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異世界駅舎の喫茶店  作者: Swind/神凪唐州


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23 新聞記者と選べるモーニング(2/2パート)

※2015.10.29 20:00更新 2/2パート

※第1パートからの続きです。まだお読みでない方は第1パート(前話)よりお読みください。


(あー、眠たい……)


 小脇に抱えていた大きな封筒をどさっとテーブルの上に置いたカミロが、椅子に深くもたれかかり、ため息をつく。

 カミロが持ってきた封筒は、この地の支局から本社に送るための記事原稿だ。

 カミロの勤め先の新聞社では、支局に所属する記者が書き上げた原稿を列車の小荷物便扱いにて毎朝ローゼスシティの本社へと送られることとされていた。

 原稿の送付手配は若手記者が行うこととなっており、今日はカミロが持ち回りの当番となっていた。


 普段よりも早く起きなければいけない面倒な仕事ではある。しかし、カミロはその中でも一つだけ楽しみを見つけていた。それが、駅舎に併設されている喫茶店『ツバメ』に立ち寄ること。ここの美味しいモーニングを頂くことが、カミロにとっての励みとなっていた。


 とはいっても、早く起きれば眠たいのが自然の摂理。特に、昨日は遅くまで原稿の書き直しをさせられていたため、普段以上に寝不足気味だ。カミロは、椅子にもたれ掛かって何度も生欠伸をかみ殺す。

 そんなカミロに、水とおしぼりを運んできたタクミが声をかけた。


「今日もご利用ありがとうございます。小荷物の方は後程駅員が参りますので、少々お待ちいただけますでしょうか?」

 

「あ、ああ、いつもの新人さんですね。了解です」


 目を若干擦りながら返事をするカミロに、タクミは頭を下げる。


「ありがとうございます。私もカウンターにおりますので、何かあればお声掛けください。それと、今日のモーニングは普通のトーストとチーズトーストをお選びいただけますが、どうしましょうか?」

 

「を、いいですね。そうしたらチーズの方でお願いします」


 かしこまりました、とタクミは短く答えるとカウンターへと戻っていった。


 カウンターへと戻ったタクミは、切り分けて置いたマイス(コーン)ブレッドを籠の中から取り出すと、その上に予めスライスしておいたチーズを載せ、オーブンストーブのグリル中へと入れる。


 今日のチーズは、ガルドに依頼して作ってもらった特製のものだ。 

 これまで『ツバメ』で使ってきたのは、保存のために塩味を効かせたケッソと呼ばれる硬いチーズだ。

 ケッソはこの地域でよく食されているポピュラーなもので、摩り下ろして料理の“調味料”のように使われることが多い。

 これはこれで大変美味しいのだが、やや塩味が強く、また火を通しても“とろける”感が出づらいため、グラタンやドリア、それに今日のようなチーズトーストのように“食材”として使うにはあまり向いていないとタクミは感じていた。


 そこで喫茶店の開業当初からガルドへリクエストしたのが今日の特製チーズだ。ケッソの弱点である“塩味の強さ”と”とろける感の足りなさ”を解消することを目標として試作が繰り返された。

 熟成期間が必要なチーズの試作は、季節単位の時間が必要だった。それでも、根気よく試作を繰り返すことで、タクミが思い描いていた味わいと“とろける”感を共に実現したチーズが先日ようやく完成したのだ。

 

 マイスブレッドの上では、薄くスライスされたチーズがグリルの中で早速フツフツと言い始めていた。ブレッドが焦げ過ぎないよう、タクミの手によりブレッドの置き場所が細かく調整される。

 作業の合間でふと顔を上げると、カミロの下にテオがやってきて依頼された小荷物便の手続きを進めていた。

  二人の話している声は、カウンターにいるタクミにも聞こえてきていた。タクミは、それとなく二人の会話に耳を立てる。


「はい、手続きOKです。こちらが控えになりますので、どうぞお預かりください」


「ありがとうございます。では今日もよろしく……ふわぁぁぁ……っと、こりゃ失礼しました」


「随分眠そうっすね。昨日も遅くまで原稿を仕上げてたんです?」


「ええ、支局長に何度も書き直しを命じられて……おかげで昨日の夜は3時間睡眠ですよ。この平和な街じゃ記事になるような事件なんてそうそう起こらないだろうし、昼にどっかでちょっと休ませてもらおうかなって」


