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異世界駅舎の喫茶店  作者: Swind/神凪唐州


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25 約束の邂逅と美しきデザート(2/3パート)

※2015.11.19 20:00更新 2/3パート

※第1パートからの続きです。まだお読みでない方は第1パート(前話)よりお読みください。

「うむ、これも旨い。相変わらずの腕前だな」


 ランプが灯された喫茶店『ツバメ』の個室にて、青年がつぶやいた。

 彼の向かい側に座るソフィアは、そのつぶやきに言葉を返す。


「リベルト様なら、このような料理は普段から召し上がられているのではありませんこと?」


「なぁに、こうして素敵な女性と二人きりで食事を堪能できる機会などそうは無いことだからな。それも、あれだけの大人数の前で堂々としたスピーチができる聡明な女性ともなればなおさらだ」


「お褒め頂きまして恐縮ですわ。でも、あの時は緊張のあまり、膝が震えていたのですわよ?」


「そうか?美しいドレスに阻まれてそれを見ることは叶わなかったな。残念だ」


 軽口の中にも、しっかりと自分を立ててくれるリベルトの言葉に、ソフィアはくすっと微笑んだ。

 なんだかんだ言って、素敵な女性と褒められて悪い気はしない。それが、同世代の容姿端麗で優秀な大使閣下であればなおさらだ。

 

 二人は、二ヶ月前の約束通り喫茶店『ツバメ』へと集い、特別に設えられた個室にて二人だけのささやかな晩餐を楽しんでいた。


 今日もカジュアルなミニコースということで、出される品は4品の予定となっていた。

 

 最初に出された前菜は、パタータ(じゃがいも)のキッシュ。タルトと同じように皿型に焼き上げられた生地の中に、火を通したエピスカーナ(ほうれん草)や刻んだサナオリア(にんじん)が混ぜられたパタータのペーストが入られたものだ。

 白いキャンバスに散りばめられた緑とオレンジが目にも美しく、また、焼き立てのキッシュからはほっこりとした温かさが感じられる一品だった。


 続いて出されたのは、マイス(コーン)ポタージュのスープ。まろやかで穏やかな味わいが二人をほーっと息づかせるものだった。

 そして、スープにはトーストしたコーンブレッドが添えられていた。お好みでスープへと浸して食べてみてください、と勧められたソフィアは、少し行儀が悪いかな……と思いつつも、その勧めに従って食べてみた。

 するとどうだろうか、香ばしく焼き上げられたコーンブレッドにたっぷりとマイスポタージュの美味しさが染みわたり、新しい味わいを生み出しているではないか。予想以上の素晴らしさに、ソフィアもリベルトもただ感服するばかりであった。


 そして、今、二人の前に運ばれたているのは本日のメイン ―― カバージャ=エスパ(サワラ)のムニエル・リモン(レモン)ソース添えだ。

 白い皿の上に鮮やかな黄色のソースが広げられ、その上には表面に粉が振られてカリッと焼き上げられたカバージャ=エスパの白い身が載せられている一品だ。


 リベルトは、その白い身をナイフで一口大に切り分けると、表面に少しソースを塗ってから、口の中へ運ぶ。

 ゆっくりと咀嚼するにつれ、ふわっとした身から旨みが溢れてくる。表面に塗ったリモンソースの爽やかな味わいとの相性も素晴らしい。リベルトの口から思わずため息が漏れ出た。


「このカバージャ=エスパという魚、ほっこりとした白身でなかなかに旨いな。これは近くで採れる魚なのか?」


「ええ、この辺りを中心に、沿岸部では日常的に食される魚ですわ。冬から春にかけて旬の時期を迎えます。これからもっと脂が乗って美味しくなってまいりますわ」


「なるほど。願わくば我が国でもこのような美味な魚を食したいが……」


「たとえ製氷技術が発展して大量の氷が簡単に手に入るようになったとしても、残念ながらまだまだ困難かと思われますわ。普通の魚でも干物か塩漬けにしない限り長期に保存することは難しいですし、何せこのカバージャ=エスパという魚は、身が柔らかくてすぐに傷んでしまうと聞いたことがありますわ」


「そうか、それは残念だ……。では、この国に赴任している間にぜひとも堪能させていただこう。む、皮目もパリッと仕上がっているではないか……」


 リベルトはそう言うと、次々とカバージャ=エスパを切り分け口へと運んでいった。よほどこの白身の魚が気に入ったようだ。リベルトの手元の皿は見る間に空になっていった。


「っと、失礼。思わず夢中で食べてしまっていたな」


「いえいえ、健啖なことは良いことでしてよ。しかし、さすがはタクミさんですわね。カバージャ=エスパの焼き物は何度か頂いたことがございますが、表面にアロース粉を振るって焼いたものというのは初めての経験ですわ。そもそも、アロース粉をいろいろな料理に使うということ自体、タクミさんが始められたことですけどね」


「ほう、この技法もタクミ殿のものなのか。やはり彼は素晴らしいな。まだまだ底知れぬ力を持っていると見える」


「リベルト様もそう感じられまして?」


 ソフィアは聞き返すが、タクミに対する見立ては彼と意見を一にしているようだ。

 

