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異世界駅舎の喫茶店  作者: Swind/神凪唐州


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25 約束の邂逅と美しきデザート(1/3パート)

 乗客の皆様、長時間のご旅行お疲れ様でした。この列車は当駅が終点となります。改札口にて乗車券を拝見いたします。到着いたしました列車は、整備点検の上、折り返し、ウッドフォード行き2番列車となります。お手荷物などお忘れ物がございませんよう、ご注意をお願いいたします。

―― なお、喫茶店『ツバメ』では営業時間を延長いたしました。お気軽にご利用ください。


 その日、ソフィア・マリメイドは車中の人であった。ぼんやりと外を眺める彼女に、車掌が声をかける。

 

「失礼いたします。切符を拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」


「ええ、お願いいたしますわ」


 ソフィアが切符を渡すと、車掌は手早く鉄鋏を入れる。そして、恭しく差し出すように切符を返すと、一礼して隣の車両へと移っていった。


 一等車の乗客はソフィアだけだった。静寂の空間にガタンゴトンという車輪と線路が奏でるリズムが刻まれている。

 決して華美にならないよう落ち着いた雰囲気となるように設えられた車内は、とても居心地が良い。

 ふわっと包み込んでくれるような柔らかなソファに身体を預ければ、ここが列車の中であり、自分が長旅の途上にあるということを忘れさせるほどゆったりとした気分になることができた。


 ふと車窓から外を見渡すと、高く澄んだ空の下では山の木々が色づいていた。その手前に収穫の時期を迎えた田畑の風景が広がっている。

 厳しい冬を迎える前、一年の中でも最も“実り”を感じられるこの季節ならではの美しい風景だ。


 しかし、その実りの幸せを感じさせる風景も、今日のソフィアの目にはぼんやりとしか映らなかった。


(いったいどんな顔をしてお会いすればよろしいのかしら……?)

 

 ソフィアの顔に憂いが宿り、ため息が漏れ出る。

 “あの御方”との前回の逢瀬から二ヶ月。再び時を迎えたソフィアは、二ヶ月前の逢瀬の最後に交わした約束を果たすため、一路ハーパータウンへと向かっていた。


 また彼に心をかき乱されるのではないだろうか、前と同じように動揺のあまり失礼なことをしてしまわないだろうか ――  前回の逢瀬の最後に見せてしまった“自分らしからぬ行動”が、この二ヶ月の間ソフィアの心をチクリチクリと刺激していた。


 今はあまり考えすぎないようにしよう。自分さえしっかりしていれば大丈夫なのだから……。

 ソフィアは首を軽く横に振るうと、再びソファへともたれかかり、ぼんやりと車窓を眺めはじめた。

 静かな一等車の車内に刻まれるガタンゴトンという音が心地いい。その音色に静かに耳を傾け、ソフィアは静かに瞼を閉じた。



 しばらくの間があっただろうか。いつしか寝入ってしまっていたソフィアの耳に、不意に声が飛び込んできた。


「お休みのところ申し訳ございません。間もなく終着駅、ハーパータウンへと到着いたします。お手荷物のおまとめ、よろしくお願いいたします」

 

 声の主は車掌、終着駅への到着を告げにきてくれたのだ。

 ソフィアはパッと居住まいを正すと、車掌へお礼の言葉を返す。


「ありがとうございますですわ。そう、もう到着するのね」


「こちらこそ、お休みのところ失礼いたしました。それにしても、ソフィア様、今日はずいぶん嬉しそうなご様子ですね。何か良いことでもおありでしたか?」


 車掌からかけられた思わぬ言葉に、ソフィアは思わず苦笑いする。

 やっぱり楽しみだったのだ。少しの間、仕事を離れてリラックスできる時間を取れることが。そして、“あの御方”と二人きりの時を過ごせることが ――。

 

