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異世界駅舎の喫茶店  作者: Swind/神凪唐州


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18 手強い交渉相手と架け橋の料理(3/3)

※2015.9.10 12:00更新 3/3パート

※第2パートからの続きです。最初から読まれる方は第1パート(前々話)よりお読みください。

 博覧会も佳境となり間もなく最終日を迎えようとしたある日、ソフィアが滞在するホテルの庭園にナトルの姿があった。

 空は澄み切っており、爽やかな秋風が心地よい。そんな穏やかな中、ナトルはこれから始められる昼餐会の準備をテキパキと進めていた。


 昼餐が始まるのは正午より少し前の時間、そこから逆算して組まれた段取り通りに準備は進められていた。

 仕込みを終えた食材が、庭園に仮設されたキッチンテーブルの上へ並べられていく。

 セボーリャ(玉ねぎ)アーピオ(セロリ)はみじん切りにされ、小さな角切りにされたサナオリア(にんじん)と共にボウルに入れられている。その横の小さな皿の中にはアッホ(にんにく)のスライスやハーブ類が入れられていた。


 そしてキッチンテーブルの中央には金属のバットが二つ並べられていた。一方に入っているのは豚肉だ。包丁で丁寧に叩かれミンチ状となった豚肉は、脂と肉が混じりあい、新鮮なピンク色を見せている。

 もう一つのバットに入っているのは今日採れたばかりの新鮮なカマロン(海老)。採れたての海老からは頭と殻が外され、プリプリの新鮮な身を露わにしていた。


 そしてこれらのバットの下にあるのが、透明の大きな“氷台”だ。

 初秋を迎え多少爽やかになってきたとはいえ、日中はまだ汗ばむ陽気となる。そこで、目に涼しさを楽しんでもらおうと、ホステスであるソフィアの発案で用意されたものだ。

 もちろん、屋外の暑さの中でも食材が傷むのを防ぐことを見せるという意図もある。この演出を通じて“人工氷”にも興味を持ってもらおうというのがソフィアの算段だった。


 本日の料理で最も重要な食材であるパトも既に準備済みだ。予め“下処理”が行われたパトは大きなボウルに入れられ、上から白い布をかぶせられている。

 その他の調味料や香辛料もキッチンテーブルに揃っている。あとは来客を待つばかりだ。


 ナトルの耳に庭園の入り口からにぎやかな声が聞こえてきた。どうやらお客様が到着されたようだ。ナトルはそっと目を閉じ、頭の中で段取りをもう一度整理する。

 ほどなくして、本日のホステスでありナトルの主人でもあるソフィアが、傍らに若い男性を連れて入ってきた。その後ろには相手方の年配の紳士と談笑するサバスの姿もあった。


 ソフィアは、男性を伴ったままナトルのいる仮設のキッチンテーブル前にやって来た。美麗衆目、容姿端麗とは彼のような男性のことを言うのであろう。その美しい男性の様に、思わずナトルは見惚れてしまった。


「ご紹介させていただきますわ。当家の料理人チーフを務めておりますナトルです。本日の昼餐は彼女が担当させていただきますわ」


 ナトルを紹介するソフィアの声にはっと我に返ったナトルは、慌ててコック帽を取り、深々とお辞儀する。そんな小動物のようなナトルの様子に笑顔を見せながら、その男が気さくに声をかけてきた。


「リベルトだ。今日はなかなかに旨い飯にありつけると聞いて楽しみにしてきた。期待しているぞ」


 リベルトと名乗るその男性は、慣れた仕草でナトルにそっと手を差し出した。ナトルは慌ててエプロンで手をごしごしと拭くと、恐る恐るリベルトの手を握り、握手を交わす。

 その瞬間、一瞬だけソフィアの表情が苦いものになっていたのだが、これからの段取りで頭がいっぱいな上、見惚れるほど美しい男性を前にして緊張するナトルには全く気付く余地はなかった。


「では、早速始めてくれるかしら?」


「は、はいっ!」


 ソフィアの言葉を合図に、ナトルはコック帽を被り直して気持ちを入れ直す。大丈夫、何度も段取りの確認はした、あとはちゃんと進めていくだけ……、ほんのわずかの間にスイッチを切り替え、調理作業へと意識を集中した。