「ああ。あれから大使館詰めの料理人などにも尋ねたが、料理の技法、食材の使い方、どれ一つとっても斬新で独創性に溢れているとの話だった」


 リベルトは、配下の料理人に彼の料理について尋ねた時のことを思い出していた。その評価は「ありきたりの材料なのに、どれも新しい技法がふんだんに使われている」というものだった。

 似たような料理がないかと言えばそうではない。実際、パトの交易の“決め手”となったパト(パスタ)パエージャ(パエリア)についても、原型となるパエージャという料理がある。しかし、パトをパエージャにするという自由な発想には、料理人の誰もが舌を巻いていた。

 

 今日のムニエルもそうなのだろう。魚を焼いた料理というのは数あれど、アロース粉をつけて焼くという発想は確かにこれまで見たことがないものだった。このような新しい技法をごく自然な形で料理に取り入れるというのは並大抵の力ではないと、リベルトには感じられていた。


 その思いは、ソフィアの言葉によってさらに補強される。


「しかし、タクミさん自身はその素晴らしい技術や発想を事もなげに使いこなしていらっしゃいますわ。そう、過去の経験から自然に技術や知識を身につけていったような印象さえ感じられますわ」


「そうだな。過去を詮索するのは野暮というものだが、きっと修行を重ねてきた賜物であるのであろう。しかし、彼ほどの腕前があれば、地位も名誉も、いくらでも望むことができようものだが……」


「それを望まないのがタクミさんらしい……といったところなのでしょうね。でも、私としては、タクミさんにもっと大きな舞台で力を発揮してもらって、いろいろと周りへの影響をもたらして欲しいと思うのですけどね」


 ソフィアがふぅ、と息をつく。歯切れの悪い言い方は、その願いはタクミの意に沿わないことを十分に理解していることの現れであった。

 どこか憂いげな表情を見せるソフィアに、リベルトが口角を持ち上げながら話しかける。


「なに、力の借り方というのはいかようにも工夫できるものだ。現に、パトの交易がまとまったのも、間接的にとはいえタクミ殿の力を借りることが出来たためであろう?華やかな表舞台に立たせなくても、裏からそっと力を借りることはいくらでも可能であろうよ」


 リベルトの言葉に、ソフィアはゆっくりと頷いて同意を示した。


「そうですわね。よく考えれば、今日お披露目させていただいた製氷工場も、タクミさんが生み出した“かき氷”がきっかけになったものですしね。あのかき氷、そして氷を使った食材の保管という話があってこそ“人工の氷”の普及につながったのですもの」


「まさに、だな。タクミ殿の力は、この社会に変革と発展をもたらすきっかけとなる可能性を秘めている。ただ、あえて言うとすれば、あくまでも“きっかけ”を生み出す力にすぎない。大きな潮流として時代を動かしていくにはまた別の力が必要となる」


「それを担うのが、リベルト様や私のような者の役回りというところですわね。それぞれに社会を動かすことができる立場である以上、タクミさんをはじめ、様々な力ある人々の縁を結びながら、より大きな流れを作っていくことが私たちに課せられた使命だと思っておりますわよ」


 ソフィアはそう言いきると、正面に座る若き大使をキッと見据える。純粋で、かつ力強い視線だ。

 彼女といると、やはりワクワクさせられる ―― リベルトは、正面に座る若き女性銀行家に力強く頷いた。


「ああ、私も同じ思いだ。ぜひ、これからもよろしく頼む」


「こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ」


 テーブル越しにそっと握手を交わす二人。その時、扉からコンコンとノックの音が聞こえてきた。


 話に熱中したあまり、ふとテンションが高まっていたことに気づいたソフィアは、パッと居住まいを正してから扉の向こうにいる“話題の主”へ声をかけた。それを合図に、タクミが二人のいる部屋へと入ってきた。


「失礼いたします。お食事はお済みでしょうか?」


「ああ、今日も実に堪能させていただいた。特にこのカバージャ=エスパという魚、これが実に美味だったな」


「それに、リモンのソースの味わいも素晴らしかったですわ。また機会がありましたら、ぜひうちのナトルにもご指南くださいませ」


 二人からの手放しの賛辞に、タクミは頭を下げる。


「過分なお言葉ありがとうございます。ところで、本日のデザートですが、少々趣向がございまして……。ご足労をおかけいたしますが、一階のホールまでお越し頂いてもよろしいでしょうか?」


「ほう、タクミ殿がそう言われるということは、何やら趣向があるとみえるが……?」


 リベルトの質問に、タクミは微笑みながらゆっくりと頷いた。

 その無言の返事に、タクミの意図を汲みとったソフィアが言葉を続ける。


「これは趣向をお伺いする前に、ホールへ向かった方がよろしそうですわね。リベルト様、よろしいかしら?」


「もちろん。ただ、今日は階段には注意してもらいたいな。またあの時のようにされてはたまらんからな」


「まっ!そ、そんな前のことを持ちだすだなんて卑怯ですわ!」


 2ヶ月前の出来事を持ち出され、ソフィアはぷぅと頬を膨らませる。その様子を見つめるリベルトの表情は実に楽しそうなものであった。


※第3パートに続きます。

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