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異世界駅舎の喫茶店  作者: Swind/神凪唐州


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22 小さな魔女と女神が愛した果物(2/3パート)

※2015.10.19 20:15更新 2/3パート

※第1パートからの続きです。まだお読みでない方は第1パート(前話)よりお読みください。

 『ツバメ』を勢いよく飛び出したニャーチは、プラットホームでテオに指導をしている“駅長”の姿を発見すると、急いで駆け寄っていった。


 「“駅長”さん、“駅長”さん、大変なのなっ! すぐにきてほしいのにゃっ! ヘルプミーなのなっ!」


 「おお、ニャーチ殿、何かあったかね?」

 

 「そうなのなっ!ルナちゃんが大変なのなっ!」

 

 ニャーチの拙い説明にも、緊急性が高いことだけ理解できた“駅長”は、テオに続きの作業の段取りを説明すると、すぐに『ツバメ』へと駆けつけてくれた。


 先ほどの“ハプニング”のおかげなのか、ルナはすっかり落ち着きを取り戻していた。自分たちを信頼してくれたのか、少しずつ自分のことを話始めてくれている。

 タクミは、ルナに“駅長”を紹介しながら改めて細かな事情を聞き始めた。


 話によれば、ルナの両親は5歳の頃に事故で亡くなり、その後はこの近くに住んでいた母方の祖母の下で育てられていたようだ。しかし、その祖母も昨年の今頃に亡くなってしまい、その後は唯一の身寄りであった伯父母へと引き取られたとのことだ。


 祖母の下では暖かく育てられていたルナだったが、伯父母の下に身を寄せた後に待っていたのは苛烈な仕打ちだったようだ。

 引き取られてすぐに命じられたのが、伯父母の家の家事を全ての一人でやることだった。祖母と暮らしていた頃からたくさん家事を手伝っていたルナだったが、掃除に炊事、洗濯といった家事の全てを幼子一人だけでやるのは大変な重労働だった。

 それでいて与えられるのは物置小屋と、僅かばかりの食事のみ。炊事中につまみ食いでもしようものなら、酷い折檻が待ち構えていた。


 それからしばらくすると、今度「お金を持って帰ってこい」と外に放り出されるようになった。

 とはいえ、子供であるルナを雇ってくれるところなどなく、稼ぎを得る方法と言えば、せいぜい摘んだ花を売るか、温泉街で荷物運びのお手伝いをしてチップをもらうくらいの方法しかない。

 稼ぎが少ない日などは食事が与えられないこともザラだった。 

 お風呂になんて入れてもらうことはできず、自分の身は近くの川で洗っていたそうだ。


 話しを聞くにつれ、タクミの心にフツフツと怒りが湧いてきた。いったいルナが何をしたというのだろうか?努めて冷静に振る舞おうとするタクミだったが、拳にはどうしても力が入ってしまう。

 そんな空気を察したのか、“駅長”がタクミに声をかけた。


「事情は理解した。これはどうやら私の出番のようだな。タクミ殿、しばらく駅務を任せても良いかね?」


「もちろんです。よろしくお願いいたします」


 すぐに返されたタクミの言葉に“駅長”は一つ頷いてから、今度はルナに話しかける。


「ルナちゃんといいましたな。ここ最近は本当に辛いことばかりだったでしょう。だが、安心してください。ルナちゃんが嫌な目に合わないよう、私も、タクミ殿も、ぜひお力にならせていただきますぞ」


「ニャーチもなのなっ!!」


 “駅長”の言葉にかぶせるようにして、ルナの隣に座って話を聞いていたニャーチが声を合わせる。

 それぞれに想いがこもった三人の言葉に、ルナはまた涙をこぼしてしまった。先ほどまでのものとは違う、感極まっての涙だ。

 その涙を見たニャーチは、ルナを抱き寄せて、静かに頭を撫でていた。



―――――



 ルナから一通りの話を聞き終えた“駅長”は、駅務業務をタクミに託すとニャーチとルナを連れて乗合馬車で街の中心部に向かっていった。

 この一件について関係各所への確認を行った後、伯父母との直接交渉を行うとのことだった。

 駅馬車に乗り込む際の“駅長”の顔がなにやら不敵な笑顔だったのが気になったタクミであったが、あまり深く気にしてはいけない予感を感じていた。


 日が傾き始める中、駅前広場から出発する乗合馬車を静かに見送ったタクミは、手が少なくなったメンバーで駅務と喫茶店の仕事についてそれぞれ段取りをつけていった。

 『ツバメ』の特別営業はロランドに任せることとした。最近のロランドの仕事ぶりであれば大丈夫であろうという判断からだった。

 

