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異世界駅舎の喫茶店  作者: Swind/神凪唐州


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21 駅舎の新人と秋のおやつ(1/2パート)

 乗客の皆様、長時間のご旅行お疲れ様でした。この列車は当駅が終点となります。改札口にて乗車券を拝見いたします。到着いたしました列車は、整備点検の上、折り返し、ウッドフォード行き最終列車となります。お手荷物などお忘れ物がございませんよう、ご注意をお願いいたします。

―― なお、お困りごと、お尋ねがございましたら駅員までお気軽にお申し付けください。


「一息つかせていただいてもよろしいかね?」


 ある日の昼過ぎ、久しぶりにハーパータウン駅での駅務を行っていた“駅長”が喫茶店『ツバメ』へと入ってきた。

 その後ろには、真新しい制服を身に纏い、こちらも新品の制帽を手にした真面目で大人しそうな青年が続いている。二人の姿を見かけたニャーチが、いつものように元気よく声をかけた。


「あ、“駅長”さんに新人さん、お疲れ様なのなーっ!こちらへどうぞなのなっ」


「ああ、ニャーチ殿、お疲れ様じゃよ。早速で恐縮だが、今日の賄いは何だったかね?」


 “駅長”からの問いかけに、ニャーチは二人を席へと案内しながら答える。


「えーっと、今日は確かCランチのミックスグリルって言ってたのな。主食はパンとライスが選べるみたいだけど、どっちがいいかにゃっ?」


「ふむ、私はパンにしようかの。お主はどうするかね?」

 

 いつものように入り口近くの改札口や駅舎の様子を見渡すことができる席に腰を掛けた“駅長”は、向かい側に座らせた青年に声をかけた。

 その声に、ここまで黙って後ろをついて来ているだけだった青年が口を開く。


「そうですね、では私もパンで」


「かしこまりなのなっ!ミックスグリルをパンで2つなのにゃっ!食後のドリンクはシナモン・コーヒーでいいかにゃっ?」


 ニャーチの確認に対し、“駅長”はすぐに頷いて答えた。青年も“駅長”に続いて頷く。


「では、少々お待ちくださいませなのにゃっ!」


 ニャーチはそう言い残すと、狭い通路を縫うようにしてキッチンへ向かってパタパタと駆け出していった。目を細めてその後ろ姿を見送った“駅長”が、正面に座る青年へ視線をと戻して言葉をかける。


「テオ殿、今日もここまでは順調ですな。仕事には慣れましたかな?」


「ええ、少しずつですが段取りもわかってきました。まぁ、そんなに複雑な手順があるわけでもないですしね。もう少しすれば一人でも出来るようになるかと思います」


 ニャーチに“新人さん”と呼ばれた青年テオは、新しく配属されたハーパータウン駅のスタッフだ。年の頃はタクミとロランドの中間ぐらい、制服をスマートに着こなす好青年である。


 先日提出された業務報告書にてハーパータウン駅におけるスタッフ増員の必要について進言を受けた“駅長”は、早速人員の手配へと乗り出す。

 駅務への適性はもちろんのこと、将来的なことまで様々に見据えながら考えた結果、もともと本部の職員として勤務していたテオに白羽の矢が立った。

 候補者が決まると、“駅長”は自らテオのスカウトに乗り出る。本部から駅への転属に最初は難色を示していたテオだったが、本部以外にも様々な経験を積むことで将来の道を広げることができると説得されると、最後には納得して転属を受け入れることとなった。


 本来であればテオに対する業務指導は直属の上司となる“駅長代理”であるタクミの仕事であった。しかし、喫茶店のマスターとしても奮闘するタクミ一人では、さすがに目が行き届かないことが出てきてしまう。

 そこで、“駅長”が久しぶりに現場復帰し、タクミをフォローする形でテオに対する業務指導を行っていた。


 テオがハーパータウン駅に着任して二週間がたつが、もともと持っている要領の良さと人当りの良さを早速発揮し、ここまでは順調な滑り出しとなっていた。“駅長”やタクミの目からも、出だしとしてはまずまずという評価が与えられていた。

