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60 異国からの便りと決意の会食(4/5パート)

※前パートからの続きです


「おはようございますですわ。席、空いてまして?」


 翌朝、二階の部屋に滞在していたソフィアが一階へと降りてきた。

 その姿にいち早く気づいたルナが、パタパタと駆け寄る。


「ソフィアさん、おはようございますっ。ええっと、お席なんですけど……」


 開店時刻からしばらく立ち、すでに客席は多くの客でごった返していた。

 それでもルナは空席を探そうと、かかとを上げてホールを見渡す。

 すると、窓際の客席の方から声が飛んできた。


「ソフィア殿、こっちで相席ではいかがかね?」


「あら、サバスさん。おはようございますですわ。もしかして、今日も朝一番でこちらへ?」


「うむ。朝はここ『ツバメ』でシナモン・コーヒーとゆで卵を頂かなければ調子が出なくてのぉ」


「毎朝ここでモーニングを頂けるなんて本当にうらやましいですわ。では、お言葉に甘えてこちら失礼いたしますわ。えっと、ルナちゃんだったわね? 私にもシナモン・コーヒーとモーニングを頂けるかしら?」


「かしこまりました! お水とおしぼりもすぐにお持ちいたしますので、少々お待ちくださいっ」


 サバスの正面に座ったソフィアに声をかけると、ルナはペコリと頭を下げてパタパタとカウンターへ戻っていった。

 健気に働く少女の後姿に目を細めていると、サバスが声をかけてくる。


「今日は幾分か元気そうですな?」


「ええ、タクミさんやニャーチさんのおかげで、やっと少しゆっくり眠ることができましたわ」


「それは何より。ところで、ソフィア殿がこちらを離れるのは確か明後日でしたかな?」

「ええ。本当はもう少しこちらにいたいのですが、この状況ではなかなかそうも言っていられませんので……」


 ソフィアはそうつぶやくと、視線を下に落とす。

 すると、サバスが口元に蓄えた白髭をさわりながらそっと口を開いた。


「いや、明後日なら間に合いそうですぞ」


「えっ? 間に合うって……?」


「実は、今朝早くに情報が入ってきたのじゃが、どうやら明日の昼過ぎにテネシー共和国からの船がこちらに到着する見込みのようじゃ。うちの駐在員もその船に乗っておるはずじゃよ」


「本当ですか!? そうしたら、現地のことが……?」


「左様。現地の具体的な状況が聞けるはずじゃ。明日の夕方、どうじゃね?」


 ゆっくりとした口調で語られるサバスの言葉に、ソフィアが目を輝かせる。


「ぜひお願いいたしますわ! そうしたら……あ、タクミさーん、ちょっとよろしくて?」


 ソフィアはくるりとホールを見渡すと、キッチンへと戻ろうとしていたタクミを呼び止める。

 

「ソフィア様、お呼びでしたでしょうか?」


「明日の夕方、上でお借りしているお部屋での会食をお願いできませんかしら?」


「ええ、大丈夫です。お客様は何名様になりそうでしょうか?」


「そうね……、とりあえず私とサバスさんかしら?」


「それに、うちの駐在員も同席させようかの。直接話を聞いた方が良いじゃろうて」


「そうね。そうしたら私を入れて三人でお願いしますわ」


「明日の夕方、三名様での会食ということですね。かしこまりました」


「ありがとう。よろしくお願いしますわ」


 そう言いながら軽く頭を下げるソフィア。

 テキパキと段取りを組んでいくその姿は、普段の調子が戻りつつあるように感じられるものであった。




―――




 翌日の夕方から始まった会食では、ソフィアとサバス、そしてテネシー共和国から帰ってきた駐在員の三人により『ツバメ』の料理に舌鼓を打ちながらの情報交換が行われた。

 日が暮れるまで続けられた会食が終わると、帰途に着くサバスと駐在員を見送り、ソフィアは臨時のオフィスとして借りている二階の客間へと戻る。

テーブル上に点したランプの灯りを頼りに羽ペンを走らせると、扉からコンコンコンとノックする音が聞こえてきた。


「失礼致します。コーヒーを入れたのですが、ソフィア様もいかがですか?」


「ありがとう、せっかくなので頂こうかしら」


 手にしていた羽ペンを置き、顔を上げるソフィア。

 タクミは改めて一礼すると、綺麗な文様の入ったカップをソフィアの前に置く。

そしてポットを傾けると、琥珀色の液体がランプの灯りに照らされキラキラと輝きながら静かにカップを満たしていった。


 まだ湯気が立つコーヒーを口に含んだソフィアが、ふぅと息をもらす。


「そういえば今日のお料理は、トマトと豆のスープとかタコスとか、随分オーソドックスなメニューでしたわね。これもタクミさんの采配だったのかしら?」


「采配というほどのものではございませんが、今日は久しぶりに帰ってこられた駐在員の方が会食に参加されるということで、あえてこの土地の味をメインにさせていただきました」


「なるほど。それであえて普通っぽいメニューだったわけね。そうね、確かに駐在員の彼、何度もお代わりするくらい喜んでいらしたわ」


「それであれば何よりです。ほっとしました」


「またまたー。それは謙遜しすぎですわ。狙った通りに成果が出たのなら、きちんと胸を張るのも大切なことですわよ?」


 上目遣いでタクミを見つめるソフィア。その視線に、タクミは思わず一歩後ずさる。


「これは失礼しました」


「いえいえ、今日の会食もそれくらい素晴らしかったってこと。やっぱりタクミさんに頼んで正解でしたわ。おかげで、駐在員の彼もリラックスしていろんなお話を聞かせてくれましたのよ」