「それでは、始めさせていただきますっ」

 

 ナトルはそう宣言すると、キッチンテーブルの前 ―― 会場の中央に置かれた台の前に立ち、上にかけられていた大きな白い布を取り去る。

 その下から現れたのは、レンガで作られた四角い台、そして直径50センチはあろうかという両手の付いた大きな平鍋 ―― パエージャ鍋だ。


 ナトルは待機していたホテルのスタッフに依頼し、仮設コンロとして使うレンガ台に火を入れさせた。そして手をかざして温度が上昇してくるのを確認すると、パエージャ鍋にオリバ(オリーブ)油を薄く引くように入れ、すぐにスライスしたアッホを投入する。

 オリバ油が温まっていくにつれて、アッホからシュワーという心地よい音が聞こえ、特有の香りが広がってきた。


「ふむ、これはまた大きな鍋だな。どんなものが出来るのか楽しみだ」


「ひあっ! あ、油が跳ねますのでっ、ど、どうぞそちらでお待ちくださいっ」


 ナトルはいつの間にか近くに立っていたリベルトの声に驚いて、声を上げてしまった。その様子を見つけたソフィアが慌てて駆けより、うちの料理人の邪魔をしないでください、と抗議の声を上げながらリベルトを引っ張っていく。


 一瞬びっくりしてしまったナトルだったが、ここからはスピード勝負、大切なお客様をおもてなしするためにも集中を切らすわけにはいかなかった。ナトルは再びパエージャ鍋の前で調理に専念する。


 アッホが程よく色づいたところでいったん鍋から取り出し、すかさず豚のミンチを投入。ジュワーっという食欲をそそる音とともに、パエージャ鍋の上で油がピチピチと跳ねる。


 しばらくの間そのままよくかき混ぜながら炒め続け、豚ミンチに程よい焼き色がついたところでサナオリア、セボーリャ、アーピオとたっぷりの野菜が順に入れられる。


 そのまま炒め続けて、野菜にも程よく火が入ったところで、いよいよパトの登場だ。ナトルは、ボウルにかぶせていた白い布を取り、一気にパトをパエージャ鍋の中に投入する。

 その様子をやや離れたところで見守っていたリベルトが声を上げた


「ほう、パトを短く折って使うというのか。なかなか大胆だな。」


「ええ、これこそが本日お出しする料理、パトのパエージャ仕立てですわ」


 リベルトから発せられた驚きを含んだ声に、どこか嬉しそうな表情で応えるソフィア。ナトルは、二人の会話を耳に入れながらも、鍋に入れたパトに油がなじむよう大きな木べらで一生懸命かき混ぜ続けた。


 短く折ったパトをアロース(コメ)の代わりとしてパエージャを作るというのはタクミのアイデアだ。試作段階から大好評だったそれは、目先も新しく、また、何よりも美味しかった。

 ナトルが作ったパエージャにタクミのアイデアを融合させた“パトのパエージャ”は、今回のテーマにうってつけの料理だった。


 しかし、試作を繰り返していたナトルはこの料理に1点だけ気がかりがあった。

 それはこの料理の要ともいえる部分、“パトを折る”ということだ。

 通常は長いまま調理されるパトを折って使うということは、相手への無礼な行為とならないか、ナトルはその点だけが悩みとなっていた。

 そこで、ナトルはソフィアの下へ戻ると、早速試作品を見せつつ、この懸念点を伝えた。それに対するソフィアの答えは明確だった。


「文句を言わせないぐらい美味しければいいのよ。それにほら、これにはそんなことよりも大切な“メッセージ”があるんでしょ?」


 試食を通じてこの料理をに隠された“メッセージ”を汲みとったソフィアは、ナトルに対し笑顔でゴーサインを出す。その一言に安心したナトルは、今日この日において、自信を持って調理に取り掛かることが出来ていたのだ。


 さて、パエージャ鍋の中では、炒められたパトが油を吸って半透明になってきていた。ナトルはその頃合いを見計らい、鍋の中であらかじめ作っておいた特製のスープを注ぐ。


 このスープこそ今回のパエージャ作りの中で最も手間がかけられたものだ。

 ベースとなっているのは最初にカマロンの頭と殻を香味野菜とともに炒め、そこに牛骨で取ったスープを注いただもの。それを鍋の中の水分が半分になるまでしっかり煮詰めた後、漏斗状のこし器の中でカマロンの頭と殻を押しつぶすように濾すことで、旨みを限界まで絞り出してある。

