27 冬の風物詩とスープ論争(1/4パート)
本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。この列車は当駅が終点となります。改札口にて乗車券を拝見いたします。到着いたしました列車は車庫に入ります。お手荷物などお忘れ物がございませんよう、ご注意をお願いいたします。
―― なお、喫茶店『ツバメ』及び待合室は近日中に暖房の稼働を始めます。列車のお待ち合わせにどうぞお立ち寄りください。
「最後にもう一回縄をひっぱってごっしごっしごっしご~しっ♪ どうかな~、でっきたっかなっ~?」
小さなランプが灯された駅舎の地下室にて、一人の少女が即興で紡いだ歌を歌いながら大きな眼を見開いて天井へとつながる煙突の中を覗きこんでいた。
スローロリスの亜人である彼女は、その人一倍大きく黒目がちな眼によって暗闇の中でも昼と同じように見渡すことが出来る力を持っている。その眼で確かめた煙突の内側は、彼女の“仕事”である煙突掃除の成果により、きれいに煤が落とされていた。
新品同様とまではいかないが、目だった塊は取りきっている。彼女の“仕事”である煙突掃除が満足のいく仕上がりとなっていることを確認した彼女は、大きな声で煙突の中へと呼びかけた。
「おーいっ、こっちは終わったよ~っ。そっちはおっけーか~い?」
「あーいっ、おっけーだよ~っ!」
煙突の中を響かせながら返ってきたのは少年のような声 ―― 屋根側にいる“相方”からの返事だ。どうやら屋根側で行っていた作業も無事に完了したようだ。
少女は再び煙突を通して声を響かせる。
「そしたらっ、作業はおしま~いねっ! 片付けてから下に降りて来~てねっ♪」
「はーいっ!じゃあ、縄はこっちで巻き上げるねっ」
煙突を通じて“相方”からも弾んだ声が返ってきた。彼女は合図を送るように縄をくいっと軽く引っ張ってから手を離す。すると、掃除に使っていた煤のついた縄がするすると煙突の中を昇っていった。
縄が昇っていくのを確認した少女は、自身の周りの片付けを始めた。手元に置いてある掃除道具を纏めてから、作業着についた煤をポンポンと払う。どうしても汚れが付いてしまう大変な仕事なのだが、彼女はさほど気にすることもなく、むしろ相方とのコンビネーションを楽しみながら仕事を行っていた。
少女が後片付けをしていると、彼女のいる地下室の扉がコンコンとノックされた。彼女は、扉の向こうにどうぞーっ、と声をかける。
地下室へとやってきたのは、今日の仕事の依頼人でもあるタクミだった。タクミは、煙突掃除をお願いしていた少女に一礼をしてから声をかける。
「アルディさん、お疲れ様です。掃除の作業はそろそろ終わりそうですか?」
「だいたい終りまーしたっ!あとは、煙突とこのおっきな“かま”をもう一度つなげば終わりでーすっ!よいしょっと♪」
アルディと呼ばれた少女は、タクミにそう返事をすると、L字型の管を煙突の中へと通していく。そして煙突に通した管を大きな窯の排煙口へとつなぐと、ナットで固定。一つずつナットをぎゅっと締めてはコンコンと叩き、ゆるみがないかどうかを確認するのが彼女のやり方だった。
最後の一つまで丁寧にナットを締め終えると、彼女はふーっと大きな息をついた。どうやら無事に作業が終わったようだ。
作業服の袖で額の汗を拭ったアルディは、目の前の依頼人に対し歌声のような独特の節回しで作業の完了を報告した。
「おわりま~したっ♪ これで完了ですよっ。」
「ありがとうございます。そうしましたらお風呂を沸かしてありますのでどうぞ煤を落としてください。カルディさんにもご一緒にどうぞと伝えて頂けますか?」
「ありがとうございま~すっ♪では、お言葉に~甘えさせて~いただき~ますっ」
タクミの申し出に、陽気な歌で感謝を捧げるアルディ。いい仕事ができた後のお風呂はいつも格別だ。この時間を楽しみに仕事をしているといっても過言ではないとアルディはいつも思う。
掃除道具を手早く片付けたアルディは、もう一度作業服の煤をぱぱっと払うと駅舎の裏口へとつながる階段を駆け上がっていった。
―――――
「じゃあ、明日から暖房が使えるんですね。駅務室もさすがに寒さが堪えるようになってきてましたので助かります」
駅舎業務を一段落させたテオが、タクミへの報告と遅めの昼食を兼ねて『ツバメ』のキッチンへとやってきた。タクミから暖房の使用開始について説明を受けたテオは、思わず顔を綻ばせる。
