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異世界駅舎の喫茶店  作者: Swind/神凪唐州


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26 重ねられる試作と再現したい味(1/3パート)

 本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。ウッドフォード行き二番列車は、このあと 13時15分の出発予定です。改札は、出発の10分前を予定しておりますので、ご乗車のお客様は、改札口横にございます待合室にてお待ちください。

―― なお、喫茶店『ツバメ』に新しいランチメニューが加わりました。この機会にご堪能ください。


 その日も、喫茶店『ツバメ』のランチタイムは大いに賑わっていた。

 これまでは一番列車で到着した乗客の皆様や二番列車で当駅を出発する前に昼食を済ませようとされるお客様が中心であったが、少しずつこれに近隣のお客様も増えて来ていた。

 さらに、ここ最近はセントラルストリートやポートサイドから『ツバメ』のランチを食べにくるお客様も増え、ピーク時の店内は満席、外には短いながらも行列が出来るほどであった。


 お客様が急激に増えた理由、それは最近加えられた新たなメニュー“パト(パスタ)ランチ”にあった。

 シルバ商会を通じて本格的にパトを仕入れられるようになったことを受けて始められた“パトランチ”、これがタクミの予想以上の反響を呼んだのだ。


 夏の終わりに開催された博覧会でお披露目されたパトは会場内でも大変な注目を集め、行列が出来るほどの人気となっていた。その評判は博覧会が終わった後も消えることなく、街の人々の記憶に残されていた。


 その“異国からやって来た新しい料理”が、ハーパータウン駅にある『ツバメ』というお店に行けば食べられるらしい。それも、懐を傷めず、手軽なお値段で楽しむことができるようだ ―― タクミが“パトランチ”を新たなランチメニューに追加して間もなく、街中に評判は知れ渡る。

 そして、好奇心旺盛な街の人々が一度食べてみたいと訪れるようになり、今の『ツバメ』の賑わいがもたらされていた。


 ランチタイムのピークが落ち着きを見せ始めた店内に、カランカラーンというドアベルの音が響く。ニャーチが入口を振り向くと、そこには“馴染みのお客様”である二人の姿があった。


「いらっしゃいませ、お久しぶりなのなっ!こちらの席へどうぞですなのにゃっ」


 入ってきたお客様は機械工ギルドのギルド長グスタフに、腕利きのパナデーロ(パン職人)であるサルバドールの二人だ。ニャーチはいつものように元気な声で二人を席へと案内する。


「ニャーチちゃん、久しぶりだな。いや、それにしても繁盛しておるのぉ」


 ニャーチの案内で席へと通されたグスタフは、出されたタオルで手を拭いながら猫耳の看板娘に声をかけた。

 客席の様子を見渡していたサルバドールも、続けてニャーチに話しかける。


「……ふむ、確かにこれなら今までよりも多くブレッドも必要になるというわけだな」

 

「そうなのなっ。おかげさまで大忙しなのなっ。猫の手もかりたいのにゃっ!でも、自分が猫なのにゃっ!」


 耳をピョコピョコ動かしながら分かったような分からないようなことを言うニャーチに、二人は自然と笑みをこぼす。タクミが生み出す料理もさることながら、ニャーチの明るい接客も一つの評判となっていることは二人の耳にもしっかりと届いていた。

 そんな事は気にも留めないニャーチが、自分の仕事をこなしていく。


「ところで、ご注文はどうしますかにゃっ?」


「もちろん“パトランチ”……と言いたいところじゃが、まだ今日の分はあるかね?」


 グスタフは注文の前に確認をとる。

 目当ての“パトランチ”は数量限定のメニューだ。しかし、既にランチタイムのピークを越えつつあることを考えると、今日の分が売り切れていないかどうかは微妙なタイミングとなっていた。


