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異世界駅舎の喫茶店  作者: Swind/神凪唐州


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18 手強い交渉相手と架け橋の料理(1/3)

本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。この列車は当駅が終点となります。改札口にて乗車券を拝見いたします。到着いたしました列車は車庫に入ります。お手荷物などお忘れ物がございませんよう、ご注意をお願いいたします。

―― なお、喫茶店『ツバメ』の個室利用をご希望の方は、事前にご予約をお願いいたします。


「ぜひ前向きな取り組みをしたいところだが、ご説明した通りパトはファリーヌ、貴国の言葉で言えばアリーナ(小麦粉)を主な材料としたものだ。単なる利益や外貨獲得を目的とするだけ輸出することは難しいだろう。だが……」


 あるホテルの一室、向かい合う若い男女が今後の交易に向けた交渉を続けていた。

 交渉は当初想定されていたよりも長引き、障害の大きさをうかがわせている。

 その最大の理由はパトがアリーナを原材料としていることにあった。


 歴史に刻まれた“大災厄” ―― 世界を巻き込んだ大規模な病害により、この国を含む多くの国からアリーナ、そしてその原料となるトリゴ(小麦)が失われた。

 何とか全滅を免れた一部の国においてもトリゴの収穫量は激減し、どの国も国内消費分の確保が最優先の課題となった。

 その結果、トリゴやアリーナはもちろん、それらと材料とする食品についても海外輸出に回されるものはごくわずかとなっていた。


 しかし、今回の博覧会の場ではアリーナを原材料とした“パト”が出品された。

 出品者側の国を代表する男の説明によれば、その国では三百年の時をかけた品種改良によってトリゴの病害を克服し、大規模生産が進められているとのことだった。

 さらに、トリゴやアリーナの保存性を大幅に高める乾燥パトの開発に成功したことで、国内需要を大きく上回るパトの供給が可能となり、今回の出品に至ることが出来たとの話だった。


 一方、博覧会に出品しているとはいえ、彼らの口からパトを積極的に交易したいという言葉はここまで発せられていなかった。アリーナの希少性を誰もが理解する中、最も自国へ利益をもたらすようにパトの存在を導くためには、当然の対応と言えるだろう。

 それでもなお、この博覧会にパトを出品したということは、少なからず交易を行う意思はあるということだ。“戦略的な意味付け”―― 交渉の鍵はそこに焦点が絞られていた。


 端麗な容姿を持つ男により何度となく繰り返された言葉を遮るように、正面に座る雅やかな女が声を発する。


「それ以外の目的、つまり、この交易が両国の友好と発展に資するものである、そう証明できればいいってことよね?」


 女の問いかけに、男は黙って頷いた。その後も交渉は粛々と続けられる。


「わかったわ。博覧会が終わるまでの間に、それを証明できるパトを使った料理を用意させるわ。その代わり、パトのサンプルは用意していただけるかしら?」


「勿論、すぐに必要なだけ手配させよう。その代り、成果は期待していいのだな?」


 男が鋭い眼差しで女を見据えた。だが、女も負けてはいない。相手の目をしっかりと見据え、こう言い放つ。


「ええ、貴方を満足させる逸品、必ずご用意させていただくわ」


 その強気の言葉に、男が思わずニヤリと笑った。

 二人は互いに席を立ち、テーブル越しに握手を交わす。テーブルに同席していたメンバーは、彼らの握手を見届けてから席を離れた。


「では、また改めてお会いしましょう」


 女は最後にそう言い残すと、緊張で空気が張り詰める部屋を辞した。白髭を蓄えた女の同行者も後に続いて部屋を出る。男は、その様子を黙って見つめていた。



―――――



「いやぁ、ソフィア殿、なかなか手ごわい交渉相手でしたな」


 とあるホテルのスイートルームで、サバスは先ほどの交渉を振り返っていた。話している相手は先程まで交渉の場で前面に立っていた雅やかな女 ―― ソフィアだ。ソフィアはやや疲れた様子でアームチェアにもたれ掛かりながらサバスに言葉を返す。


