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異世界駅舎の喫茶店  作者: Swind/神凪唐州


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14 乗り合せた医師と優しさいっぱいのスープ

乗客の皆様、長時間のご旅行お疲れ様でした。この列車は当駅が終点となります。改札口にて乗車券を拝見いたします。到着いたしました列車は、整備点検の上、折り返し、ウッドフォード行き最終列車となります。お手荷物などお忘れ物がございませんよう、ご注意をお願いいたします。

――― なお、列車の乗車中に体調を崩されたお客様は、車掌もしくは駅係員までご連絡ください。

(……ふむ、新しい大使はなかなかに辣腕のようだな。)


 オスワルド・メンデスはハーパータウンへと向かう列車の中で、乗車前に購入していた新聞を開く。一面には、海を隔てた隣国から名家出身の若者が新大使として赴任し、早速通商交渉を開始したことを伝えていた。

 他の記事でも、政治や経済、社会のそれぞれの場面で新しい動きが次々と始まっていることを報じている。オスワルドは、座席から伝わるガタンゴトンとした揺れをも楽しみながら、列車の中のひと時を過ごしていた。


 一年で最も暑いこの時期、海沿いを走る列車の窓からは、湿り気を帯びた暖かい風が入ってきていた。車中で新聞を読むオスワルドの額にも汗が滲む。ふと周りを見渡すと、車内の他の乗客たちも同じような思いをしているようで、しきりに汗をぬぐったり、帽子で仰いだりと、少しでも涼を取ろうとそれぞれに工夫をしていた。そんな中、車掌らしきスタッフが、非常に慌てた様子で飛び込んできた。


「お客様、お客様の中でお医者様、もしくは医療の心得のある者はいらっしゃいませんか!」


「私は医師ですが、何かありましたでしょうか?」


 オスワルドは、車掌の叫ぶような呼びかけに反応し、声を掛ける。車掌は、オスワルドの横に着くやいなや、火急の用件を伝えた。


「2号車にて具合の悪くなりましたお客様がいらっしゃります。大変申し訳ございませんが、ご協力をいただけませんでしょうか?」


 オスワルドは、車掌の依頼に無言でこくりと頷くと、横に置いてあった大きな黒い革鞄を手にし、車掌の案内について2号車へと向かった。そこには、オスワルドから見て同世代よりやや若いかと思われる女性が、車両の最も後ろの座席の上で横になっていた。女性の顔色は真っ青であり、身体をガタガタと震わせながらぐったりとしている。女性の傍らにいた同じ年頃と思われる男性が、オスワルドに懇願するような声で声を掛けてきた。


「お医者様ですか?うちの家内を助けてください!」


「ええ、とにかくまずは様子を見させてください」


 オスワルドは、ほかの乗客の視線が遮られるよう、車掌と男性を通路に立たせると、女性の額にそっと手を当てる。その額は、軽く触っただけでもわかるほど熱く、発熱していることは明らかだった。呼吸も浅く、脈もやや速いようだ。この暑さにあたってしまったのか、それとも…オスワルドはいくつかの可能性を頭の中に描きながら、女性に声をかける。


「私は医師です。お加減はいかがですか?お答えになれますでしょうか?」


 すると、熱にうなされ、唸り声を上げていた女性が薄目を開き、か細く声を発する。


「すいません…急に寒気がして、気分が悪くなって……」


 どうやら意識はなんとかあるようだ。オスワルドは最悪の状況ではないことにほっとしつつ、診察を続ける。


「そのまま横になっていただいて結構です。体の痛みはありますか?」


 オスワルドの質問に、女性はこくりと首を縦に振る。


「体の…節々が痛いです。あと、目の奥もかなり痛んで……」


 オスワルドは、女性の言葉に一つずつ頷き、可能性を絞り込んでいく。これまでのオスワルドの経験から、発熱に痛みを伴っている場合には“良いシグナル”の一つと言えた。痛みが伴わない発熱が周期的続いた場合、命を落とす状況に繋がってしまう可能性があったからだ。オスワルドは、女性の許可を取ると、革鞄から聴診器を取り出し、胸元に手を入れて心音と呼吸音を確認する。