「いいなぁ、俺はこの駅舎で一日仕事だから、サボるヒマなんてないっすよー」


「その分、ちゃんと定時に帰れるんだからいいじゃないですか。お互い様っすよ」


 それぞれに仕事の愚痴をこぼし合う同世代の二人に、まぁ、若いうちは仕方がないか……と、タクミは苦笑する。


 若者たちの会話に耳を傾けている間に、チーズトーストが焼き上がっていた。タクミは、焼き上がったトーストを小皿に載せると、十字に仕切りの付いた大き目の皿を用意する。

 十字の皿のそれぞれの区画には、トーストと一緒に焼いておいたブルスト(ソーセージ)、作り置きしておいたサナオリア(にんじん)のサラダ、ケチャップ和えのパト(パスタ)、そしてゆで卵が丁寧に盛り付けられた。


 盛り付けを終えて注文の品を運ぼうとしたタクミの耳が、再び若い二人の会話を捉える。


「あーあ、なんか面白いネタないっすかねぇ……。そうだ、最近この駅舎を利用した有名人さん、誰かいなかったです?例えばお忍びで来たどこかのご令嬢さんとか……」


「うーん、有名人さんですか……」


「テオ、だめですからね」


 思案顔を見せるテオに、背後から声がかけられた。出来上がったモーニングセットを運んできたタクミが、眉をハの字にしてじっとテオを見つめている。

 思わぬ方向から声をかけられたテオは、驚きつつもタクミに言葉を返した。


「わかってますって。駅員たる者、誰がこの駅を利用したか周りに漏らしてはならない……でしょ?」


「そうです。それもお客様の“安心”につながる大切なことですからね。それよりも、少々話し込みすぎではありませんか?間もなく改札を始める時間ですよね?」


 タクミの視線につられるようにして壁の時計を確認するテオ。時計の針は、長針も短針も8の数字辺り指していた。9時ちょうどに出発する始発列車の改札は、8時45分から始めなければならないこととなっている。テオは、ヤバッと零した後、先ほどカミロから預かった小荷物扱いの封筒を小脇に抱え、そそくさと改札の準備へと戻っていった。


「カミロさんも、あんまりうちの若いのにちょっかいをかけないでくださいね。っと、お待たせしました。ご注文のモーニングセット、チーズトーストです。」


 タクミはやんわりと釘を刺しながら、カミロの前にモーニングセットを並べていく。ただ、そこはカミロもまだ若い。タクミに負けじと口元に笑みを浮かべながら言葉を返した。


「ガードの硬いタクミさんは無理でも、新人のテオさんならなんか引き出せると思ったんですけどねぇ」


「まぁ、記者さんというお仕事柄は分かりますが、もし、次に見かけたらこの店への出入りを禁止にしますからね」


「おっと、この美味しいモーニングが食べられなくなくなるのはご勘弁くださいな」


 カミロはケラケラと笑いながら、湯気の立つチーズトーストをがぶりと咥えた。

 トロトロに溶けたチーズが糸を引くように伸び、下へ垂れそうになる。慌てたカミロは、垂れさがるアツアツのチーズを手で受け止めてしまった。


「っちちっ!でも、うん、コクがあって……いつもうまいっすね!」


「お口に合いましたようで何よりです。コーヒーもすぐにお持ちしますね」


  タクミはそういうと、一礼の後、カウンターへと戻っていった。


  チーズトーストの熱さと旨さですっかり目覚めたカミロ。動き始めた腹の虫の赴くがままに、次々とモーニングセットを食べ進めていった。

 焼いたブルストに歯を立てれば、皮がパリッと弾け、中にたっぷりと詰まった肉汁が口の中へ溢れ出てくる。脂のくどさは、さっぱりと味付けされたサナオリアのサラダが洗い流してくれた。プリッとしたブルストとシャキシャキしたサナオリアの食感の対比も絶妙だ。

