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異世界駅舎の喫茶店  作者: Swind/神凪唐州


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30/168

20 ランチのお誘いと大輪の花(1/2)

 本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。本日の二番列車は、この後13時15分の出発予定です。改札開始は出発の10分前を予定しておりますので、ご乗車のお客様は、改札口横にございます待合室にてお待ちください。

―― なお、列車は定時定刻に発車いたします。お乗り遅れのございませんよう、ご注意ください。

「……では、本件については全て確認されたということでよろしいかな?」


「ええ、結構ですわ」


 日が暮れかけたある日のこと、喫茶店『ツバメ』の二階にある個室にて、眉目秀麗な若い男と雅やかな若い女が向かい合って座っていた。

 二人の手元には、一通の文書が用意されている。二人はその内容を一言一句確認すると、テーブルに用意されていた羽ペンにてサインを書き入れ、相手方の文書と交換した。

 相手方のサインに不備がないかどうか彼らは互いに交わした文書に視線を落として確認する。そして、二人は顔を上げて視線を合わせた後、一つ頷き合ってからすっと席を立った。


 若い男 ―― テネシー共和国の在クレイグ国大使であるリベルト・デ・ラウレンティスが先に口上を述べる。


「では、当大使館と貴行との間における交易協力に関する基本協定の内容は、ここに全て確認された。ソフィア・マリメイド殿、これまでのご尽力感謝いたす」


「リベルト・デ・ラウレンティス閣下におかれましても、この度の協定締結にあたり、度重なるご尽力を頂きまして誠にありがとうございました。特に、本国との調整には本当にご苦労されたとお伺いしております。改めて感謝を申し上げますわ」


 リベルトのやや形式ばった口上に対し、マリメイド家きっての若き女性銀行家(バンカー)であるソフィアも、丁寧な口調で謝辞を述べた。


 謝辞が互いに交わされた後、リベルトとソフィアはテーブル越しに握手を交わす。

 ランプの灯りに照らされたその姿はまるで演劇の一シーンのように美しく、室内に同席していた者たちの間から自然と拍手が沸き起こった。


 拍手が渦巻くその部屋の中には、この協定に基づく交易の恩恵を真っ先に預かることとなるシルバ商会のサバス翁、そして、部屋の脇にはこの部屋の主であるタクミの姿もあった。

 喧騒冷めやらぬ中、サバスの隣に控えていたタクミが小声で話しかける。


「本日はおめでとうございます。立ち会わせていただけまして、大変光栄です。しかし、大都市から離れたこのような場所で、このような場を設けて本当によろしかったのでしょうか?」


 どことなく心配そうな様子を見せるタクミを安心させるように、サバスは笑顔で答えた。


「なあに、今日の仮調印式はあくまでも実務として最終的に確認したという場に過ぎんよ。対外的な手続きとしては改めて正式な文書を調製した上で、公開の場で調印式を行うという段取りになるじゃろう。世間的にはその時に初めてお披露目となるわけじゃ。本当は、二人ともその席にタクミ殿をお呼びしたいと言っておったのじゃが……」


 下から見上げるように顔色を覗きこんだサバスの目に、ハの字となったタクミの眉が映る。


「本当に有り難いお話なのですが、この駅舎と喫茶店の業務がございますのでおそらく難しいかと……申し訳ございません」

 

 ハーパータウン駅、そして喫茶店『ツバメ』の常連として、この駅舎と喫茶店の人繰り状況を良く知るサバスは、已む無しといった表情で頷いた。


「タクミ殿ならそう言われると思っておった。だからこそあの二人は、今日の会合の場所をここ喫茶店『ツバメ』で開きたいと希望したのじゃ。お披露目という“花”の場への出席が難しいのであれば、代わりに“実”の場である今日のこの場には何としても同席して欲しいと思われたということじゃよ」

 

「そんな……恐縮でございます」


 サバスの言葉に、深々と頭を下げるタクミに、サバスが肩をポンポンと叩いて言葉を続ける。


「そんなに恐縮しなさんな。そうは言っても理由の半分ぐらいは、この会合にかこつけてタクミ殿の美味しい食事を頂きたいという魂胆じゃよ。あの二人もなかなかに忙しい身の上じゃし、こういう理由で無ければ、『ツバメ』はおろかハーパータウンにすらなかなか来られないからのぉ」