 ただ、その評価も“とりあえずの合格点”というレベルであり、百点満点という訳ではない。

 既にこの二週間の間だけでも“駅長”やタクミからみると今後の“壁”となりそうなことが見透けていた。 さて、どのように気づきを持たせようか……“駅長”は目の前に座るテオをじっと見据える。そんな“駅長”の心を知ってか知らずか、テオが気さくに話しかけてきた。


「しかし、立ちっぱなしの仕事ってのも大変ですね。やっと慣れてきましたが、最初の頃は足がパンパンでしたよ」


「これまでは机に向かっての座り仕事だったであろうしな。さもありなんといったところだな」


「私も慣れるまでは毎晩マッサージが欠かせませんでしたよ。お待たせしました。本日の賄い、ミックスグリル定食です」


 二人が会話を始めたところに、ちょうどタクミが料理を運んできた。まだ湯気が沸き立つアツアツの料理をタクミは二人の前に並べる。


 木製の台の上に置かれた黒い鋳物の鉄皿の上では、ハンバークと焼いたソーセージ、そして鶏肉のソテーがジュージューと音を奏でていた。

 同じ皿の上に載せられているのはふっくらと炊かれたサナオリア(にんじん)にこんがりと焼き上げられた櫛切りのパタータ(じゃがいも)。どちらからも美味しそうな湯気が立ち上っている。

 カップにはマイス(とうもろこし)セボーリャ(玉ねぎ)レポーリョ(キャベツ)と様々な野菜が入ったスープが注がれていた。小皿の上の軽くトーストされたコーンブレッドも、実に良い香りを放っている。


「うむ、今日もなかなかに旨そうだの。さて、冷めぬうちに頂くとしようか」


「あ、はい。それでは、今日も大地の恵みを分け頂きましたことに感謝し……」


 胸の前で手を組むと途中まで感謝の言葉を述べながら祈りを捧げたテオは、目を開くとフォークとナイフを手に取った。肉の焼ける香ばしい香りにより、既にテオの胃袋は臨戦態勢だ。


 もともとは食にそれほど強い興味を持ってはいなかったテオだったが、この駅舎で働くようになってからは『ツバメ』で出される賄い料理が毎日の楽しみとなっていた。

 賄いとして出される料理はどれも風変わりで、しかもとても美味しい。実家にいる頃に食べていた代わり映えのしない食事 ―― 例えばこの時期なら根菜類の煮込み料理(シチュー)か、カラバッサ(カボチャ)のオーブン焼き、それか蒸したカモテ(さつまいも)の3つの固定ローテーション ――とは段違いだ。


もちろん、プロの作る料理と素人が作る料理を比べるというのがそもそも間違っているのだろうが、それを抜きとしてもこの『賄い』は目新しく斬新であり、テオの心を掻き立てるものであった。


 テオは、口に入れたハンバーグをしっかりと咀嚼してから、“駅長”に話しかける。

 

「今日も本当に美味しいですね! 俺はこの賄いが毎日楽しみで仕方ないんですよ。こんなに旨い料理を出すんですから、繁盛するのも頷けますね」


「そうかそうか、それはタクミ殿が聞いたら喜ぶであろうな」 

 

 “駅長”はフォークを進めながら、微笑みとともにテオに言葉を返した。

 

 その後もたわいのない世間話をしながら食事が進められた。

 ふっくらと焼き上げられたハンバーグは中に入れられたチーズがトロリと溶け、豊かな風味を醸している。

 ソーセージは皮がパリッとして香ばしく、プリッとした食感のチキンソテーもトマトソースが鶏肉の旨みを引き出していた。

 スープも、実家にいる頃に食べていたグズグズの煮込みとはまるで異なる、実に洗練された味わいだ。火が入り過ぎていない具材に残されたプチプチやシャキシャキの食感が実に楽しい。

 このスープやトマトソースに、香ばしい香りを漂わせているコーンブレッドを合わせて食べれば、どれだけでも胃の中へ入ってしまうようであった。


 気づけば、テオの目の前に置かれた黒い鉄皿の上はあっという間に空になっていた。お願いして持って来てもらったコーンブレッドのおかわりも、すでに胃の中に納められている。

