16 異国のお連れ様と広めたい食材(2/3)
※2015.8.18 更新 2/3パート
※前話からの続きです。まだお読みでない方は前話よりお読みください。
ルーデンドルフ夫妻から詳しい依頼内容 ―― ヴルストを普及させるための料理のアイデア出し ―― を承ったタクミは、キッチンで調理作業にとりかかっていた。最初に、ヴルストを軽く焼いて味を確認したタクミは、いくつかの候補の中から夫妻の要望に合う料理を絞り込んでいく。そして、数ある料理の中から『普段の食事となるもの』と『目先の変わったもの』をそれぞれ選択していった。
先に調理を始めるのは『普段の食事となるもの』からだった。鍋にバターを溶かし、その中へ刻んだヴルストと色とりどりの野菜を入れ、軽く炒める。その中にアロースを入れ、透き通るまで炒めてから夕食用にとっておいたスープを投入。塩コショウで味を調えた後、弱火でじっくりと蒸らすように炊き上げていった。
その間にもう一品の調理にも取り掛かる。とうもろこし粉とアロース粉をボウルの中で合わせ、その中に、多めの砂糖と卵、ふくらし粉となるピカルボナート、そして味を調えるための塩コショウを入れて、よくかき混ぜる。そして、木の串を刺したヴルストをこの液にくぐらせて衣としてたっぷりと纏わせたら、適温に温めた油に投入。コロコロと回しながらきつね色に揚がれば、『目先の変わったもの』の方が出来上がった。
「お待たせしましたのなっ。こっちの平皿に入っているアロースを使った料理が、ヴルストを使ったピラフなのなっ。それで、こっちの木の串が刺さったのが、マイスドッグというやつなのなっ」
ニャーチは、テーブルに座る各人の前に先ほどの二つの品を並べていった。平皿に盛り付けられたピラフは、少し色づいたアロースに、細かく刻まれただヴルストの茶色とサナオリアの橙、セボーリャの白、ピミエントの赤や緑が散りばめられている。もう一つのマイスドッグと言われた方の皿には、ふんわりとしたきつね色の衣を纏った揚げ物が木の串に刺されて供されていた。
「マイスドッグにはお好みでケチャップをつけて、そのまま串を持ってがぶっと食べて欲しいのなっ! それでは、冷めないうちにお召し上がり下さいませなのなっ!」
ニャーチの補足説明を受けた3人はそろって手を組み、それぞれに神への感謝と祈りを捧げる。しばしの黙想の後、三人はお互いに顔を見合わせてから軽く頷き、スプーンを手にした。
「……おいしいっ!これ、優しいお味で、すごくおいしいです!」
人生で初めて“ピラフ”というアロース料理を口にしたニコルは、ゆっくりと咀嚼をしてから、感嘆の言葉を口にした。ヴルストを刻んで野菜と炒める料理は、ニコルたちの故郷でも一般的な家庭料理だ。ただ、アロースと合わせた料理というのは初めてだった。少し硬めに炊きあげられたアロースの一粒一粒に、ヴルストの味わいが染み渡っている。また、共に入れられた野菜の甘みや苦味が、このピラフ全体の風味を非常に豊かにしていた。そして、バターのまろやかな風味が全体をまとめ上げていた。
「なるほど、ヴルストの味わいをあえて外に出し、アロースや他の具材に移したということか。いや、なかなか素晴らしい」
ヨハンも次々とピラフをスプーンで掬っては口へと運んでいく。時々、ヴルストから口の中に肉汁がじゅわっと広がっていくのがまた楽しい。やや苦みのあるピミエントの歯触りもいいアクセントだ。味付けは塩コショウとシンプルなものであるが、その分、ヴルストをはじめとした素材の旨みがしっかりと味わうことができた。
「ほう、このマイスドッグというのもなかなか面白い味わいですな……」
サバスは、木の串に刺さった揚げものであるマイスドッグを食べながら、こうつぶやいた。そのつぶやきにピラフに夢中になっていたニコルもその存在を思い出し、手元にあるマイスドッグに手を伸ばす。
