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異世界駅舎の喫茶店  作者: Swind/神凪唐州


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33/168

21 駅舎の新人と秋のおやつ(2/2パート)

※2015.10.9 20:20更新 2/2パート

※第1パートからの続きです。まだお読みでない方は第1パート(前話)よりお読みください。

 翌日もテオは定時に出勤してきた。さっと身支度を済ませると、早速“駅長”とともに始業点検に取り掛かる。

 しかし、その表情はいつもの元気の良さに乏しく、寝不足なのか目の下にはクマが住みついていた。


「今日はあんまり元気がないの。昨晩はあまり眠れなかったのかね?」


  普段とは違う元気のない様子のテオに、“駅長”が声をかける。


「ええ、昨日はちょっと眠りが浅くて……。でも大丈夫です。仕事はちゃんとやります」


 テオはそう答えると、両頬をパンパンと二度叩き頭をぶるぶるっと振った。

 昨晩はタクミに指摘されたことが頭から離れず、なかなか寝付くことができなかった。こんなことでは、独り立ちなんて先のまた先、本部へ戻る日が遠くなってしまう。

 早く実績を上げて本部に戻り、大きな仕事を任せられるようになるために、もう一度気を引き締めなければ……。テオはもう一度深呼吸すると、点検作業の続きに取り掛かっていった。


 その後、テオはいつも以上に一生懸命仕事に取り組んでいた。

 始発便の出発時刻が近づくと、いつものように手早く改札業務を進めていく。今日はタクミを見習い、改札口を通るお客様に一言声をかけてみよう……。出勤する前までは、そう思っていたテオだったが、 いざ改札口に立つとその“一声”がなかなか喉から出てこない。何と声をかけていいのか、変なことを言ってお客様を怒らせてしまわないだろうか……、一瞬のためらいがテオの喉を詰まらせる。

 たったこれだけのことも自分には満足にできないのか……、一度そう感じてしまうとテオの気持ちはますます落ち込んでしまっていた。

 

 それでも何とか気合を入れ直しながらテオは仕事を進めていく。そんな中、本日最初の到着列車が定刻通りに入線してきたとき、小さな“事件(ハプニング)”が起こった。 


 プラットホームにて入線時の安全確認についていたテオは、列車が停止し、乗降口の扉が開かれたことを確認すると、先頭車付近にて乗客の降車誘導を始めていた。

 降りてくる乗客に頭を下げながら出札口への誘導を続けていると、一番奥の車両 ―― 三等車の辺りで、背負子で大きな籠を何個も背負いながらヨタヨタと歩いている一人の老女の姿が目に入った。


 その姿が気になったテオが持ち場にて様子を気にしていると、背中の荷物にバランスを崩してしまったのか、その老女がよろめいて尻もちをついてしまった。その拍子に背負っていた籠もホーム上に転がってしまう。

 テオは慌ててその老女に駆け寄ると、転がった籠を拾いながら声をかけた。


「お客様、大丈夫でしたか?お怪我はありませんでしたか?」


「ありがとう。お陰様で大丈夫で……おや、テオじゃないかい、元気だったかえ?」


 老女から突然名前を呼びかけられたテオは、驚いて相手の顔をまじまじと見る。その顔は、テオがよく知り、そしてテオのことを良く知っている人物のものであった。


「え、ええ!?ばあちゃん、なんでこんなところまで?」


「なんでって、お前がこの駅に移ったって聞いてね。つい顔を見たくなって来ちまったんだよ。ほら、お土産もたーんと持ってきたんだよ。えっと、こっちの籠がね……」


 そういうと、祖母はよっこいせと立ち上がり、崩れてしまった大きな籠箱を拾い上げて蓋を開けようとする。

 とはいっても、ここはプラットホームだし、自分は仕事中だ。ここで店を広げられても困るし、仕事中に受け取るわけにもいかない。テオは慌てて籠を拾い上げると、近くのベンチまで運び始めた。


