17 頂いたお土産と難しい注文(2/3)
※2015.8.28 18:00更新 2/3パート
※第1パートからの続きです。まだお読みでない方は第1パート(前話)よりお読みください。
「なるほど、そういうことっすか……俺なんかでいいんっすか?」
「ええ、まずはロランドの意見を聴きたいのです。忌憚ない意見をお願いしますね」
「了解っす!」
翌日の午後、ランチの営業が落ち着いた喫茶店『ツバメ』のキッチンで、ロランドがキッチンテーブルにいくつものカップを並べていた。タクミは、鍋で沸かした湯を小鍋に分け入れ、そこに花模様の壺から取り出した紅茶の茶葉を入れていく。しばらくすると茶葉が開き、特有の色が鍋の中に広がった。爽やかな香りがふんわりと辺りに広がる。タクミは、タイミングを見計らって茶こし代わりの小さなザルで葉を受けながら、カップへと紅茶を注いだ。
「へー、これがテーっすか……、やっぱり珈琲とは見た目も香りも全然違うっすね」
ロランドはしげしげとカップの中の赤みがかった明るいオレンジの液体を見つめ、次いでクンクンと香りを確かめる。普段飲みなれている珈琲とは違い、カップの中から立ち上るのはどこか果物を思わせるような爽やかさを含んだ香りだ。慣れない香りにロランドは首をひねりながらも、興味深げに何度も確かめる。
「うーん、よく分かんないっすけど、なんか落ち着く香りっすね」
「種類によっても色や香りは異なりますけど、テーはこんな感じのものですね。さて、最初はそのままでどうぞ」
タクミに勧められるがまま、人生で初めての”テー”を口に含んだロランドだったが、その顔はすぐに苦々しいものとなった。眉を顰めながらなんとか口に含んだテーを飲み下すと、舌を出して乾かすようにしながらタクミに率直な感想を告げた。
「うーん、正直渋いっす。これが、テーの美味しさってやつなんすか?」
「おや、時間を置き過ぎましたでしょうか…」
ロランドの言葉に、タクミも自分のカップに注いだテーを一口飲む。特有の爽やかな香りとともに、口の中に渋みと甘みを併せ持った独特の味わいが広がる。その香りと味わいは、タクミが覚えている“ダージリン”そのものだった。タクミが飲んだ限りでは、濃く出過ぎたという訳でもなさそうだ。
テーの味を確認したタクミは、ロランドに次の指示を出す。
「なるほど、ロランドにはこれが渋く感じるのですね。そうしたら、少しずつ砂糖を入れて、好みの味に調整してみてください」
了解っす、と元気良く返事をすると、ロランドはテーブルに用意しておいた砂糖をスプーンで掬って入れていく。最初に一杯いれて味を確認、そして、もう一杯入れて確認、最後にもう半分だけ入れて確認し、OKサインを出す。
「これくらいなら甘くて美味いっす!」
その言葉を受けたタクミは、ロランドからカップを受け取り、味見する。たっぷりと砂糖を入れたテーは、タクミからすれば相当甘い仕上がりになっていた。紅茶の風味は感じ取れるものの、“昔あったような缶のストレートティ”を思わせるような味わいだった。
正直、タクミには甘すぎる味わいであった。しかし、このおかげで一つ思い出したことがある。それは、“こちらの世界”の人たちが珈琲もかなり甘くして飲んでいるということだ。『ツバメ』で出しているシナモン・コーヒーにもたっぷりと砂糖を入れて飲む人が多い。恐らく、このあたりの感覚は珈琲とテーで共通する部分があるのだろうと思われた。
「これくらいの甘さがちょうどいいってことですね。それでは、こうするとどうでしょう?」
タクミはそういうと、先に用意しておいたリモンのスライスを一つつまみ、カップの上で軽く絞った。リモンの汁がポトリとカップの中に落ちると、中のテーの色がパッと明るさを増す。軽くかき混ぜられた後、カップはロランドの手に戻された。
「あ、俺はこっちのほうが好きっす!リモンがいい香りっす!」
リモンテーを味わったロランドは、よほど気に入ったらしく一気に飲み干した。冷めかけていたとはいえまだまだ熱いリモンテーは、ロランドの喉に熱を伝えながら通り過ぎていき、顔は真っ赤に火照った。
「ほらほら、慌てて飲むと火傷しますよ」
