24 寒空迫る街角とほかほかの新商品(2/3パート)
※2015.11.9 20:00更新 2/3パート
※第1パートからの続きです。まだお読みでない方は第1パート(前話)よりお読みください。
翌日から“蒸しブレッド”を原型とした新商品の試作が始まった。
タクミに教わった“蒸しブレッド”の作り方、それ自体は決して難しい物ではない。
基本となる材料であるアロース粉とマイス粉、すりおろしたニャム、卵、牛乳、バター、そしてピカルボナートを加えてよく混ぜ合わせた後、少し寝かせてから成形して蒸し上げるというシンプルな手順だ。
その中で唯一のポイントともいえるのが“ピカルボナート”の取扱いだった。
ピカルボナートは“ポルポ・マヒーコ”とも呼ばれる白い粉で、あく抜きをしたり、肉を柔らかくしたりするなど料理の様々な場面で活躍する大変便利な“食材”だ。
今回は、蒸しブレッドをふわっと膨らませるために、ピカルボナートをブレッド生地に合わせることになった。パンケーキ作りの時と同じふくらし粉としての使い方だ。
このように多様な使い方が出来て便利な食材であるピカルボナートだが、実は使い方は非常に難しい。なぜなら、ピカルボナートには特有の“苦味”があるからだ。
特に、今回のようにふくらし粉として使う場合、多すぎれば苦くなってしまうが、一方足りなければ生地が思うように膨らまないことになってしまう。このため、ロランドは、いろいろと生地の配合を試しながら、最適な配合バランスを見極めていくこととなった。
一方、“蒸しブレッド”づくりの練習と並行して進められたのが“商品としての形作り”だ。
フィデルが懸念していた「ただの蒸しブレッドではややインパクトに欠けてしまう」というのは、ロランドも理解するところだった。
さらに、今回の新商品は“屋外での蒸し直し”を前提に作り上げる必要がある。味わいや食べやすさもおろそかにできないのも当然のことだ。
この難題に取り組むため、二人は仕事を終えた後に『ツバメ』へと集まって試作と議論を繰り返す。 当初は蒸しブレッドを半分に割って、間に具材を挟んだサンドイッチのようなものを考えていた。
しかし、いざ試作してみると蒸しブレッドにソースが染みこんでベタベタになってしまったり、蒸し直しの時の蒸気で具材が美味しくなくなってしまったりとなかなか上手く進まない。持ち運びもしづらく、上手く温まったとしてもすぐに具材が冷めてしまうという点も問題だった。
そこで、二人が考えたのが 『蒸しブレッドの中に温まるような具材を入れてしまう』という方法だ。具材を生地で包んで、一緒に蒸し上げる ―― これならば中に具材が閉じ込められるので持ち運びがしやすいし、何より、具材が冷めづらい。
何度かの試作を経て、二人は手ごたえを感じはじめていた。
その後、数日にわたって実際に入れる具材を選ぶ作業が続けられていた。
まず手始めに試したのはサンドイッチに挟むような塩漬け肉や燻製肉、ハンバーグ、から揚げといったもの。そこから、パタータサラダのようなペースト状のものとの相性が良いことに気づき、カラバッサやカモテのペーストなども試された。
赤いフディーアを砂糖やミエールとともに甘く炊いたものは、ルナやニャーチをはじめとした女性陣に大好評だった。
試作の繰り返しを通じて徐々に具材の候補は増えていった。しかし、“商売”として考えると、全部を売り出すわけにはいかない。露店で販売するというスタイルを考えれば、少なくとも最初はサンドイッチと同じぐらいの数量 ―― せいぜい10個か20個ぐらいからスタートせざるを得ないだろう。
調理を担当するロランドの手間も考えれば、最初のうちは種類を一つに限られることは二人の目にも明らかであった。
そのような中で、“具材入り蒸しブレッド”という新しい商品を知ってもらい、より多くの人に手にしてもらえる、喜んで食べてもらえるような具材を一つに選ばなければならない。
はたして、“最初の味”としては何がふさわしいのか? ―― 議論は毎晩遅くまで繰り返されていた。
そして今日も、仕事を終えた二人が『ツバメ』のホールで耳を突き合わせていた。
ロランドが、今までのアイデアを書き溜めたメモを広げながらフィデルに話しかける。
