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Coffee Break ~ ロランド家からの贈り物(1/2パート)

 本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。ローゼスシティ行き始発列車は、明日9時の出発予定です。改札は、出発の10分前を予定しておりますの。ご乗車のお客様は、改札口横にあります待合スペースにてお待ちください。

 ―― なお、小荷物では生物はお取扱することができません。あらかじめご了承ください。

「うぃっす。ちょいと邪魔するぜー」


 ある日の昼下がりのこと。いつものように賑わう喫茶店『ツバメ』の裏口から野太い声が響いた。

 キッチンでパタータ(ジャガイモ)の皮を剥いていたロランドが、その迫力に思わず振り向く。


「なんだ、親父じゃねえか」


「おう、一生懸命働いとるか?」


「『おう』じゃねえよ! ったく、危うく包丁を滑らせて指まで剥いちまうところだったじゃねえか!」


「これしきの事で動揺しとったらアカンやろ。っと、ところで、タクミさんは?」


「んー、師匠なら今は駅務室にいるはずだけど……っと、来たかな?」


 長い兎耳をぴくぴくと動かすロランド。

 するとほどなく、ホール側からタクミがキッチンへとやってきた。


「ふー、やっと戻れました……。あら、ディエゴさん、どうもお久しぶりです」


「いやいや、こちらこそしばらく顔を見せんで申し訳なかった。いや、今日は差入れを持って来てな……。よっこいせっと!」


 運んできた大きな木箱をテーブルの脇に置くと、ディエゴが中身を引っ張り出す。

 おがくずと氷がたくさん入ったその中から現れたのは、腕の長さと同じぐらいの大きさはあろうかという立派な魚。

 銀色に光るその身体には太い縞が現れ、見るからに新鮮そうだ。


「おー、これは見事なボニート(カツオ)ですね!! まるまると太って、実に美味しそうです!」


「そうだろ? タクミさんから教わった通り、獲れたてのを氷できちんと冷やして持ってきたから鮮度も抜群なはずだ。つーわけで、よかったらコイツをもらってやってくれんかね?」


「えっ!? でも、こんなに立派なもの頂くのは申し訳ないです。ちゃんとお代を払わせてください」


「いや実はな、正直いって値がつけれんのだ。タダででももらってくれるんだったら、こっちとしても有りがたくてなぁ」



「師匠! 実はここ最近コイツがめちゃくちゃな豊漁になってるんす。あんまり獲れすぎて、港でも余っちまって正直大変なんすよ」


 ロランドの言葉に、ディエゴも大きく頷く。


 毎年この時期から盛りを迎えるボニート漁だが、今年はかつて記憶にないほどの大群が押し寄せてきているらしく、水揚げ量が例年の三倍以上を記録している。

 このため、『ポートサイドの庶民の味方』と呼ばれるボニートの値がさらに崩れ、もはや捨て値でしか売れない状況ということだ。


「とはいっても、こんなに立派なボニートを捨てるにも忍びないっつーわけで、良かったら食べてもらえんかと思って持ってきたんだ。余りモノを押し付けるようで申し訳ねーが……」


「いえいえ、余りものだなんてとんでもない。そういうことであれば、ありがたく頂戴いたします」


「悪いな。それと、もし店の方でボニートを使えるようなら何匹でも運ぶから、いつでもコイツに言ってくれ。」


「お店で使う分はそれこそちゃんと仕入させていただきますよ。そうですね、ボニートの切り身をフライにしてサンドイッチにした『ボニートフライサンド』で売り出してみましょうか」


「うぉ、それめっちゃ旨そうっす! やっぱり、トマトやレチューガ(レタス)と一緒に挟む感じっすか?」


「それもいいですが、マヨネーズを使ったタルタルソース仕立てでもいいと思います。後でやってみますか?」


「もちろんっす! 仕込みを先にやったら、自分なりに作ってみるっす!」


「ええ、よろしくお願いしますね」


 目を細めながら頷くタクミ。その姿からはロランドへの信頼がひしひしと伝わってくる。

 随分と逞しくなった息子の様子に、ディエゴはほっと一息をついた。


「ちょっとは役に立っているようで。いや、これもタクミさんがビシビシと指導してくれているおかげですな」


「私が教えることなんてほんの少しです。ロランドさんがいつも真摯に頑張っているからこそ、メキメキと腕を上げているんです。本当にこの『ツバメ』に不可欠なスタッフです」


「まぁ、親バカかもしれんが、最近ちょっとばかし男っぽい顔つきになってきたとは思う。ただ、俺から見れば、まだまだコイツは甘ちゃんの若造にすぎん。これからも思う存分しごいてやってくれ」


「かしこまりました。では、遠慮なく」


「ちょ! 親父も師匠も、お手柔らかにお願いするっす!」


 二人のやりとりに、ロランドが思わず手を止めて抗議の声を上げる。

 そのあわってっぷりに、思わずディエゴとタクミが吹き出してしまった。


 二人にからかわれたと気づき、憮然とした表情を見せるロランド。

 しかし、それも束の間のこと。再び真顔になると、すぐさま父親に疑問を投げかける。

「でもさー親父ー、ボニートサンドを売るって言っても、使える量っていったら一日に一匹か二匹がせいぜいってところだぜ? これからもっと取れる様になったら、正直、焼け石に水じゃね?」


