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異世界駅舎の喫茶店  作者: Swind/神凪唐州


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16 異国のお連れ様と広めたい食材(1/3)

本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。ウッドフォード行き最終列車は、16時の出発予定です。改札は、出発の10分前を予定しておりますので、ご乗車のお客様は、改札口横にございます待合室にてお待ちください。

―― なお、マークシティ博覧会まで向かわれるお客様は、三番目の駅にてお降りください。


※2015.8.18 更新 1/3パート

 「お久しぶりです。新しい汽船での旅はいかがでしたかな?」


 その日、サバス・シルバは、ハーパータウンの港地区にあるシルバ商会の執務室にて、客人たちを迎えていた。サバスの元を訪れたのはヨハン・ルーデンドルフとその妻ニコル。大洋を隔てた異国にある商事会社デュンケル・ウント・ケルシュの若き三代目だ。ヨハンは、サバスが差し出した右手をしっかりと握り返し、堅い握手で挨拶する。


「おかげさまでいい旅になりました。2年前に来た時よりも、1週間は早かったですね」


「天候にも恵まれましたおかげで、心配していた船酔いもほとんどありませんでしたわ。そうそう、こちら、どうぞお納めくださいませ」


 ニコルはそう言うと、持参してきた木箱をサバスに差し出す。その箱を受け取ったサバスが蓋を開けると、隙間に緩衝材代わりのおがくずが敷き詰められた箱の中にやや大ぶりな広口の瓶が3つ入っていた。瓶の中には、ややくすんだ赤褐色をした棒状のものが入れられている。この中身に見覚えのあったサバスは顔を上げ、無言で確認するように正面に座る二人に視線を送る。


「今回の博覧会でメインとして打ち出す予定の品、私どもの故郷が誇るヴルスト(腸詰)です。どうぞお召し上がりください」


 ヨハンが自信に満ちた表情で頷く。サバスは、瓶の中で水につけられているヴルストを見ながら、ルーデンドルフ夫妻が住まう異国の地を訪れた時の記憶が呼び覚まされる。ちょうど秋の収穫祭の頃だったこともあり、彼らの住まう街では、至る所でヴルストが焼かれ、取っ手の付いた大きなグラスになみなみと注がれたビーア(ビール)を街中の人々があおっていた。その喧騒と活気に、サバスも心踊らされたことを思い出していた。


「いや、あの時のヴルストは実に見事な味わいでした。あのパリッとした歯触りとプリッとした食感……今でもはっきりと思い出せます。しかし、確か、ヴルストはそれほど日持ちがしなかったと聞いておりましたが、もしや、この瓶詰は……?」


 サバスは、当時受けた説明を思い出しながら、目の前の瓶詰が解決したと推測される“課題”を口にする。それに対し、二人は揃って軽く頷いて、同意の意思を見せた。


「ええ、瓶詰の方法を工夫することで船旅にも耐えるほど長期に、しかもヴルストの美味しさそのままに保存できるようになりましたわ」


「実は、この工夫は妻が中心になって、会社のスタッフたちと考えてくれたものなのです。これでヴルストがこちらにも出荷できるようになりました。妻の努力に、本当に感謝です」


 二人の言葉に、サバスは口元に蓄えた白髭を触りながら、満足そうに頷いた。


「なるほど、いや、実にすばらしいものを頂きました。ありがたく拝領いたします」


 サバスはそう言いながら頭を下げ、瓶を箱に戻してテーブルの脇へと寄せた。その際、ニコルが肘でヨハンを突っついているのが目に入った。小首を傾げて二人の様子を見つめると、その視線に気づいたヨハンが、一つ咳払いをしてから口を開いた。


「いや、それで一つお願いがございまして……」


 サバスは、ソファに座り直ししながら、ヨハンに視線を移す。いつになく真剣な表情だ。何か重要な頼みごとでもあるのかと、ヨハンが続ける言葉をじっと待った。


「どなたか、こちらの方で、このヴルストを試食し、アドバイスをいただけそうな料理人の方をご紹介いただけませんでしょうか?」

 

「ふむ、試食はわかるとして……、アドバイスとは?」


 サバスは眉をくいっと上げ、ヨハンの言葉の意図を確認する。


「いや、このヴルストは私たちとしては自信を持ってお出しすることができるものだと確信しています。しかし、食というのは得てして保守的なものです。たとえ口にすれば美味しいと思っていただけるものだとしても、普段見慣れない食材だとその前に忌避されてしまうこともあります」

 

 ニコルもヨハンの言葉に続く。


「ですので、私どもとしてはよりヴルストを自然に受け入れてもらいやすい料理法を考えたいと思っています。しかし、私たちはこの地の食材や料理に通じているわけではありません。そこで、サバスさんにもし心当たりがあれば、ご協力いただけそうな料理人の方をサバスさんにご紹介いただけないかと……」


「勝手なお願いであることは重々承知しておりますが、何とかお力をお借りできませんでしょうか?」


 そろって深く頭を下げる姿を見て、サバスは二人の真摯な思いを感じ取る。こういう役目なら彼が適任であろう……サバスは、話を聞いている段階で既に一人に絞り込まれていた候補者を思い浮かべながら、二人の申し出を了承した。


「それならちょうどいい方がいます。ただ、その御仁は二つの仕事を掛け持ちで行っております故、仕事が終わる予定の夕刻に彼の下を訪れて依頼するという形にしたいと存じます。それでも構いませんかな?」

 