「あの…妻の具合はいかがでしょうか……?」


 心配そうに様子を伺う男性に、オスワルドは落ち着かせるようにゆっくりと答えた。


「熱が高く、身体の節々がかなり痛むようですが、いわゆる夏風邪かと思われます。長旅の疲れと相まって少し症状が強く出ているようです。安静は必要でしょうが、おそらく大きな心配はないかと思われます。ただ、出来るだけ早めに設備の整った病院での診察を受けることをお勧めします」


「わかりました。本当にありがとうございます」


 男性は、オスワルドの手を握り、目を潤ませながら感謝の言葉を伝える。オスワルドは、少し苦い笑みを浮かべつつ、男性の手をそっと横たわる女性の手へと導く。


「この手で大切な奥様の手をしっかりと握って、励ましてあげてくださいね。ところで、車掌さん、駅に着きましたら、この女性は少しゆっくりと休ませた方が良いかと思いますが、横になって休めるような場所は駅にはありませんでしょうか?」


 車掌は、オスワルドの質問に頷いて答えた。


「ええ、次に止まるハーパータウン駅であれば対応できるかと存じます。駅に着きましたら駅長代理に申し付けまして、準備させていただきます」






◇  ◇  ◇






 二番列車が到着した際、“駅長代理”としての列車の出迎えに着いていたタクミは、急病人の発生について車掌から伝達を受けると、すぐにニャーチに空き部屋を準備させた。部屋は駅舎の二階にあったため、夫であろう連れの男性が足元のおぼつかない女性を背負って階段を上がっていった。


「この分なら熱さえ引けば大丈夫でしょう。いったんはこのまま休ませてあげてください」


 オスワルドの言葉に、連れ合いの男性がほっと息をつく。タクミも、その言葉に頷き、男性に声をかける。


「もしご予定がなければ、この部屋でお泊りいただいても構いませんのでゆっくりお休みになってください。簡単なものになりますが、お食事もご用意させていただきます」


「本当に何から何まで申し訳ございません。それでは、お言葉に甘えさせていただき、一晩、お世話になりたいと存じます」


 男性は、タクミの申し出に深々と頭を下げ、感謝を述べる。女性も身体を起こそうとするが、それはオスワルドとタクミの二人が制した。


「奥さん、まずは安静にすることですよ。ゆっくりとお休みください」


 オスワルドはそう告げると、タクミとともに部屋を辞した。階段を下りながら、オスワルドはタクミに話しかける。


「やはり夏風邪の類と思われます。熱があるので食事がとりづらいでしょうが、何か食べやすくて栄養の取れるものを出してあげてください。しかし、この時期によく氷などありましたね……」


 オスワルドは、ひそかに驚いていた。盛夏の真っただ中のこの時期であるにも関わらず、給仕と思われる女性が運んできたのは“氷水が入った木桶”だったのだ。氷の冷気で冷やされた水は驚くほど冷たく、その冷たい水を浸した布を頭に乗せれば、熱をよく冷ましてくれるであろうに違いなかった。タクミは、オスワルドの言葉に頷いて応える。


「ええ、本当にありがたいことに、とあるご縁を頂きまして、氷を少しばかりお譲り頂いております。こうしてお役立てできるのでしたら何よりです」


「なるほど。いや、本当にありがたいです。医師として礼を言わせてください」


 頭を下げようとするオスワルドをタクミはすかさず制し、タクミが先に頭を下げる。


「こちらこそ、車内での危急に大変お世話になりました。また、こうして落ち着くまで見届けるまでご一緒頂きまして、大変感謝いたしております。このハーパータウン駅を任されている“駅長代理”として改めてお礼を述べさせていただきます」


「いや、私も医師の端くれとして当然のことをしたまでですよ。急ぎの旅ではありませんでしたし、お気になさらなくても結構です。さて、迎えが来るまでの間、ちょっと一服してもよろしいですかな?」


