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60 異国からの便りと決意の会食(3/5パート)

※前パートからの続きです

 大きなニュースが飛び込んでから一夜が開け、朝一番の『ツバメ』には再びサバスが姿を現していた。

 タクミがいつものモーニングサービスを運んできたことに気づくと、新聞に頭を下げる。


「いやはや、昨日はバタバタと店を出る形になってしまい申し訳なかった」


「いえいえ、あれだけのニュースですから仕方がないことです。ご商売にもかなり影響が出るのではないでしょうか?」


「うむ。一時的なもので落ち着けばよいのだが、長引くようであれば相応に影響が出よう。とはいえ、細かな情報は現地に派遣しておる駐在員が戻って来なければなんとも言えぬのじゃが……」


 サバスはそういうと、シナモン・コーヒーのカップを傾ける。

 砂糖がたっぷりと入った甘いはずのコーヒーだが、その表情は苦々しい。

 

「電信が海を隔てて使えれば、向こうから送ってもらうのじゃがのぉ……」


 ふぅとため息をつきながら呟かれたサバスの言葉に、タクミが眉をピクンと動かした。

 確かにタクミがかつていた世界であれば、海を隔てた場所はおろか、場合によっては宇宙空間ともリアルタイムで情報のやり取りができる。

 しかし、“こちらの世界”ではようやく鉄道網に沿って整備された電信が使われ始めたばかり。海外とのやりとりは船便による書簡に頼る他はなく、情報の伝達速度にはどうしても限界があった。


 すると、タクミの脳裏にふと疑問が浮かぶ


「そういえば、どうしてこのニュースはいち早く届いたのでしょう?」


「おそらくは政府機関が使っておる腕木通信や連旗通信を読みとったのじゃろう」


「腕木通信に連旗通信……ですか?」


「うむ。政府機関が使っておる、建物の上につけた大きな棒状の設備の形や、海上であれば船に連ねた特殊な旗の組み合わせによって情報をやりとりする方法じゃ。離れたところでも望遠鏡で覗けばメッセージを読むことができる故、いくつかの設備や船を中継することで、あっという間にメッセージが送れるというわけじゃ。短文程度にはなるがの」


 サバスの説明からタクミの脳裏に浮かんだのは、小さい頃に本で読んだ『手旗信号』であった。

 使っているものは違うが「特定の形を作って目視でメッセージを送る」という点では類似しているといえる。

 

「本来は政府しか使えないことになっておるのじゃが、新聞社の連中にはどうやらその内容を読み取れるものがおるらしいのでな。まぁ、そのおかげで我々もこうしていち早く速報を得られるという訳じゃ」


「なるほど……。いや、まったく存じ上げませんでした。勉強になりました」


「なんのなんの。とはいえ、手に入る情報が限られるという意味ではあまり変わらんからの。もどかしいのは同じじゃよ。いや、ワシよりもむしろソフィア殿の方が大変じゃな」

 サバスはそう言いながら、懐から葉巻を取り出す。

 長マッチで葉巻の先端をじっくりと炙るように火をつけると、ゆっくりと煙をくゆらした。

 