 心配そうに声をかけるグスタフに、ニャーチは二カッと笑いかけた。


「大丈夫なのなっ!さっきごしゅじんに確認したら、もう少しは大丈夫っていってたのなっ!」


「おお、それは有り難い。じゃあ、私はパトランチにさせて頂こう。さて、お前さんはどうするかね?いつものCランチか?」


 グスタフとニャーチのやりとりをじっと聞いていたサルバドール。顎に手をやってしばし逡巡した後、一つ頷いてからゆっくりと口を開く。


「……いや、私も“パトランチ”を頂こう。タクミ殿からもぜひ試していただきたいと頼まれていたことだしな」


「かしこまりましたなのなっ! パトランチをお二つ、食後の飲み物はいつものシナモン・コーヒーで良かったですなのかにゃっ?」


 ニャーチからのオーダーの確認に、「おう、頼む!」と短く答えるグスタフ。一方のサルバドールは静かに頷いて応えた。

 

「承りましたなのなっ!それでは、少々お待ちくださいませなのにゃっ!」


 二人の確認を受け取ったニャーチは、いっそう元気な声とにこやかな笑顔で声をかけてから、キッチンへと駆けていった。




―――――




「オーダー入るのなーっ。グスタフさんとサルバドールさんに、パトランチ2つーなのにゃっ!」


 戦場のような忙しさを乗り越えつつある『ツバメ』のキッチンに、ニャーチから新しいオーダーが通された。

 ニャーチの言葉にいつもお世話になっている二人が来店していたことを知ったタクミは、ロケットストーブの前でフライパンを振るいながら、ニャーチへと返事を返す。


「了解です。後程挨拶にお伺いすると伝えてください。あと、先にパトランチ一つ出ます!ロランドはAランチの準備どうですか?」


「大丈夫っす!すぐ出せるっす!」


 タクミからの確認の声に、ロランドも素早く言葉を返した。

 カウンターとキッチンを繋ぐ覗き窓に設えられたカウンターの上に、出来上がった料理が並べられる。

 ロランドの担当分も含めて先のオーダー分の料理が揃ったことを確認したタクミは、ニャーチに合図を送った。


「窓側のお客様の分、お願いします。あと、パトランチは残り1で終わりです。」


「あいあいさーなのなっ! そしたら、パトランチはいったんオーダー止めるのなっ」


 ニャーチは元気良い声をキッチンに響かせてから、大きなトレイに料理を乗せてお客様の下へと運んでいった。

 その様子を横目で見送ったタクミの口から、ロランドに次の作業の指示が飛ぶ。


「そうしたら、ロランドはパトランチ用のスープと温野菜、あとトーストの準備をお願いします」


「二人分っすね。了解っす!」


 小気味の良い返事を返すロランド。料理人としての仕事もすっかり板につき、今は細かく指示をしなくても作業の段取りを把握してくれる。タクミは、ロランドに安心して作業を任せ、自身が担当する二人分のパトの調理へと集中した。


 他のランチメニュー同様、パトランチも内容は“日替わり”だ。今の段階でローテーションの中に組み込まれているのは、挽肉とトマトをベースとしたソースをかける“ミートソース”に塩漬け肉やキノコ、季節の野菜と炒め合わせた“ペペロンチーノ風”、香辛料を効かせたカレーソースで頂く“インディアン”、そして今日のパトランチでも供されている“イタリアン”だ。


 他にもいろいろな選択肢がある中でタクミがこれらを選んだ理由、それは“調理の段取り”にあった。

 パトランチを始めるにあたって課題となったのがパトの茹で上げにかかる時間だ。パトの茹で上げには10分前後の時間がかかるため、注文を聞いてからパトを茹で始めていてはお客様を待たせてしまうことになってしまう。

 またパトを茹でる鍋の大きさにも限りがあるため、オーダーが集中してしまうと捌ききれないという恐れもあった。

 “駅舎”に併設されており、列車や駅馬車への乗り換えをはじめとして次の予定が迫っているお客様も多いこの『ツバメ』という店の特性上、この問題を何とかしなければお客様に迷惑をかけてしまうことも考えられた。


 そこでタクミが選んだのは“パトを茹で置きする”方法だ。予め茹でておいたパトを注文のたびに“フライパンで炒めて”温めなおすことで調理時間を短縮する。

 タクミが昔バイトをしていた喫茶店でも使っていた手法だ。

 