 そう言うサバスの視線の先には、席を立ったまま談笑する若い二人の姿があった。

 その視線につられてタクミも二人の方へ眼を向けると、視線に気づいたのか、二人が振り向いて声をかけてきた。


「さて、会合は終わりましたわ。タクミさん、会食の準備をおねがいできまして?」


「今日も旨い料理が出てくると聞いておる。期待しているぞ。むしろタクミ殿の料理が食べたくて、この場を作ってもらったようなものだからな」


 サバスの予想通りの言葉を口にする二人。タクミは料理人冥利に尽きる言葉にひそかに喜びをかみしめつつ、いつもの笑顔で二人に頭を下げた。


「かしこまりました。会食は下のホールにてご準備させていただきますので、どうぞお越しくださいませ」




―――――



 今日の会食は、博覧会終盤に開かれたソフィア主催の昼餐会に対するリベルトからの返礼という設定にて行われた。

 ただ、今回の協定締結に関する正式な宴席は調印式後に設けられる予定となっているため、今日の場は“リベルト主催の私的な会食”という体裁が取られている。このため、今日の出席者の人数は最小限に絞られていた。

 真新しい白いテーブルクロスがかけられ、両サイドに置かれた燭台の周りには色とりどりの花が活けられたそのテーブルを共にしているのは、ホスト役を務めるリベルトに、メインゲストたるソフィア、そしてリベルトの従者とサバスの四人のみだった。


 私的な懇親の場ということもあり、料理についてもあまり格式ばらないミニコースとすることが事前に打ち合わせされていた。

 燭台の蝋燭の灯りが揺らめく中で待つ四人の前に、タクミとニャーチの手により前菜となる一皿目が運ばれる。一皿にきれいに盛り付けされた三種類の料理について、タクミより説明が行われた。


「前菜の盛り合わせです。左からトマトとフレッシュチーズのサラダ、私たちの故郷ではカプレーゼと呼ばれているものです。真ん中は海老のフリット。そして一番右は細く割いた茹で鶏とペピーノ(キュウリ)、それとパトを合わせた冷製サラダとなっております。どうぞお召し上がりください」


「まぁ、なんて色鮮やかで美しいのでしょう!」


 白い長方形の磁器の皿の上には、トマトや海老の赤、チーズやパトサラダの白、フリットの黄色、ペピーノやカプレーゼに添えたアルバアカ(バジル)の緑が鮮やかに踊っていた。

 皿を見つめるソフィアは、まるで宝石を見入るかのように目を輝かせる。普段の“銀行家”としての厳しい表情とは異なり、何とも楽しげな姿がそこにはあった。


「さて、折角なので早速頂くことにしよう。神よ、本日も良き仲間ととともに食卓を囲むことができること、ここに感謝を捧げる」


 リベルトは料理が待ちきれないとばかりに胸の前で手を組んで祈りの言葉を捧げると、残る三人もそれに続いて黙想する。そして一時の間後、それぞれが手にしたフォークとナイフを前菜へと伸ばしていった。


「ほう、これはトマトの酸味とチーズのコクが素晴らしいな。実に食欲が湧いてくる」


「こちらの海老のフリットもサクサクですわ。そうそう、パトサラダはいかがですか?」


「うむ、パトを冷やしてサラダとして食べるのは我が国の文化にはないものだ。この白く酸味とコクのある

ソースがパトや具材をまとめ上げ、とても素晴らしい味わいとなっているな」


「その白いソースは『マヨネーズ』と仰るそうですわ。タクミさんから以前に伺った話では、卵と油とビネガーを混ぜ合わせて調味したものというお話でしたわ」


「なるほど、卵と油がコクを、ビネガーが酸味をつけているというわけか。うむ、これは良い。我が国にその製法を持ち帰りたいぐらいだ」


「そういうお話でしたら、タクミさんに頼んでみてはいかがかしら?」


「よし、後ほど早速尋ねてみるとしよう」


 二人は前菜を口に運びながら話を弾ませる。色気のある話というよりはどこかビジネスの香りが漂う会話だったが、その表情は普段の交渉の場とは異なる穏やかなものであった。


 前菜とともに白ワインを楽しみながら会話を弾ませていると、タクミが二品目の料理を運んできた。

 二品目はリベルトたっての希望で用意されたものだ。テーブルに運ばれる木のまな板には、大きな円盤状の料理が載せられていた。


「二品目にはピザをご用意させていただきました。今日のピザは旬のオンゴ(きのこ)サルディーナの塩漬け(アンチョビ)セボーリャ(玉ねぎ)をトッピングしております。お好みでこちらの小皿のスパイスを少しふりかけてお召し上がりください。リベルト様、私の方で取り分けさせて頂いてよろしいでしょうか?」


 リベルトがコクリと頷いて同意を示した。焼き上がったばかりのアツアツのピザがタクミの手によって切り分けられると、トローリと溶けたチーズが糸を引く。それぞれの前にピザが置かれると、湯気とともに立ち上るオンゴの秋を思わせる香りが四人の鼻孔をくすぐった。