 車掌の言葉に自分の気持ちを自覚させられたソフィア。ほんのわずかに頬を染めながら車掌へと言葉を返す。


「ええ、きっと良いことが待っていると思いますわ」




―――――― 




「なーんて、言うと思いまして?残念ながら、そんなに乙女ではございませんことよ」


 少し日が傾きつつある喫茶店『ツバメ』に、ケラケラと笑いながら話すソフィアの姿があった。

 対面に座るのは、ビジネスパートナーである若手銀行家(バンカー)を出迎えに来たサバスだ。

 老獪な商人であるサバスは、車内で考えたというソフィアの“即興の作り話”に賛辞を贈る。


「なかなかロマンのあるお話ですな。ソフィア殿は商才だけではなく、文才もあるとお見受けしました」


「暇に任せて適当に紡いだだけのものですわ。こんな程度の話、世の中にありふれておりますわ」


 ソフィアはそう言うと、手元に運ばれていたテー(紅茶)のカップを持ち上げ、口元へと近づけた。

 少しオレンジがかった紅色の液体からは、優雅さを含んだ爽やかな香りが漂ってくる。

 口に含むと、テー特有の甘みと香味、そこに砂糖の甘みが加わり、長時間の列車旅で疲れた身体を癒してくれるようだ。


 いつもながらにホッとさせられる味わい。しかし、以前に頂いたテーとの違いをソフィアは感じていた。

 そう、今日のテーにはどこか舌を刺すような刺激 ―― 辛みが加えられていたのだ。


 辛みの正体を見抜こうと、テーを二口、三口と飲み進めていくソフィア。すると、なんだかポカポカと身体が温まるような感じを受けた。

 今日はめっきり気温も下がり、肌寒くなってきている。そんな中で、このテーの温かさは実に心地よく感じられる。

 きっとこれも計算のうちなんだろう。相変わらず素晴らしいおもてなしをしてくれる……そう考えていたソフィアの下へ、ちょうどタクミが挨拶にやって来た。


「改めましてご来店ありがとうございます。寒くなってまいりましたので、今日はヘンヒブレテー(ジンジャーティー)とさせていただきました。お気に召していただけましたでしょうか?」


「この辛みはヘンヒブレの味わいだったのですね。とても美味しいですわ。何よりも温まるのがいいですわね」


 ソフィアからの賞賛に、タクミは頭を下げる。


「お褒めの言葉ありがとうございます。サバスさんの協力もあって、テーの葉が安定して入るようになりましたので、この冬からのメニューにこのヘンヒブレテーも加えさせていただきました。おかげさまで、今のところはご好評をいただいております」


「それは何よりじゃな。この温まる感じ、これから寒くなる冬場には最適じゃろう。タクミ殿、テーの茶葉が必要になったらまた言ってくだされ。しっかり手配させていただきますぞ」


 鷹揚に協力の意思を伝えるサバスにも、タクミは頭を下げて謝意を示す。

 

「サバスさんも、いつもありがとうございます。近々追加のご注文をお願いすることになるかと存じますので、何卒よろしくお願い申し上げます。さて、こちらは本日のケーキセットの品、カスターニャ()のタルトでございます。どうぞお召し上がりください」


 そう言ってタクミが二人に差し出したのは、手のひら大ほどの丸い菓子だ。ピザの土台のようにも見える生地をお皿の形に整えて焼いたものの中に、淡い黄色のクリームがたっぷりと詰められている。

 そしてその中央には艶やかな黄色の実 ―― 恐らくは甘露煮にされたのであろう大きなカスターニャがちょこんと載せられていた。

 

「ほう、これは何ともかわいらしい。そういえば、最近、営業時間を変えられたと伺いましたが、こちらの品もその関係ですかな?」


「え、営業時間を変えられたのです?」


 サバスの言葉に、ソフィアが質問を重ねる。タクミは、二人にコクリと頷いて答えると、『ツバメ』の近況について説明を始めた。


「駅務などの関係もあり、今までは当駅発の最終便の前までしかこちらの営業はできませんでした。しかし、最近は駅舎の方にも新人が入って少し余裕が出来ましたので、営業時間を見直すことにしたのです。とはいえ、午後の遅い時間帯では食事時というわけでもございませんので、ランチを終えてからはタルトやケーキなどのお菓子系をメインとして営業させて頂いております」


「なるほどね。つまり、最終便でこちらに到着しても、『ツバメ』がやってるってことで良いのかしら?」


 身を乗り出すようにして質問を続けるソフィアに、タクミがいつもの笑顔で答える。


「通常営業の際は飲み物とお菓子に限っておりますが、ご予約いただけましたら食事もご用意させていただけるかと存じます。その際は、小荷物便なり電信なりでお伝え頂ければ幸いです」


