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異世界駅舎の喫茶店  作者: Swind/神凪唐州


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23 新聞記者と選べるモーニング(1/2パート)

 本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。本日始発となります一番列車の改札は、出発の10分前を予定しております。 ご乗車のお客様は、改札口横にございます待合室にてお待ちください。

―― なお、小荷物便をご利用の方は駅係員または『ツバメ』の店員までお申し付けください。


 今日もハーパータウン駅に朝日が差し込む。太陽が昇る時刻は日に日に遅くなり、朝は随分と冷え込むようになってきていた。そんなある日の朝、タクミは普段通りに起床し、喫茶店『ツバメ』のキッチンにてモーニング営業の準備を進めていた。

 

 いつも通りの段取りでモーニングの準備は進められており、キッチンの中には朝一番に淹れられたシナモン・コーヒーが放つ甘い香りが広がっていた。

 ガルドが毎朝運んで来てくれる肉や卵、野菜、乳製品といった食材も、既に食料庫へと運び込まれている。

 ガルドの話によれば、ペピーノ(きゅうり)や、ピミエント(ピーマン)ベレンヘーナ (なす)は盛りを過ぎ、これから秋が深まるについてキノコ類やイモ類、根菜類が出回り始めるとのことだ。


(そろそろ、サラダの代わりに温野菜やスープをお出しすることも考えなければなりませんね……)


 タクミは、キッチンテーブルの上に置かれたボウルの中身の状況を確認しながら、そう一人つぶやいた。

 ボウルの中に入れられていたのはサナオリア(にんじん)のサラダ ―― 千切りにしたサナオリアにナランハ(オレンジ)の果汁と塩、オリバ(オリーブ)油を和えたもの ―― だ。ドレッシングに軽く漬け込むことでしんなりとした食感となるサナオリアのサラダは、『ツバメ』でも人気の上位にランキングされていた。

 しかし、例え人気の商品とはいえ、これから寒くなる時期になればサラダよりも温かい料理が求められるのは必然であろう。食材と段取りを工夫しながら、お客様により喜んでもらえる料理を考えなければ……ボウルの中身をもう一度軽く混ぜ合せながら、タクミは思考を巡らせていた。


 そうこうしていると、中火に調整されたロケットストーブの上に置かれた寸胴鍋の蓋がカタカタと鳴り始めた。中のお湯が沸いてきた証拠だ。

 その音を合図として思考から現実に引き戻されたタクミは、布巾代わりに使っている白い布を取っ手にかぶせてから鍋の蓋を開ける。そして、ブクブクと煮立つお湯の中へ卵がたくさん入った竹籠を沈めていった。

 そして、壁の柱時計の針をチラッと確認した後、トースト用として使うマイス(コーン)ブレッドをまな板の上に置いて切り分け始めた。


 そんな時、キッチンで仕込み作業を続けるタクミに、ホールの方から声がかけられた。


「おはようございますっ。ホールのお掃除終わりましたっ」


 透き通るような声の主はルナだ。


 瞳の大きな黒髪の少女は、先日の収穫祭での出来事をきっかけとして、タクミやニャーチと共にこの駅舎で一緒に住むようになっていた。

 実質的な保護者となったタクミやニャーチに迷惑をかけてはいけないと思ったのか、一緒に住み始めて間もなく、ルナは「ただの居候では申し訳ないので出来る範囲で仕事をさせてほしい」と話を持ち出してきた。

 しかし、まだ大人になる途上であるルナにあまり多くの仕事を手伝わせることはタクミの本意とするところではない。タクミは、手伝わなくても大丈夫ですよとルナを諭した。

 しかし、タクミの想いとは裏腹に、元来責任感が強いのであろう少女の固い決意を翻すには至らなかった。自分で出来ることはしたいルナと、出来るだけ無理をさせたくないタクミ。二人の間での何度か話し合いがもたれた。

 その結果、ルナには、喫茶店『ツバメ』の仕事を少しだけ“お手伝い”させることとなったのだ。

 