「ホント、嫌な男よねー。まるでこちらのことを何でも見透かしているみたいにしちゃってさ。それに、あの自信マンマンな態度。上から目線にも程があるわ」

 

「でも、なかなかのいい男でしたぞ?」


 サバスが軽口でけしかけるが、ソフィアは手をひらひらと動かしその言を否定する。


「ちょっとサバスさん、勘弁して。確かにいつもいい男いないかなーっとは思ってるけどさっ。それでも、私にももうちょっと選ばせてよ」


 ふくれ面を見せて反論するソフィアに、サバスはあえて肯定も否定もせず、はっはっはと余裕の態度で笑った。その笑い声にソフィアはまたむくれてしまう。

 少しやりすぎたかな……と反省したサバスは、うぉっほんと一つ咳払いをしてから、真面目な話に切り替えた。


「時に、これからどうするおつもりですかな? 相手のことを考えれば少々のことでは難しいと思われますぞ」


 ソフィアは背もたれに持たれていた身体を起こし、前のめりになってサバスに話しかける。


「そうね、やっぱりここはタクミさんの力を借りないとなかなか難しいと思うのよね。ただ、今回はタクミさんだけでも難しいと思うの」


「ほう、と、いいますと?」


 サバスが眉をピクリと上げて言葉を待つ。


「タクミさんはかき氷だったり、その前のベイクドチーズケーキだったり、いつも私たちが知らないびっくりするような料理を出してくれる、確かに素晴らしい料理人よ」


 ソフィアの一言ひと言にサバスがふむふむと相槌を打っていく。話はさらに続けられた。


「でもね、逆にタクミさんからオーソドックスな料理を食べさせてもらったことはあるかしら? 私は訪れた回数が少ないからたまたまかもしれないけど、いつも一工夫も二工夫もしたものばかりじゃない?」


 ソフィアから尋ねられたサバスは、今まで喫茶店『ツバメ』で出された料理を思い出していた。

 確かに『ツバメ』で出てくる料理は、朝のモーニングにしても昼のランチにしても『ツバメ』でしか食べられないといっても過言ではないぐらい珍しい物ばかりだ。

 一方で、揚げたトルティーヤの入ったトマトスープや、パルタ(アボカド)のサラダ、それにこの辺りでのトルティーヤに次ぐ第二の主食といえるフディーア(インゲン豆)の煮込みやペースト……こういったこの辺りでよく食べられている伝統的な料理を『ツバメ』で見かけることはほとんどなかった。


 もちろん、珍しい料理を出して目を引くという営業上の施策という意図もあるのだろう。しかし、タクミの料理の腕前を考えれば、こうした伝統料理をベースとしたものがもっと出てきてもおかしくない……ソフィアの指摘に、サバスはゆっくりと頷く。


「でね、タクミさんについて“駅長”さんに聞いてみたのよ。そしたらね、タクミさんもニャーチさんも、なんかこの国ではない、どこか遠いところの出身だって言ってたのよね。そうなると、タクミさんはこの辺りの料理に詳しくないってことになるのよね」


 ソフィアの言葉に、サバスは一つ思い出したことがあった。

 それはモーニングの値段設定について以前に尋ねた時のこと。サバスの素朴な質問に、タクミは“私の田舎ではこれが普通で、モーニングサービスで別途お代を頂いたら笑われてしまう”と答えていた。

 その時はあまり気にしていなかったが、確かに遠くから来たということであれば辻褄の合う話だった。


「なるほど、もともと“メンルイ”を所望されていたタクミ殿のこと、きっとパトを使った美味しい料理は作ってもらえるじゃろうが……」


「“両国の友好と発展に資する”という今回のお題だと、タクミさんの力が及ばない部分があると考えておくべきなのよね」


 ソフィアの言葉に頷き同意を示すサバス。


「そうなると、どう差配されるおつもりですかな?」

 