 そのカマロンのエキスが存分に詰まった汁に、一度茹でてから潰しペースト状にしたトマトを合わせ、酸味と深みが加えられているのがこのスープだ。


 ナトルがパエージャ鍋の中へ特製スープをたっぷり注ぐ。ジュワーっという大きな音とともに白い湯気が立ち上った。

 様々な旨みが凝縮された香りが庭園中に広がり、来客者の鼻をひくつかる。


 ヒタヒタになるまでスープを入れたところで、最後に残しておいたカマロンの身を一番上に並べ、パエージャ鍋に蓋が被せられる。

 ナトルは中火程度になるよう火の番をしているスタッフに火勢を加減するよう指示を出す。あとはこのまま炊きあがるのを待ち、最後の仕上げを残すばかりとなった。ここまで来て、ナトルはようやくふぅ、と一息つくことが出来た。



―――――



 椅子に座って休憩していたナトルの耳に、パエージャ鍋の中から発せられるチリチリという音が入ってきた。そろそろ完成の合図だ。

 ナトルは腰を上げると、パエージャ鍋の蓋を開ける。ぶわぁっと湯気と香気が一面に広がり、会場の人々からどよめきが上がる。

 残った水分を飛ばすように全体を軽く混ぜながら、火の番をしているスタッフに対し、徐々に火勢を弱めるよう指示を出す。その間に、ナトル自身は塩コショウと特製のスパイスミックスで調味しながら全体をなじませるように混ぜ合わせていった。


 最後にパエージャ全体を均すように軽く抑えてから、摩り下ろしたハードチーズと刻んだペレヒール(パセリ)をたっぷりと振りかけた。これで仕上げ作業も終わりだ。ナトルはふぅ、と息をついてから料理の完成を宣言した。


「お待たせしましたっ! パトのパエージャ仕立てが出来上がりましたっ。皆様どうぞこちらにお越しくださいっ」


 普段のおどおどしたものとは違うナトルの自信に満ちた声に女主人(ホステス)役を務めるソフィアは満足そうに頷く。そして、ソフィアは主賓のリベルトを誘い、二人並んでナトルの前にやってきた。後ろにサバスやリベルトの従者たちが続く。


「お疲れ様。で、これはどうやって食べればよいのかしら?」


 ソフィアがナトルに声をかける。これも予め決めて置いた段取りの通りだ。ナトルは、一度深呼吸すると、勇気をもってこう告げた。


「今日の料理の原形であるパエージャは、この地方の家庭でよく食される料理ですっ。家庭では、ここまで大きな鍋ではございませんが、食卓に置いたパエージャをみんなでワイワイと取り合いますっ。ですので、皆様、今日もどうぞご自由に、お鍋の中から好きなだけパエージャを取ってお召し上がりくださいっ。あっ、でも、鍋は熱いのでお気を付けくださいませっ。」


「ほほう、手ずから取り分けろと。なかなか面白い趣向じゃないか……」


 ソフィアの隣で説明を聞いていたリベルトが、ナトルから取り皿とスプーンを受け取りながらニヤリと笑みを浮かべる。

 ソフィアはリベルトに手を差し出しながら、取り分けましょうか?と声をかけるが、新しいおもちゃを見つけた子供のような笑みを浮かべたリベルトは、楽しみを取るなとばかりにそれを辞した。


「では、早速頂くとしよう。よっと……」


 若干覚束ない手つきながらも、取り分け用に渡された大きなスプーンを使ってリベルトが“パトのパエージャ仕立て”を取り分ける。たっぷりとかけられたチーズが蕩けて糸を引いていた。短く折られたパトにはスープの赤色で染まり、その旨みを存分に吸収していることが一目で分かった。


 サナオリアのオレンジや赤白の縞模様をしたカマロン、それに最後に散らされたペレヒールの緑のコントラストが目にも美味しさを伝えてくる。湯気とともに立ち上ってくる芳醇な香りも、リベルトの腹の虫を目覚めさせるのに十分だった。


