24 寒空迫る街角とほかほかの新商品(1/3パート)
乗客の皆様、長時間のご旅行お疲れ様でした。この列車は当駅が終点となります。改札口にて乗車券を拝見いたします。到着いたしました列車は、整備点検の上、折り返し、ウッドフォード行き2番列車となります。お手荷物などお忘れ物がございませんよう、ご注意をお願いいたします。
―― なお、喫茶店『ツバメ』では冬メニューをはじめました。今年の新作をぜひご堪能ください。
「ほら、チビキツネ!今日の分、売り残したら承知しねえかんな!」
「うっせぇデカウサギ!しゃーないから今日も俺様の売り口上で全部きっちりさばいて来てやらぁ!」
モーニング営業が終わりに近づく頃、喫茶店『ツバメ』のキッチンではロランドとフィデルがテーブルを挟んで向かい合っていた。
二人の手元に並んでいるのは、出来上がったばかりのサンドイッチ。互いに悪態をつきながら仲良く包装するという、すっかり日常と化した光景が今日も繰り広げられていた。
ロランドが調理してフィデルが販売する“ツバメ謹製のサンドイッチ”は街中でも評判の人気商品となっていた。
最初は10食分から始めたサンドイッチの販売も、最近は30食まで用意する量を増やしており、それでも日によってはあっという間に売り切れることもあるほどだ。
とはいえ、30食分の用意となるとさすがにロランド一人では賄いきれない。このため、包装作業にはフィデルも加わり、二人で仲良く喧嘩しながらサンドイッチの包装作業が進められるようになっていたのだ。
おらよっ!と、ロランドが包み終えたサンドイッチを突き出せば、フィデルもふん!と鼻を鳴らしつつ丁寧に籠の中へと納めていく。
そして、最後の一つが渡されたとき、ふとフィデルの手が止められた。そのままじっと見つめて、フィデルはポツリと呟く。
「……うーん、サンドイッチ……なぁ……」
「ん?なんかマズイことでもあったんか?」
普段であれば悪態の一つでも来るようなタイミングで発せられた不意の言葉に、ロランドは怪訝な表情を見せながら向かい合う相棒の様子を伺った。
その視線に気づいたフィデルは、サンドイッチを丁寧に籠へと納め直すと、眉をハの字にしながらロランドへと話しかける。
「いや、マズイというわけじゃないんだがな。ほら、夏以降サンドイッチの売れ行きがどんどん伸びていったじゃん。もちろん、これは俺様の素晴らしい売り口上があってのことなんだが……」
「ケッ!またそれかよ!」
心配して損したとばかりにそっぽを向くロランド。しかし、フィデルの方は真面目な調子を崩さずに話を続ける。
「まぁ聞けよ。ただな、実はここ数日はちょっと苦戦気味でな。何とか売り切ることはできてるんだが、前よりも客足が鈍って、時間がかかるようになってきてるんだ。このままのペースだと、そのうち売れ残りが出てくるかもしれん。」
「へぇ。そりゃ大変なこって。俺様はますます腕を上げてるから商品に間違いはないだろうし、テメェのご自慢の売り口上が、ヘッポコになってきたってことなんじゃねえのか?」
ヘラヘラと笑いながら茶化すように口を挟むロランド。いつもならまた一悶着の場面だろう。
しかし、今日のフィデルは反応しない。いつになく真剣な表情を見せるフィデルに、ロランドも真面目モードへと切り替わる。
「……っと、今日はマジのやつっぽいな。俺たちのサンドイッチ、評判が悪くなってるってことなんか?」
「いや、モノ自体は喜んでもらえている手ごたえはある。実際、何度も買いに来てくれる馴染みのお客さんも多くなってきたし、そういう人たちには割とさばけるんだよ。ただな、正直言って“一見客”に向けた売れ行きが落ち込んでいるのは否めないんだ」
「ん?どういうことだ?」
状況がいまいち呑み込めず首をかしげるロランドに、フィデルが説明を重ねる。
「まぁ、今のところの話で言えば、単純に人通りの問題ってことになるな。最近はだいぶん寒くなってきたこともあって、街の中の目抜き通りといえども人通りが少しずつだけど減ってきているようなんだ。今のところは“目に見えて”という感じではないが、これから冬になっていけば外に出るのが億劫になるだろうし、ますます人通りが減るのは避けられそうにないな」
「なるほどな。でもお前がいつも店出している所なら人通りがゼロってことにはならんだろ?」
ロランドの言葉に、フィデルはコクリと頷いた。
「ああ。ただ、全体の人通りが減れば多少の影響は避けられないだろうな。ただ、俺が気にしているのは実はそこじゃない。むしろこの『寒さ』の方がサンドイッチの販売に影響するんじゃないかと睨んでるんだ」