「ケチャップというのは、この赤いソースのことでしたでしょうか?」
「ええ、トマトをベースに作られたソースと聞いております。どんな料理にでも良く合うソースですよ」
串に刺さったマイスドッグを先に手にしたニコルの質問に、サバスが丁寧に答える。ニコルは、ふむふむと頷きながら、ケチャップの小皿に添えられていた小さなスプーンでマイスドッグの先につける。そして、少しはしたないかな…と思いつつ、先ほど給仕してくれたこの店の娘さんが言う通りに口へと運ぶと、少し横向いて口元を隠しながら頬張った。
「んぐっ……、んんっ! これ、甘いですわっ!!」
表面に歯を立てたときに伝わってくるのはカリッとした心地の良い食感。そして、思いのほかしっかりとした衣の生地を咀嚼すると、思いもよらない“甘さ”が口いっぱいに広がってきた。塩味の揚げ物の味わいを想像していたニコルには、この甘さは不意打ちだった。生地の甘さとケチャップのややスパイシーな旨みたっぷりの味わいが、何とも不思議なハーモニーを奏でていた。
ニコルはいったん深呼吸した後で、もう一度味わいを確認するように食べ進めていく。すると、今度は生地の中に入れられたヴルストが現れた。具材として入れられたヴルストはやや太めのものが選ばれている。生地の中で蒸すようにして熱が加えられたヴルストの断面からは、透明な肉汁が溢れ出し、周りの生地へと吸い込まれていった。恐らくは砂糖がたっぷりと入れられたと思われる甘い生地に、肉の旨みがギュッと詰まったやや塩味の強いヴルスト、そして表面につけた太陽の美味しさが凝縮されたスパイシーなケチャップの味わいが混然一体となり……とにかく、体験したことがない美味しさだった。
「ねぇ、口元にケチャップがついてるよ」
ヨハンが話しかけてきたところで、ようやくニコルは我に返った。この不思議な味わいを分析することに集中しすぎてしまっていたようだ。指摘に慌てるニコルの口元を、隣に座るヨハンがハンカチでそっとふき取る。ニコルは、口元のソースよりも、そのヨハンの行動に顔を真っ赤に染めた。
「いかがでしたでしょうか? お口に合いましたでしょうか?」
テーブルへとやってきたタクミが、サバス、そしてルーデンドルフ夫妻に挨拶へとやって来た。ニコルは慌てて居住まいを直しながらタクミへと言葉を返す。
「どちらも美味しかったですわ! 特にこのマイスドッグ、ヴルストと甘い生地を組み合わせる発想にびっくりしました」
「それに、こちらのピラフも、ヴルストの味わいをこのような形で味わう工夫があるとは思いもよりませんでした」
ニコルに続けてヨハンもタクミに言葉を贈った。セバスは二人の言葉に、うんうんと頷いて同意を示す。やはりタクミを紹介してよかった……セバスは安堵の表情を顔に浮かべていた。
しかし、タクミの表情は穏やかな笑顔を見せているものの、どこか硬さを残したままだった。タクミはこの2つの料理では、“博覧会でお披露目し、その素晴らしさを知ってもらう”という目的を果たすにはまだ不十分だと考えていたのだ。
確かにこれらの2つの料理は、“食べてもらえれば”美味しさがわかってもらえる自信はある。しかし、博覧会のような多くの方が訪れる場では“食べてもらう前に興味を持ってもらわなければならない”とタクミは考えていた。2つの料理はどちらも見た目には地味なものであり、その点においてもう一つ工夫が必要であることをタクミは自覚していた。
その“足りない部分”を埋めるためのアイデアを、タクミは既に考えていた。タクミは、新たに持ってきた料理の皿をテーブルに置く。
「あと一つ、こちらもご参考になればと思い、このようなものをご用意させていただきました」
「まぁ、かわいらしい!」