タクミはロランドを落ち着かせつつ、今度は草模様の壺に入った茶葉で新しくテーを用意する。味見用に一口だけカップへ移されたテーは、先ほどのものよりも深い、濃いルビー色をしていた。香りも爽やかさには欠けるものの、甘みを伴った深さを感じさせるものだ。一口口に含むと、独特のコクと甘さが口じゅうに広がった。先ほどの茶葉がダージリンを思わせる物なら、こちらはアッサムに近い特徴を有していた。
その味わいに納得したタクミは、うん、と一つ頷くと、別鍋で温めておいたミルクをカップに注ぎ、その中へテーを合わせる。白いミルクがテーの紅色で染まっていく。軽く混ぜられた後、出来上がったミルクテーがロランドへと渡された。
「では、次にこちらをお願いしますね」
ロランドが受け取ったカップの中には、温かさを感じさせるベージュ色の飲み物が入っていた。まずは砂糖を入れずに一口飲む。テーの強い風味をミルクがまろやかに包んでおり、ほっとする味わいだ。続いて砂糖をスプーン一杯分だけ入れて2口目。甘さが加わったミルクテーの味と香りが、ロランドを穏やかに包み込んだ。
「……これ、いいっすね。なんか、こう、ほっこりと落ち着くっす」
ロランドは、ふぅ、と一つため息をついてから感想を伝える。タクミはコクリと一つ頷くと、最後の茶葉で立てたテーをカップに注ぐ。
「最後はこちらをどうぞ。これは無理しなくて構いませんよ」
タクミの言葉に首をかしげながらカップを受け取ったロランドは、軽く香りを確認する。
「けほっ! これ、なんすか!? これでも飲み物っすか?」
先ほどの2つとは全く違う力強いスモーキーな香りにむせ返るロランド。タクミは、ロランドからカップを返してもらうと、軽く香りを嗅いでから一口含んだ。
「恐らくテーを作る過程で茶葉を燻製しているタイプのものだと思いますが……んー、やっぱりコレは厳しそうですね」
タクミの言葉に、ロランドは何度も首を縦に振って頷く。これに良く似た正山小種 も好みがはっきりと分かれるものだ。ロランドのようにテー自体になじみがない人であれば驚いてしまうのもうなずける話だった。
お客様の中には好んでいただける方もいるかもしれないが、まだテーそのものを広めたい段階ではそぐわないであろう。タクミはそう考えながら、この茶葉は自分の楽しみ用として大事に使わせて頂こうと考えるのだった。
―――――
「で、どうするのにゃー?」
その夜、二人きりでの夕食を終えたキッチンで、タクミは試作に取り掛かっていた。ニャーチは一人で部屋にいてもヒマだということで、キッチン脇の小テーブルに腰をかけながら、のんびりとタクミの作業の様子を見守っていた。
「そうだね、飲み物だけだと限界があるから、デザートも作ってみようと思ってるよ」
タクミはニャーチの質問に答えながら、試作品の材料を用意する。ダージリンタイプとアッサムタイプのテーの茶葉、卵、牛乳、ミエール、砂糖、橙色が鮮やかなナランハの実、それにアガールと呼ばれている黄色く色づいた半透明の顆粒状のものだ。
アガールとは、“こちらの世界”でゼリーやアスピックを作るときに使われる食材だ。ゼラチンに良く似た使われ方をするが、ゼラチンが動物性の原材料を利用しているのに対し、アガールは“こちらの世界”で取れる海藻からできている点が異なる。タクミの中では“ゼラチンと寒天の中間のもの”として理解されていた。
タクミは、ロケットストーブに火を入れ、大きな鍋に水を張って温め始める。そしてオーブンストーブにも火を入れ、段取りを整えた。鍋のお湯が沸くのを待つ間に、ボウルに卵を割り入れる。続いて、先ほど入れた卵の倍の個数だけ卵黄を入れ、よくかき混ぜる。もちろん、卵白は無駄にしないよう別のボウルに取り置かれていた。
続いてタクミは小鍋を用意し、ミルクを注いでオーブンストーブの天板の上で温めはじめた。ほどなくしてフツフツと泡が出てきたところで、草模様の壺からテーの茶葉 ―― アッサムタイプのもの ―― を温まったミルクの中へ投入する。そのまま穏やかに温めていると、白いミルクが徐々にベージュ色へと変化していった。
「んー、良い香りなのにゃっ!」
