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異世界駅舎の喫茶店  作者: Swind/神凪唐州


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24 寒空迫る街角とほかほかの新商品(3/3パート)

※2015.11.9 22:00更新 3/3パート

※第1パートからの続きです。まだお読みでない方は第1パート(2話前)よりお読みください。

 “最初の味”を『カレー入りの蒸しブレッド』と決めた後は、順調に試作が進んでいった。

 何度かの試作を繰り返した結果、具材はシンプルに豚肉、セボーリャ(玉ねぎ)サナオリア(にんじん)の3つのみと決定。それらの具材は、生地の中に包みやすいように徹底的に刻むこととされた。

 また、具材として包みやすいよう、炒め煮タイプのカレーにして汁気を抑えた仕上げとすることも決まった。


 カレー味を前面に押し出すため、中身となる具材にたっぷりとスパイスを利かせて仕上げる一方、ブレッド生地にもスパイスミックスを配合してカレーの風味をつけることとなった。

 さらに、身体の芯から温まってもらえるようすりおろしたヘンヒブレ(しょうが)を具材に加えるという工夫も施した。


 生地に具材を包むときには、炒め煮のカレーとともに小さく切り分けたチーズを入れた。このチーズにはピザやトーストに使っている“とろけるタイプ”のものを選んでいる。チーズを入れることでまろやかさを演出するとともに、とろっとした温かな食感を加える作戦だ。


 完成形が概ね見えてきたところで、フィデルが中心となって露店として販売するための準備も進められた。

 屋外での調理に必要となる持ち運び可能なサイズの鍋や蒸し器については、タクミを通じて機械工ギルド長であるグスタフに依頼して作ってもらっていた。

 木で作られた蒸し器は、お湯を沸かすための金属の鍋とぴったり同じ大きさで作られており、湯気を効率よく立ち上らせることができるようになっている。屋外で使うことが前提として、持ち運びしやすいサイズとしてくれたこともありがたかった。


 一方、調理に必要となるコンロや薪、調理用の水などの手配については、フィデルが露店を開いている駅馬車乗合所の管理スタッフがサポートしてくれることとなった。

 フィデルの売り口上と販売するサンドイッチの評判は乗合所のスタッフにも良く知られており、今回の新しい試みについても“客寄せになるなら”と協力を買って出てくれたのだ。

 調理用の水はもともと待合所に引かれている水道を利用してもよいと許可が出た。薪についても、乗合所にて用意するたき火用のものと一緒に手配してもらえることになった。

 残るコンロについても、待合所にレンガを預けさせてもらい、使う時に組み上げて簡易的なロケットストーブ(かまど)とすることで対応出来る見通しが立った。

 フィデルの日頃の頑張りが、蒸しブレッドの露店販売に向けた大きな課題を解決する原動力となったのは言うまでもないことであった。


―――


 その後も準備は着々と進められ、ロランドとフィデルはいよいよ「本番を想定した最終テスト」へと取り組んでいた。

  

 フィデルは、喫茶店『ツバメ』の裏口を出たところに用意された、本番で使うのと同じレンガ積みのロケットストーブの前に立ち、順々に薪をくべている。ストーブの上に置かれた蒸し器の木蓋の隙間から湯気が勢いよく沸き立っていた。


 その脇ではロランド、そしていつしか試作へと一緒に参加するようになったルナが、台の上に置いた砂時計の砂が落ち切るのを、固唾を呑んで見守っていた。


 ランプの灯りが周りを照らす中、シューっという音が辺りに響く。

 やがて砂時計の最後の一粒が下へと落ちた。いよいよ蒸し上がりの時、ロランドとルナが蒸し器の前に駆け寄った。

 立ち上る湯気で火傷をしないよう、手に布を巻きつけたフィデルが二人に声をかける。


「よし、開けるぞっ……」


 フィデルが大鍋の上に置かれた木枠の蓋をそっと持ち上げると、木枠の上から白い湯気が勢いよく立ち上がった。

 その中では、手のひらサイズの丸い蒸しブレッドがきれいに蒸し上がっていた。黄色く色づいた表面はイメージ通りつるっと仕上がっている。湯気の中からはカレー特有のスパイシーな香りもほんのりと感じられた。


 フィデルは、ロランドから渡された木製のトングでそっと蒸しブレッドを持ち上げた。ずっしりとした重みが伝わってくる。フィデルの心の中に、いやおうなしに期待が膨らんでいく。