「そうだなぁ。今ぐらいならまだ油漬けの瓶詰とかに加工すればなんとかなるが、これから最盛期になったらなぁ……」


 悪い想像が頭をよぎり、ディエゴが耳をペタンと倒してぶるっと身を震わせる。

 「豊漁」が必ずしも良いことずくめではない。獲れすぎてしまえば値はどんどん崩れるし、せっかく苦労して獲った魚をダメにしてしまう。

 ロランド経由でタクミから教わった『ボニートの油漬け』にすればある程度の期間保存することはできるものの、これにも「漬けるための油」と「入れ物の瓶」の調達という問題があり、大量に獲れた時には対応が難しかった。


(こちらではまだ“冷凍保存”は出来ませんしね……)


 以前にいた場所であれば難なくクリアできる課題も、“こちらの世界”では難問となる。

 他に何か良い手はないか、タクミもまた黙って考え込んでいた。


  それぞれに考えをめぐらせ、静まり返るキッチン。

 するとそこに、ニャーチがひょっこり顔を出した。


「くんかくんか、おさかなのにおいがするのなっ!! おっきいお魚なのにゃっ! 食べていいのなっ?」


「こらこら、まずはちゃんとディエゴさんにお礼をいいなさい」


「うにゃ? これはロランドくんのパパさんが持ってきてくれたのな? ありがとうなのなっ! ニャーチが全部おいしくいただくのにゃっ!」


「だーかーらー……ったく……」


 調子を狂わされ、タクミが額を押さえて首を横に振る。

 一方のディエゴは、くすっと笑みを浮かべていた。


「これだけ喜んでくれたら、漁師冥利に尽きるってもんよ。どうせ余ってるんだし、いくらでも持ってきてやるさ」


「本当に申し訳ないです。恥ずかしいばっかりで……」


「いやいや、皆がこれくらい喜んでボニートばっかり食ってくれたら余るって心配も無くなるんだがなぁ……」


「にゅ? ボニートが余っちゃうのなっ? だったらアレをつくればいいのにゃっ!」


「ん? アレって?」


 ニャーチの唐突な物言いに、タクミが思わず聞き返す。

 するとニャーチが、胸を張りながら自信満々に口を開いた。


「アレはアレなのにゃっ! さくさくで、ふわふわで、じゅわーってして、おいしい……えーっと、うーんと……アレってなんだったのな?」


「うぉっと、そこまで言っておいて出てこないんすか!?!?」


 明後日の方向の答えにずっこけるロランド。

 ディエゴも思わず苦笑いだ。


「ははは、いいアイデアが貰えると思ったんだがなぁ。しかし、ボニートでさくさくで、ふわふわ……うーん、全くイメージがつかめねぇな」


「そうですね、ボニートは生ならもちっとしていますし、焼いてもしっとりとした感じですしねぇ……。さくさくふわふわとは結びつかない……ん? さくさく、ふわふわ??」

 ディエゴに答えかけていたタクミが、途中で言葉を止める。

 そして顎を手に当てると、何かを必死に思い出すようにブツブツと独り言を言い始めた。


「ん? 師匠? どうしたんっすか??」


 ロランドの呼びかけにも応じず、タクミが自分の世界に入り込む。


「もしアレがアレだとすると……、確かにさくさくふわふわ……。でも、アレは作るのにアレが必要だったはず……、いや、アレをアレする前、アレの状態でも十分使え……、そうすると、何日かアレを繰り返すだけになりますし……うん、アレならいけそうですね!!」


 タクミは力強く声を上げると、笑みを浮かべて大きく頷いた。

 その様子に、ディエゴが恐る恐る声をかける。


「その様子だとなんか思いついたみたいだが、もしかして何か方法があるんか?」


「ええ、何とか思い出しました。ニャーチの言葉が手がかりになりました」


「さすがごしゅじんなのなっ!! ニャーチの言いたいことは全部わかってくれるのなっ!」


「ははは。ただ、申し訳ないのですが私が知っているのは『完成形』と『大まかな作り方』だけなのです。自分自身でソレを作ったこともありませんし、やってみなければ上手くいくかどうか分からないところも多いのが正直なところです。それでも、上手くいけば数ヶ月、あるいは年単位で保存できますし、何より、いろいろな料理に使える、非常にありがたい食材になります」


「年単位!? そりゃまたすごい!! いや、ヒントをもらえるだけでも十分ありがたい。どうせ実験材料は捨てるほどあるんだから、是非やらせてほしい。忙しい中申し訳ないが、力を貸してくれ!」


 興奮したディエゴが目を見開きながらタクミの肩をがしっと掴む。

 タクミもまた、ディエゴの手にそっと自分の手を重ねながら、ゆっくりと頷いた。


「ええ、もちろんです。何より、もし成功したら私が一番欲しい食材ですしね」


「うにゅ、おいしそうな気配がするのな!! 楽しみなのにゃーっ!」


「師匠! 俺にも手伝うことがなんで言ってくださいっす!」


「ええ、ロランドくんもよろしくお願いいたします。さて、とりあえずは仕込みの続きをやってしまいましょう。ニャーチもホールをお願いしますね」


 タクミはポンと一つ手を叩くと、二人に持ち場に戻るよう促した。


※次パートに続きます。


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