 サバスの質問に対する答えは既に用意されていた。ソフィアが自信をもってサバスに回答する。


「ええ、ナトルにもこの課題に取り組ませようと思うの。ナトルなら料理の腕も問題ないし、何よりこの地域の伝統料理に精通してる。タクミさんと一緒に力を合わせれば成果が出るんじゃないかしら?」


「なるほど、確かにナトル殿なら適任でしょうな。しかし、ソフィア殿はえらくナトル殿を見込んでおられるのですな」


 サバスは、ポンと一つ膝をたたきソフィアの案に賛成した。

 ナトルは元々屋敷の厨房要員として雇われたと聞いている。その実力を見出したソフィアは、次々と大きな課題を与え、現在は博覧会会場の屋台の現場を事実上任せるほどになっていた。

 サバスには、ナトルに対するソフィアの信頼と期待の大きさが手に取るように伺えた。


「まぁ、彼女は料理に対して真剣だし、何より料理の腕は抜群だわ。吸収も早いし、工夫だって案外面白いセンスを持っていると思うの。本人がそのことを自覚して、もっと自信を持てばきっと大化けすると思うのよ」


「だからこそ、早くからいろんな経験をさせるという訳ですか。なるほど、なかなか厳しく育てていますな」

 

 サバスの言葉に、ソフィアは微笑みながら、しかし鋭い視線を投げかけて応える。


「人はその資質を最大限発揮できる舞台でこそ輝けるもの。私の下にいる間は、遠慮なく舞台は与えていくつもりよ。まぁ、それをモノにするかどうかは本人の努力次第だけどね」


 サバスはこくりと頷いた。ソフィア殿こそもっともっと大きな舞台が必要でしょう……と、サバスは思う。一方で、ソフィアであればきっと自ら道を切り開くことができる、そう信じられるサバスであった。


 二人が今後の方針を共有したところで、話題は具体的な部分へと移る。


「では、これからの段取りを確認しておきましょうかの。まずは、パトの手配、そしてタクミ殿への協力依頼が必要ですな」

 

 ソフィアも手元の紙束に羽ペンを走らせながら話を続ける。


「私の方はナトルへの説明と、博覧会屋台の方の人員配置の見直しね。そうそう、パトの手配を頼むときに、ナトルも連れてってやってほしいの。タクミさんのところに向かわせる前に、本場の味を彼女に覚えていって欲しいのよね」


「分かりました。では、まずはナトル殿のところへご一緒させていただきますかな」


 サバスはそういうと、よっこいせ、と声を上げながら席を立った。限られた期間の中で上手くいくかどうかは分からない、しかし、この動きそのものはこの地に新しい息吹をもたらしてくれるだろう……そう考えるとワクワクが止まらないサバスであった。



―――――



「では、ナトルさん、着いたばかりで恐縮ですが、試食してきたパトのこと、いろいろ教えて頂いてよろしいでしょうか?」


「あ、は、はいっ! もちろんですっ!」


 喫茶店『ツバメ』のキッチンで、ナトルが若干緊張した面持ちで答えていた。

 あれから数日後、ハーパータウンに戻ったサバスは、ソフィアからの依頼を携えて喫茶店『ツバメ』を訪れていた。

 サバスから話を聞いたタクミは、どんどんと大きくなる依頼の内容に若干苦笑しつつも、快く引き受けた。目の前に待望の“パスタ”を用意されていること、そして何よりもこのチャレンジングな課題はタクミの心を引き付けるのに十分だった。


 ナトルの話によれば、博覧会会場で試食してきたパトは二種類とのことだ。トマトの味わいがする赤いソースが和えられたもの。具材はそれほど入っていないシンプルな作りとのことだ。