 “茹で置き”のパトにはデメリットもある。“茹で上げ”のパトに比べてどうしてもコシが弱くなり、歯ごたえが悪くなりやすいのだ。

 しかし、以前にナトルとパトの試作を繰り返していた際にも感じたことであるが、この地域の人たちは歯ごたえを残した“アルデンテのパト”よりも、タクミには少し柔らかいと感じる程度に仕上げたパトの方が好まれるようだ。

 それであれば、“茹で置き”のパトであっても受け入れられとタクミは考えていた。


 とはいえ、コシが弱くなりすぎるのもタクミとしては不満であった。そこで、いろいろ試行錯誤をした結果、太めのパトを選び、茹で上げ時間も短めにすることで、最終的に出来上がった時にちょうど良いバランスとなるよう工夫をしていた。


 タクミは、材料が一揃い揃っていることを確認し、“イタリアンパト”の調理を始める。

 既に仕込みは終わっているので、あとは炒め合わせるだけだ。

 

 最初に、中火に調整されたロケットストーブの上へ楕円型の鋳鉄皿を二つ並べ、コルザ(菜種)油を薄くなじませ、温めて置く。

 そして、もう一台のロケットストーブの炎を強火へと調整すると、フライパンを乗せ、こちらにもコルザ油を入れて温めた。


 コルザ油から少し煙が立ち始めた頃を見計らい、予め刻んでおいたセボーリャ(玉ねぎ)ピミエント(ピーマン)、それに薄くスライスしておいた塩漬け豚肉の燻製(ベーコン)を投入。具材を強い火力で一気に炒めると、その中へ茹で置きしておいたパトを入れた。

 茹で置きされているパトは、麺同士がくっつかないようコルザ油が絡められている。そこに炒め油が加わり、一層艶やかに輝きはじめた。


 パトを入れた後は塩こしょうして下味を調え、フライパンの中でパトや具材を躍らせながら全体にしっかりと熱が加わるよう炒め合わせる。

 そして、十分に炒め上がったところで、味付けの要となるトマトケチャップを投入。この時、隠し味としてカレーにも用いるスパイスミックスを軽く振りかけるのがタクミ流だ。

 

 さらにフライパンを振って全体に味をなじませたら、いよいよ最後の仕上げだ。

 ボウルに玉子を二つ割り入れたタクミは、菜箸でカッカッカと叩くようにして溶いた後、先に温めて置いた鉄皿へ流し入れる。

 『鉄皿に溶き卵』がなければ“イタリアン”とは呼ばない ―― 幼き頃から親しんでいた思い出深い料理を“こちらの世界”で再現するにあたり、タクミが最もこだわったポイントでもあった。


 溶き卵が半熟程度に焼き上がった頃合いで、フライパンで調理していたパトを鉄皿に盛り付ける。黄色い絨毯に朱色に染まったパトが美しく映えていた。

 熱された鉄板は、やけどをしないよう専用のハンドル(取っ手)で受け皿となる木製のプレートの上に移される。二人前の“イタリアン”から、美味しそうな香りを含んだ湯気がゆらゆらと立ち上っていた。


「パト二人前上がります」


「こっちもオッケーっす!」


 完成を告げるタクミの声に、ロランドもすかさず反応する。

 小皿に盛りつけられているのは薄めにスライスされたコーンブレッドのトースト。付け合せは蒸したブロークリ(ブロッコリー)サナオリア(人参)を塩コショウで味付けしたものだ。

 これまでは生野菜のサラダを出すことが多かった付け合せだが、寒くなる時期を迎え温野菜を中心とした組み立てへと切り替えられていた。小さなことではあるが、少しでも温まってほしいとのタクミの想いが込められていた。

 スープはカラバッサ(かぼちゃ)のポタージュスープ。こちらも寒さを増す季節に合わせて用意したものだ。


 先程と同じようにメニューの品が揃っていることを確認したタクミは、覗き窓から顔を出しホールで一人奮闘しているニャーチへと声をかけた。


「パトランチ、二名様分上がりました。お願いします!」




―――




「いや、実に旨かった。今日も素晴らしかったぞ」


 食後のコーヒーを運びながら挨拶にやってきたタクミに、グスタフが短い言葉で賞賛を送る。

 サルバドールも、すっかり平らげた鉄皿に視線を落としながら、グスタフの言葉に続いた。


「……パトとコーンブレッドが合うのは驚きだった。ブレッドの上にパトを載せるなど、考えたこともなかったな」


「恐縮でございます。パトとブレッドの組み合わせという、私が以前に暮らしていた場所では良く見られるものでしたので、ぜひ試していただきたかったのです」


「……ほう。しかし、パトは確かアリーナ(小麦粉)でできておるのだろう?ブレッドはマイス(トウモロコシ)粉やアロース(コメ)粉が主とはいえ、粉もの同士が重なってしまうと飽きてしまうのではないか?」