 サラダとともに添えられているパトは軽く炒められており、独特の香ばしさが食欲を掻き立てる。ケチャップの甘みと酸味もパトに良く合っているように感じられた。


 そういえば……、モーニングを食べ進めていくカミロの脳裏に、ふと一つの疑問が浮かび上がる。

 この店では最近よく出されるようになったパトだが、この地域ではこれまで見かけたことがない食材だ。それに、少し前の新聞記事には、どこかの大使館で行われたパーティにてこのパトがお披露目されたことと、そしてこれから(・・・・)本格的にパトの輸入が始まることが伝えられていた記憶がある。

 すると、このパトは海外からの輸入が始まったばかりの貴重な食材ということになる。当然、今の段階ではこの辺りの市場で出回っているはずもない ――。


 ―― それでは、なぜこの店ではこうして早々にパトを使った料理が出せるのか……?


 カミロの心がにわかに騒ぎ立った。これは特ダネの匂いがするかもしれない。駅舎のお客様のことは聞けなくても、この店にまつわることならタクミも取材を受けてくれる可能性はある。

 そう考えを巡らせていたカミロの下へ、セットのコーヒーを手にしたタクミがちょうど戻ってきた。


「お待たせしました。シナモン・コーヒーです」


 タクミは、トレイの上でカップを皿の上に載せると、カミロの前へとすっとコーヒーを差し出そうとする。

 その優雅な仕草を待ちきれないとばかりに、カミロは先ほど沸き起こった疑問をタクミへとぶつけた。


「タクミさん、このパトって確か海外からこれから輸入されてくる貴重なものですよね?それを惜しげもなくモーニングで出すなんて……いったいどこから仕入れてるんです?」


「え?ああ、パトですか。これはえーっと……」


「うむ、これはワシが差し上げたものじゃ」


 一瞬言いよどむタクミに助け船を出すかのように、カミロの隣の席に座って新聞を読みふけっていた老人が声をかけてきた。カミロは思わず声が発せられた隣の席へと振り向く。


「えっと、貴方は……って、シルバ商会の敏腕バイヤー、サバス・シルバさんじゃないですか!ご無沙汰しております」


 隣に座っていたのがこの地の有力者であることに気づいたカミロは、慌てて立ち上がって頭を下げる。

 サバス老人はうむと一つ頷き、以前に面識のあった若い新聞記者へと話しかけた。


「お主は確かカミロくんとか言ったかな。残念ながら、この件では記事になるようなことはありゃせんよ。このパトはワシからの博覧会土産、単にお得意様に対するサービスの一環というところじゃな。ついでに、タクミ殿の力を借りてこのあたりでのパトの反応を見たいというのもあるがな」


 その言葉に、カミロは以前に呼んだ記事を思い出す。そうだ、確かパトの交易にはシルバ商会も関わると ――。


「そういえば、たしかサバスさんのところでもパトの交易に絡むのでしたよね。記事で読ませていただきました。そうか、サバスさんが差し入れたものだったんですね。うーん、なんか秘密のルートでもあるかと思ったんですが……残念です」


 がっくりとうなだれる若手記者に、はっはっはとサバスが笑いかけながら慰めた。

 カミロの中に沸き起こったパトの出自の謎はどうやらあっさり自己解決に至ったようだ。タクミはこっそりと一息ついてから、改めてカミロに声をかける。


「サバスさんのお力添えにいつも助けていただいているというわけです。ご期待には沿えなかったかもしれませんが、そうそう特ダネになるような事件が起こっていても大変ですしね」


「そうはいってもですねぇ、この街はあまりに平和で……。記事になるような事件なんてなーんにもおきやしないんですよ。そりゃ、何も起きないのが一番だってのは分かってますけど……分かります?このボクの苦悩?」


 つい愚痴っぽくってしまったカミロは、黙って話を聞いている二人へと、さらに言葉を連ねていった。


「オレはね、早く一流の記者と呼ばれるようになりたいんです!誰よりも先にスクープを捕まえて、本局の連中にすごいって言わせたいんですよ!」


 サバスは苦笑いを見せながら、今はまだ未熟な、しかし将来性のある若者をそっと嗜める。


「まぁまぁ、そんなに力みなさんな。それに、やっぱり一市民としては、そんなにすごいスクープになるような事件は起らない方がありがたいと思うのじゃよ」


「別に物騒な事件が起こってほしいってわけじゃないですよ。それこそ、政治家同士とか、どこかの商会同士の密談とかでもいいんです。そうですね、さっきの話だと、確かパトを持ってきた国の大使は若くて大そうなイケメンらしいっすから、どっかで秘密のラブロマンス発覚!なんってのも面白そうですねー」