 もう一つは少し黄身がかった白いクリームソースが和えられたもの、こちらは塩漬け肉を刻んで炒めたものが入っており、乳製品と卵黄が織りなす濃厚な味わいが特徴的だったそうだ。

 そして共通項として挙げられたのがどちらにも仕上げに摩り下ろしたチーズがたっぷりとかけられていたこと。この仕上げのチーズが芳醇なコクをもたらしていたとのことだった。


「分かりました。私の知っているパスタ……パトにも似たようなものがあります。今から試作させていただきますので、比較をお願いできればと思います」


 赤いソースはナポリタン、白いソースはカルボナーラが近いだろう……ナトルの話から似たようなパスタ料理をイメージしたタクミは、二人にそう告げると早速調理にとりかかった。


 トマトにセボーリャ(玉ねぎ)、バター、牛乳、生クリーム、チーズ、卵、そして塩漬け肉 ―― タクミは、ナトルから聞き取った材料を食料庫から運び出す。このほかに、自家製のケチャップや塩コショウといった調味料類がキッチンテーブルに用意された。


「ナトルさん、ちょっと麺茹でを手伝ってもらえますか?」


「あ、はいっ! もちろんですっ!」


 タクミの頼みにナトルが二つ返事で答える。

 サバスが持って来てくれたパトは、タクミの知っているパスタ―― スパゲッティの乾麺とほとんど同じのようだが、同じ茹で加減でいいかどうかまでは分からない。そこで、タクミはソース作りと並行しながら、ナトルに先に少量だけ麺を茹でてもらい、少しずつ茹で加減を確認していった。


 そしてしばらく後、先行実験で把握した時間に従って、ナトルが本試作分のパトを茹で上げた。流し台にてザルに水をあけると、もわぁっと湯気が立ち上ってくる。軽く水気が切られたパトは大きなボウルへと移され、ナトルの手によりコルザ(菜種)油が絡められ、タクミへと渡された。


「できましたっ!」


「ありがとう。じゃあ、あとはお皿を用意しておいてください。小皿を一人二枚お願いします」


 ナトルに最後の指示を出しつつ、タクミは麺を半分に分け、それぞれにソースを絡めていく。赤いソースはナポリタン風のトマト仕立てのもの、白いソースはカルボナーラ風に仕上げたものだ。

 出来上がったパトはナトルが用意した皿に盛り付けられる。最後に、赤いソースのものには仕上げに摩り下ろしたハードチーズが振りかけられ、試作第一号となる2種類のパスタが完成した。


「お待たせしました、出来上がりです。温かいうちにお召し上がりください。ナトルさんも片づけは後にして一緒に食べましょう」


「フォークもってきたのなっ!」

 

 ニャーチが持って来てくれたフォークをタクミは受け取ると、先に赤いソース ―― ナポリタン風のパトをくるくるっと巻きつけ、口へと運ぶ。

 フレッシュトマトと煮詰められたケチャップの味わいがよく絡んだ麺は、柔らかすぎずほどよい仕上がりとなっていた。一緒に入れた玉ねぎの甘みもよく利いている。“こちらの世界”に来る前に良く食べていたパスタと同じ味わいだった。


「あのー、タクミさん、すいません……ナイフもお借りできませんでしょうか?」


 試食に意識を取られていたタクミの耳に、ナトルの声が入ってきた。ふと顔を上げると、パトの皿の前にしたナトルが、フォークを片手に困った表情を見せていた。


「え?ナイフです? ナイフならその棚にありますが。でも、パスタ……パトを食べるのだとナイフは使いづらくないですか?スプーンならともかくですが……」


「おや、このパトというのはナイフとフォークで食べるものではないのかね?私にも頂きたいのだが……」


「うにゃ?スプーンではなくて、ナイフなのな?」

 

 タクミとナトルのちぐはぐなやりとりに、サバスとニャーチも割って入ってくる。互いに顔を見合わせた四人の間に、困惑の空気が浮かんでいた。


※第2パートに続きます。

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