 フィデルは、予め用意しておいた紙袋 ―― 読み終わった新聞を折りたたんで作ったもの ―― に一つずつ“カレー入り蒸しブレッド”を入れていき、ロランド、ルナ、そして自分へと配っていく。

 全員に行き渡ったところで、三人はお互いに顔を見合わせ、紙袋の中の蒸しブレッドをゆっくり二つへ割っていく。

 立ち上る湯気、そして辺りに広がる刺激的な香り。その香りに刺激されたのか、どこからかぐぅと大きなお腹の音が鳴り響いた。


「……すいません、こんなの恥ずかしいですねっ」


「いやいや、自然現象ですから。それだけ美味しそうってことですよね?な、ロランド?」


「あ、ああ。最高の賞賛っすよ!」


 顔を真っ赤に染めるルナに、フィデルとロランドがフォローを入れようとする。ただ、慌てたせいか、口から飛び出した言葉は、あまりフォローになっていなかった。三人は顔を見合わせてクスクスと笑い出す。

 そして、お互いに視線を合わせ、一つ頷いてから声を揃えた。


「「「それでは、いっただっきまーすっ」」」


 元気な掛け声の後、フィデルは大きな口でがぶりと頬張った。

 試作を繰り返した生地はイメージ通りほろほろふわふわに仕上がっており、甘さとスパイスの風味のバランスも絶妙だ。

 具材として入れられたカレーは香り高く、ホットな辛さが口の中を刺激する。それもただ辛いだけではない。刺激的な辛さの中に豚肉の旨みとセボーリャやサナオリアの甘みが加わることで、実に味わい深い風味となっていた。

 そこにチーズだ。トロリと中から溶けだしたチーズが、生地のパサつき感を抑え、カレーの辛さもまろやかに包んでいる。柔らかいコクが、カレー蒸しブレッド全体の味わいを引き上げていた。


「ふわぁ……おいしいですね……」


 先ほどお腹を鳴らしてしまったルナは、うっとりとした表情で蒸しブレッドを味わっていた。辛さの具合が心配だったが、どうやら気に入ってもらえたようだ。

 一方のロランドは、細かな部分が気になるのか、少しずつ確認するように食べ進めている。それでも、うん、うん、と何度も頷いているところ見ると、どうやら作り手としても満足のいく仕上がりになっていたようだ。


「正直蒸し直し(・・・・)とは思えない味わいだな。これなら俺としては自信を持って出せるぜ」


 ロランドの言葉に、フィデルも続く。


「ああ、蒸し器の木箱ごと持っていけば持ち運びもしやすいし、店先でずっと鍋の上に置いておけばホカホカのまま出せる。これなら調理というほどでもないから俺でも大丈夫そうだ」


「それより、なにより温まりますしね!あと、これ、街角でやってたらとーっても目立ちますよねっ!学校帰りとかの道ばたで、こんな美味しそうな湯気が立ってたら、思わず立ち寄りたくなっちゃいそうです!」


