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異世界駅舎の喫茶店  作者: Swind/神凪唐州


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17 頂いたお土産と難しい注文(1/3)

本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。この列車は当駅が終点となります。改札口にて乗車券を拝見いたします。到着いたしました列車は車庫に入ります。お手荷物などお忘れ物がございませんよう、ご注意をお願いいたします。

―― なお、本日より列車が増結されております。益々のご利用よろしくお願い申し上げます。


 少し日が傾いたハーパータウン駅のプラットホームに本日最後の到着列車が近づいてくる。駅へと入る前にポーッと汽笛が鳴らされ、先頭の蒸気機関車がゴーシュッシュッシューと音を鳴らしながらゆっくりと入線。所定位置に停車すると、もう一度ポッポーと汽笛が鳴らされた。


「入線ヨシ、停車位置ヨシ、ホームヨシ」


 ホームの最前方にて入線を見届けたタクミは、指を差しながら安全確認を済ませると、手持ちの白い旗を振り、後方の車掌へと合図を送る。ほどなく、一等車から順番に扉が開けられ、車内から乗客が次々と降りてきた。


「乗客の皆様、長時間のご旅行お疲れ様でした。こちらの出札口にて順番にお並びいただけますようお願いいたします」


 ホーム上での案内を終えたタクミは、出札口に移動して木で出来た柵を開放すると、到着されたお客様一人一人に声を掛けながら切符を受け取っていく。切符が正当なものであるかの確認はもちろん、声掛けを通じて体調を崩されている人がいないか、ご気分がすぐれない方がいないかを目配せすることも“駅長代理”としての大切な仕事だった。


「タクミ殿、今日もお疲れ様」

 

 列が終わりに近づいたところで、タクミに一人の男性が声を掛けてきた。先日マークシティ博覧会に出向いていたサバスだ。


「サバスさん、おかえりなさいませ。博覧会からお戻りですか?」


 タクミは、サバスから切符を受け取りながらいつものように挨拶をする。タクミの言葉に首を縦に振って応えたサバスは、台車に載せて重そうに運んでいる木箱を手で指し示しながら、満足げな表情で話しかけてきた。


「さすがは博覧会、面白い物がたくさんございました。タクミ殿にもお土産があるのですが、後で少しお時間ございますかな?」

 

 タクミは、サバスの気遣いに一礼を添えて感謝を示す。


「ええ、大丈夫です。そうしたら、『ツバメ』のホールでお待ちいただけますでしょうか?」


 タクミの申し出に勿論です、と一言で答えたサバスは、出札口を出てすぐにある喫茶店『ツバメ』へと向かった。カランカラーンと扉が奏でる音を背後に聞きながら、タクミは出札業務を続けていった。



―――――



 出札業務とその後の駅舎点検業務を終えたタクミが『ツバメ』へと戻ってくると、サバスの手によって先ほどの大きな荷物が解かれ、数個の木箱がテーブルに広げられていた。

 サバスは、タクミを手招きで呼び寄せると、一つ目の木箱の蓋を開く。その中にはクッション代わりと思われる藁が敷き詰められ、それに包まれるようにして陶器でできた手のひらほどの壺が3つ納められていた。


「これは先日タクミ殿から依頼があったテーの葉じゃ。この間世話になったルーデンドルフ夫妻が、博覧会の会場ですぐに手配してくれたのじゃよ」


 サバスは説明をしながら、3つの陶器の壺のうちの一つをタクミに渡す。真っ白な地肌に青色で非常に繊細な花の模様が描かれたその壺は、衝撃で蓋が開かないよう4本の藁でしっかりと巻き止められていた。

 タクミはポケットから小型のナイフを取り出すと、藁をピンと跳ねるように切る。蓋をそっと開けると、花や果実を思わせる爽やかでわずかに甘さを含んだ独特の香気がふんわりと漂ってきた。


 タクミは、陶器の中の茶葉をほんの少しだけ蓋の裏側に載せ、よく観察する。細く撚られたその茶葉は、木の皮の色にも似た濃いこげ茶色をしていた。ところどこに混ざっている白い部分は、恐らくは新芽であろう。ある程度の長さがあるところを見れば、比較的大きな茶葉であることが伺えた。