「ん?寒さとサンドイッチ、どういう関係があるんだ?」
やはり首をかしげるロランドに、フィデルは試食用にテーブルへ残しておいたサンドイッチを突き付けながら質問した。
「イメージしてみろ。寒風吹きさらす街中で渡されるよく冷えたサンドイッチ、お前なら食べたいと思うか?」
今日のサンドイッチは、豚の燻製肉とトマト、レチューガを挟んだものだ。
香ばしく焼き上げられた豚の燻製肉の味わいをトマトの爽やかさが受け止め、さらに新鮮なレチューガのシャキシャキ感が加わることで混然一体となった旨さを生み出している。
サンドイッチの販売を始めてから人気ナンバーワンが続いているメニューであり、ロランドにとっても一番自信のあるメニューだ。しかし ―― 頭の中で膨らんだイメージは、ロランドの思考を一つの結論へと容易に導くものであった。
「ダメだな。このサンドイッチじゃ身体が冷えるイメージしか出てこんな」
真剣な表情で答えるロランドに、フィデルの頭が縦に振られる。
「そう、そこなんだ。生野菜を避けて別の具を挟めば身体を冷やすイメージも多少は緩和されるんだろうけど、それもどこかで限界が来るのは避けられないと思うんだ」
「でも、ここで作って持っていく以上、どうしたって冷めちまうぞ?」
作り置きのサンドイッチである以上冷めることは避けられない。ロランドはその至極当然な点を指摘していた。
もちろん、フィデルもそんなことは分かっている。しかり、売り子としてお客様の前に立っている自分としては、この問題を解決しなければせっかくのサンドイッチの評判を落としてしまいかねないという懸念の方が大きかったのだ。
サンドイッチ包みを終えてランチ用のスープの仕上げ作業に取りかかっていたロランドは、レードルを持ったまま腕を組みうーんと唸る。フィデルの懸念は理解できるし、このまま放置はしておけない問題だ。とはいえ、すぐに解決策が思いつくものでもない。
フィデルの表情をチラリとみるが、やはりその表情は渋いままだ。向こうにも何かいいアイデアがあるという訳ではなさそうだ。
その後、二言三言言葉を交わした後、二人は無言でじっと黙りこんでしまっていた。柱時計のカチカチという音と、スープの鍋から発せられるポコポコという音だけがキッチンに響き渡る。
そんな時、二人の横から不意に声が掛けられた。
「ほらほら、お二人とも固まってどうしたのですか?」
声の主はキッチンへと戻ってきたタクミだった。タクミは、カフェエプロンを腰に巻きながら、ロランドに任せていたランチ営業に向けた準備作業の進み具合を確認していく。
「んー、今日はちょっと作業が遅れ気味ですね。ロランドも何か悩んでいるようですが、ランチの時間は待ってもらえないので、とりあえず手元の仕事を進めていきましょう。フィデルさんもそろそろ出発する時間ではございませんか?」
「っと、申し訳ないっす!わりぃな、さっきの件はまた別に相談しようぜ!」
タクミに指摘されたロランドは、フィデルに声をかけると慌てて仕込みの続きを再開した。タクミの言葉に普段よりも出発が遅れていることに気づいたフィデルも、慌てて荷物をとりまとめていた。
「おう、今日は夕方ここに戻って来るから、そん時にまた頼むわ! じゃあ、よろしくな!」
フィデルの言葉に、ロランドもおうよ!と一声返す。
ランチに向けてはまるで戦場のような忙しさとなる。悩んでいる時間はない。今は目の前の仕事に集中しよう ―― ロランドはふぅと一息つくと、すっと気持ちを切り替え、仕込みの続きへと取り掛かっていった。
―――――
その日の夕方、フィデルは約束通り『ツバメ』へと戻ってきた。仕事を終えたロランドもそこへ合流する。既に客足の引いたホールの端のテーブルで、二人が耳を突き合わせていた。
話しの口火を切ったのはフィデルだった。
「今日はコートが必要なぐらい寒かったせいか、普段の半分ぐらいの人通りしかなかったし、通る人たちも早く目的地に行こうと足早に立ち去って行った感じだった。この寒さ、想像以上に手強い相手になりそうだぞ」
険しい表情で語るフィデルの言葉に、ロランドもつい眉間に皺が寄ってしまう。
「そうか……そういえば、サンドイッチは食ってみたか?客と同じ条件で食べてみてどうだった?」
「ああ、味はいいんだが、思った以上に冷たく感じるな。特にレチューガやトマトの水分、これが冷たさを強調しちまってる。店とかの暖かい場所で食う分にはいいのかもしれんが、外では相当厳しいぞ」
「うーん、そしたらサンドイッチを続けるにしても、生野菜は避けた方がいいかもなぁ……」