 タクミはもちろんです、と短く応え、喫茶店ホールの席へと案内した。席に着いたオスワルドは、手持ちのシガーロ(紙巻タバコ)に火をつけると、ゆっくりと煙を燻らせる。そこへ、いったんキッチンへ向かっていたタクミが、盆を手にしてオスワルドの席へとやってきた。


「こちらは当駅からのささやかなお礼でございます。どうぞお召し上がりください」

 

 タクミはそう告げると、珈琲と、数枚のクッキーをオスワルドの前に置いた。オスワルドは、鷹揚に頷くと、テーブルに置かれていた細かな装飾が施された灰皿に吸い終わったシガーロを押し付けて火を消し、銅で出来たカップを手に取る。予想に反し、オスワルドの手に伝わるカップの温度はとても冷たかった。そして、その中に浮かぶ透明の塊を見てオスワルドは感嘆の声を漏らす。


「ほう、これは珍しいですね。氷で冷やした珈琲ですか…」


「ええ、氷の量が限られているので普段はお客様にお出しできないのですが、今日は先ほど氷を砕きましたので、溶けてしまう前に有効利用させていただこうかと。それと、これだけ暑い日ですので、熱い珈琲よりも冷たい飲み物の方が良いかと思い、せめてものお礼にご用意させていただきました」


「いや、本当にお気遣いいただき、感謝です。冷たい珈琲というのは初めての経験ですが、今日のような暑い日にはこの冷たさが何よりのご馳走ですね。っとそうそう…」


 オスワルドはそういうと、手元の大きな革鞄の中からペンとインク、そして一枚の紙を取り出し、サラサラと何かを書き始めた。ほどなくして書き終えると、その手紙を封筒に入れ、タクミへと渡す。


「こちらの封筒は、今回の私の見立てを記してあります。夫妻がどこかの病院に診察される際、医師に渡すよう伝えてください」


「ありがとうございます。確かに伝えさせていただきます」


 タクミは、深々と頭を下げて、礼を述べる。オスワルドは、手を差し出して気にしないよう制すると、シガーロをもう一度だけゆっくりと燻らせてから灰皿に押し付けて火を消し、席を立った。


「さて、迎えが来たようです。次にお目にかかるのは明後日のお昼でしょうか?その時は、一人の客としてこちらのお店に寄らせてくださいな」


「もちろんです。それでは、明後日、お待ちしております」


 タクミは、駅舎前で深々と頭を下げ、オスワルドの乗った馬車が見えなくなるまで見送った。






◇   ◇   ◇






 2日後の昼過ぎ、オスワルドは約束通り喫茶店『ツバメ』へとやって来た。ただ、その表情は青く、明らかに体調がすぐれない様子であった。まだ込み合う前のタクミは、水を差しだしながら、心配そうにオスワルドに声を掛ける。


「顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」


「いや、恥ずかしながら、昨日参加した会合の後、こちらの旧友と久しぶりの再会を祝って食事を共にしたのですが…、その少々呑みすぎてしまったようでして…いやはや、医師だというのにお恥ずかしいことです」


 時折頭痛が襲ってくるのか、オスワルドは、顔を顰めながらタクミの質問に答える。そして、恐縮した様子でこう続けた。


「ということで、今は全く胃が食べ物を受け付けない状態でして…。先日の約束以来、大変楽しみにしていたのですが…、いや、本当に申し訳ないです。飲み物は頼ませていただくので、列車の出発まで少し休ませてもらっても構いませんか?」


「もちろん、ごゆっくりなさってください。では、何かさっぱりと飲みやすいものをお持ちいたしますね」


 タクミはオスワルドにそう伝えると、キッチンへと戻り、早速準備を始めた。タクミが用意したのは、真っ赤に熟したトマトだ。トマトのヘタの反対側に十字に切れ目を入れ、ヘタの部分にフォークを刺してロケットストーブの火で軽くあぶると、薄皮にしわがより、剥がれていく。ある程度剥がれたところで別にとっておいた水につけて粗熱を取ると、きれいに皮が取り除かれた。


