話の流れの中で頭の片隅に追いやっていたものの、自分が話をまぜっかえしてしまったために騒ぎを大きくしてしまったのは重々自覚していた。
タクミからのお小言を覚悟したテオの身体は、煮えすぎたアルメハの身のように小さく縮こまっていた。
※第3パートに続きます。