「ここ最近、彼女は彼の国との交易にとみに力を入れておった。それ故に影響もはるかに大きいじゃろう。それに……」


「リベルト様のことも……」


 タクミが小さな声で呟いた言葉に、サバスはコクリと頷いた。

 二人の間にしばしの沈黙が流れる。

 やがてサバスは葉巻の火を消し、残っていたシナモン・コーヒーをくいっと飲み干す。


「ふぅ、今日も忙しくなりそうじゃわい」


 ぽつりとこぼしたサバスの言葉に、タクミが小さく首肯する。

 するとその時、『ツバメ』の扉がカランカランカラーンと音を奏でた。


「おや、ソフィア殿。朝からこちらとは珍しいですな」


「サバスさん。昨日はバタバタになってしまって失礼いたしましたわ。タクミさんもちょうどいいところに。今お手すきかしら?」


「ソフィア様、いらっしゃいませ。今は落ち着いておりますので少しなら大丈夫ですが……」


「ああ、良かったー。実はタクミさんにちょっと相談というかお願いしたいことがあって……こちらでご一緒させて頂いても構わないかしら?」


「おや、ワシが同席していても良いのかね?」


「ええ、むしろサバスさんにも一緒に聞いていて頂きたいの。」


「ならば構いませんぞ。どうぞこちらへ」


 ソフィアは小さく頷くと、サバスの隣に腰をかける。

 普段とは異なりどこか焦っているようにも見えるソフィアを、タクミは心配そうに見つめていた。




―――――




 ソフィアからの依頼、それは「一週間ほど二階の応接間を臨時のオフィスとして借り切りたい」というものであった。

 テネシー共和国で生じた政変の行く末によっては、ソフィアが進めていた交易プロジェクトが頓挫することも考えられる。

 本当ならすぐにでも地元へ戻って調整を行わなければならないのだが、あいにく今回のハーパータウン入りでは予定を詰め込んでしまっているのですぐは戻れないため、この近くで拠点を構える必要が生じたのだ。


 当初はホテルの一室を追加で借りるつもりであったが、各地と書簡をやりとりしなければならないことを考えると、書簡の取り扱い窓口、すわわち『駅舎』に近ければ近いほど効率的である。

 そこでソフィアは、タクミに無理を言って部屋を借り切りたいと願い出たのであった。

 当初から予定として入っていたハーパータウン各地での会合や視察にも出かけつつ、戻ってきては 列車の到着と共に続々と届けられる書簡に目を通していく。

 そして、夕方から夜にかけてはサバスやグスタフといったプロジェクトのメンバーを交えながら善後策を協議。

 そして、翌朝の便に間に合うように関係書簡への書簡を書き綴っていく ―― そんな慌ただしい日々が数日間にわたって続いていた。


 そして今日もまた、打合せを終えたソフィアがペンを走らせる。

 窓の外には夜空が広がり、時折流れ星がサーッと流れていた。

 すでに夜は更け、月は高く上っている。

 ランプの灯りだけが頼りとなっているせいか、どうにも目がかすんでしまう。

 何とか回復させようと目元を押さえるソフィア。

 するとその時、コンコンコンと扉をノックする音が聞こえてきた。


「どうぞ」


「失礼します。ソフィアさん、少し休憩されてはいかがでしょうか? だいぶお疲れがたまっているようにお見受けしますが……」


「ありがとう。でも、これだけはやってしまわないと……」


「大変なことであるとは重々承知しております。しかし、このままでは」


「心配かけてごめんなさいね。でも、私なら大丈夫ですから……」


 ソフィアはそう言いながら再びペンを手に取る。

 しかし手元が狂ったのか、そのペン先が紙に引っかかり、ビリッと破れてしまった。


「あっ!」


 一瞬声を上げたソフィアは、力なく首を横に振り、紙をくしゃくしゃと丸める。

 そして新しい紙を机に広げると、再びペンを握りしめた。


 しかし、ペンは動かない。

 紙にポタリポタリと水の粒が零れ、にじみが広がっていく。

 

「……止まるとダメなの。リベルト様のことが心配で、心配で……」


 ソフィアはペンを置き、手で顔を覆う。


 テネシー共和国での政変は守旧派、すなわち『元貴族』を中心とした勢力の手によるもの。

 リベルトがこの国を発つ前に話していた「かつての栄光にすがる輩たち」が首謀者なのであろう。

 王制から共和制に代わり、元貴族たちにはそれまでの特権を剥奪されて苦労を重ねているものも多かったらしい。

 当然その境遇に不平不満を漏らす者もいたそうだ。


 しかし、リベルトは「それでも貧困に喘ぐ者たちからすれば、我ら元貴族はまだ恵まれている」と切って捨てていた。

 地位に安住せず実力を高めれば、自ずと新たな道が開かれる。研鑽を積めるだけの経済環境がありながらその努力を怠る者に、苦労は語る資格はないとはっきりと言い切るリベルト。