 ソフィアはそう言うと、一度言葉を切り、視線をテーブルに落とした。

そっと目を閉じ、しばしの黙想。やがてポツリとこぼした言葉には、かすかに震えが混ざっていた。


「現地の状況は思ったより厳しそうですわ。守旧派の動きは用意周到で、当面は彼らが政権を握ることとなるようです。とはいえ、共和派も黙ってはいませんでしょうし、暫くは国内の綱引きにかかりきりになることでしょう」


「つまり、外を見る余裕はなくなる……ということですね」


 タクミの言葉に、ソフィアが首肯する。


「守旧派は『活発な交易は国力の流出に繋がる』という立場のようです。悔しいですが、これまで温めてきた彼の国との交易プロジェクトも暫くはストップのようですわ」


 プロジェクトが止まるということは、即ち損失が発生するということ。

 銀行家(バンカー)としてプロジェクトへの出資を募ったソフィアもその損失の責任が重くのしかかることとなる。

 ソフィアの心中を察すると、タクミは言葉を出すことが出来ない。

 眉間にしわを寄せ、小さく頷くのが精いっぱいであった。


 しかし、ソフィアの声は存外明るい。


「タクミさん、そんな顔をしなくても大丈夫よ。出資者たちもこういったリスクは織り込み済み。投資する段階で覚悟はされている方ばかりですわ。とはいっても、私に対する評価は下がるでしょうけどね」


 ソフィアはそう言うとふぅと一つ息を付き、再びコーヒーを口にする。


「失敗したら取り戻せばいいのよ。無駄に危ない橋を渡る必要はないけれど、リスクばかり考えていたら投資なんてできない。チャレンジしなきゃ新しいものなんて生まれないんだから、私はこれからも挑戦し続けるわ」


 ソフィアの瞳には強い決意が溢れていた。

 その熱を帯びた視線に、タクミも表情を緩める。


「そうですね。いろいろご苦労はあるかと思いますし、投資の世界の話だと私には大してお力になれることもありませんが、せめて精一杯応援させていただきます」


「あら、これからもタクミさんには協力してもらうつもりよ? まだまだつついたら面白いことが出てきそうな気がするのよね。だから、これからもよろしくお願いいたしますわ」


「ははは、お手柔らかにお願いします」


 苦笑いを浮かべながらも、タクミは彼女の願いをしっかりと受け止めていた。




―――




 翌朝、営業前の『ツバメ』のホールでは、タクミ、ニャーチ、ルナ、出勤してきたテオ、そしてソフィアが一緒に朝食のテーブルを囲んでいた。

 いつもはモーニングと同じ「マイスブレッドのトーストにゆで卵とサラダ」で済ませる朝食だが、と今日はソフィアが一緒ということもありタクミも少しだけ工夫をしている。

 ゆで卵の代わりに用意されたのはトシーノ(ベーコン)を下に敷いた目玉焼き。マイスブレッドも普通にトーストしたものとチーズを載せて焼いたものの二種類が用意されている。


 普段よりも少し豪華な朝食に、テオは嬉しさを隠せない。


「いやー、今日は朝からご馳走! これもソフィアさんのおかげです!」


「あら、用意してくれたのはタクミさんなのですから、私にお礼を言うのは筋が違いましてよ? でも、本当に美味しい。タクミさん、毎日本当に元気が出るお食事をありがとうですわ」


「いえいえ。喜んで頂けてなによりです」


「でも、ソフィアさんが帰っちゃうとちょっとさびしくなっちゃうのな」


 猫耳をペタンと倒し、寂しそうな表情を見せるニャーチ。

 ルナもまた寂しげな眼差しでソフィアを見つめる。


「ソフィアさんはとっても忙しいのに、時間を作っていろんなお話聞かせてもらえて本当に勉強になりましたっ。また今度ソフィアさんが来た時も、お時間があったらいろいろと教えてもらっていいですかっ?」


「ええ、もちろんよ。もう少し大きくなったらウッドフォードへもいらっしゃい。いろんな世界を見ることはきっとルナさんの将来に役立ちますわ」


「はいっ! ありがとうございますっ!」


 ソフィアからの励ましの言葉に、ルナの表情がぱっと明るくなる。

 すると、二人のやりとりを聞いていたテオがぽつりと口を開く。


「でも、氷のルナちゃんにはなってほしくないかなぁ……」


「あら? そうしたらテオさんにはこれからずーっと冷たくして差し上げましょうかしら?」


「い、いえいえ! 失礼しましたーっ!」


 慌てて頭を下げるテオを、ソフィアが目を細めながら見下ろす。

 しかし、暫くすると口元を押さえてクスクスと笑い始めた。

 

「冗談でしてよ。テオさんって面白い方ですわね。磨いたら意外と光るんじゃないかしら? ねぇタクミさん、彼、うちに預けてみない? いっぱい磨いてあげたいわぁ」


「ふむ、それも検討に値しますね……テオさん、しばらく修行にいってみますか?」


「ひ、ひえーーっ! ご、ご勘弁くださいませーっ!」


 テオが慌てふためいたように激しく首を横に振ると、テーブルがどっと笑いに包まれた。

 すると、不意に後ろから声がかかる。


「じゃあ、俺がその修行に立候補しようかな?」


 予想しない方向からかけられた声は、ここにいるメンバー、とりわけソフィアにとっては大変なじみのある、しかしこの場では聞けるはずのないものであった。

 全員が声の主へと顔を向け、そして最後にソフィアが恐る恐る後ろを振り向く。

 そこにいたのは制服に身を包んだ“駅長”。そしてその傍らには……。


「あーっ、リベルトさんなのにゃーっ! おひさしぶりなのにゃーっ!」


 大きな声を上げるニャーチの横で、ソフィアは口をパクパクとさせるばかりであった。


※もう1パート続きます。次こそラストパートの予定です(汗


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