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60 異国からの便りと決意の会食(5/5パート)

※前パートからの続きです

※最後にお知らせがございます





 ソフィアとリベルトは『ツバメ』の営業が始まる前に二階の客間へと上がっていた。  差入れとしてのアイスコーヒーを二つ部屋へと運び、タクミがキッチンへと戻る。

 ホールをチラリと覗くと、ホールにはモーニングを楽しむお客様たちが来店していた。 とはいえ、まだ営業は始まったばかり。この様子ならニャーチとルナの二人に任せても大丈夫そうだ。

 タクミはそう判断すると、キッチン隅のテーブルに腰を落ち着けていた“駅長”に改めて話しかける。


「いや、驚きました。リベルト様がまさかこの国にお越しになっているとは……」


「黙っておってすまんかったの。しかし、万が一にでもリベルト殿の動向が知られてしまうと、いろいろ拙いことも考えられたのでな」


「確かに大騒ぎになってしまいそうですね。でも、港のチェックは厳しいでしょうし、どうやってこの国へ?」


 旧貴族でありながら守旧派とは一線を画しているリベルトの立場を考えると、守旧派がみすみす彼を国外へ逃がすとは思えない。

 実際、ソフィアやサバスから聞いた話でも、港では厳しい検問や荷物検査が行われており、彼がすぐにこの国へとやってくるのは難しいとの見立てであったのだ。


 そんなタクミの疑問に、“駅長”はフォッフォッフォと笑いながら話す。


「それは、昨日入港した船『ヴィオレッタ号』の航海士が全面的に協力したそうじゃよ」


「ヴィオレッタ……、ああ! エルナンド様ですか!」


 その船名はタクミもよく知るものであった。

 最新式の大型客船が初めて入港した時は、ハーパータウンの街中が人であふれるほどの大騒ぎ。『ツバメ』にもたくさんの客が訪れた。

 そして、その船の副船長格を務める二等航海士エルナンドは、リベルトの従弟。今回の事態に協力しているとしても不思議ではない。


「エルナンド殿の手引きで船員として紛れ込み、この国についてもあえて船に残って深夜のうちに上陸したというわけじゃ」


「相変わらずすごい行動力ですね……。しかし、ご無事だったことにはほっといたしましたが、裏を返せばそこまで無理を重ねなければならない状況だったということですよね」

「その辺りはリベルト殿に聞いてみなければわからんの。まぁ、今頃ソフィア殿に話されていることであろう。存外、自由の身になったことでソフィア殿の下に駆け付けただけかもしれぬぞ?」


 フォッフォッフォと笑い声をあげる“駅長”。

 明らかに本心ではない言葉に、タクミはただ苦笑いを返すしかなかった。




―――




 一方、二階の客間では、ソフィアとリベルトが久しぶりに二人の時間を共有していた

 とはいえ、残念ながら甘い時間ではない。二人とも仕事スイッチを入れ、真剣な表情で話しをしている。


 リベルトの見立ては、今は守旧派の勢いが強いものの長続きはせず、最終的には元の形に戻るであろうというものであった。

 

「頭の固い守旧派連中の考え方では、早晩交易が滞る。そうなったら、パトロンとなっている金持ち連中たちは商売あがったり。そうなれば、あっという間に支持を失うだろうな」


「なるほどですわ。ただ、それでも落ち着くまでには今しばらく時間はかかるでしょうね」


「まぁ、それも我が国がさらに飛躍するために必要な事態と信じるしかなかろう。最終的に頭の固い守旧派が影響力を失えば、国の発展のために足を引っ張られずに済むようになるということだからな」


「相変わらず手厳しいですわねぇ。でも、リベルト様はこれからどうなさるのでして?大使としてのお仕事をそのまま続けるという訳には参りませんわよね?」


「ああ、今の時点では特命全権大使の身分は残っているものの、いずれ大使交替の通知がなされるであろう。ただ、このタイミングで俺が国へ戻るのは難しくてな。実は共和派の中に、俺を神輿として担ぎ上げようとする連中がいるんだ」


「まぁ……。でも、それで共和派が優勢になるならリベルト様の望みにかなうのでは?」

 ソフィアの疑問に、リベルトは首を横に振る。


「奴らは俺の力ではなく、元公爵家たるラウレンティス家の威光を借りたいだけさ。それでは守旧派のやっていることと変わらん。そんなことに協力している時間があったら、国の将来を見据え、交易や通商のパイプを繋げる努力をしていた方がよっぽど有意義だ」


「これは失礼いたしました。でも、大使の座を追われてしまったら、それこそ動きにくくなりませんこと?」


 ソフィアが心配そうにリベルトの顔色を覗き込む。

 しかし、リベルトは不敵に微笑み、そしてソフィアの目をじっと見つめる。


「だからこそこっちに来たのさ。大使の役目が終わっても、民間人としてならこの国に留まることはできる。無論、今のうちにいろいろと根回しをしておくことが条件となるがな。それと、この国で活動するための名分と身元保証人が必要となるわけだが……」


 そこまで言うと、リベルトは席を立ちあがり、ソフィアの下で片膝をついた。

 ソフィアの胸が自然と高鳴り、言葉を待つ間にゴクリと喉がなってしまう。


 するとリベルトはソフィア見上げるように、そして真剣な眼差しで見つめながら口を開いた。


「こうして約束通り戻ってきたが、あいにく仕事を失いそうだ。私の知る最も優秀な銀行家たるソフィア・マリメイド殿の下で働かせてはもらえないだろうか?」


「……えっ?」


 思っていた言葉と違い、目が点になる。

 頭の中が真っ白になり、言葉が出てこない。


 それを知ってか知らずか、リベルトが言葉を続ける。


「それとも、俺では力不足か?」


「いえ、そういうことでは。リベルト様なら私以上に活躍頂けるでしょうが……」


「では、ぜひ前向きに検討いただきたい。必ず大きな成果を上げてみせよう。っと、もう一つ。できればどこかに住まう場所も紹介いただきたいな。何なら、美しい上司の隣で眠れるのが理想なのだが……」