一斉に皿を覗きこんだ三人の中で、最初に声を発したのはニコルだった。その皿に盛り付けられていたのはシンプルに焼き上げられた小さなソーセージ。ただ、そのソーセージには様々に切り込みが入れられ、あたかも魚や花のような形をしていたのだった。
「これは何とも楽しいですね。でも、これがどのように役に立つのでしょう?」
目をきらきらと輝かせているニコルを横に、ヨハンは冷静な視点でタクミに質問する。
「ええ、それはこういうことです。おーい、ニャーチー、今手が空いてるー?」
ヨハンの質問にはすぐに答えず、タクミはニャーチに声をかける。カウンター周りの片付けをしていたニャーチはその声を聞きつけると、すぐにタクミの下へとやってきた。
「ニャーチのこと呼んだ!? 呼んだよね?」
喉元に齧り付きそうな勢いでやってきたニャーチ。タクミはそれを軽く制しつつ、テーブルに置かれた皿から飾り切りを施したヴルストを一つつまみ、手のひらに乗せてニャーチに見せた。
「おおぉ! お魚さんなのなっ!食べていいっ?ねぇ、食べていいよねっ?」
はいはい、とタクミが了解を示した瞬間、手のひらの上の魚に見立てたヴルストはあっという間にいなくなった。口をもぐもぐと動かしながら満足そうな笑顔を見せるニャーチを横目に見ながら、ヨハンが納得の表情を見せる。
「なるほど、つまりこの飾り切りの焼きヴルストで注目を集めるということですね」
「ええ、特に子供たちにとっては有効かと思います。以前にいた場所でもこのタコ……花の形をしたものなどは子供向けの定番料理でしたしね」
タクミに子供扱いされたような気がしたニャーチは不満の声を上げようとしたが、花を模した形に飾り切りされた焼きヴルストを口の中に放り込まれるとあっさりと態度を翻し、嬉しそうにもぐもぐと口を動かしていた。そのやりとりを見ていたニコルが、クスクスと笑いながら会話に入ってくる。
「ねぇ、これ博覧会でもぜひやりたいですわ。子供たちの目を引き付けられれば、それに釣られて自然と大人も集まってくるでしょう。そうすれば、先ほどの料理を手にしてもらう機会もきっと増えますわ」
ニコルの言葉に、ヨハンは頷いて同意した。そして二人は、タクミに改めてお願いをする。
「先ほどの飾り切りの作り方、教えてもらうことはできますでしょうか?」
「博覧会当日まで一生懸命練習しますので、ぜひ勉強させてください。お願いします」
タクミも、二人の願いを快く引き受ける。
「もちろん構いませんよ。というより、そのためにお出しさせて頂いたようなものですからね。あと、みなさん食べ損なってしまっていたようですので、もう一度作り直させて頂かなければなりませんしね」
タクミはそう告げると、横で飾り切りの焼きヴルストを皿ごと抱え込んで、もぐもぐと食べ続けているネコ耳の生えた看板娘の背中を掴み、おもむろに持ち上げる。ニャーチは、タクミに掴まれるがままぶらーんとぶら下がっていた。
「にゅう、見つかるとはニャーチ一生の不覚なのにゃ……」
ニャーチの何とも寂しそうな姿に、三人は堪えきれず笑い出す。ニコルは、涙が滲んだ目元をそっとぬぐいながら、ニャーチに声をかける。
「ヴルストをお気に召していただけたようでうれしいですわ。まだたくさん持って来ていますので、おすそ分けさせていただきますね。」
ニコルから優しくかけられた言葉に、ニャーチは耳をぴくっと立て、掴まれている背中を振り切ってニコルに駆け寄る。ありがとなのなーっ、大好きなのにゃーっと叫びながらそのままニコルに飛びつき、両腕でニコルを抱きしめた。一瞬驚いて固まってしまったニコルだったが、ニャーチ流の真っ直ぐな感謝に、背中を優しくポンポンと撫でて応える。夕陽が差し込む喫茶店『ツバメ』の店内には、再び笑い声がこだましていた。
……なお、ニャーチはタクミの手により再び背中を猫掴みされ、反省を促されたのは言うまでもないことである。
※第3パートに続きます。