ロランドの言葉に、フィデルはゆっくりと頷く。話はさらに続けられる。
「それもあるが、やっぱりサンドイッチだけでは厳しいだろうな。出来るだけ風に当たらないよう箱の中に入れて置くとか工夫はしてみたいと思うが、ある程度冷たくなるのはどうやっても避けられそうにないし、そもそも『温まりそう』といイメージが全く出てこないんだよな」
「まぁ、作りたてを出せる店とは違って、冷めるのが当たり前だからなぁ。かといって、お前に料理をしろってのも……」
ロランドがチラリと視線を上に上げるが、フィデルの首はブンブンと横に振られていた。
「無理無理。俺、料理なんてしたことないもん。それにどっちにしろ注文を受けてから作ってたんじゃ遅いんだよ。寒空の中、客を待たせちまうのは厳しいな」
二人とも前向きに考えようとはしているものの、出てくるのは後ろ向きな言葉ばかり。予想していたこととはいえ、良いアイデアはいっこうに出てこなかった。二人は顔を見合わせ、はぁとため息をつく。
そんな二人の下に、一人の少女が大きなトレイを両手でかかえてやってきた。
「お邪魔しますっ。タクミさんからシナモン・コーヒーの差し入れだそうです。あと、小腹満たしにこちらも召し上がってくださいとのことでしたっ」
「を、ルナちゃん、ありがとうっす! んじゃ、トレイごとこっちでもらっとくっすね」
ロランドは少女に気さくに声をかけると、少女の持っていたトレイを受け取りテーブルの真ん中へと置く。一方、フィデルはロランドと少女の親しげなやりとりを目の当たりにして目をパチクリとさせていた。
その様子に、ハタと気付いたロランドが、フィデルに向けて少女を紹介する。
「そうか、お前は初めてだったっけ。この子はルナちゃんっていって、最近マスターたちと一緒にここで暮らし始めた子さ」
「あ、は、はじめましてっ。私、ルナって言います。えっと、フィデルさんですよね?ロランドさんからお話は伺っておりました」
ロランドの紹介に続けて、少しつっかえながらも挨拶をしたルナがペコリと頭を下げると、柔らかな髪がふわっとたなびいた。
その愛くるしい様子にフィデルは慌てて席をたち、自己紹介を始める。
「俺はフィデルって言います。出身はロランドと同じポートサイド。今は新聞売りとサンドイッチ売りの仕事をやってます!」
やけに慌てた様子のフィデルを見て、ロランドがこれ幸いと軽口を叩き始めた。
「で、前も話したけど、コイツはちゃらちゃらしてるから、くれぐれも気を付けるっすよ。分かった、ルナちゃん?」
「っテメェ!人をなんて紹介しやがるんだ!」
フィデルが食って掛かるが、本当の事じゃねーか、とうそぶくロランド。こうなるとフィデルも負けてはいられない。コイツこそすぐ調子に乗るから気をつけなきゃだめですよ!とロランドを指さしてあーだこーだ言い始めた。
どこまでも続けられる悪口の応酬に、ルナは我慢ができずクスクスと笑い始めた。
「お二人はとっても仲良しさんなんですねっ!フィデルさん、これからよろしくお願いいたします。じゃあ、私はキッチンの片づけのお手伝いに戻りますねっ」
ルナはそう言い残すと、もう一度ペコリと頭を下げてキッチンへと戻っていった。ルナから“仲良し”と言われて固まった二人は、ただ黙ってその後ろ姿を見送るしかなかった。
妙な間の後、ロランドが声を発した。
「さ、さて……そうそう、ちょっと一服するか。せっかくシナモン・コーヒーを持って来てもらったしな」
「あ、ああ。それとこっちはカモテに……これはブレッド?」
皿の上には2つの品が載せられていた。そのうちの一つはカモテを蒸かしたものだ。半分に割られた小さ目のカモテの横にはバターが添えられている。
そしてもう一つは、少し黄色く色づいたスポンジのようなもの。見た目からはブレッドやケーキの類のようにも思えるが、表面に焦げ目はなく実に艶やかだ。そして、その食べ物から放たれる湯気からは、何とも言えない甘い香りが漂ってきていた。
フィデルは、誘われるがままにブレッドのようなその食べ物に手を伸ばす。
「あちちっ!これ、めっちゃ熱いんだけど!」
アツアツのそれをお手玉するようにポンポンと手の間でやりとりするフィデル。その様子を見て、やれやれと言った様子でロランドが言葉をかけた。
「そりゃ、こんなに湯気が立ってるんだから熱いのは当たり前だろ!? マスターが折角作ってくれたヤツなんだから、絶対落とすなよ!」
ロランドは、やけどをしないよう指先でつまむようにして手にする。そして、二、三度ふーふーと息を吹きかけてから口へと運んだ。