「ば、ばあちゃん、俺、今仕事中だから!荷物は後で一緒に運ぶから、ちょっとだけそこのベンチでまってて!」


 テオはそう言い残すと、本来の仕事である車両所に向かう列車の見送りと安全確認のためにそそくさと持ち場へと戻る。

 持ち場に戻ると、一連の様子を見ていた車掌から、元気なばあちゃんだなー、大事にしろよーと軽い調子の言葉が投げかけられた。

 妙なむずがゆさと恥ずかしさで、テオの顔が真っ赤に染まる。


 先頭の蒸気機関車がポーッと汽笛を鳴らし、列車がゆっくりとホームを離れていく。祖母の視線が気になるテオではあったが、視線は進みゆく列車に集中していた。

 列車がホームを離れ、指さし称呼にて安全確認を終えると、テオは再び祖母の待つベンチへと近づいていく。


「さっきはごめん。仕事だからさ。えっと、とりあえず出札を済ませよっか?荷物運ぶの手伝うよ」


「ありがとうねぇ、しかし立派になったねぇ……」


 祖母は孫の働きぶりに目を潤ませていた。

 よしてよ、ばあちゃん……テオはそう小声でつぶやくと、荷物をすっと抱えて、一足先に出札口へと向かっていった。



―――――



「ということで、祖母からの土産です。大したものではありませんが、ぜひ皆さんで分けてください」


 駅務がひと段落した合間に『ツバメ』のキッチンへとやってきたテオが、先ほど祖母から受け取った籠をテーブルに並べ、次々と開いていく。その中には、濃い緑色や鮮やかなオレンジ色の皮の丸い物や、美しい紅色をした楕円上のものがゴロゴロと入っていた。


 真っ先に箱の中を覗きこんだニャーチが歓声を上げる。


「にゃっ!美味しそうなものがいっぱいなのなっ!!」


カラバッサ(カボチャ)に、カモテ(さつまいも)ですか、まさに秋の味覚ですね。美味しそうです」


 早速手に取って質の良さを確認するタクミも、楽しげな表情を見せた。

 一方のロランドは、しげしげと籠を見つめ、そのうちの一つを両手で抱えるようにして持ち上げながら呟いた。


「しかし、列車で来たとはいえ、これ一つだけでも結構な重さあるっすよ? しかも、孫の顔が観たいってふらっと列車旅行するとか、テオさんのお婆さんすごいっすね!」


「昔からこうなんですよね。パワフルというか、猪突猛進というか……。今日も、結局少し駅舎にいたと思ったら『せっかくここまで来たから、ついでに温泉に行ってくるわ』ですよ?」


 はぁ、とため息をつきながら話すテオに、タクミが優しく声をかける。


「お元気なことは良いことですよ。これからも孝行しないとですね」


「まぁ、そうなんですが……。そうそう、これ、全部タクミさんたちで分けちゃってください」

 

「え?いいのですか?折角おばあさんがテオさんのために持って来てくださいましたのに」


「いいんです。一人暮らしの自分だとどうせ使い切れない量ですし、そもそも一人暮らしをしているこっちの家で料理するはめったにないですからね。あと、実家にいた頃にカラバッサもカモテも毎日のように食べさせられて、正直、もうこれ以上はいらないというか見たくないというか……」


 苦い顔をしながら説明するテオ。

 祖母がわざわざ重い荷物を運んでお土産を持って来てくれたことは本当にうれしかった。

 しかし、その中身であるカラバッサやカモテを見ると、どうしても昔の『3日に1回ローテーションでやってくる料理』を思い浮かべてしまう。一度そう思ってしまうと、喉が詰まるような嫌な感じが蘇ってきてしまうのだ。


「そうですか……、でも全く口をつけないというのも、おばあさんは寂しがってしまうのではないですか?」


「うーん、そうは思うのですが、あの見た目があるとどうしても……」


「だったら、見た目が無くなればいいのなっ!ごっしゅじーん、アレつくってにゃっ!甘くてホクホクのやつ!」


 二人の話に、ニャーチがご機嫌で割り込んできた。

 アレってなんのことだろう、と目を丸くしたテオが顔を上げた瞬間、正面にいたロランドと視線が合う。どうやら彼もピンとは来ていないらしい。

 互いに首をかしげ合う二人を横目に、タクミだけがニャーチの言葉にうんうんと頷いていた。


「そうですね、アレならきっとテオさんも食べられると思います。せっかくの心遣い、ムダにしないようにしましょう。えっと、おばあさんが戻ってくるのは何時ごろか聞いていますか?」