 ルナに任せている“お手伝い”の一つ ―― 営業前のホール清掃が完了したとの報告を受け取ったタクミは、いったん作業の手を止めてねぎらいの言葉をかける。


「はい、お疲れ様でした。そうしたら、もうすぐ朝食の準備が出来ますので、先にこのプレート皿をホールへと運んでおいてもらえませんか?」


「分かりましたっ。これでいいですかっ?」


 確認を求めるルナに、コクリと首を縦に振ってこたえるタクミ。カウンターに用意されているは、喫茶店のモーニングと同じ献立で用意された4人分(・・・)のプレート皿だ。ルナは、タクミの指示通り、毎日楽しみにしている朝食を一つずつテーブルへと運んでいった。


 ルナがテーブルのセッティングを行っていた時、喫茶店ツバメの入り口の扉につけられたベルがカランカラーンと鳴らされた。営業時間前の店へと入ってきたのは制服制帽の青年 ―― 新人駅員のテオだ。


「おはようございまーっす。うー、今日は何か寒いっすね」


「あ、テオさんおはようございますっ!今日も朝食の用意できてますよっ」


「おー、ルナちゃんおはようさん。今日も美味しそうだねぇ」


 テオは、背中を丸めてテーブルに近づくと、並べられたプレート皿を見つめる。

 サナオリアのサラダに、茹で卵、それにテオの好きな肉にパト(パスタ)料理と、今日も随分美味しそうな朝食だ。

 先ほどまで眠そうにしていたテオの目がにわかに輝き出した。


 駅員の始業時刻は朝8時。駅舎のルール上は、その少し前に出勤すればよいとされていた。しかし、ここ1~2週間は、遅刻こそなかったものの、時間ぎりぎりに出勤してくることが多くなっていた

 見かねたタクミが指導の傍らテオから話を聞けば、ついギリギリまで寝てしまい、朝食をとる時間もないとのことだった。

 楽なようで体力が必要な駅舎の仕事、朝食をきちんと取らなければ集中力が不足し、いずれ事故を起こしかねない。そう心配したタクミは、早速改善のための方策をとることとした。

 その方策とは、「テオに早めに駅舎へ出勤させ、『ツバメ』で朝食を一緒にとらせること」。ちょうどルナを引き取ったこともあり、また、朝食メニューと言っても喫茶店のモーニングで準備するものと同じだ。

 手間が増えるわけでもなく、コストにしても福利厚生の一環とでも考えれば十分採算が合う。

 指示を受けた直後こそ面倒そうにしていたテオだったが、タクミの作る朝食の美味しさに引かれ、最近は眠い目を擦りながらも毎日時間通りに駅舎へ出勤することが出来ていた。


 どかっと腰をかけたテオの下に、タクミが焼き上がったばかりのトーストと暖かいシナモン・コーヒーを運んできた。


「テオさん、おはようございます。トーストとコーヒーもどうぞ」


「あ、おはようございます。今日もよろしくお願いします」


 銀色の丸いトレイにトーストとコーヒーを載せて持ってきたタクミに、テオが慌てて挨拶を返した。

 

「こちらこそよろしくお願いしますね。さて、あとはニャーチですね……」


 タクミが階段の方を見ると、ちょうど足音が聞こえてきた。どうやら今日は起こしに行かなくてもちゃんと起きてきたようだ。

 しばしの後、ネコ耳をペタンと垂らしたニャーチが、寝ぼけ眼を擦りながら降りてきた。なぜか手には枕を持っている。


「うにゅぅ……まだねむいのにゃぁ……。だからおやすみなのなぁ……」


 朝食を用意しているところとは異なる、階段に一番近いところにある椅子に座ったニャーチは、枕を机に置いて顔をうずめる。

 そんなことだろうと思ったタクミは、予め用意しておいた白い布の包みから一つの透明な塊を取り出すと、再び夢の中に旅立とうとする猫耳娘(パートナー)の頬へぴとっと押し付けた。