 サルバドールが興味深そうに尋ねてくる。やはりブレッドに関連することは興味を引かれるのであろう。

 腕利きのパン職人からの熱意のこもった質問に、タクミは一つ頷いてから応えた。


「パトと一緒に出されるトーストは通常の半分程度の小さなものが多かったですから、飽きる前に食べきることができたのだと思います。それに、今日はソースと一緒に炒めた“イタリアン”でしたが、“ミートソース”や“インディアン”のように上からソースをかけるタイプのパトの場合は、お皿に残ったソースをトーストで拭って食べるのも楽しみの一つでした。っと、これは少々行儀が悪いお話でしたね」


 タクミの答えに、グスタフがゴクリと喉を鳴らす。 


「うーむ、先ほどあれほど食べたばかりなのに、そんな話を聞かされてはまた腹が減ってきてしまうではないか!よし、今度はぜひ“ミートソース”も“インディアン”も食べさせて頂こう。もちろんトースト付きでな」


 グスタフの言葉に、タクミはゆっくりと頭を下げて感謝の意を示す。


「ぜひ次の機会にお召し上がりいただければありがたいです。そうそう、ぜひアレも召し上がっていただきたいですね……」


「ん?アレとは?」


 タクミの呟きにグスタフが反応する。タクミがその言葉の意図を説明する。


「いえ、今メニューのローテーションに入れているものとは別に、もう一つ試作を重ねているパト料理がありまして、現在試作を繰り返している最中なのです。ただ、実は少々苦戦をしておりまして……」


「ほう、タクミ殿をもってしても難しい料理とは。何か特別な機材でも必要となるのか?」


 タクミからこぼれた珍しく弱気な言葉に、グスタフが驚きの声を上げた。

 機械工ギルドを束ねる長として数多くの職人を見てきた経験から、タクミは間違いなく“職人”として一流のレベルにある、とグスタフは評価していた。

 そのタクミが試作に苦心するほどの料理ということは、本来使うべき道具が手に入らなくて苦労してしまっているのかもしれない、グスタフはそう勘を働かせたのだ。


 しかし、タクミからの答えは、グスタフの予想とは異なるものであった。


「いえ、試作中のパトは“ミートソース”や“インディアン”と同じようにソースをかけるタイプのものですので、特別な機材が必要というわけではございません。しかし、過去には何度も食したことはあるのですが、実際に作るのは今回が初めてでして、材料や作り方を全くの一から模索しているところなのです」


「……ふむ。味わいの記憶だけで再現しようというのか。それはあまりに大変な作業だな。参考になる文献などはないのか?」


 同じ食べ物を扱う“職人”として心を惹かれたのか、二人のやりとりを静かに見守っていたサルバドールが言葉を挟んできた。

 タクミは、微笑んだまま眉間に皺をよせ、首を横に振る。


「残念ながら手元には資料となるようなものが全くございません。うっすらと覚えている自分の記憶だけが頼りですね。とはいえ、ある程度見通しは立って来ておりますので近々お披露目させて頂けるかと存じます。その際には、ぜひ試食をおねがいできましたら幸いです」


 そう言って頭を下げるタクミ、その目の奥には鋭い光が潜んでいた。タクミの想いを感じ取った二人が、口々に言葉をかける。


「……何か力になれることがあれば言ってくれ」


「無論ワシもだ。道具立てが必要なら、どんなものでも用意する。いつでも遠慮なく言ってくれ!」


「ありがとうございます。必要な時にはぜひお力を借りさせていただきたいと存じます」


 二人の心意気を有り難く受け止め、再び深く頭を下げるタクミであった。


※第2パートに続きます。

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