「そちらの小皿のものは、ピミエント(とうがらし)と香草を合わせたものとのことだ。かなり辛味が強いので、少しずつかけると良いぞ」


「あら、ずいぶんお詳しいですのね」


「いや、これも初めてここにお伺いしたときにタクミ殿から教わったことだ。あのときのピザは確か……腸詰と卵がトッピングされたトマトソースのものだったな」


「そちらも美味しそうですわね。また機会があったら頂いてみたいですわ。では、冷めないうちに……」


 ソフィアは、ティアドロップ型の小皿を傾けトントンと軽く叩き、器の中のスパイスをピザの表面に軽くふりかける。そして、手元のナイフで一口に切り分けると、チーズがたっぷりと載った一切れを口へと運んだ。

 その瞬間、彼女の顔色が一気に真っ赤となる。慌てて上を向いたソフィアの口から、ハフッ、ハフッと息が漏れた。


 予想通りの反応を見せるソフィアの姿に、リベルトの口角が持ち上がる。


「そうそう、焼き立てのピザと言うのは見た目以上に溶けたチーズが熱いので気を付けて……っと、少し遅かったかな」


「もうっ、もっと早く仰って頂きたかったわですわ。危うく口の中を火傷してしまうところでしたわ」


 何とか口の中を冷ましたソフィアが不服そうな視線を送りつけるが、リベルトは意に介した様子もなく、楽しげな表情を見せていた。

 

「すまんすまん。どれくらい驚くか、見てみたくなってしまってな。いや、失礼した」


 ソフィアはその言葉に再び頬を膨らませるが、その態度もまたリベルトを喜ばせるものに過ぎない。

 “一本取られた”と不服を見せるソフィアに対し“してやったり”という表情を見せるリベルト、このおかしなやりとりに堪えきれなくなった二人の口から、クスクスという笑い声が漏れ出てきた。


 場が和んだところで、サバスがごほんと一つ咳払いを入れてから話を切り出した。


「ところで、こうして一つの料理を分け合っていただくのは先日のパトパエージャを思い出させますな」


 その言葉に、リベルトが一つ頷く。


「左様。皆で分かち合って食べることが出来るこのピザも、一つの“友好の証の料理”として位置づけられるということだ」


 事前の打ち合わせにおいても、ピザをテーブルで切り分けることにリベルトは強くこだわった。

 先日の昼餐会においてパトパエージャに込められた“分かち合う”というメッセージ、これを誠意を持って受け止めたという思い見せるために、先日の“パトパエージャ”と同様に『分かち合う』姿を見せることが必要と考えたのだ。


 リベルトの思いはソフィアにもしっかりと伝わったようだ。ソフィアは感謝の思いを込めて優しく微笑む。

 無言のまま目と目で語り合う二人。しかし、そこにタクミの普段通りの優しげな声が割り込まれた。


「お食事は進んでおりますか?三品目、本日のメインをお持ちいたしました」

 

 タクミが運んできた皿の上には、大きなローストビーフの薄切りが並べられていた。こんがりと焼かれた周囲と内側の鮮やかなローズピンクのコントラストが美しく、食欲が掻き立てられる。

 付け合せとして添えられているのはパタータ(じゃがいも)のマッシュに、こんがりと焼かれて甘い香りを放っている焼きセボーリャ(玉ねぎ)、それに鮮やかな緑色が美しい新鮮なベッロ(クレソン)だ。

 四人の前に皿が並べられると、最後にソースポットがテーブル中央に置かれた。タクミが説明を始める。


「お好みでこちらのソースか、ローストビーフの横に添えておりますラバノ・ピカンテ(ホースラディッシュ)のすりおろしをつけてお召し上がりください」


 タクミの言葉に一同揃って頷き、それぞれに目の前のメインディッシュ(ローストビーフ)へとフォークを伸ばす。

 最初に感嘆の声を上げたのはソフィアだった。


「ううん! とっても美味しいですわ!」


「うむ、実に柔らかく、そしてジューシーだ。この香りはロメロ(ローズマリー)だろうか?よほど丁寧に焼き上げたのであろうな」


 フォークに刺したローストビーフの断面をしげしげと観察しながら、リベルトも最大級の賛辞を贈る。

 サバスもリベルトの従者も、すっかり感服した様子でフォークを進めていた。 

 