 次に、タクミはおろし金を取り出すと、皮を剥いたトマトを摩り下ろしていく。摩り下ろしたトマトはいったんボウルに入れられた後、もう一度細目のザルで裏漉しする。最後に、風味づけとして黄色いリモン(レモン)の果汁を絞り入れ、甘いミエール(はちみつ)を加えて味を調えて、特製のトマトジュースの完成だ。タクミは、ホールで給仕をしていたニャーチを呼び、出来上がったトマトジュースにオスワルドの下へ運ばせた。


「お待たせしましたなのなっ。こちら、特製のトマトジュースですにゃっ」


「ああ、ありがとう」


 オスワルドは、ニャーチからグラスに入った真っ赤なトマトジュースを受け取ると、一口だけ口につける。少しとろみのあるその赤いジュースを口に含むと、トマト特有の爽やかな甘酸っぱさが舌の上を転がっていく。続いて、熟したトマトが持つ豊富な旨みが口の中へと広がり、最後には“野菜”であるトマトならではのやや青さをもった清涼さが、身体全体をリフレッシュさせてくれるようだ。まさに今の自分にぴったりの味わいだ……オスワルドはタクミの気遣いに感謝をしつつ、少しずつ口に含んでいった。


 ゆっくりとトマトジュースを飲み進めていたオスワルドは、ふと、先ほどまでの胃の不快感が抑えられているのに気付いた。いつしか頭痛もずいぶんと和らいでいる。そうすると、湧いてくるのは食欲だ。朝から何も食べていなかったオスワルドの胃は、ようやく目覚めたかのようにぐぅと空腹を主張し始めた。オスワルドは、その腹の虫の主張に苦笑しながら、テーブルの間を縫うように動き回る給仕を呼ぶ。


「お呼びですかにゃ?」


「ええと、少しだけ食事を頂きたいのですが、何か軽いもの…できればスープのようなものをいただけませんでしょうか?」


「かしこまりましたなのなっ!ごしゅ・・・マスターに頼んでみますなのにゃっ」


 オスワルドの申し出にニャーチは軽く応えると、キッチンにいるタクミに声をかける。


「ごっしゅじーん。スープのご飯はできるかにゃぁ?」


「ん?もしかしてオスワルドさん?」


 タクミはニャーチの声にピンと来たのか、注文元を確認する。ニャーチが頷いて応えるのを確認すると、ざっと材料を見渡し、了解、と短く答えた。タクミは、パッと頭の中でお出しする品を考えると、ランチのピークを過ぎて後片づけを進めていたロランドに声をかける。


「スープはまだ残っていましたよね。炊いたアロース(ご飯)はまだ残ってますか?」


「うぃっす、まだ少しなら大丈夫です。ただ、ボウルに移してしまったのでちょっと冷めちゃってるっすよ」


 タクミは、ロランドの返事に頷くと、メニューを決め、調理に取り掛かった。まずは、鍋の蓋を開け、スープの残りを確認する。今日は、鶏ガラで取ったブイヨンをベースに、刻んだレポーリョ(キャベツ)セボーリャ(玉ねぎ)サナオリア(にんじん)等が入った野菜スープだ。専用の二重鍋で湯煎にかけられ、ゆっくりと温められていたスープの中の野菜は、指でつまむだけで簡単につぶれるほどすっかりと柔らかくなっており、その旨みをスープ全体に行き渡らせていた。


 スープの状況を確認したタクミは、アッホ(にんにく)を一かけらだけ皮を剥き、包丁の腹を押し当てて潰す。さらに、トマトを用意すると、皮つきのままよく洗い、細かく角切りにしていった。ここまで用意ができたところで、タクミは片手鍋を用意し、オーブンストーブの天板に置く。鍋の中にオリバの実(オリーブ)からとった油を少し入れ、先ほど潰したアッホを投入。オリバ油へ香りが移り、焼き色がついてきたところでアッホを鍋から取り出し、すぐさま角切りのトマトを投入する。軽く混ぜ合わせて全体にオリバ油をなじませてから、先ほどの野菜スープを注ぎ入れ、その中へ炊いたアロースも投入した。