「これはいい茶葉ですね。大き目の茶葉ということはダージリン系でしょうか?」


 タクミの言葉に、サバスは首をすくめて応える。


「残念ながら、私ではそこまで詳しいことは分からんのです。バランタイン王国のキングフィッシャーというところで栽培された、一等級のテーの葉ということは聞いておりますな」


 タクミは、しまった、と思った。つい、“自分の常識”の中でサバスに尋ねてしまったことに気付いたからだ。

 紅茶といえばダージリンかアッサムか、はたまたセイロンや他の地域のものか…等を反射的に考えてしまうのは、若い頃から喫茶店でバイトをしていたタクミの習い性だ。しかし、その勢いでつい口に出た言葉は“こちらの世界”の人たちとは縁がないもの。通じるわけがないのは当たり前の話だった。

 タクミは、額に滲む汗を拭きながら、サバスに非礼を詫びる。


「失礼しました。つい昔にいたところの感覚で尋ねてしまいました。不躾でした」


 タクミの態度とは裏腹に、サバスにはタクミの言葉を意に介する様子は見られない。構わんですよ、と軽く返しながら、サバスは二つ目の陶器の器をタクミに渡した。


 その壺には、先ほどと同じように繊細なタッチで草を模した模様が描かれている。タクミの手によって藁が切られ、その白い蓋が開かれると、やや甘みの強い、先ほどのものよりも深い香りが壺の中から広がってきた。


「こちらは種類が違う茶葉のようですね。特徴は先ほどのものと異なりますが、こちらも素晴らしいもののようです」


 2つ目の壺に入っていた茶葉は、先ほどのものよりも短く、粒のように丸まった形をしていた。全体は先ほどのものよりもさらに濃いこげ茶色で、白い部分はほとんど見られない。葉先をよく観察すると、発酵を促すためであろうか、刃物か何かで刻まれたような形跡があった。タクミが受けた印象としては、アッサムが最も近いと思われた。

 茶葉の様子を確認したタクミは香りが飛ばないように蓋をしっかりと閉める。そして、一つ目の壺の横に並べ置くと、サバスが差し出してくれた最後の壺を受け取った。


「最後の一つは、ちょっと変わっておりますな。こちらもどうぞお開け下さい」


 最後の陶器の蓋を開けた瞬間、先の2つとは全く異なる強い香りがタクミの鼻を突いた。燻蒸香にも良く似た薬を思わせる独特のツンとした香りだ。

 この特徴的な香りは、タクミの頭の中に一つの茶葉の名前を浮かび上がらせていた。正山小種(ラプサンスーチョン) ―― 紅茶の原形の一つともいわれる独特の風味を持った発酵茶だ。


「これは、先の二つと違って、好みが分かれそうなお茶ですね」


 タクミは過去の自らの経験に照らして正直な感想を述べる。その言葉にサバスは頷いて同意を示しつつ、こう言葉を続けた。


「左様、私は正直申し上げまして、面を食らいました。しかし、先方のお話では、飲み慣れた方であればこの燻製のような香りが病み付きになるとのお話でして。一つの話のタネにと思い、選ばせて頂きました」


 タクミは、サバスの尽力に心から感謝する。そして、これだけの紅茶が目の前に揃ったところで、やりたいことは当然一つに絞られていた。


「この茶葉、差支えなければ買い取らせていただけませんでしょうか?早速試飲させていただきたいのです」


 タクミの申し出に、サバスは笑いながら手を差し出す。


「いやいや、お金は結構ですよ。この茶葉は、私とルーデンドルフ夫妻からの、心ばかりの感謝の品です。量も少ないですしね」


「それでは申し訳ないです。大変貴重なものなのでしょうから、きちんとお支払をさせてください」


 タクミは苦い表情を見せながら、サバスの申し出を固辞しようとする。しかし、サバスはタクミに笑顔で言葉を続けた。


「それに、これは私の商売の一環でもございます。タクミ殿がもし気に入っていただけるようなら、私のところでもぜひ取り扱わせていただきたいと考えております。商品として扱えるものかどうか、ぜひタクミ殿のご意見を伺いたいのです。茶葉はその対価としてもお納めいただきたいと思っておりますが、それでいかがですかな?」