 シンプルな肉の味わいを堪能したソフィアが、今度はソースポットを手にとる。中に入れられていたのはローストビーフでは定番のグレイビーソースだ。

 ソフィアの手によって切り分けておいたローストビーフにソースがかけられ、口の中へと運ばれる。


 強い肉の旨みを基軸に野菜の甘みとほのかな酸味が加えられたソースがローストビーフと合わさることで、先ほどとはまた違った旨みたっぷりの味わいを演出していた。


「リベルトさん、こちらのソースも絶品ですわよ。いかがですか?」「ああ、ぜひ頂こう」


 ソフィアからソースポットを受け取ろうとするリベルトだったが、彼女はそれを渡そうとせず、手のひらを上に向けてそっと差し出した。

 ソフィアの意図を理解したリベルトがその仕草に誘われるがまま手元の皿に渡すと、彼女はふふっと微笑みながら、落ち着いた手つきでソースを丁寧によそった。


「どうぞ、召し上がれですわ」


「すまぬな」


 皿を受け取ったリベルトは、居住まいを直してから、ソースがかけられた肉へとフォークを伸ばす。彼女の言うとおりの味わいだ。リベルトの口の中で肉の旨みが爆発していた。


 また、付け合せの三品もそれぞれ美味に仕上げられていた。グレイビーソースが染みこんだパタータのマッシュは、芋のホクホクとした味わいと肉の旨みが重なり、実に味わい深い。

 じっくりと焼かれたセボーリャは、シャキシャキとした心地よい歯触りは残したまま、甘みが十分に引き出されていた。

 それに何と言っても特筆すべきはベッロだ。特有の苦味を持った緑の葉が旨みたっぷりのローストビーフと出会うことで、ともすれば重くなりがちである口の中をさっぱりとさせてくれていた。


 リベルトとソフィアを中心に談笑をしながら、会食は続けられていた。そして、そろそろメインディッシュの皿も空になろうとしたその時、リベルトの従者が突然目を見開いてううっと苦しみ始めた。

 何事かと思ったリベルトが隣に座る従者に声をかける。


「どうした?何か問題があったか?」


「い、いえ。この白いものを食べたのですが、辛みが凄くて思わず声が……」

 

 そう言いながら鼻を押さえる従者は、皿の脇に盛りつけてあった白い摩り下ろしの小山を指さす。ローストビーフに添えられていたラバノ・ピカンテだ。

 パタータのマッシュと間違えたのか、彼はその鼻にツーンと抜ける辛みが特徴の刺激的な薬味をそのまま食べてしまったようだ。


 彼の言葉に思わず顔を見合わせる三人。一瞬の沈黙ののち、リベルトが従者にそっと声をかける。


「うーむ、それは実に辛かろうな……。まぁ、その、なんだ……ちゃんと話を聞いていないお前が悪い。自業自得だ」


 実にいい笑顔で爽やかな表情を見せるリベルト。そのやりとりに堪えきれなくなったソフィアから笑い声が漏れると、サバスやリベルトにも伝搬し、やがて部屋全体に笑い声がこだまするのだった。




―――――



 談笑しながらの楽しい会食はその後も続けられ、四人は揃って最後に運ばれたデザート ――砕いたコーンビスケットを土台とし、アランダノ(ブルーベリー)の甘酸っぱいソースがかけられたレアチーズケーキ―― を堪能し、食後のシナモン・コーヒーを楽しんでいた。

 すると、キッチンの片づけを終えたタクミがテーブルへと挨拶にやってきた。タクミは、まずはメインゲストであるソフィアに一礼をし、話し始めた。


「本日はありがとうございました。お食事はいかがでしたでしょうか?」

 

「大変美味しゅうございました。これまでにこちらで頂いた料理とはまた違った趣で、とても楽しませていただきましたわ」


 ソフィアからの賛辞に続き、ホストであるリベルトからもお礼の言葉が贈られる。


「いや、私も実に楽しませていただいた。ところで、タクミ殿のことだからきっと今日の料理にも様々な工夫をされていたと思うのだが、どんな工夫をされていたのか聞かせて頂けないかな?」

 

 リベルトからの質問に、タクミは顎に手を当てて少し考えた後で答える。


「そうですね、強いて言うとすれば、いろいろな料理で“氷”を活用させて頂いたということでしょうか?特別な工夫とまでは言えないかもしれませんが……」


「ほう、氷ですか。しかし、今日の料理ではどこにも氷は見当たらなかったようですが……?」 


 タクミの思わぬ言葉に、サバスが反応する。他の三人も固唾を呑んでタクミの説明を待っていた。

 大したことではございませんが、と前置きをしてから、タクミは説明を始めた。


「まずは最後に召し上がっていただいたレアチーズケーキ、こちらは氷の冷気で冷やすことで固めております。火にかけずに作ることで、独特のネットリとした食感が生まれるのがレアチーズケーキの特徴でもございます」