 サバスの言葉に、二人の表情がパッと明るくなる。ヨハンは席を立ち、深々と頭を下げながら礼を述べた。


「もちろんです! ぜひ、よろしくお願いいたします!」


「では、時間になるまでこの街をご案内させていただきましょうかの。何かヒントがあるかもしれませんからな。おーい、誰か馬車を回してくれー」


 サバスは、壁に備え付けている真鍮製の伝声管の蓋をひらき、階下の使用人に呼びかける。ほどなく、畏まりましたーと男の声で返答があった。しばしの後、サバスとルーデンドルフ夫妻は、視察と称した観光へと向かっていった。



―――――



 数時間後、ルーデンドルフ夫妻は街外れの郊外に案内されていた。サバスの勧めで途中で宿に立ち寄ったヨハンの膝の上には、一つの木箱が抱えられている。これから紹介を受ける料理人に渡すために用意したヴルストだ。しかし、窓の外の風景を見たヨハンの目に入るのは、ややさびしげな風景だった。通りに多少の建物は並んでいるものの、周囲にはこれといってめぼしい店はなさそうだ雰囲気だ。心配になったヨハンは、サバスに行き先を訪ねる。


「サバス殿、今はどちらに向かっているのでしょう?確か夕刻には料理人のところに案内いただけると聞いておりましたが……」


 やや不安げにも聞こえる口調での質問に、サバスは笑いながら答える。


「ええ、ですので料理人いる店へと向かっているのですよ。ほら、その角を曲がった道の突き当りがその目的地ですな」


 ほどなく馬車が角を曲がると、サバスの話の通り、通りの突き当りにやや大きめの ―― 高さからすればおそらく2階建てであろう思われる建物が目に入ってきた。1階部分は壁全体が真っ白な漆喰で覆われ、建物の中央から左側、全幅の3分の1ほどが開口部となっている。その大きな入口の先は、遠目から見ても通路状に抜けているように見えた。

 1階の右側の半分は縦長の窓が等間隔で並んでおり、レンガ造り二階部分にもいくつかの出窓が目に入る。屋根から突き出ている煙突から、うっすらと煙が立ち上っていた。ヨハンは隣に座るニコルの方に向くと、お互いに顔を見合わせて首をかしげる。


「サバスさん、あそこが目的の料理人がいるお店なのです?」


「うーん、それは半分正解といったところですな。確かにお店といえばお店だし……違うといえば違うとでしょう。まぁ、到着すればわかりますよ」


 サバスの意味深な答えに、二人は困惑を隠せない。その様子を見ているサバスだけが笑みを含みながら馬車は進んでいき、ほどなく目的地と言われた建物の前の広場に止まった。席を離れた御者が馬車の扉を外側から開き、ルーデンドルフ夫妻をエスコートする。


「こちらが、先ほどお話した料理人がいる、ハーパータウン駅……いや、喫茶店『ツバメ』とご紹介すべきでしょうかな」


 二人に続いて降りたサバスが、目の前の建物を説明する。遠目から見えた一階の通路の奥には改札口があり、そのままホームへと続いていた。ちょうど列車が到着した頃のようで、乗客が順番に出札を済ませている。サバスは、出札を待つ乗客の列がなくなり、一段落した頃合いを見計らって、改札口に立っていた駅員と思われる青年に声をかけた。


「タクミ殿、話しかけても大丈夫かね?」


 サバスに呼びかけられた青年は、一目で声を掛けてきた人物のことが分かったようで、丁寧な口調で話しかけた。


「あら、サバスさんじゃないですか。この時間に珍しいですね。駅の方に何かご用でしたでしょうか?」


 タクミの質問に、サバスは笑って応える。


「いや、実は“駅長代理”ではなく、今日は“マスター”としてのタクミ殿に頼みがありましてな、ご紹介したい方をお連れしたのですよ。 ヨハン殿、ニコルさん、こちらのタクミ殿が先ほどお話していた“料理人”ですよ」


 自分たちが探していた“料理人”、しかし目の前で紹介を受けたのはどうみても“駅のスタッフ”だ ――ヨハンとニコルは、全く事情を呑みこむことができないまま、サバスの呼びかけにも固まってしまっていた。タクミは、そんな二人の様子を察したのか、改札口から出て、制帽を取って挨拶をする。


「はじめまして、タクミと申します。この駅舎の“駅長代理”兼、あちらにある喫茶店『ツバメ』の“マスター”を務めております」


「あ、すいません、びっくりしてしまいました。私はヨハン・ルーデンドルフ、こちらは妻のニコルです。」


 タクミの丁寧な挨拶に、ヨハンとニコルも慌てて頭を下げる。二人のあいさつに続けて、サバスが改めて二人のことを紹介する。


「お二人は、今度の博覧会に出展されるために海の向こうの国からやって来た方々なのだよ。それで、彼らの悩みについてタクミ殿の力をお借りしたいのだが、急で申し訳ないが、話だけでも聞いていけないだろうか?」


 サバスの申し出に対し、タクミはいつもの笑顔で二つ返事で応えた。


「いつもお世話になっているサバスさんの頼みですから、私でお力になれることでしたらぜひご協力させてください。ちょうど駅舎の業務も終わって、喫茶店の方も片づけをするだけのところでしたので、この後の時間ならだいじょうぶです。立ち話もなんですので、喫茶店のホールの方で詳しいお話をお聞かせいただけませんでしょうか?」


 サバスもタクミの話に同意を示すように鷹揚に頷く。ヨハンとニコルは、少し恐縮しながら、タクミに案内されるまま喫茶店へと向かっていった。


※第2パートに続きます。

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