 テオは、くちくなった腹をさすりながら、ふぅと一つ息を吐いた。


「いや、食べすぎました。毎日こんな調子で食べたら太っちゃいますね」


「そうですか。では、食べた分のエネルギーが消費されるよう、午後からもしっかり働いてもらいましょうか?」


 正面に座る“駅長”に話しかけたつもりが突然横から声をかけられ、テオはびくっとなる。声のした方を振り向くと、そこにはコーヒーを運んできたタクミの姿があった。テオは、口をとがらせながらタクミに軽い調子で文句をつける。


「タクミさん、驚かさないでくださいよー。午後からもちゃーんと一生懸命やりますってば」


「それは失礼しました。この後は私も駅務に入れそうですので、一緒に仕事の段取りを確認しましょう。この後は何か特別なスケジュールは入っていましたか?」


「今日は特になかったはずです。楽勝ですね」


 タクミの問いかけに、少し仕事に慣れてきたテオが軽く答える。

 その言葉にタクミはほんの僅か小首をかしげるような仕草を見せるが、テオは全く気にも留めない。

 タクミは駅長の方をチラリとみやると、視線を合わせてから一つ頷いた。


「……分かりました。それでは私はこちらの片づけを済ませてまいりますね。この後もよろしくお願いします」


 タクミはそう言い残すと、食事を終えた皿をトレーの上に載せてキッチンへと戻っていった。



 

―――――



「長旅お疲れ様でしたー。こちらで出札を行いますので、お一人ずつお手元に切符をご用意くださーい」


 本日二本目の列車も定刻通りに無事到着し、出札業務がピークを迎えていた。

 テオは、初日の業務説明で教えられたとおりにお客様に声掛けをしながら手際よく切符の確認を済ませていく。

 テオの前の改札では、カフェエプロンを取り、制帽を被った“駅長代理”のタクミが、同じように出札業務を行っていた。


 自分の前に並んだ乗客たちから切符を受け取ると、パッと内容をチェックしてから出口を通していくテオ。この二週間ですっかり慣れた出札の作業だ。

 切符をチェックするときのコツも掴んでいるし、そもそも行き先違いなどということはめったに起こらない。そうなると、あとはいかにしてスムーズに列をさばいていくかだ。

 テオは、流れが滞らないよう手際よく作業を進めることに集中していた。


 そんな中、テオがふと顔を上げると、出札を済ませたお客様に一人ずつ頭を下げて見送っているタクミの姿が目に入った。子供たちがいれば手を振っているし、大きな荷物を持っている人には声をかけて荷物の運び出しのお手伝いまでしている。

 その分、テオの目から見ると出札の列の動きはゆっくりだ。テオには、正直言って手際のいい対応とは感じられなかった。

 

「はい、それでは楽しい旅をお続けくださいね。ご利用ありがとうございました」


 最後のお客様まで丁寧に見送ったタクミは、ふぅと息をつくとテオの方へと近寄ってきた。


「お疲れ様でした。次は着荷の整理ですね。駅務所へ参りましょう」

 

 声をかけられたテオは、はい、と一つ返事をすると、タクミとともに駅務所へ向かう。その短い時間の中で、先ほど感じた疑問をぶつけてみた。


「タクミさんは何でいちいちお客様に頭を下げたり、余分なことをしたりするんです?手際が悪くなって時間がかかるだけですよね?」


 タクミはうーんと若干困ったような笑顔を見せながら、テオの疑問に答える。


「そうですねぇ。やっぱりこの駅舎を笑顔で後にして頂きたいからでしょうね。駅というのは旅の玄関みたいなものですから、少しでも良い思いになってもらいたいと思うのですよ」


「うーん、言わんとすることは分かりますが、そこまでする必要ってあるでしょうか?」


 タクミの言葉に納得できないのか、テオが食い下がる。そんなテオに、タクミは優しく言葉を返す。


「必要があるかどうかというより、自分がどうしたいか、ということでしょうね。あとはそうですね、丁寧に挨拶して見送ることでお客様の顔をよく見ることが出来るというのもあるでしょうか?」