ニャーチは、キッチンに広がるまろやかな香気に目を細めて喜んでいた。タクミは引き続き作業を続ける。タクミが次に用意したのは深めのバットだ。そこに、ロケットストーブで沸かしておいた湯を注ぎ入れ、オーブンストーブの天板に置く。ゆっくりと沸騰が維持されるよう、わざと“温度ムラ”ができるように調整しているオーブンストーブの手番の上でバット置き場所を調整した。
ミルクの中にテーの美味しさが程よく抽出されたところを見計らい、砂糖とミエールをたっぷりと入れ、よくかき混ぜる。砂糖が十分溶けたところで火から外し、別にとっておいたミルクを追加した。追加したミルクの量は温めていたミルクに対しておよそ3分の1程度。こうすることで、この後の調理に適した温度とすることができるのだ。
こうして、ミルクで煮出したテーは、ザルで茶葉を濾しながら、先ほど卵を混ぜておいたボウルに入れられた。ここからは時間との勝負だ。タクミは、ミルクテーと卵液を手早く混ぜ合せると、もう一度細かな網目のザルで濾してから、普段は珈琲用に使っている陶器のカップに注ぐ。そして、すぐさま先ほどお湯を温めて置いたバットの中に一つずつカップを入れると、カップの高さの半分ほどまで湯に浸る形となった。タクミは、同じ大きさのバットを蓋がわりに被せると、キッチンの中で一番大きな砂時計をニャーチの座っているテーブルまで運び、ひっくり返した。
「じゃあ、この砂が全部落ちたら教えてね」
「あいあいさーなのなっ!」
ニャーチは、真剣な表情で砂時計が落ちる様子を見つめ始める。この様子なら、見落とす心配はなさそうだ。タクミはほっと一息つくと、気持ちを切り替えて次の作業に取り掛かった。沸かしておいたお湯を新しい小鍋に注ぐと、すぐさまダージリンタイプ ―― 花模様の壺に入った方 ―― の茶葉を入れ、蓋をする。しばらくして茶葉が十分に蒸らされた頃合いを見計らって蓋を取ると、特有の爽やかな香りが一面に広がった。
タクミは、細かい手つきのザルを茶こし代わりにして茶葉を濾しとると、テーが抽出された明るい橙色の液体をもう一度鍋に戻す。再度オーブンストーブの天板の上で温め、泡が1~2個たったところで火から外すと、そこに砂糖とミエール、そしてナランハの果汁を合わせ、最後にアガールを投入する。全体をしっかりと混ぜて、十分に溶けたところを見計らい、薄手のバットに広げるようにして流し入れた。
「そろそろ砂時計がおわるのにゃっ!」
キッチンの傍らで砂時計を見つめていたニャーチが声を上げる。ちょうどいいタイミングだ。タクミは、先ほどまでテーの入っていた小鍋を洗い場に溜めてあった水に入れると、すぐさまオーブンストーブの上で蒸し温めていたバットの蓋を外した。カップの中にはやや褐色がかった先ほどの液体が、プルプルと固まっていた。表面は非常に艶やかで、仕上がりの良さが伺える。タクミは、カップを一つ選び、中央に細い木の串をそっと差し入れてから引き抜く。串に余分な液がついてくることは無かった。
こちらも冷ませば完成だ。タクミは、火傷しないように細心の注意を払いながら、蒸し上げたカップを取り出す。すると、甘い香りに引かれたのか、それとも待ちきれなかったのか、ニャーチがキッチンテーブルに近づき、タクミを上目使いでじーっと見つめ始めた。
「えーっと、これ、どっちもちゃんと冷めないと出来上がりじゃないよ?」
「!!!そ、そうなのにゃっ?」
出来上がればすぐに食べられると思っていたニャーチは、耳をペタンと倒してがっくりとうなだれる。タクミは、そんなニャーチの頭をポンポンと撫でながら、慰めの言葉をかけた。
「こっちはまだしばらく時間がかかるし、メレンゲクッキーもこれから焼かないといけないから……そうだ、チャイでもいれようか? 甘くておいしいよ」
「んじゃ、それおねがいなのなっ!大至急頼むのにゃっ!」
はいはい、とタクミは軽く答え、再び小鍋にミルクを入れて火にかける。メレンゲクッキーの試作は後回しだな……、二人分のミルクを入れた鍋を見つめながら、試作に集中して突っ張った気持ちを緩めるタクミであった。
※第3パートに続きます。 8/28 22時頃の更新予定です。