「暖房窯の炭番はテオにお任せしたいと思いますが、構いませんか?」
「えっと、確か一日三回の補充でしたっけ?」
「はい。朝一番での火の確認はこちらで行いますので、決まった時間に蒸石炭の補充をお願いします。当駅着列車の出札業務が終わった後に決めましょうか」
「それなら覚えやすいです。早速業務記録に追加します」
タクミとテオが段取りを確認していると、キッチンの裏口の方から声がかけられた。煙突掃除を終えて、煤落としのためにお風呂に入っていたアルディが戻ってきたようだ。
タクミがどうぞーと声をかけると、アルディは相方の少年であるカルディとともに、揃ってキッチンへと入ってきた。
「さっぱりして生き返る~いいお湯で~したっ♪」「でした~~♪」
「いえいえ、こちらこそありがとうございました。まずはこちらをどうぞ」
調子を合わせて唄う二人に、タクミは予め冷やしておいた牛乳を渡す。二人は満面の笑みでその牛乳を受け取ると、ゴクゴクと一気に飲み干してぷはぁーっと息を継いだ。
その見事な飲みっぷりを微笑ましく見ていたタクミが、空いたコップを受け取りながら話を続ける。
「遅めの時間になりましたが、先にお話しさせていただきました通り昼食をご用意しておりますのでどうぞ召し上がっていってください。」
「わぁい♪」「ありがとう♪」「「ございます~~♪」」
タクミからの昼食がよほど楽しみだったのか、二人は満面の笑みで向かい合ってから踊るようにして頭を下げた。
その後、タクミはキッチン脇にある小テーブルに二人のための椅子を追加するようテオに指示を出す。テオの昼食もちょうどこれからだ。椅子を運び終えたテオは、同卓する小さな二人へと挨拶した。
「初めまして、今年からこの駅舎で勤務を始めましたテオです」
「あなたが新人さんで~すねっ♪」「はじめま~して~♪」
「冬になるとあらわれて~♪」「春になるとどっかいく~♪」
「「アルディとカルディの煙突掃除屋さんでございま~すっ♪」」
大きな目をくりくりさせながら歌い上げる二人。その一風変わった自己紹介にテオは何とか吹きだしそうになるのを堪える。
オーブンストーブの前でその様子を見ていたタクミが、それとなくテオに間を取らせるようにしながら声をかけた。
「間もなく昼食の用意ができますので、もう少しだけお待ちください。今日はロランドが持って来てくれたアルメハを使った料理となります」
アルメハとはアサリやハマグリに良く似た二枚貝だ。“こちらの世界”では年中食べられているが、冬の寒さを控えたこの時期は、身を大きく成長させて旨みをしっかりと溜めこむと言われている。この時期はどの家庭の食卓にも上り、冬の訪れを告げる代表的な食材だ。
とはいえ、普段の“ツバメ”のメニューにアルメハを使った料理が上ることは無い。なぜなら、二枚貝であるアルメハはアサリやハマグリと同じように“砂”を噛んでいる可能性があるからだ。
塩水に一晩つければ砂抜きは出来ると言われているが、それでも完全にゼロにすることは難しい。自分たちで食べる分ならともかく、お客様に出した料理で万が一砂が残っていては申し訳が立たないと考えたタクミは、今の時点ではアルメハをメニューに加えていることは控えていたのだ。
しかし、話をさかのぼること昨日のこと。いつもの時間に出勤してきたロランドの手には、アルメハの入った大きな木箱が携えられていたのだ。
何でも、今年のアルメハは例年にない豊漁とのことで、いつもお世話になっているお礼にとロランドの母親が持たせてくれたとのことだった。
せっかく頂いた旬の食材、ツバメのメニューとしては出しづらくても、自分たち用の賄いには使えるだろうと考えたタクミは、アルメハを昨日のうちに塩水に漬け込み、今日の賄いで使えるように準備を整えていた。
アルディとカルディの煙突掃除のタイミングとかち合ってしまったのは誤算だったが、商売用よりも格段に少なく、一昼夜じっくりと時間をかけて砂抜きをしたアルメハならなんとか大丈夫であろうと判断したタクミは、アルメハを使った賄いを二人にも出すことに決めていた。
オーブンストーブの上では、蓋をかぶせられたフライパンがじっくりと温められていた。
予め時間を見計らって仕込んでおいたそのフライパンの蓋がタクミの手によって開かれる。すると、中から白い湯気がもわっと立ち上り、その中から口をぱっくりと開いたアルメハが現れた。