 リベルトは早速取り分けた“パトのパエージャ仕立て”を一口頬張った。

 口に含んだパトはわずかに硬さを残した仕上がりだ。それがスープや具材の旨みを存分に吸い、非常に味わい深く仕上がっている。

 パトから感じられるカマロンやトマトの旨みを、肉の旨みと野菜の甘みがしっかりと支えているようだ。最後に入れられたチーズも十分に効いている。

 何よりもリベルトを驚かせたのが、一緒に入れられたスパイスやハーブが演出する独特の風味だ。様々な辛味や香味がアクセントとなり、旨みが重なってともすれば重くなりがちなパエージャの食べ口を飽きさせることなく引き締めていた。


 リベルトは、うぅむと唸りを上げながら、感想を述べる。


「これは……実に見事だ。確かに我が国では生み出されることがないパトの料理だ」


「お褒め頂きまして恐縮でございますわ。お気に召していただけましたら、どうぞ二杯目もお召し上がりください。お取り分けいたしましょうか?」


 ソフィアの二度目の誘いに、リベルトは一つ頷いて取り皿を渡す。ソフィアが、鍋の底をややこそげるようにしながら鍋の中身をを取り分け、リベルトに差し出した。


 ソフィアから受け取ったパトパエージャは“おこげ”の部分が含まれていた。香ばしく焼き上げられた“おこげ”はパエージャの醍醐味の一つ。ナトルは、パトパエージャでもそれを再現するために、あえて完全には火を落とさず、弱火ながらも加熱を続けてさせていた。


 香ばしくパリパリとした“おこげ”の部分を口に含んだリベルトは、思わず顔をほころばせる。


「おおう……これはなんとも楽しいな」


「こうして変化に富んだ味わいを見せるのも、パエージャの特徴の一つですわ」


 ソフィアが自慢げに答えながら、自分用に取り分けた“パトのパエージャ”を口に入れた。そのソフィアの表情もリベルト同じように綻んでいた。


 その場にいる誰もが旨い、旨いと言いながら次々とおかわりをしていった結果、あっという間に大きなパエージャ鍋は空っぽとなった。

 その様子を目の当たりにしたナトルは感激で胸がいっぱいとなった。


「いや、実に旨かった。なるほど、これは確かに“友好”を示す料理であるな」


 最後の一口まで食べ終えたリベルトは、口元を拭きながら真面目な顔に戻り、ソフィアにそう告げた。その言葉を聞いた従者が、やや慌てた様子でリベルトにその言葉の意味するところを確認する。


「ど、どういうことでしょうか?」


「この料理、皆で囲んで食したであろう?一つの鍋を前に皆で分かち合って食べることが出来るこの料理は、まさに友好を示すものといえよう。そういうことであるな?」


 改めて確認するように尋ねたリベルトの言葉に、ソフィアは黙って頷くことで同意を示した。従者もようやく得心がいったように手をポンと叩く。それを横目に、リベルトはさらに言葉を続けた。


「しかし、もう一つの“発展”についてはもう一つ釈然としない。どのような意図であるかご説明願えないか?」


「それについては、料理人から答えさせますわ。ナトル、お答えなさい」


 ソフィアは、二人の会話を傍らで見守っていたナトルにあえて回答を任せた。もう一つの答えは料理人であるナトルの口から答えさせる方が良いと判断したからだ。

 一方、急に話をふられたナトルは、は、はひっ、としどろもどろになってしまう。それでも、一つ深呼吸を入れてから、何とか説明が始められた。


「こっ、これは“家庭料理”がベースとなったものですっ。特に難しい技術は入りませんし、その時に手に入るもので作っても十分美味しい料理になりますですっ。あ、で、でも、今日はリベルト様や皆様に出来るだけおもてなしできるよう、一生懸命工夫させていただきましたっ」


 ナトルの返答に、リベルトがうんうんと頷きながら応じる。


「なるほど、確かにこの鍋と適当な具材さえあれば、パトを何かしらのスープで煮込めば出来上がるというわけか」

 