 タクミの質問に、テオが祖母との会話を思い出しながら答える。


「えーっと、確か……そう、お昼の三時半頃には戻って来ると言ってました。列車に乗る前に一服したいとか話してました」


「なるほど。それはちょうど良いぐらいの時間になりそうですね。その時間ならテオさんも休憩が取れる時間でしょうから、おばあさんが戻られたら一緒に『ツバメ』まで来てください。カラバッサやカモテを使わせて頂いて、お二人におもてなしさせて頂きましょう。いいですね?」


「は、はいっ、分かりました」


 口調こそは柔らかいが、珍しくやや強い調子で迫ってくるタクミに、テオは思わずたじろぎながら二つ返事で返してしまう。言葉が出た瞬間、あっ、と口を押さえるが、静かに微笑むタクミの前に訂正することはできなかった。

 かくして、午後下がりの時間に、テオは祖母を連れて『ツバメ』へと足を向けることになったのであった。



―――――



 ランチ営業が落ち着いた頃、タクミはロランドとともに、テオと祖母の二人のためのお菓子作りに取り掛かっていた。ロランドに用意させた材料は先ほどテオからもらったカラバッサにカモテ、それにバター、牛乳、砂糖、塩、卵と非常にシンプルなものだ。


「では、ロランドはカラバッサを割って皮剥きをお願いします。皮は硬いので注意してくださいね。こちらはその間にカモテの下処理をやりますね」


「了解っす!」


 いつも通り小気味が良く返されたロランドの返事を合図に、二人は本格的に作業を開始した。

 ロランドはカラバッサを手に取ると、ぱっと下洗いを済ませ、真ん中から半分に割る。そして、スプーンですくい取るようにして種とワタを取ると、適当な大きさに切り分けた。その切れ端から一つ一つ濃緑の硬い皮を慎重に剥いていく。橙色の実の部分だけが残されたカラバッサは、順番にボウルへと入れられていった。

 キッチンテーブルを挟んだ向かい側では、タクミの手によってカモテの皮が剥かれていた。こちらも皮が剥かれた後は適当な大きさに切り分けられ、ボウルへと入られていく。切り分け作業が終わると、タクミはカモテの入ったボウルへ水を注ぎ、ざっと表面のデンプン質を洗い流した。


「じゃあ、次はカラバッサを茹でて火を通します。水をヒタヒタになるまで注いで強火で沸かしてください」


「強火っすね!了解っす!」


 ロランドは指示通りに次の作業にとりかかる。

 カラバッサを鍋に移すと、水をヒタヒタ ――水の上にカラバッサの頭が少しだけ出ているぐらいの量 ―― になるまで入れる。タクミも同じようにカモテを入れた鍋に水がヒタヒタになる程度まで入れていた。


 続いてロランドは、ランチ営業の時から火を残しておいたロケットストーブに薪をくべ直した。すると、新しい薪に残しておいた火が燃え移り、すぐに火力が増す。ある程度火が強くなったところで先ほどの鍋を置くと、水が沸騰するのをじっと待った。


「どれくらい茹でればいいっすか?」 


「そうですね、この串がすっと抵抗なく刺さるくらいまでしっかり茹でてください。落し蓋をするといいかもしれませんね」


 ロランドの質問に、タクミが細い木の串を手渡しながら答える。

 料理によっては硬さを残すこともあるが、今日は完全に火を通せばいいようだ。ブクブクと鍋の中のお湯が十分に湧いてきたのを確認したロランドは、木蓋を落とし、吹きこぼれないよう少し薪を引いて火加減を調整した。


 隣のロケットストーブでも、タクミがほぼ同じような段取りでカモテを茹でていた。 

 以前であれば、ロランドが作業をしている様子をタクミが後ろから見守っているか、タクミの作業の様子をロランドが後ろから見習っているかのどちらかであったであろう。しかし、ここ数ヶ月でぐんぐんと腕を上げたロランドは、タクミと“並んで”仕事が出来るようになっていた。