「お客様の顔を、です?」


 思わぬ答えに、テオは目を丸くする。


「ええ、挨拶を通じてお客様の顔つきや表情が自然と目に入りますので、長旅で体調を崩されていないかな、困りごとや心配事はないかな、といったことがそれとなく確認できるという面はあると思います。そうすれば、何かあった時にすぐに対応できますしね」


「うーん、そんなもんですかねぇ……」


 タクミの言葉も、テオにはいまいちピンと来るものではなかった。

 確かに丁寧にあいさつをすることはお客様からすれば気分の悪いものではないし、お客様の笑顔を見られるのは自分としても気持ちがいい。

 それでも、所詮は単に目の前を通り過ぎていくだけの人たちだ。挨拶が気持ちいいという理由で鉄道を利用したいと思うお客様が増えるとは思えない。

 一等車や常連のお客様ならまだしも、全ての乗客を相手にそこまで時間をかけて気配りをする必要があるのだろうか……、テオはタクミの行動がどうしても理解することが出来ていなかった。


 まぁ、余分なことはどうでもいいや、まずは自分の仕事を手早く終えること、とりあえず次の仕事もさっと済ませてしまおう……そう、思いながらテオはタクミの後を追い、駅務室へと入った。


 次に出発する列車の改札が始まるまでの間に行われるのが、駅務室に運ばれた『小荷物』の仕分けだ。

 『小荷物』とは文字通り小さな荷物のこと。予め鉄道会社と契約を結んでおくことで、手に持って運ぶことが出来る程度の大きさと重量の荷物を所定の駅まで送り届けてもらえるサービスだ。

 乗客とともに列車で運ばれた小荷物は駅舎の駅務室へと運ばれることになっている。割符を持った荷受人が駅務室に引き取りに来るまで保管するためだ。テオは、タクミの指導を受けながら手際よく荷物を専用の棚へと片付けていった。


「これでヨシッと。じゃあ、タクミさん、確認お願いします。」


 小荷物の整理を終えたテオが、タクミに小荷物の扱い伝票を渡しながら声をかけた。それを受け取ったタクミは、記載された内容と棚の場所が間違っていないか、丁寧に一つずつ突き合わせる。

 その時、ある一つの小荷物にタクミの目が止まった。


「あれ?これはどうしたんでしょう?」


 タクミはそうつぶやくと、新聞紙で包まれた一つの四角い箱 ―― 恐らくは中は厚紙で作られた箱であろう ―― を取り出し、上に掲げて底面を覗きこんだ。

 タクミの動きにつられてテオも箱を覗きこむ。すると、底面のおよそ半分ほどが、何かで染みがついたように変色していたのが見えた。


 染みの様子からすると、どうやら箱の内側から何かが染み出してきたようだった。とはいえ、雫などは垂れておらず、漏れ出した液体の量は大して多くはなさそうだ。

 しかし、小荷物取扱いという観点からすれば決して喜ばしい事態ではない。タクミはすぐさまテオに指示を出す。


「テオさん、他の荷物に染みが移っていないかどうか、念のため確認しましょう。私はこちら側から確認しますので、テオさんはそちら側からお願いします」


「は、はいっ!分かりました!」


 タクミの指示を受けたテオは、慌てて作業に取り掛かる。もし他の荷物に染みが移っていたら、お客様からの苦情が出るのは間違いない。一大事だ。

 どうか染みが移っていませんようにと祈りながら、テオは一つずつ荷物を取り出して確認を続けた。


 幸いなことに、他の荷物で染みが移っているものはなかった。最後の一つの確認を終えたテオが、ふぅ、と大きなため息をついた。


「なんとか他の荷物は無事だったようですね。ほっとしました」


 安心した様子で気を緩めたテオが話しかけるが、タクミは無言で腕組みをしたまま言葉を返さない。

 どうしたんだろうとテオが覗きこもうとすると、タクミがじっとテオを見つめ、ゆっくりと口を開いた。


「テオさん、先ほどこの小荷物を棚にしまう時、何も違和感を覚えませんでしたか?」


 いつもと違う、やや低い口調で発せられるタクミの声に、テオの背筋が思わず伸びる。


「あ、すいません。その時は気づきませんでした。今日は荷物もたくさんありましたので……」


「たくさんといっても、せいぜい十数個ですよね? これだけの染みです。もう少し一つ一つの荷物に気を配っていれば棚にしまう際に気づけたとは思いませんか?」


 確かに染みの状況からすれば、棚に入れる際に違和感があってもおかしくなかった。

 実際、棚の中に置いてある荷物を一瞥しただけで、タクミは染みに気づいたのだ。適当にチェックをしていたことを見透かされたよう気がして、テオは黙って俯いているしかなかった。