「そ、それって……!!」


 ようやくからかわれていたということに気づき、ソフィアが頬を真っ赤に染める。

 リベルトはまるでイタズラが成功した子供の様に、してやったりの表情だ。


「まぁ、冗談はさておき、仕事と身元保証の件はいずれ正式にお願いしたい。このような状況になってしまったので二人の間の事はまた先に延びてしまいそうだが、辛抱してくれるか?」


 今度は本当に真剣な表情で語るリベルト。

 ソフィアもまた、真剣な面持ちで応える。


「もちろんですわ。いずれ良き日が巡るまで、いつまでもお待ちいたします。その時は必ず……」


「ああ、必ず正式な申し入れ(プロポーズ)をさせて頂こう。苦労を掛けて済まぬな」


「いえ、こうして同じ時を過ごせるだけで、苦労なんて全くありませんわよ」


 そういって微笑むソフィア。

 その表情は、幸せに満ち溢れていた。




―――




「お話し中失礼いたします。切符の手配が終わりました。本日の最終便、一等車で二名様ですね」


 二階の客間へと上がってきたタクミが、ソフィアに真新しい切符を手渡す。

 同伴者が一名増えることになったため、当初の予定よりも一便遅らせることとなったのだ。

 

「ありがとう。確かに受け取りましたわ」


「これで無事に一緒に向かうことができるという訳だな」


 その言葉に、タクミは黙って首肯する。

 そして時計をチラリと見ると、再び口を開く。


「それと、勝手ながらお昼のお食事もご用意させていただきました。こちらに運ばせて頂いてもよろしいでしょうか?」


「おお、それはありがたい。『ツバメ』の料理、これも楽しみだったのだ」


「何かその声の調子を聞いていますと、私に会いたいというよりタクミさんの料理の方が嬉しそうではございませんこと?」


「い、いや、そういうわけでは……タクミ殿、早速運んでもらえるか?」


 珍しく慌てた様子を見せるリベルトに、タクミも思わず笑みをこぼす。


「かしこまりました。では、ニャーチ、お願いね」


 扉の外で待たせていたニャーチに声をかけるタクミ。

 するとニャーチは、ワゴンにと共に客間へと入ってきた。


「お待たせなのなーっ! ソフィアさんとリベルトさんのための、特製スペシャルランチなのにゃーっ!」


 運ばれてきたのは金属製の蓋がかぶせられた二枚の皿。

 それを席に着いた二人の前に並べると、タクミとニャーチは目配せをする。

 そして、いち、にの、さん!という声とともに、同時に蓋が開かれた。


「おお、これは……!」


「あの時の料理ですわね!」


 片方の皿には、大きなピッツア。トマトソースの赤、とろけるケッソ(チーズ)の白、そしてアルバーカ(バジル)の緑が目にも鮮やかだ。

 そしてもう一つは、底の浅い平らなパエージャ(パエリア)鍋。中には魚介類とともに小さく折られたパト(パスタ)が豊かな香りを放っていた。


「トルティーヤで作ったピザとパトパエージャ(パスタパエリア)です。どうぞお熱いうちにお召し上がりくださいませ」


 トルティーヤ生地のピザなる料理は、リベルトが『ツバメ』へ初めて来たときにサンドイッチの代わりとして出されたもの。

 そしてパトパエージャは、万博の際にソフィアとリベルトが初めて仕事でやりあい、そして『両国友好の証』として作ったものである。

 なぜ今日のランチとしてこの料理をタクミが選んだのか、それは言葉にしなくても二人は十分に理解していた。

  

 

「何かがありましたらいつでもお呼びくださいませ。それではどうぞごゆっくり」


「感謝する」「ありがとう」


 あえて多くを語らないタクミに、短い言葉ながらも気持ちを込めて心からの礼を述べる二人。

 

 やがて扉が閉まると、先に口を開いたのはリベルトであった。


「さて、熱いうちに頂こうではないか」


「そうですわね。こちらお取り分けいたしますわ」


 ソフィアはそういうと、リベルトの前の皿を手に取り、パトパエージャを盛りつける。 再び共に過ごせる時間が出来たとはいえ、暫くはお互いにやるべきことも多く、なかなかゆっくりと時間を取れることはないであろう。

 だからこそ、この時間は大切にしたい ―― 数か月ぶりの二人きりの会食に、ソフィアもリベルトも心を弾ませるのであった。



お読み頂きましてありがとうございました。

一日遅れの更新、大変失礼いたしました。


今話は60話の節目ということで、例のお方を帰還させつつ少し大きく話を動かしてみました。

海の向こうの政変が「ツバメ」にどう影響してくるのか、それはこれからのお話を楽しみにお待ちください。


さて、今後の更新について一つお知らせがございます。

ここまで「毎月8の日(8日、18日、28日)」に更新してまいりました「異世界駅舎の喫茶店」ですが、新作の執筆に取り組む時間を確保するため、今後は原則として月1回程度の更新とさせていただきます。(毎月18日頃を予定しております)


更新ペースがさらに下がってしまいますが、定期的には更新を続けてまいりたいと存じますので、引き続きご愛顧いただけましたら幸いです。新作のペースを掴んで余裕ができれば追加更新も頑張っていきたいと思っております。


それでは、引き続きご笑読頂けますようよろしくお願い申し上げます。

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