 もちろん微妙な感覚やタイミングが必要となるような作業は今でもタクミの手に委ねているし、味付けを任されたとしても最終的にはタクミの確認が必要だ。それでも、任せてもらえることが一つずつ増えているという手ごたえが、ロランドのモチベーションを支えていた。


「そろそろよさそうですね。では、茹であがったらいったんザルにあけて、つぶしながら裏漉しをお願いします。熱いので気を付けてくださいね」


「らじゃっす!」


 タクミの声を合図に、ロランドは茹であがったカラバッサをザルで受けながらお湯を切る。あたり一面にもわっと湯気が立ち上った。

 ザルの中にほっくりと茹であがったオレンジ色のカラバッサが現れる。小さなかけらをこっそりと味見すると、ねっとりとした独特の甘みがロランドの口の中に広がった。


 ロランドは、タクミの指示通りにボウルの上に細かい網目のザルを裏側にしてかぶせ、さらにその上に先ほどのカラバッサを載せる。

 木べらでカラバッサをつぶすようにしながら裏漉しをしていくと、ボウルの中に細かな粒状になったカラバッサが溜まっていく。

 全てのカラバッサをつぶしたところでロランドが顔を上げると、タクミがこちらを見つめていた。どうやらタクミもカモテの裏漉しを終えて、既に次の作業の準備をしていたようだ。


「では、今から他の材料を合わせますね。全体をなじませるようによく混ぜていってください」


 タクミはロランドの手元にあるカラバッサが入ったボウルにバターを入れ、続けて自分の手元に置かれたカモテ入りのボウルにもバターを入れた。

 入れられたバターは、まだ温かさが残るカラバッサやカモテによってじんわりと溶かされていく。二人がボウルの中身を混ぜ合わせてバターを生地へなじませた後、多めの砂糖、隠し味程度の塩が加えられる。そして全体の柔らかさの加減を確認しながら溶いた卵黄と牛乳を少しずつ加え、さらに丁寧に混ぜ合わることで、2種類の生地が出来上がった。


「あとは焼き上げです。オーブンストーブは温まっていますか?」


「ばっちりです。火加減はどうしましょうか?」


「そうですね、じっくりと熱を加えたいので中火よりもやや弱めでお願いします」


「了解っす」


 ロランドがオーブンストーブの火力を調整している間に、タクミは生地の成形を始めた。

 金属でできたオーブン用トレイにバターを塗りつけた後、その上に先ほどの生地をスプーンで掬って並べていく。そして、楕円型に並べられた生地の表面に出来た凸凹を均すようにしながら、溶いた卵黄を刷毛で塗る。

 こうして滑らかに仕上げられた生地は、ロランドが火の番をしていたオーブンストーブの庫内へと入れられた。


「そうしたら、焼き上がるまでに後片付けをよろしくおねがいしますね。私はいったんホールと駅舎の様子を見てきます」


 タクミはそういうと、カフェエプロンを取ってキッチンからホールへと向かう。一人残されたロランドは、火の番をしつつ後片付けを進めることとなった。

 タクミが用意していた方のボウルを手に取ったロランドは、中に残っていたカモテの生地を指で掬ってペロッと舐める。甘さの中にわずかに含まれた塩味、どうやらこれが鍵のようだ。僅かな塩味が甘みを引き立てるとともに、全体の味わいを引き締めていた。

 なるほど、この味加減か……、自主練習に向けてボウルに残された僅かな生地の味をしっかりと記憶するのだった。



―――――


「あれまぁ、これはすごいご馳走が出てきたね」


 午後下がりの時間、ハーパータウンのプチ観光を終えて喫茶店『ツバメ』へと戻ってきたテオの祖母は、テーブルの中央に置かれたプレートに載る焼き菓子に目を見張った。同席しているテオも、その美味しそうな菓子に目を奪われている。


「私の故郷でスイートポテトと呼ばれている焼き菓子をアレンジしたものです。今日はテオさんからおすそ分けで頂いたカラバッサとカモテを使わせていただきましたので、さしずめスイートカラバッサとスイートカモテといったところでしょうか?お口に合いましたら幸いです」