表面は艶やかだが、中はふわっとほろっとした食感だ。舌の上で転がせば穏やかな甘さが感じられる。焦げ目こそないが、生地の風合いはパンケーキに近い印象を受ける。
そして、まだ温かさがあるその生地から伝わってくるのは不思議な懐かしさ。初めて食べたはずなのに何だか郷愁を誘うような、素朴な味わいであった。
「これは、焼いたブレッドとは違うな。焦げ目もないし……そうか、カモテと一緒に蒸したんだな」
ロランドの分析に、フィデルが感心を示す。
「へぇ、よーわかるなー。さすがはタクミさんの一番弟子ってところか?」
「まぁ、マスターに弟子入りする前もそれなりに料理してきたな。とはいっても正解かどうかまでは分からんから、後で確認するけどなー」
「なんだよ、自信ないんじゃん」
「いや、たぶん間違いないと思うけど、タクミさんのことだからなんかすっごい技使ってるかもしれんからな。しかし、これ……ホントに旨いな……」
その後も二人はたわいもない会話をしながら、蒸しブレッドと蒸しカモテを食べ進める。
日が傾き、ホールの中はだんだんと冷え込んできていたが、この温かなおやつのおかげで、フィデルには身体が芯から温まってきたように感じられた。
フィデルはシナモン・コーヒーを飲みながらぽつりとつぶやく。
「ふぅ、随分あったまるなぁ……こういうのがいいよなぁ……」
「ああ、そうだな……って、そうじゃん、コレをアレンジすればいいんじゃん!」
ロランドは一声叫ぶと、椅子の背もたれに預けていた身体を勢いよく起こし、ぐいっと身を乗り出した。
そのテンションの振れ幅に驚いたフィデルが、どこか宥めるようにロランドへ話しかける。
「確かに美味しいけど、まぁ、言っちゃ悪いがブレッドはブレッドだぜ?サンドイッチの代わりに売ると考えたらちょーっと地味だと思うぜ。それに外売りだとさすがに冷めちまうんじゃねえか?」
怪訝な表情を見せて話すフィデル。しかし、ロランドはニヤリと不敵に微笑んだ。
「だから、フィデル、お前が蒸すんだよ!蒸しながら売っちゃうってわけよ!そうすればアツアツのヤツを売れるじゃねーのか?」
「だーかーらー、俺は、料理できないっていってるの!あと、お客さん待たせられないって!」
さっきその話はしたばかりじゃないか、とばかりにフィデルが文句をぶつける。しかし、ロランドは動じない。テーブルへ身を乗り出しながらゆっくりと説明を始めた。
「それは分かってる。でも、火を起こして鍋にお湯を沸かすぐらいだったらお前にもできるだろう?それさえできれば蒸すのはなんとかなる。商品は予めこっちで仕込んで、蒸して温めなおすだけにしておけばいけるって! 売れる、これは絶対売れる!」
「でも、そうは言うけどよぉ……ホントにできるのか?」
不安がぬぐいきれない様子を見せるフィデルだが、ロランドの興奮は収まらないようだ。
「もちろん上手く行くかどうかはこれからの実験次第だけどな。まずはこの蒸したブレッドみたいなやつの作り方もマスターに教えてもらわないといけないし、屋台で売れるように蒸すための道具も必要になるかもな。でも、絶対試してみる価値はあるって!」
蒸しブレッドや蒸かしカモテの熱気が変なところに回ったのか、ロランドの語り口はどんどんと熱を帯びていった。その熱い想いに、フィデルもつい煽られる。
「わかったわかった、そしたら、とりあえず試作頼むわ。その出来栄え次第でどうするかは考えようぜ」
「うっしっ! じゃあ決まりだな!早速マスターにさっきの蒸しブレッドの作り方を聞いてみるわ。あとは、どうすれば面白い商品になりそうか、これは一緒に考えようぜ!」
目を輝かせてはしゃぐロランドを見て、フィデルは少しうらやましくなった。料理が出来るというのは、新しいモノを自分の手で作り出せるチャンスと技術を持っているということでもある。それはきっと想像以上に楽しいことなのだろう……。
とはいえ、目の前の相棒は自分も一緒に考えてほしいと言っている。そう、アイデアなら自分にも出すことができるのだ。むしろ、お客様と直接接して見つめている自分だからこそ出せるアイデアを彼も欲しているはずだ。
ロランドなら、どんなアイデアでもきっとカタチにしてくれる ―― そう信頼できるパートナーだ。だからこそ、アイデアを出す部分だけはロランドに負けないよう、もう一度しっかりお客様のことを見つめ直し、いろいろアイデアを出していこう。
そう心の中でこっそりと誓うと、ロランドに向けて力強く頷くフィデルだった。
※第2パートに続きます。