白ワインで蒸し煮にされたアルメハの身は見るからにプリプリとしている。下に溜まったスープもアルメハから出た旨みによって白く染まり、実に美味しそうな雰囲気を漂わせていた。
タクミは、アルメハの入ったフライパンの中へ、別に茹でておいたパトを入れる。このパトは普段のパトランチで使っている太いパトとは別の、試作用に分けてもらっていた細いものだ。
アルメハも細いパトも炒めすぎは厳禁だ。塩コショウとオリバ油で味を調えた後、フライパンをゆすって全体を軽くなじませたら、すぐに皿の上へと盛り付けられた。
最後に彩りとして細かく刻んだペレヒールを散らせばあっという間に出来上がりだ。
「お待たせしました。アルメハを使った白いパト料理、ボンゴレ・ビアンコです。スープはランチに出しているものと同じ塩漬け肉と野菜のトマトスープ。どうぞお召し上がりください」
料理の説明をしながら、タクミは三人の前へと賄いの皿を並べる。キッチンに立ちこめる良い香りにすっかり食欲を刺激されていたアルディとカルディは、いつもより早いテンポで食前の祈りを捧げた。
「それでは~♪」「今日の恵みに~♪」「「「感謝し~て~♪」」」
普段は黙想で食前の祈りを済ませるテオだが、今日ばかりは二人の歌声につられて声を上げてしまった。声が出てしまっていたことにはっと気づいたテオは、少しばかり恥ずかしそうにしながら苦笑いでごまかす。
そんなテオの様子はお構いなしに、アルディもカルディも早速アルメハのパトへとフォークを伸ばした。
「ん~~♪ ほかほかで~、さっぱりで~、とってもおいしい~~~♪」
パトを頬張ったアルディの口から早速賛美の歌が飛び出した。
細いパトにはアルメハの旨みがたっぷりと絡み、海の幸の美味しさを存分に堪能できる。
白ワインで蒸し煮する際に一緒に入れられていたアッホや赤いピミエントも、舌に心地よい刺激を与えてくれていた。
塩や胡椒の加減もちょうど良く、煙突掃除で疲れた身体に元気が戻って来るようだった。
さっぱりとしながらもアルメハの美味しさが存分に引き出されているその味わいに、アルディは虜になっていた。パトをフォークへ巻きつけては次々と頬張る彼女の表情は、実ににこやかだ。
一方のカルディは、パトと共に出されたトマトのスープが気に入ったようだ。少年のようなかわいらしい顔をしたカルディの口からも、やはり歌がこぼれてくる。
「こっちのスープも~、すっごくおいしくて~、ぽかぽかするよ~~~♪」
トマトのスープには、炒めた塩漬け肉とともにセボーリャ、サナオリア、レポーリョなどの野菜が入っていた。なかなかに具だくさんのスープだ。
じっくりと時間をかけて煮込まれたのであろうそのスープには、肉や野菜の旨みがたっぷりと詰まっていた。トマトの酸味も疲れた体に心地よい。舌先に感じ取られるピリッとした辛みはピミエントとヘンヒブレの味わい。先にお風呂を頂いたとはいえ屋根の上の作業で芯から冷えてしまった身体をポカポカと温めてくれていた。
カルディも、大きな目をいっそうくりくりとさせ、幸せそうな笑みを浮かべてスープを食べ進めていった。
一緒にランチを囲んでいたテオも、称賛の声を上げる。
「ん~、パトもスープもどっちも旨いですね。この賄いが食べられるだけでも、役得といえますね。しかし、このアルメハのパトを食べていると、どうにもアルメハのスープが呑みたくなってきてしまいますね」
テオの言葉に、アルディとカルディの二人がぴくっと反応した。アルメハのスープ、それは“こちらの世界”で楽しまれている冬の風物詩と言われる料理だ。そのメニューの名を告げられた二人の喉がゴクリと鳴る。
二人は顔を見合わせ、うん、と一つ頷くと即興で歌い始めた。
「そうそう~♪ アルメハといえばスープなの~~~♪」
「おいしいおいしい、冬のスープなの~~~♪」
「寒い夜を~♪」「ぽかぽかと~♪」「「温めてくれる~♪」」
「あめ色の~/赤い~スープ~~~……えっ?」」
二人の歌詞が食い違ったところで、歌は突然止められた。びっくりした顔で顔を見合わせる二人。思わぬところで歌詞が食い違ってしまい、信じられないといった表情だ。
「「ど、どういうことーっ?」」
二人の大きな声がキッチンの中に響き渡った。
※第2パートに続きます。