 タクミはそうお礼を伝えると、二人にシナモン・コーヒーを差し出した。白く縁の厚いコーヒーカップからは、ほんのりと湯気が立ち上っている。


 タクミが一礼をして席を去った後、テオの祖母は、橙色と黄金色の2種類の焼き菓子をしげしげ見比べながらぽつりとつぶやく


「こんな美味しそうな焼き菓子、生まれて初めてだよ。ありがたいねぇ……。テオや、ありがとうね」


「ばあちゃん、よしてよ。そもそも、俺が作ったわけじゃないし……」


「いやいや、テオがちゃーんと仕事に励んでいるから、こうして良くしてくれるんじゃないか。テオが結んでくれた縁で、こーんな有り難い物をいただけたんじゃよ。さて、温かいうちに早速いただこうかね」


 テオの祖母は早速橙色の焼き菓子 ―― スイートカラバッサを手に取り、そのまま口の中に頬張る。すると、顔が綻び、これまでにテオが見たことがないほどの満面の笑顔が浮かび上がった。


「はぁ……、なんて美味しいんだろうねぇ……。こんなに美味しくしてもらって、本当にありがたいねぇ……」


「そ、そんなに旨いんかい?」


 シナモン・コーヒーを口に含んでからしみじみと呟く祖母に対し、テオが身を乗り出すようにして尋ねる。

 その質問に、にこっと微笑んで答える祖母。そして、まぁ、食べてごらんなさいな、と言わんばかりに黄金色の焼き菓子 ―― スイートカモテ ―― をテオにそっと差し出した。


(でも、結局カモテはカモテじゃないのか……)


 何年かぶりに手にするカモテ。その焼き菓子の色は、テオに過去の“飽き飽きした味”を思い出させてしまい、喉が詰まるような感触さえ受けてしまう。

 それでも、祖母の目の前で、しかも手ずから差し出してくれたものを食べないわけにはいかない。ようやく決心したテオは、目を瞑ぶり、えいやっとばかりに半分ほどの塊を口の中へと押し込んだ。


「……あれ?……おいし、い?」


 テオは目を丸くした。最初に口の中に広がった味わいは、確かに甘みを伴ったカモテ特有の風味だ。こんがりと焼き色がついた部分からは、焼いたカモテの香りにも似た香ばしさが伝わってくる。

 しかし、焼きカモテそのものかと言えば全く異なる。カモテそのものよりも強く感じる甘み、そして、まろやかなコクはバターのそれにも近い。

 

 そして、最も驚いたのがその“滑らかさ”だ。普通に焼いたり蒸したりしただけのカモテは、ホクホクといえば聞こえは良いが、どこかパサパサとした食感があり、食べ進めていくうちに喉に詰まってしまうようなところさえある。テオにとって苦手の原因となったカモテの食感だ。

 しかし、このスイートカモテはどうだろう。香ばしく焼き上げられた表面こそしっかりとしているが、その内側はしっとりと柔らかく、そして実に滑らかだ。多少口の中の水分が持って行かれるような感じはあるものの、これならコーヒーや飲み物と合わせて食べれば問題ないレベルだ。


 そうなると気になるのがもう一つの方、スイートカマバッサの味わいだ。スイートカモテをあっという間に食べ終えたテオは、一度コーヒーを口にしてから橙色の焼き菓子にも手を伸ばす。

 カモテとは異なる甘さを伴ったカマバッサの優しい風味に、スイートカモテ同様のしっかりとした甘みとまろやかなコクが加わり、口の中を喜ばせる。

 こちらにもテオが苦手とするポクポクとしてのどに詰まるような食感はない。その食感は、スイートカモテ以上に滑らかであり、喉をするっと通っていくものだった。


 カマバッサもカモテも、こんなに美味しい物だったのか……テオは、夢中になって頬張っていく。そして気づけば、テーブルの中央に置かれた焼き菓子をほとんどテオが独り占めしまっていた。

