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61 失われた食材と新たな名物料理(1パート)

※後書きに重要なお知らせがございます


===


 本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。

 この列車は当駅が終点となります。到着いたしました列車は車庫に入りますので、お手荷物などお忘れ物がございませんよう、ご注意をお願いいたします。

―― なお、近日中に一部メニューの変更を予定しております。予めご了承ください。

「ニャーチ、そろそろオープンの札をかけてきてー」


「あいあいさーなのなっ! 今日も一日がんばるのなっ!」


 喫茶店ツバメのホールに、元気なニャーチの声がこだまする。

 入口にかかっている札をひっくり返すのはニャーチの日課。

 今日もいつもと変わらぬ一日の始まりだ。

 

 そしてまた今日もいつもと同じように、朝一番の常連客がやってきた。


「もう良いかね?」


「あ、サバスさん! おはようございますなのにゃっ! どうぞこちらへなのなーっ」


「ありがとう。今日も朝から元気だねぇ。じゃあ、いつもので」


「かしこまりましたのなっ! では、少々お待ちくださいなのなーっ」


 そう言うが早いか、テーブルを縫うようにキッチンへと向かうニャーチ。

 目を細めながらその後姿を見送ると、サバスはカウンターから持ってきた新聞を取り出しゆっくりと広げた。

 時折眼鏡に手をやりながら、隅から隅までじっくりと読んでいく。

 首都ローゼスシティや経済の中心地であるマークシティから列車で運ばれてくる新聞はサバスにとっては大変重要な「情報源」。

 国際港湾都市として急速に発展するハーパータウンではあるが、情報の面では“中央”にはまだまだ及ばない。この新聞を読み比べに来ることだけでも、毎朝欠かさずツバメに通う価値があるとサバスは考えていた。


 そうして新聞を読みふけっていると、再び元気の良い声がかけられる。


「おまたせなのなっ、シナモン・コーヒーと今日のモーニングサービスなのなっ!」


「おお、ありがとう。よっこいせっと」


 テーブルの上に広げていた新聞を畳むと、ニャーチが運んできたものをテキパキと並べていく。

 籠の中にはこんがりと焼かれたマイス(コーン)ブレッドにゆで卵が二つ。小ぶりの皿に入った野菜サラダの上に散らされているのはどうやらほぐした鶏肉のようだ。

 そして厚手の白いカップに注がれた珈琲。立ち上る湯気から豊潤な香りがふわっと広がってくる。


「玉子一個はごっしゅじんからのサービスなのなっ。サラダはブレッドに挟んでもおいしいのな!」


「ありがとう。では早速頂くとしようかの」


「それではどうぞごゆっくりなのにゃーっ!」


 にこっと微笑みながら頭を下げるニャーチの姿に、サバスも思わず頬を緩める。

 サバスは早速ゆで卵を一つ手に取ると、テーブルにコンコンと打ちつけてひびを入れる。

 そして薄皮ごとペリペリとめくっていくと、中からなまめかしいほどにつやつやとした白身が顔を出した。

 

「このゆで卵一つをとっても、タクミ殿の料理に対する真摯な姿勢が伺えるというものですな」


 プリプリの茹で玉子を目の前に掲げながら、満足げにうんうんと頷くサバス。

 『ツバメ』に通うようになってゆで卵の魅力にはまったサバスは、いつしか自宅でもゆで卵作りをするようになっていた。

 しかし、どうにも上手くいかない。『ツバメ』のゆで卵のようにつるんと綺麗に剥くことができず、殻に白身がくっついてしまうことが多かったのだ。

 

 そのことをタクミに尋ねてみると、タクミはあっさりと『ツバメ』のゆで卵の秘密を披露する。

 その秘密とは「玉子を茹でる前に、底に小さな穴を開けておくというもの」。こうすることで薄皮と白身の間にお湯が入り、つるんと剥きやすくなるということであった。

 殻に穴を開けてから茹でたら中身が出てしまうのではと驚いたものの、実際にやってみると小さな穴程度であれば中身が溢れてくることはない。

 タクミ曰く「気になるならお湯に塩をひとつまみ入れておく」ことで、より確実に仕上がるということであった。


 聞いてしまえば何のことはない工夫かも知れない。しかし、これも料理人たるタクミが苦労を重ねて見出した立派な「技」といえよう。

 それを惜しげもなく教えてくれる懐の深さ、そして毎日同じように「ひと手間」をかけてより美味しいものを提供しようという真摯な姿勢。

 サバスはますますタクミという人物に惚れ込んでいた。

 