「で、結局どうするよ?そろそろ絞らないと時間ばっかり経っちまうぜ?」
「とはいっても、正直まだ決め手に欠けてるんだよなぁ。なんかこー……手ごたえに欠けるというか……。お前はどれがいいと思う?」
「オレはどれも美味しいと思うぜ……ってのじゃダメなんだよな。こー、なんか、どれも一長一短だよなぁ」
確かに今まで試作した中で美味しいと思えるものはいくつかあったが、“最初の味”として選ぶには決め手に欠けるのも事実だ。
二人は腕組みをしたまま、テーブルのメモをじっと見つめていた。
すると、じっと考え込む二人の下へタクミがやってきた。タクミは、手にしていた一枚の平皿を二人の前へと置きながら二人へと話しかける。
「最近はお二人とも試食続きだったでしょうから、たまには気分転換に目先の違うものはいかがですか?といっても自分たちの夕食と一緒に焼いたものですけどね。」
「「あ、あざーっす」」
やや元気のない声で答える二人。平皿を覗いたロランドは、小首を傾げながらタクミに質問を投げかけた。
「これは……ピザっすか?それにしてはソースがずいぶん茶色いような……」
「ええ、これは今日のランチで出したカレールウの残りを使ったピザですね。『インディアンピザ』とでもいうのでしょうか? 良かったらお二人で分けながら召し上がってくださいませ。では、私はお邪魔にならないように戻りますね」
タクミはそう言うと、キッチンへと戻っていった。
『インディアンピザ』は、一見したところでは普通のピザとそれほど変わらないものだった。
薄焼きの生地の上にはセボーリャ、ピミエント、塩漬け肉の薄切りが散らされており、一番上に載せられたたっぷりのチーズは呼吸をするようにフツフツと動いている。大きな違いといえば、トマトソースの代わりにカレールウが掛けられているという点だけのように見えた。
平皿からはカレー特有のスパイシーな香りが漂ってくる。頭の中が一杯であまり食欲がないフィデルだったが、その香りに刺激されたのか徐々に腹の虫がざわめき始めた。ロランドの表情を見ると、どうやら彼も同じようだ。
「まぁ、せっかくタクミさんが差し入れてくれたんだし……」
「冷めないうちに食べよっか……」
二人は、予め切り分けられていたインディアンピザをそれぞれ一切れ手に取り、口へと運ぶ。そして、しばらく咀嚼をしたのち、まるで息を合わせたかのようにぴったり同時に叫んだ。
「「これだっ!」」
普段は炊いたアロースとともに食されるカレーだが、単体ではあっさりした味わいのピザ生地との相性も抜群だった。具材の旨みやとろけるチーズのまろやかなコクとのマッチングも素晴らしく、カレーとはピザにして食べるべきとさえ思える。
そう、カレーはブレッドのような生地とも抜群の相性となる力を持っているということなのだ。
それに何よりポカポカと温まる。思い返せば、夏場などはカレーを食べた後で汗が止まらなくなるほど体が熱くなる経験を何度もしていた。
おそらくカレーに使われているスパイスの作用なのだろうが、これから寒くなる時期のものとして、カレーはまさにベストチョイスと感じられたのだ。
意図せずに声を揃えた二人は、顔を見合わせ、やがて笑い始める。どうやらツボに入ったようだ。フィデルが目尻に浮かんだ涙を拭きながら、ロランドへと話しかける。
「なんだー。お前も料理人ならこれくらい早く思いつけよぉ」
「しゃーないやん、カレーはアロースと一緒にしか食べたことなかったんだから。てーか、今でこそカレーは俺が作ってるけど、元々はマスターの専売特許みたいなもんだぜ」
ロランドは苦笑いをしながら言葉を返した。
こうして、今まで悩んでいた“最初の味”は、一瞬にして決定した。そうなれば、あとは実際の形にするだけだ。
あっという間に“インディアンピザ”を平らげた二人は、早速試作へと取り掛かるのだった。
昨日までは2パートに分ける予定でしたが、推敲の結果、話が長くなったため、さらもう1パート追加することとしました。
第3パートはこの後22~23時ごろの更新予定です。
※第3パートに続きます。 本日11/9(月) 22時~23頃の更新予定です。