 満足が行くまで食べ終えてからその事実に気づいたテオが、慌てて祖母に頭を下げる。


「あっ!!ばあちゃん、ごめん、俺一人でほとんど食べちゃって……」


「いいのよ、いいのよ。それよりも、あんたがカマバッサやカモテを美味しそうに食べてる姿を見れたことが何よりもうれしいんだよ」


「え?ばあちゃん、俺がカマバッサやカモテが苦手だって知ってたの?」


 ずっと隠し通してきたと思っていた秘密、それがすっかりバレていたことを知らされたテオは、思わず目を見開いた。


「ああ、知っていたさ。家にいるときはずいぶん我慢させてしまっていたねぇ。ごめんだったねぇ……」


 祖母はテオの手を取り、申し訳なさそうな表情を見せながら何度も頭を下げる。想いもしなかった祖母の態度に、テオは慌てふためいた。


「謝らなきゃいけないのはこっちだって!今日だって、俺はばあちゃんが持って来てくれたカマバッサやカモテを全部タクミさんやこの駅舎の人たちに押し付けようとしたんだよ!ばあちゃんの想いを無下にするところだったんだから!!」


「それでも、そのおかげでこんなに美味しいお菓子を頂くことができたし、何よりテオがカマバッサやカモテをまた美味しく食べてくれるようになったじゃないか。ばあちゃんは、それで十分満足なんだよ」


 祖母は優しく声をかけ、テオの頭をなでる。申し訳ない気持ちでいっぱいになったテオは謝ろうとするものの、上手く言葉が出てこない。ばあちゃん、ごめんよ、ごめんよ……そういうのが精いっぱいだった。



―――――


「それでは、切符を拝見させていただきます」

 

 本日最後の列車の出発時刻が近づいた。改札口に立ったテオは受け取った切符の日付と行き先をいつも通り確認して入鋏する。そして、乗客(祖母)へ切符を返しながら、言葉をかけた。


「ばあちゃん、また休みが取れたら顔を見せに行くから、それまで元気でな」


「ありがとうえ。一生懸命仕事を頑張るんだよ。それでは、皆様テオのこと、よろしくお願いいたします。」


 テオの祖母はそういうと、すっかり軽くなった背負子を背負い直し、一礼をしてから列車へと向かっていった。祖母が列車に乗り込むと、すぐにホームに立つ“駅長”から合図の笛が鳴らされ、乗車口の扉が閉められる。

そして汽笛が鳴らされると、日が傾いて影が長く伸びるホームから列車がガッタンゴットンと離れていった。


「今日のその見送るときの気持ち、ぜひこれからも忘れずにいてくださいね。」

 

 その様子を改札口からじっと見つめていたテオに、タクミが同じ方向を向いたまま話しかける。テオから長く伸びた影の端が、コクリと頷いた。


「他のお客様も、いろんな気持ちでこの改札を通るんですよね」


「そうですね」


 テオとタクミによる短い言葉でのやりとり。それは、テオの成長が確かに感じられるものであった。


 列車を見送った後、改札の片づけを始めたテオが、『ツバメ』へと戻ろうとするタクミに声をかける。


「そういえば、あのカマバッサとカモテ、『ツバメ』で預かっておいてもらってもいいです?勝手なお願いなんですが……」


「おや?それは構いませんが……どうしました?」


 足を止めて聞き直したタクミに、テオが言葉を続ける。


「いや、本当は持ち帰って料理したいんですが、一人暮らしの身にはさすが多すぎますし、そもそも俺、料理が得意じゃなくて……。でも、出来れば俺もばあちゃんが持って来てくれたカマバッサやカモテ、食べたくなったんです。だから、本当に勝手なお願いなんですが、お店で使ってもらったり、みんなで分けてもらってもいいですから、ここに置かせてもらって、時々何かの料理で食べさせてもらえないかと思って……」


 最後は尻すぼみになりながらお願いをするテオに、タクミは優しく微笑んだ。


「ええ、もちろん。カマバッサもカモテもいろんな料理がありますから、またいろいろ作らせていただきますね。もし機会があったら、簡単で美味しい料理を教えますから、実家に戻った時にでもおばあさんに作ってあげてはいかがでしょうか?」


「それはうれしいです!正直うちの家系、みんな料理が苦手なんで、本当に有り難いです。改めて、これからご指導よろしくお願いしますっ!」


 朝方とは違い、テオの顔に元気が戻ってきていた。その姿を見たタクミは、自分もますます頑張らねばと気を引き締めるのだった。


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