 一方、タクミ自身はテオと共に駅務を進めることとした。最近はしっかりと仕事を覚えるようになったテオだったが、細かな点についてはまだまだ指導が必要だ。それでも、テオと並んで一緒に仕事を進めているとこの短期間で随分と成長を感じられるものであった。


 三人による奮闘により、駅務も喫茶店の営業も大きなトラブルはなく進められた。そして、日が傾き影が長く伸びるようになった頃、収穫祭は終了の時刻を迎えた。


 ロランドが後片付けをしているところに、最終列車の出札を終えたタクミが手伝いにやってきた。


「今日はお疲れ様でした。後半は一人で任せてしまいましてすいませんでした」


「いや、全然いいっすよ!そういえば、少し材料が余ったんすけど、どうしましょう?」


 ロランドが見せた2つの箱には、今日の特別営業に向けて用意していた小間切れの牛肉を炒めたものとサラダ野菜がそれぞれ入っていた。特別営業で出していた特製トルティーヤの具材が少し余ったようだ。

 タクミは残った材料をチラリとみると、ロランドに指示を出す。


「そうですね、あと2つだけ作ってもらえませんか?一つはロランド、もう一つはテオの分ということで。それでも残った分は後程私たちで頂きますね」


「あざっす!さすがに忙しくて腹ペコだったんすよ」


 普段の厨房であれば味見(つまみ食い)や試作で多少は小腹を満たすことはできるが、今日は店頭での特別営業を一人で回していたのでさすがに隙がなかったようだ。ロランドが満面の笑みで返事をすると、早速トルティーヤ生地に具材を包むと、テオの分を先に皿の上へと置いてから、自分の分を大きく口を開けて頬張るのであった。



―――――


 

 今日の仕事を終えたテオとロランドが帰路に着き、駅舎にはタクミ一人が残された。静まり返ったキッチンに、包丁の音が鳴り響く。


 (そういえば、一人になるのはずいぶん久しぶりですね……)


 “こちらの世界”に来てから、傍らには常にニャーチの存在があった。もちろん、キッチンで一人になることは日ごろからあったが、駅舎に誰もいないというのは初めての経験かもしれない。タクミは、ニャーチと、おそらくは一緒に帰って来るであろう他の二人を待ちながら、先に夕食の仕込みを進めていた。

 

 トルティーヤの具材として用意していた野菜サラダは、特製のドレッシングで和えてから盛り付け直す。小間切れの牛肉は、細かく刻んだセボーリャ(玉ねぎ)と一緒に炒め直してから、炊いたアロースを加えてさらに炒める。塩コショウと香りづけには自家製のスパイスミックスを利かせれば、牛肉と玉ねぎのカレー風味ピラフが出来上がった。


(さて、折角ですのでこちらも使わせていただきましょうか)


 タクミが手にしたのはマンサナ(リンゴ)の実、先ほどルナから受け取っていたものだ。真っ赤に染まったマンサナの実は、やや小ぶりだがずっしりと重く、実がギュッと詰まっている様子がうかがえる。

 改めて包丁を手にしたタクミは、手際よくマンサナの皮を剥いてから六等分に櫛切りにする。そして、一つずつ芯を取り除くと、用意しておいた塩水に浸していった。

 マンサナの下ごしらえを進める中で、タクミは端を少しだけ切り取って口の中に放り込む。


(うーん、やっぱりなかなか酸っぱいですね。これはいい仕上がりになりそうです)


 “こちらの世界”のマンサナの実は、酸味が強い。そのままでも食べられなくはないが、タクミの中では菓子向きといったイメージを持っていた。実際、“こちらの世界”の人たちはマンサナを焼いたり煮たりして食べることが多いとのことだった。

 