 ルナの弾むような声で二人の会話に加わってきた。やや鼻の下を伸ばした二人が、二人だけの会話の時とは少し異なる優しいトーンでルナへと言葉を返す。


「確かに目先も引きそうだね。よーし、ルナちゃんの帰り道で商売しようかなっ!」


「そんなの買わなくてもいいっすよ!ロランド兄ちゃんが出来たてほかほかのをここで作っておいてあげるっすからね!」


「あ、テメェ、自分のことを兄ちゃんとか言ってるんか!」


「ルナよりは年上なんだし、いいじゃねえかよ!それより、お前みたいなチビキツネは年上でもお兄ちゃんなんて呼んでもらえんだろうしなー!」


「くっそこのデカウサギ、てめえこそ甘えん坊の末っ子じゃねえのか!何がにいちゃーんだーっ!」


 結局はいつもの掛け合いに戻る二人。その二人の間に挟まり、ルナはオロオロと首を左右へ振っていた。

 そんな時、キッチン裏口の扉がガチャリと開いた。にぎやかなやりとりを聞きつけたのか、タクミが二人の間へと割って入ってきたのだ。


「はいはい、仲良く喧嘩するのもその辺にしましょう。ルナさんが困っているじゃありませんか」


 タクミの言葉に、二人はルナの方をはっと振り向く。その表情はなんとも悲しげで、眉間に皺が寄ってしまっていた。慌てた二人は、肩を組んで、ルナへと話しかける。


「ルナちゃん、今のは冗談だって! ほら、ホントは俺たちこんなに仲がいいんだよ!な、ロランド?」


「あ、ああ!俺たち、いつもからかいあってるけど、ホントは心からの親友なんっすよ!!」


 ルナは、眉間に皺を寄せたまま二人の様子をじーっと見つめる。見つめられた二人は、どうしようか悩んだ挙句、なぜだか二人そろって肩を揺らしながら歌い始めた。

 その様子にあっけにとられたルナだったが、やがて我慢できなくなったのか、ぷっと息を吹き出した。


「わかってますって!ロランドお兄ちゃんも、フィデルお兄ちゃんも本当はとーっても仲良しさんなんですよねっ!」


 そういってルナは二人の間に飛び込んだ。二人は何ともむずがゆいような表情を見せながら、頬をポリポリと掻く。

 しかし、ルナのなんともうれしそうな表情に、まぁ、そう言うことにしておこうか、と思う二人だった。



―――――



「うん、これもとってもおいしいのにゃっ! 」


「ええ、とても美味しく仕上がっております。問題ないでしょう。」


 キッチンに戻った三人は、最終確認のためにタクミとニャーチの二人に“カレー入り蒸しブレッド”を試食してもらっていた。

 そろって出された合格のサインに、自信はあったもののやはりどこか緊張していた三人は、ほっとした表情を見せた。

 ニャーチがもう一個ないのー?と呑気な声を上げる中、タクミは“弟子”であるロランドにねぎらいの言葉をかける。


「お客さんのことを良く考えた、なかなかの完成度です。しかし、カレーまんとは考えましたね」


「カレーまんっすか?」


 タクミから発せられた聞き慣れない言葉に、ロランドは思わず聞き返した。

 その逆質問に何やらハッと気づいたのか、タクミは一人納得してからロランドに説明を始める。


「ええ、生地の材料は違うのですが、私の故郷でもこれに似たような料理があったのです。他にも肉まんとかあんまんとかシーフードまんとか、生地や具材の工夫でいろんなバリエーションがありました。どれも冬の人気商品でしたよ」


「え?そうなんっすか?ものすごいのが発明できたと思ってたんすが、そうか、似たようなのはもうあったんすね……」


 誰にも真似できない自分のオリジナルの料理と思っていたロランドは、タクミの説明を受けてがっかりと肩を落としてしまった。

 思わぬ反応にタクミがフォローを入れようとするが、それよりも早く、フィデルの口から言葉が飛び出した。


「でもな、お前がコレを作ったのは、間違いなくお前自身のオリジナルじゃん。それは間違いなく俺が保証するって!そりゃ蒸しブレッドだったりカレーだったり、タクミさんの料理を参考にさせてもらってはいたけど、この形にまとめ上げたのはお前の実力だって!」


 フィデルから普段聞かないような調子の言葉にキョトンとするロランド。その言葉に、タクミも一つ頷いてから改めて言葉を続けた。


「そうですね。フィデルさんのおっしゃる通りです。これまでに学んだことを生かして、こうして新しいを形に出来たのは、ロランド、あなたの実力に間違いありませんよ。しっかり胸を張ってください。」


 フィデルに続いてタクミにも褒められ、ロランドの表情がようやく晴れやかなものとなった。


「そ、そうっすか!ありがとうございますっす!これからもっともっと頑張るっす!」


 やっといつもの調子に戻ったロランドに、フィデルが発破をかける。 


「そうだな、とりあえずはこのカレー蒸しブレッドで行くとしても、これからいろんなバリエーションも出してみたいしな。材料の原価とか、準備の段取りとかはあるかもしれんけど、またいろんなアイデアを試していこうぜ!」


「おうよ!お前こそ、ちゃんと客に手に取ってもらえるように、しっかりやってこいよ!」


「もちろん!早速明日からがんばろうぜ!」


 ロランドとフィデルは互いにエールを掛け合うと、がしっと腕を組み合った。

 そんな二人の“兄”たちの様子を見守っていたルナが、朗らかに声をかけた。


「今度は甘いデザートみたいなのも、いーっぱい作ってねっ!」


「「りょーかいっ!」」


 “妹”の頼みなら何でも、とばかりにロランドもフィデルも元気よく返事を返す。その後三人はひとしきりじゃれあった後、そろって後片付けにとりかかった。


 ロランドとフィデルが力を合わせて(課題)を乗り越えたその姿は、大きな成長を感じさせるものだった。また、思わぬ形ではあったが、ルナにも年の近い二人の兄貴分が出来たことも喜ばしい。

 今回のことは、タクミの思惑以上に三人を良い方向へと導いてくれたようだった。

 

 これからの成長を楽しみに感じつつ、仲良く後片付けする三人を微笑ましく見守るタクミであった。


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