「それはうれしいわね。ぜひ次からそうさせていただくわ」


 タクミの言葉にソフィアは小躍りしそうな勢いで喜びを見せる。

 そんなソフィアの様子を目の当たりにし、改めて彼女の『ツバメ』に対する思いに触れることが出来たタクミは、一礼を持って感謝を示しつつテーブルを後にした。


「さて、折角だから頂くとしようかの。ソフィア殿もいかがかな?」


「もちろんですわ。早速いただきましょう」


 サバスの言葉に誘われるがまま、ソフィアもタルトに手を伸ばす。

 サクッと焼き上げられた土台、それと対比するように滑らかに仕上げられたカスターニャクリームの食感が何とも楽しい。

 そして、カスターニャには恐らく生クリームか何かが合わせられているのだろう。素朴な味わいであるカスターニャ本来の風味に、ミルクのようなコクが加わり、リッチな味わいへと引き立てられていた。

 

 天辺に載せられたカスターニャの実は、ソフィアが予想した通り甘い味わいが染み透っていた。きっと砂糖かミエール(はちみつ)で煮込まれたものなのだろう。

 歯を立てればコロコロと崩れ落ちるその実からも、秋の実りの味であるカスターニャの美味しさが存分に伝わってきた。


 そして丁度良い“舌休め”となっているのが、土台となっている香ばしく焼き上げられた生地だ。 

 甘い実とコクのあるクリーム、重くなりがちな二つのカスターニャの味わいを、単体では素っ気ない味わいでしかないこの土台が支えることで、全体のバランスを整え、美味しさを格段に引き上げていた。


「タルト、と言ったかしら?今日のこれも本当に美味しいですわね……」


 この『ツバメ』という店は本当に不思議な場所だ、ソフィアは一つ呟きながら感じ入る。


 ここで供される料理や菓子は、ソフィアの目からすればとても斬新でワクワクとさせられるものばかりだ。

 しかし、それらは、高級なレストランで出されるような材料を吟味し、特別な職人が最高の技術で生み出したものとは一線を隔する。

 タクミが生み出す料理や菓子は、“斬新”なのに“ごく普通”なのだ。作り方さえ広まれば一般の家庭でも親しまれるような味になるようなイメージが浮かんでくる。


 今日のカスターニャのタルトもそうだ。甘く炊かれたカスターニャは家庭でも作られることはあるが、サクッと焼かれた土台もカスターニャのクリームも、ソフィアにとっては今日初めて味わうものだ。

 しかし、こうして“タルト”という菓子の形で出されると、それが極当然の組み合わせのように思えてくる。そう、まるで昔から食していたかのような懐かしい味わいに感じられるのだ。


 独創的なはずなのに、年月すら感じさせる“完成”された味わいを醸し出す料理の数々。

 この店のマスターであるタクミは、それらを事も無げに作り出してしまうから不思議だ。

 料理人としての技術だけでいえば、ウッドフォードやマークシティといった大都市のホテルの一流レストランならもっと上のものがいるかもしれない。

 しかし、料理に対する“独創性”と“完成度”は、明らかに群を抜いているとソフィアは感じていた。


 そういえば、タクミの出自について“ずいぶん遠くのところからやってきた”という話を駅長から聞かされたことがある。もしかしたら、タクミの“独創性”や“完成度”は、この出自とも関係しているのかもしれない。

 いったいどのような過去を過ごせば、このような技術と知識を身につけることができるのだろうか……、ソフィアには皆目見当がつかなかった。


(いつか、タクミさんの昔話もゆっくり聞かせてもらいたいな……)


 最後の一かけらとなったカスターニャのタルトを食べながら、そう心の中でつぶやくソフィアであった。



――――――


「シナモン・コーヒーの差し入れなのにゃっ。ごっしゅじんがお二人へどうぞっていってたのなっ!」


 カスターニャのタルトを食べ終えた二人の下へ、タイミングよくニャーチが珈琲を運んできた。どうやらタクミが気を利かせてくれたくれたようだ。

 いつも変わらないニャーチの屈託のない笑顔につられて、ソフィアもサバスも顔を綻ばせる。


「ありがとうですわ」

 