「なるほど。以前に頂いたベイクドチーズケーキと今日のレアチーズケーキは全然違う風合いだったのは、そのためだったのね」


 ソフィアの言葉に頷いて肯定するタクミ。さらに言葉が続けられる。


「前菜で召し上がっていただいたパトサラダ、こちらも茹であがった麺を冷やす際に氷を入れた水を使わせていただきました。時間をかけずに一気に冷やすことで食感を良くすることが出来ます。そして、メインディッシュのローストビーフ、こちらでも氷を活用させていただいております。実は、ローストビーフに使った牛肉は普段よりも1週間ほど余分に時間をかけてじっくり熟成させたものなのです」


「ほう、余分に1週間も時間をかけたのか。しかし、1週間も置いておけば傷んでしまうのではないか?」


「ご指摘の通りです。まだまだ日中は気温が上がりますので、何も手を加えずに放置していただけではすぐに傷んでしまうことでしょう。しかし、適切な手当てを行った上で、氷を入れて低温を保持した箱の中でゆっくりと寝かせることで、肉の旨みをどんどんと増すことができるのです。今回は、周りが傷まないように香草を混ぜた塩を牛肉の塊全体にまんべんなく塗ってから、冷蔵箱の中で寝かせて置きました」


「なるほど、つまり、氷の力で熟成にかける時間を増やしたことがあの肉の美味しさにつながってたわけなのね」


「ソフィアさんがいらっしゃるという話をお伺いしておりましたので、氷の可能性が広がるような料理を用意させて頂こうと考えておりました。ただ、かき氷のようにそのまま氷を頂くものはさすがに季節外れとなってしまいましたので、このような形で工夫させていただいた次第です」


「うーむ、氷にこのような効果があったとは……。早速本国に伝えて真剣に検討してもらわねばならぬな」


 腕組みをしながらつぶやくリベルトの言葉に、ソフィアがすかさず反応する。


「製氷技術の開発も私どもの投資先で行っておりますわ。ちょうど今回の協定の実践事例ともなりますし、ぜひご協力させてくださいませ」


 ソフィアの提案に、リベルトは、もちろんお願いする、と二つ返事で引き受ける。そこに、二人のやりとりを見守っていたサバスが語りかけた。


「しかし、今回の博覧会での出会いから、本当にいろいろな成果が生まれそうですな。さしずめ、パトが結んだ縁というところですかな」


「確かに。パトを通じてソフィア殿との縁を結ばせて頂いたことで、今後も非常に楽しみだ。っとそういえば、ソフィア殿は明日の午後の列車便でウッドフォードへ戻られるとお伺いしているが、それまでの間は何かご予定はおありだろうか?」

 

 リベルトの突然の申し出の意図がわからず、ソフィアは若干戸惑いを見せながら答える。


「午前中はいろいろ立ち寄ってから、こちらでランチを頂いてから汽車に乗るつもりでしたわ。でも、どうかされまして?」


「いや、もし時間が許すのであれば、ぜひ明日のお昼もランチをご一緒いただけないだろうか?以前にもお話させていただいた通り、ソフィア殿個人にもきちんと礼をさせていただきたいのだ。いかがだろうか?」

 

 急な誘いにソフィアは戸惑いの表情を見せるが、そんな彼女の気持ちを揺さぶるようにリベルトの言葉が重ねられる。


「お互い忙しい身である故、この次にということになればまたいつ機会が巡ってくるかわからぬ。お時間が許すのなら、ぜひ明日の昼、ランチをご一緒させていただきたい。引き受けて頂けないだろうか?」


 そう言いながらソフィアを見据えるリベルトの視線には強い意志と情熱が込められていた。

 その視線の奥にある真剣さを感じ取ったソフィアは、分かりました、と首を縦に振った。


「折角のお誘いですので、お引き受けさせていただきますわ。リベルト様からのお誘いですし、お料理はお任せしてよろしいのかしら?」


 ソフィアの応諾の言葉を受け取ったリベルトは、実に良い笑顔を見せていた。


「もちろんそのつもりだ。タクミ殿、後ほど相談させて頂いてもよろしいかね?」


「かしこまりました。では後ほど改めて」

 

 リベルトの新たな依頼に、タクミは笑顔で答えた。


 一連の様子を目の当たりにしたサバスは、顎に手を当て、そういうことですか……と誰にも聞こえないような声でつぶやき、ひとりほくそ笑んでいた。

 明日の夕方にでも様子を聞きに来るとしようかの……、そう企むサバスであった。


※第2パートに続きます。明日9/29(火)20時~22時頃の更新予定です。


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