 普段は穏やかな老紳士であるサバスの目の奥に、商売人としての光が宿る。タクミは、普段とは異なるサバスの鋭い視線をじっと受け止めながら、しばし逡巡した後、口を開いた。


「分かりました。私の意見で多少なりともお役にたてるのでしたら……」


 タクミの言葉を受けたサバスは、普段の穏やかな表情に戻り、ゆっくりとした会釈でタクミに礼を伝える。茶葉の入った容器を改めて見なおすタクミ。そして、ふと確認するようにサバスへと質問を投げかけた。


「そういえば、この地域の方々は、紅茶……テーには馴染みがないのですよね?」


「そうですな。これまでにこちらではほとんど手に入らないものでございましたし、馴染みは薄いですな。それについてはソフィア殿も指摘しておりました」


「え?ソフィアさんって、あのソフィアさんですか?」


 サバスの答えに含まれた、タクミの良く知る“常連客”の名前に、驚きのあまり目を見開く。


「いかにも、ソフィア・マリメイド殿ですじゃ。そうそう、タクミ殿宛てに手紙を預かっていたのをすっかりとわすれておりました」


 サバスはそう述べると、懐に手を入れ、一通の封筒を取り出してタクミに渡した。早速封を開け、中の文書を確認したタクミは、思わず渋い表情となった。


 手紙の内容は、テーの普及に向けた協力依頼だった。銀行家(バンカー)であるソフィアの目から見て、テーの茶葉は将来性のある商材に見えたようだ。一方で、手紙の文面から、タクミと同じようにテーの普及には『なじみが薄い』という点に障害を感じているようでもあった。

 もちろん、タダではない。上手く行った場合には、十分な謝礼と茶葉の安定的な供給を約束することも合わせて記されていた。

 

「うーん、相変わらず押しの強い方ですねぇ……」


 タクミが思わず苦笑いで応えると、それに同意するかのようにサバスが頷く。


「しかし、人の気持ちを上手にくすぐってきますしな。さて、ソフィア殿は、私の商談の関係もあって、明後日の第二便でこちらにお越しになると聞いております。それまでに間に合いそうですかな?もちろん、時間がかかる場合には改めてこちらにお越しになると聞いておりました」

 

 タクミは、腕組みをしてしばし考える。生きることに繋がっている“食”の分野にとって、“未知”というのは非常に高いハードルになりうるものだ。なぜなら、味覚は非常に保守的であり、馴染みのもの以外にはなかなか受け入れようとしないからだ。この点において『未知のものである“テー”に親しんでもらうための工夫を考える』ということは、それ自身非常にハードルが高い依頼であった。

 さらに、紅茶についての一定の知識はあるものの、“紅茶を工夫する”となると経験したことがない領域だ。明後日という期限までにどれくらいできるのか、見通しを立てることすら困難だった。


 それでも、紅茶を“こちらの世界”の人たちに広めていきたいという気持ちには共感できるところが大きかった。そもそも、喫茶店の飲み物では“珈琲”と“紅茶”はある意味でセットのようなもの。今までは入手が難しかったものが手に入る可能性があるのであれば、ありがたい話であった。

 さらにもう一つ ―― タクミから見ると、この依頼はソフィアからの“挑戦状”に思えたのだ。この依頼そのものが、タクミの”喫茶店のマスター”としての心を強く刺激することは言うまでもなかった。


「どこまで出来るか分かりませんが、最善を尽くしたいとは思います。明後日、お二方分の席をご用意しておきますので、ソフィア殿とご一緒頂きたいのですが、いかがでしょうか?」


 サバスに返事をするタクミの目には、はっきりとした決意の光が浮かんでいた。サバスは、手紙を渡す際に話していたソフィアの言葉通りの展開となったことに微笑みを浮かべながら、話を続ける。


「ぜひ、むしろ私の方からこそよろしくお願いいたします。では、商談も纏まったところで、改めて、私からの他の土産もご覧いただけますかな?こちらは……」


 そう言ってサバスは別の木箱を手元に寄せると、一つずつ蓋を開け、“戦利品”を順番に紹介し始めるのだった。


※第2パートに続きます。8/28 18時ごろの更新予定です。

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