 ソフィアは猫耳の看板娘から二つのコーヒーカップを受け取ると、一つをサバスへと差し出した。サバスも鷹揚に頷いて感謝の意を示す。

 いつしか日は傾き、窓の外では影が長く伸びていた。寒さも覚えるようになったこの時間には、甘い香りを漂わせるシナモン・コーヒーの温かさがなんともうれしい。

 ソフィアはカップを傾けて湯気が立ち上る琥珀色の液体を一口含むと、ほーっと息をつぐ。

 

「さて、そろそろ明日の段取りを確認しておきましょうかの」


 サバスの言葉に、ソフィアはコクリと首を縦に動かした。


 明日はなかなかに忙しい一日だ。

 まず、朝一にはサバスと連れだってハーパータウンの町庁舎を訪問。続いては、ポートサイドに建設中の製氷工場へと向かい、落成式に出席する。お昼はそのまま落成記念のパーティーへ参加することになっていた。

 パーティーの後もいくつかの打ち合わせが入っており、夕方いっぱいまで予定はびっしりだ。


「で、打合せを終えた後は、“あの御方”との会食のために、喫茶店『ツバメ』へ戻られる……これでよろしいですかな?」


「そ、そうね……」


 “会食の約束”を出来るだけ気にしないように努めていたソフィアだったが、こうしてサバスから含みのある言い方をされてしまうと、少しばかり気恥ずかしさを感じてしまう。

 僅かな動揺も悟られまいと、予定を書きとめたメモに視線を落とすソフィア。改めて確認したそのスケジュールは見事なまでに分単位で刻まれていた。


「ってこれ、全然プライベートを楽しむ時間なんてないじゃない!ったく、会食にかこつければお互いにゆっくりする時間が取れるだなんて、調子のいい言葉に載せられてしまったわ」


 目いっぱい埋まってしまったスケジュールに嫌気がさしたのか、それとも調子のいい言葉に乗せられた自分を恥じたのか、ソフィアはメモがかかれた紙をテーブルへ放り投げた。

 そんな彼女の様子を見守っていたサバスは、ほっほっほ、と少し意地が悪い笑みを浮かべながら、慰めの言葉をかける。


「まぁ、ちょうど製氷工場の落成式と重なってしまいましたしな。それでも、明後日は少しゆっくりできる予定ではございませんかな?先方の都合にもよりますが、お二人で街の郊外まで視察に出向かれるのも良いかと思いますの。ちょうど山の方の景勝地などは見ごろを迎えておりますしな」


 慰めともからかいともつかないサバスの言葉に、ソフィアの眉間に皺が寄る。


「その冗談は笑えないわよ。それに、明後日は昼便で帰らなきゃいけないの。せいぜい立ち寄れてこの『ツバメ』ぐらいじゃないかしら? それこそたまには朝をゆっくりと迎えたいし、二人での視察なんて、もってのほかよ」


 その言葉に、ちょっとやりすぎましたかな……、とサバスは心の中でつぶやいた。少々お節介が過ぎてしまったようだと反省したサバスは、ソフィアに改めて詫びの言葉を述べる。


「それは失礼いたしました。では、明日の段取りの確認はこのあたりでよろしいですかな?よければ宿へとお送りさせていただきましょうかの」


「ええ。こちらこそついカッとなって失礼しましたわ。お手数ですが、よろしくお願いいたしますわ」


 そう言うとソフィアは最後に一口だけ残っていたコーヒーをくいっと飲み干し、くるりと辺りを見渡した。

 ここは本当に落ち着くことができる良い店だ。この店の雰囲気はタクミの人となりを表しているようにソフィアには感じられた。


 先程はああいったものの、“あの御方”が言うとおり、仕事の都合だけではなかなかこの店に立ち寄ることは難しかったのも事実だった。

 今回のスケジュールにしても、“会食の約束”が最終列車の出発後に設定されていなければ、そのままとんぼ返りとなり、翌日にゆっくりする時間なんて取れなかったもしれないのだ。

 確かにその点だけは、彼に感謝をしなければならないかもしれないかもね……そんな想いが心に浮かぶソフィアであった。


※第2パートに続きます。

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