 

「テオさん、貴方は仕事の覚えも早いし、そつなく器用にこなします。ただ、残念ながら、これまでの様子を見る限り、仕事の中で時々雑になってしまうことがあるようです。仕事をただの『作業』にしてしまってはダメですよ」


「え、でも、仕事って作業の繰り返しじゃないんですか?」


 タクミの言葉の意図がわからず、テオは思わず素になって聞き返す。タクミは、ゆっくりと言い含めるように話を続けた。


「単に手順通りに作業を進めればいいという訳ではありません。その仕事、その作業がどのような『意図』を持っているのかを理解することが大切なのです。例えば出札業務に着くとき、テオさんは何に気をつけていますか?」


「ええっと、段取り良くテキパキと進めることでしょうか?」


 テオの答えに、タクミはうーんと唸る。


「それも決して間違ったことではありませんが、それ以上に大事なこともあるのです。そうですね、もし、テオさんが列車での旅の終わりの出札の際に、駅員さんからぞんざいな扱いを受けたらどう思うでしょうか?」


「うーん、それはやっぱりむっとなりますし、折角の旅が台無しになって……」

 

 タクミはコクリと頷く。


「そうですよね。駅というのは『旅の最初と最後』になることも多い場所です。そこで不快な思いをさせてしまってはお客様の旅の思い出を台無しにしてしまうこともあるでしょうね」


「そ、そうですね……」


「荷物の件も同じです。お客様の手元に渡るまで私たちがきちんと責任を持って扱う必要があります。

もし、大切な荷物に何か起こってしまっていて、それに気づかずに渡してしまったらどう思われることでしょう?」


 タクミの言葉に、テオは答えを返せないまま俯く。さらに指導は続けられる。


「手早く仕事を進めることは大切なことです。ただ、『手早く進める』ことと『手を抜く』ことを混同してはいけません。今やっている仕事は誰のためのものなのか、常に振り返りながら仕事を進めるよう心掛けてください」


「はい、分かりました……」


 タクミの真っ直ぐな指導に、テオはしょんぼりとうなだれる。冴えない表情を見せるテオに、タクミは優しく声をかけた。


「とはいえ、たった二週間でこれだけ段取り良くテキパキと仕事が進められるのは素晴らしいことです。あとは、丁寧さと心配りだけ忘れずに続けていれば、すぐに駅員として独り立ちできるようになると思いますよ」


「そうですか?そうだといいんですが……」


 タクミの励ましの声に、テオはポツリとつぶやくのが精いっぱいだった。


 その後も、テオはタクミや“駅長”の指導を受けながら駅務を進めていった。表面上はそつなく仕事を進めるよう振る舞ってはいたものの、頭の中には先ほどタクミに言われた言葉がぐるぐるとまわり続けていた。


 “駅長”の勧めもあってハーパータウン駅への転属を決めた時には、現場の仕事なんてすぐに覚えられるとタカをくくっていた。実際に駅に着任しても、作業の段取りだけで言えばそれほど難しいものはなく、すぐに要領を掴むことができた。

 本部で担当していた事務作業であればこれでも通用したかもしれない。しかし、お客様と直接接するこの駅舎という現場ではそれだけでは足りないのだ。

 お客様のことを先回りして考え、臨機応変に対応しながら仕事を進める。テオにとってはこれまでに経験したことがない仕事だった。

 自分の力が通用するかどうかは全く分からない不安の中に、テオは沈み込んでしまっていた。


「お疲れ様でした。失礼します」


 帰路に着くテオの声は、どこか元気がないものであった。


※第2パートに続きます。明日10/9(金)20時~22時頃の更新予定です。

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