 その強い信念は、ソフィアも大いに共感するところだ。


 しかし、その信念の眩しさは、妬み嫉みという深い闇も生み出すのが世の理。

 元貴族の主導で進められた今回の政変、元公爵家の一員であるリベルトが無関係でいられるとは考えにくい。

 そして、その政変にリベルトが協力するともとても思えない。

 すなわち、リベルトの身に危険が及ぶ可能性はとても高い状態と推察されてしまうのだ。


 タクミは口を真一文字に結び、ただじっとソフィアを見守る。

 すると、背後でギィと音が鳴った。


「……ごしゅじん?」


 振り向いた先には、僅かに開いた隙間からそっと顔をのぞかせるニャーチの姿があった。

 タクミは廊下へと出ると、扉をそっと閉めてからニャーチに声をかける


「どうしたの?」


「あのねあのねっ、ソフィアさんにこれをもってきたのなっ! わたしてもいいっ? いいよねっ?」


 ニャーチが運んできていたのは、牛乳入りの珈琲。グラスに水滴がついている所を見ると、どうやら冷たい珈琲のようだ。

 横の小皿には数枚のガレータ(クッキー)も用意されている。


 ニャーチはニャーチでソフィアのことが心配で、元気づけようと思ったらしい。

 タクミは目を細めると、ニャーチの頭をポンと撫でる。


「そうだね。 ニャーチから渡してあげて」


 再び扉をコンコンと叩き、ニャーチを部屋に入れる。

 ソフィアは目元をぬぐいながら顔を上げるものの、その目は赤く充血していた。


「ソフィアさんっ! これ、飲むといいのなっ! げ、元気がでるのにゃっ!」


 少しそわそわしながらグラスとガレータを差し出すニャーチ。

 

「ありがとう。頂くわ」


 ソフィアはニコッと微笑むと、グラスに手を伸ばしてコクリと一口含む。

 ミルク入りの珈琲は、苦みが抑えられてまろやか。

 そして何より……甘かった。


「んーっ……。って、これはまた随分と……、あ、あまーっ!」


 落ち込んでいたソフィアの顔がみるみると驚きのものに変わり、悲鳴にも見た大きな声を上げる。

 その変わりように、今度はタクミが慌てふためく番だ。


「ねぇニャーチ、これ、何を入れたの?」


「んとねっ、あまいがいっぱいのほうが元気でると思って、レンニュウをたくさんいれたのにゃっ!」


「えーーーっ!? まさか、全部練乳ってことっ?」


 ニャーチの口から飛び出した思わぬ答えに、タクミは大きく目を見開いた。

 ミルクコーヒーと思っていたそれは、カキ氷用に作っておいた練乳をたっぷりと入れたものだったらしい。

 色合いからすると、相当な分量が入っているはずである。

 これが全部練乳となると、かなり強烈な甘さになっていると容易に推察された。


 頭を抱えるタクミを、ニャーチが心配そうに覗き込む。


「にゃ? だ、だめだったかにゃ……?」


「うーん、いや、だ、だめじゃないんだけど……」


 どう答えてよいか分からず、タクミが複雑な表情を見せる。

 すると、そのやりとりを見ていたソフィアが、クスクスと笑い声を上げ始めた。


「まさかこんなに甘いとは思ってなかったから、ちょっとびっくりしたわ。でも、ニャーチさん、気を使ってくれてありがとう。ここ最近食欲もなかったから、これくらい“あまいがいっぱい”でちょうど良いかもしれないわね」


 そう話しながら、牛乳ならぬ練乳入りコーヒーを再び口に含むソフィア。

 しかし、やはり甘すぎるのか、眉間に皺が寄ってしまう。

 それでも、その口元には微笑みが浮かんでいた。


「もう、お二人の仲みたいに甘いわっ!」


「うっ、きょ、恐縮です……」


 皮肉めいた言葉に、タクミが頭を下げる。

 それでも、ようやく軽口が出るようになったソフィアの様子に、ほっと一息つくのであった。


※次パートへと続きます(3パート予定でしたが1パート追加となりました)


※コミカライズ版最新話が昨日公開となりました。詳しくは活動報告をご覧ください。


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