 ナトルが言葉を返す前に、今度はソフィアが答える。


「そして、今日のように材料に凝ったり手間暇をかけたりすれば、きちんとした“おもてなしの料理”にもなる、変幻自在で懐の深い料理と言えますのよ」


「家庭料理にもなり、こうした宴の料理にもなる。幅が広く、また、誰にでも作れるということは、それだけ普及する余地が大きいということだな」

 

 納得がいったようにリベルトが頷いた。ソフィアが2つ目の意図と目的について、改めてまとめ直した。


「“発展”にはいろいろな意味があるでしょうが、今の両国にとっては『交易を増やす』ことが最大の発展と言えるでしょう。私たちの国の家庭が、こうした家庭料理で広くパトを食する機会が増えれば、それだけ多くの交易に繋がる、すなわち発展につながるということですわ」


「そして、貴国から我が国へ今日の料理が伝われば、スパイスやハーブといった貴国の特産品の交易につながると……なるほど、よく理解できた」


 裏に込められた思いまで読み取ったリベルトは、ニヤリと笑う。それに対し、ソフィアは一言返した。


「まぁ、これを選んだ一番大きな理由は、単純に私が美味しいと感じて、これなら閣下に喜んでもらえると思ったからですけどね」


 そう言って悪戯っぽく笑うソフィア。不意に見せたその表情に、リベルトの眉がほんの僅かだけピクリと動く。しかし、幸いなことに誰もその変化に気づいた様子はなかった。

 

 一瞬で気を取り直したリベルトは、改めてソフィアの方を向き直し、手を差し出しながらこう告げた。


「この料理を共に食すことが出来たことをもって、我が国と貴国との間における友好と発展の可能性は大いに示された。パトの輸出については、特命全権大使たる私の責任をもって本国と調整を行い、必ず満足のいく対応を行うことを約束する」


 ソフィアも、差し出された武骨な手をそっと握り、儀式的な礼を持って交渉相手の大使たるリベルトに応えた。


「リベルト閣下のご尽力、本当にありがとうございます。この交易が両国の友好と発展、ひいてはより大きな平和と安定に繋がるよう、私も微力ながら精一杯努めさせていただきます」


 二人のやりとりにに、どこからともなく拍手が沸き起こった。賞賛を受ける主役たる二人は、お互いに視線を合わせて一つ頷き、今日の最大の立役者であるともいえる一人の料理人を指名した。


「本日ここに両国にとって新しい一ページを刻むことができたのは、素晴らしい料理を提供頂いたナトルの尽力の賜物である」


「どうか皆様、ナトルにも盛大な拍手をお願いしますわ」


 二人の言葉を合図に、会場の全員がさらなる大きな拍手でナトルに賞賛を送った。

 予期しない賞賛にナトルは声も出せずにパクパクとするばかりだった。

 “公式の席で自分の料理が認められた”という実感をナトルが感じられるようになるには、まだしばらくの時間が必要であった。



―――――



 予定時間を超えて盛り上がった昼餐会も終わり、ソフィアは博覧会へ戻るリベルトをホテルの玄関まで見送りに来ていた。馬車に乗り込む間際、リベルトがそっとソフィアに小声で話しかける。


「ところで、貴女にも個人的に礼をさせて頂きたいのだが、博覧会が終わってしばらくしたところで少々時間をいただけないだろうか?」


 誘いを受けたソフィアはしばし考えた後、今回の件で礼をしたいと考えていた“もう一人の立役者”のことを思い浮かべ、こう応えた。


「ありがとうございますわ。ただ、実はもう一人、今回の件でとても大きなお力添えを頂いた方がいらっしゃいますの。もし差支えなければ、その方への礼を一緒に考えてくださりませんか?」


「ほう、ナトル殿の他にもそのような方がいらっしゃるのか。そうであれば是非私からも礼をさせて頂きたいな。わかった、それでは一度その方への礼に出向く段取りをお願いしたい。頼んでもよいだろうか?」


「ええ、ではその件は改めてご連絡させていただきますわ」


 ソフィアはそう答えると、一礼をしてから馬車に乗り込むリベルトを見送る。

 そして、出発した馬車が見えなくなるまでじっとその背を見つめていた。


 後日、二人はそろって“もう一人の立役者”であるタクミの下を訪れることになるのであるが、それはまた別のお話。

 今日の時点では、リベルトの言葉に含まれた意味深な意図に気づけないでいたソフィアであった。


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