 その言葉に、タクミは思わずサバスの方を見てしまう。視線の先にいた老人も、口に含んでいた水をぶっと吹き出しそうになっていた。

 しまった、今のは不審に思われるかも……タクミとサバスはどう取り繕おうかそれとなく視線を合わせて会話する。

 しかし自分の言葉に酔いしれて視野をが狭くなっていたのか、カミロはそんな二人の様子など全く気付かずに一人話を進めていた。


「まぁ、スプリングサイド(温泉街)にある一流ホテルの一室ならともかく、ここみたいな庶民的なお店では、そもそも大使閣下がいらっしゃるなんてことはなかなかないですよねぇ……」


 どこか決めつけたような、やや礼を失するカミロの言葉に、タクミは肯定も否定もせず、ただ黙って微笑んでいた。

 空気の変化を察知したサバスが、二人をとりなすように口を挟む。


「まぁまぁ、スクープというものはやがて巡ってくるものじゃよ。その時にチャンスを見逃さないことじゃな。そうだ、カミロくん、今度一つ取材を頼まれてくれんかね?」


「え?取材です?」


「うむ、君も新聞記者なら、今度ポートサイドにうちが出資した新しい製氷工場が出来るのは知っておろう?その工場が間もなく完成するのでな、カミロ君さえよければ、正式なお披露目に先駆けて一度現地を取材してもらおうかと思うのじゃが……?」


 サバスの申し出に、カミロは腕を組んでうーんと唸る。


「うーん、工場の取材ですか……ちょっと地味なんですよねぇ。面白い記事にするのもなかなか難しいですし……」


「そうかそうか、まぁ、無理にとは言わんよ。もし興味がないということなら……そうだな、ドナートくんの方に頼もうかのう……」


 サバスがポツリと口にした名前は、ライバル紙若手記者のものだった。地方出身者ながら敏腕と評価が高く、この地域の新聞業界の中では一目置かれている存在だ。

 好みのネタではないとはいえライバルにみすみす取られるのは癪である。考えるよりも早く、カミロの口から言葉が飛び出していた。


「やります!ぜひ俺にやらせてくださいっす!」


 カミロから返された実に予想通りの言葉に、サバスはしたたかに微笑んだ。ここは一気に進める時だと判断したサバスは、タクミへと追加の注文を告げる。


「うむ。そうしたら、早速打ち合わせをさせてもらおうかの。タクミ殿、すまんがコーヒーのお代わりを二つ、彼の分もモーニングごと私につけて置いてくだされ」


 かしこまりました、と一言残し、タクミはカウンターへと戻ろうとする。その時、店の入口がカランコローンとなり、新人駅員が声をかけてきた。


「タクミさーん、そろそろ改札おねがいしますーっ!」


「わかりました。今向かいます。そうしたら、ニャーチ、コーヒーのお代わりを2つ、サバスさんのところへお願いしますね」


「あいあいさーなのなっ!」


 ニャーチの声を背中で受けながら、タクミは喫茶店の入り口近くの会計スペースに置いてある駅員としての制帽を手に取る。その時、ふと壁にかけてあるカレンダーが視界に入った。


(そういえば、次のご来訪はもう来月すぐになりますね……)


 カレンダーを見たタクミの頭の中に、“個室をよく利用する二人の常連客”のことが浮かんできた。

 まだまだ『より一層の成長』が必要であるカミロではあるものの、もしあの“現場”を目撃すれば色めきだってしまうことに違いない。むしろ彼の若さは、思わぬ方向へと話題を広めてしまうことも考えられた。

 そうなると、次にお越しになるときには何か対応が必要かもしれない……制帽をしっかりとかぶりながら、“次回のご予約日”のことを思うタクミだった。


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