 マンサナの実の下処理を終えると、タクミは鍋を用意した。


(あの子も食べるかもしれませんから、アルコールは控えめにしましょうか)


 鍋の中に入れられたのは、白ワインと水、砂糖、そしてリモン(レモン)の果汁だ。これらを少しかき混ぜて砂糖を溶かしてから、マンサナの皮と実を両方とも入れる。すべての材料が入った鍋はオーブンストーブの天板に置かれ、柔らかい火にかけられた。


 続いてタクミは新しい鍋を用意すると、その中に卵黄と砂糖を入れ、牛乳を加えながらよくかき混ぜる。その卵液の中へアロース(コメ)の粉をふるい入れて全体をなじませたら、こちらもオーブンストーブの天板の上に置かれた。


 タクミは、隣に置いたマンサナ入りの鍋の様子を確認しながら、卵液を木べらでかき混ぜていく。すると、徐々に熱が加えられた卵液にとろみがつき、もったりと硬くなっていく。カスタードクリームの出来上がりだ。


(こちらもそろそろよさそうですね)


 続いてマンサナ入りの鍋の様子を確認したタクミは、一つ頷く。鍋の中では、淡いピンク色に染まったマンサナの実が輝いていた。美しいその実に細い木串を刺し通すと、何ら抵抗がなくスッと突き抜ける。仕上がり具合も上々、マンサナのコンポートも完成した。


 カスタードクリームとマンサナのコンポートは共に火から下され、粗熱を取っていく。

 その間を利用して、タクミは生地づくりに取り掛かった。

 用意されたのはマイス(とうもろこし)粉とアロース粉、そして香ばしさを加えるアルマンドラ(アーモンド)粉。それらを混ぜ合わせたの中に、砂糖、塩、卵、そして山芋に似たニャムを摩り下ろしたものを加えて良くかき混ぜる。

 生地がまとまってきたところで体重をかけるようにしっかりと練り込み、丸く形を整えたらしばらくの間はベンチタイムだ。


(ふぅ、もうこんな時間なのですね)


 キッチンテーブルの上を軽く片付けていたタクミがふと壁にかけてある時計を見ると、間もなく19時になろうとしていた。

 外はすっかり日が暮れ、夜の帳が下りている。キッチンでの作業も、手元に置いたランプの灯りが頼りとなっていた。

 暗いところに帰ってくるのは寂しかろう……そう考えたタクミは、手を拭きながらいったんホールに向かい、壁に備え付けているランプを一つずつ灯していった。

 

 静まり返ったキッチンに戻ってきたタクミは、続きの作業に取り掛かった。金属で出来た浅いトレイにバターを塗りつけると、先ほどの生地を手で押し伸ばすように薄く広げていく。そして皿ごとオーブンストーブのグリルの中へその生地を投入すると、椅子代わりの木箱に腰をかけた。


 タクミは、火加減を慎重に調整しながら、この後のことを考える。タクミが思っていたよりも戻りが遅いということは、何かしらのトラブルが起こっているのかもしれない。

 “駅長”がついているので大事にはなっていないとは思うものの、様子がわからないというのはやはり不安なものだ。

 何かしていないと不安で押しつぶされそうになる。タクミはその不安を振り払うように、一心不乱に火を見続けていた。


 しばらくして頃合いを見計らったタクミの手により、生地を載せた皿がグリルの中から取り出される。焼き上げられた生地は淡いきつね色をしており、全体にしっとりさが残されていた。下焼きとしてはちょうどいい出来上がりだ。

 生地の中に入れたアルマンドラの香ばしい香りが辺り一面に広がっていた。


 その時、ホールから何やら物音がしたのが聞こえてきた。きっとニャーチたちが帰ってきたのだろう。タクミは、キッチンからホールを覗きこむ。


 最初に声をかけてきたのは“駅長”だった。


「おお、タクミ殿。遅くなりましたが、今帰りましたぞ」


「ただいまなのなーっ!」


 駅長に続けて、ニャーチも普段通りの元気いっぱいの声で声をかけてきた。その姿を見たタクミは、自分の予感が正しかったことを知ることとなる。

 ニャーチの手は先ほどの少女、ルナの手をしっかりと握りしめていた。


※第3パートに続きます。

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