 その瞬間、ニャーチが悲鳴を上げて飛びあがる。


「ふにゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!それやーーーーーなのなぁぁぁぁ!!」


「ちゃんと起きないのが悪いんでしょ? 目は覚めた?」


「起きたにゃ!起きたからもうそれやめてなのにゃっ!!」


「じゃあ、明日からも朝はちゃんと起きられますね?」


 タクミの質問に、ニャーチは首を何度もコクコクと縦に振る。


「「えーっと……、ごちそうさまでした」」


まだ食事を始める前のテオとルナの二人の口から、そろって同じ言葉がこぼれ落ちた。



―――――


 4人そろっての食事は終わり、喫茶店『ツバメ』はいつものようにモーニング営業が始まっていた。常連客を中心に、今日もまずまずの賑わいを見せている。


 そんな店内に、ひときわ元気のよいルナの声が響き渡った。


「それじゃ、行ってきまーすっ!」


「はいにゃーっ、気を付けて行ってらっしゃいなのにゃっ!」


「おー、嬢ちゃん今日も勉学に励めよー」


 ニャーチに続き、常連客からも見送りの声がかけられる。“駅長”にプレゼントされた革製の鞄を背負ったルナは扉の前でもう一度ぺこりと一礼すると、一目散に駆け出していった。


 ルナが向かったのは、近くの教会に併設された私学校だ。

 タクミたちの故郷(日本)とは違い、“こちらの世界”では子供たちが学校へ通う必要はないとされている。しかし、これから自分の力で人生の道を切り開いていかなければならないルナのことを思うと、出来るだけの『機会』は用意してあげたいとタクミは考えていた。


 そこで、タクミは、今の彼女のために何ができるかについて“駅長”へと相談を持ちかけた。そして“駅長”の計らいで実現したのがルナを私学校へ通わせることだった。

 ルナを通わせることとなった私学校は、親の資力や身分にかかわらず、読み書きや算術といった基本的な知識や力を学ばせるところとして、教会の牧師やシスターにより運営されている。タクミの感覚では、学校というよりは『寺子屋』と呼んだ方がしっくりくる施設だ。

 まずはこの私学校で基礎を身につけさせ、その後はルナが何か興味を持てばその道へと進む機会を出来る限り用意する ―― ルナを引き取ると決めた以上はきちんと責任を果たしたいというのが、タクミと“駅長”の共通の想いであった。


 ルナが駆け出して行ってすぐ、再び『ツバメ』の扉がカランカランカラーンと鳴った。入れ替わるようにして入ってきた、羊のような巻角の間に載っていたチェック柄のベレー帽が良く似合っている一人の青年だった。


「ちーっす。まいどですー。いつものヤツ、セットでお願いしますー」


「いらっしゃいませなのなーっ。あ、カミロさん、おはようございますなのなっ!」


 来客に気づいたニャーチが早速声をかける。カミロと呼ばれた青年は、目をごしごしと擦りながらネコ耳店員の案内に従ってテーブルへと向かった。


「ニャーチさんはいつも元気ですねぇ。私は眠くて眠くて……ふわぁぁぁ」


 大きく欠伸をした拍子に、かぶっていたベレー帽がポトリと床へと落ちる。カミロはパッとそれを拾いあげると、手にしていた大きな封筒と一緒に小脇に抱え、気恥ずかしそうに首をすくめた。

 

 カウンターの小さなオーブンストーブでコーヒーを温めていたタクミも、カミロの到着に気づいて声をかけた。


「カミロさん、おはようございます。いつもの小荷物便とモーニングですね。ニャーチ、テオさんを呼んできてもらえますか?」


「あいあいさーなのなっ!それでは、こちらで少々お待ちくださいませなのにゃっ!」


 ニャーチは、タクミの指示を実行すべく一目散に店を飛び出していく。

 席へと着いたカミロは、まだ半分眠たそうな眼を擦りながら、元気に溢れる看板娘の後ろ姿をぼんやりと見送っていった。


※第2パートに続きます。

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