「さて、そうなるとこちらの新作サラダも俄然楽しみですな……」


 ゆで玉子にパクリとかぶりつくと、今度はサラダの器に視線を移す。

 ちぎったレチューガ(レタス)の上に薄切りのペピーノ(きゅうり)とトマトのスライス。さらにその上には細く裂いた鶏肉が散らされていた。


 軽く焦げ目のついた鶏肉をフォークで掬い、口に運ぶ。

 思いのほか弾力のある歯ごたえ。脂分が少ないところ見ると、どうやら鶏の胸肉かササミのどちらかであろう。胡椒を効かせてスパイシーに仕上げられたそれは、干し肉にも似た印象を覚える。

 しかし、干し肉にありがちな「筋の残るような硬さ」は無く、何とも塩梅の良い歯ごたえだ。


 そして噛みしめるたびにギュッと詰まった鶏の旨味が口の中に溢れてくる。見た目のシンプルさとは裏腹に、驚くほどの濃い旨味だ。

 ただ茹でたり焼いたりしただけでは、このような弾力と旨味は出すことはできないであろう。これもまた「手間ひま」を感じさせる一品であった。


「ということは、これをこうすると……」


 鶏肉の味わいを確認したサバスは、迷わずマイスブレッドに手を伸ばし、鶏肉ごとサラダを挟み込む。

 それをそのまま豪快にかぶりつくと、満足そうに大きく頷いた。


「やはりな。今日のサラダはブレッドに挟むのが正解じゃったわ」


 いつものサラダであれば、添えられているトマトは櫛切り。しかし、今日は珍しくスライスのトマトが添えられていた。

 おかげでトマトも一緒にブレッドに挟むことができる。ここにもまた、タクミの細やかな気づかいが感じられた。


(いや、この場合は気づかいだけではありませぬな……)


 物腰が柔らかくどこまでも穏やかなタクミではあるが、サバスはその奥に「芯の強さ」を感じ取っていた。

 たとえば今日のサラダにしてもそうだ。決して表だって伝えることはないが、あえてトマトをスライスにして添えているところに「ぜひブレッドに挟んで食べてほしい」というタクミの「隠れた主張」が伝わってくる。

 タクミという人物は、なかなかに強情でワガママな部分も持ち合わせているようだ。もし自分の部下として働いていたら手を焼くことになるかもしれないとさえ感じる。


(まぁ、そうでなければ一国一城の主としてはやっていけませぬしな)


 経営者の先輩として、『ツバメ』の経営者たるタクミの頑張りを応援していこう。

 心の中で改めてそう誓いながら、サバスは二つ目のゆで卵へと手を伸ばした。




―――




 食事を終えたサバスが再び新聞に目を落としていると、カフェエプロン姿のタクミが姿を現した。


「おはようございます。コーヒーのお代わりもお持ちいたしました」


「ああ、ありがとう。忙しいところすまないね」


「いえいえ、今日はまだ落ち着いていますから」


「なんのなんの。これだけ賑わっておれば大したものじゃよ」


 サバスはそう言うと、ぐるりとホールを見渡す。

 平日の朝にも関わらず店内は八割がたの席が埋まっている。

 その多くはこの近くで暮らす常連客。“モーニング営業”が人々に根付いている何よりの証であった。

 そんなサバスの言葉に、タクミが静かに頭を下げる。


「おかげさまで忙しくさせて頂いております。これもサバスさんとのご縁の賜物かと」


「なんのなんの、儂の力など大したことはない。うちとしてもこの『ツバメ』をきっかけに商いを随分広げさせてもらっておるからな」


 上目づかいでタクミを見つめると、サバスが口角を持ち上げる。

 どこかおどけたような様子は見せているものの、その言葉は本心からのものだ。

 サバスが営むシルバ商会は、ここ最近急速に商売を広げている。特に輸入食材については「食材あるところシルバ商会あり」とまで呼ばれるようになっていた。

 

 表向きには「国際港を抱えるハーパータウンに本拠を構えるという地の利を生かした」と言うことになっている。しかし、実際には常に食材や調理法について的確な助言を与えてくれるタクミの存在が極めて大きいと、サバスもまた十分に理解をしていた。


 これほどまでに世話になっているタクミのためであればできる限り力になりたいと常日頃から思っているサバスなのだが、世の中上手くいくことばかりではない。


 サバスはお代わりの珈琲をそっと口に含むと、気持ちを落ち着けるように大きく息をつく。そして、一度タクミを見つめると、ゆっくりと頭を下げた。


「タクミ殿、『パト』の件はやはり何ともならぬようじゃ。今ある在庫が最後のようじゃ」


※次パートへと続きます


※文庫書き下ろしでの新刊「大須裏路地おかまい帖」が4/21に発売となりました。

※「異世界駅舎の喫茶店」の文庫版が5/28に、コミカライズ版第3巻が6/23にそれぞれ刊行予定となりました。

※詳細につきましては「活動報告」にてお知らせしておりますので、ぜひご覧くださいませ。


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