(これで、あとはしばらく待つだけですね。)


 タクミは、鍋に蓋をしてから、真ん中の大きさの砂時計をひっくり返した。時折、鍋の蓋が持ち上がりフツフツと蒸気が湧きあがるのを見ながら、ボウルに卵を割り入れ、菜箸で器用に溶いていく。タクミが二本の棒を手にして器用にさばくのを、ロランドが不思議そうに見つめ、声を掛けてきた。


「えっと、サイバシでしたっけ?その二本の棒でよく器用に何でもできますね」


「料理をするときにはとても便利ですよ。ロランドにも今度教えましょうか?」


 タクミは、手元の菜箸を見せながら、ロランドを誘う。しかし、ロランドから見たら、サイバシを自在に操るタクミの姿は、とても真似ができるようなものとは思えなかった。


「うーん、でもすごく難しそうっす」


「大丈夫です。私の昔いた場所では、小さい子でも親からちゃんと教わって、誰でも当たり前に使えるようになりますよ」


「まじっすか!じゃあ、今度教えてくださいっす」


「ええ、今度ガルドさんに頼んでロランド用のを作ってもらいますから、一緒に練習しましょう。っと、そろそろ出来上がりそうですね」


 タクミは、砂時計の砂が落ち切ったのを確認すると、鍋の蓋をあける。鍋の中に入れられた炊いたアロースは、スープの汁気を吸って膨らんでいた。タクミは、出来上がったスープをレードルで少しだけ掬って小皿に移して、口の中に含む。そして、少しだけ塩、胡椒を加えて味を調えると、最後に先ほど溶いておいた卵を流し入れ、軽くかき混ぜてから天板の上から外した。タクミは、出来上がったスープを深めのスープ皿によそい、お盆に乗せて自らホールで待つオスワルドの下へと運んで行った。






◇   ◇   ◇






「大変お待たせいたしました。ご注文のスープです。トマトの角切りと炊いたアロースをスープの実として入れております。どうぞお召し上がりください」


 タクミは説明をしながら、オスワルドの前にスープをサーブする。オスワルドは、こくりと頷くと、スプーンを手に持ち、まずはそっとスープのみを掬い、口に含んだ。


(これは…なんとも優しい味わいなのだ…。)


一口目を口に含んだオスワルドが感じ取ったのは、とても穏やかな旨みだった。ベースとなっている味わいは鶏であろう、そこによく煮込まれた野菜から染み出た旨みが加わっている。しかし、その味わいの中に、形が残る程度に煮込まれたトマトから出た爽やかな旨みと、アロースからしみ出したまろやかな甘みが加わり、全体を穏やかにまとめている。多少回復したとはいえ、まだ本調子ではない胃にも優しく染み渡っていくような味わいだった。


 これならなんとか食べられそうだ、そう判断したオスワルドは、今度はスープに入れられた“実”とともに食してみる。火が通ったトマトは旨みと甘みを増幅させている。そして、特筆すべきは共に入れられたアロースだ。舌先でつぶせるほど柔らかくなったアロースは、スープやトマトの旨みをふんだんに取り込んでおり、アロース自身が持つ甘みと合わさって非常に深い味わいとなっていた。


「いや、実に旨い…本当に身体に染みわたっていくようです。これなら、今日の私のように調子を崩していても、しっかりと栄養が取れますね」


 オスワルドは、一匙、もう一匙と食べ進めながら、タクミに感想を伝える。タクミは、その言葉に一礼で応えると、オスワルドに話しかける。


「実はこのスープ、私がまだ小さかったころ、風邪を引いて体調を崩したときに私の親が作ってくれたものがベースになっています。そういえば、先日のお世話になったご夫妻の奥様にも同じスープをお出ししておりますね」


 オスワルドは、タクミの言葉に、ほーっと感心を表す。


「なるほど、これなら食欲が落ちている時でもしっかりと栄養が取れますね。いや、実に理にかなっています…そうだ、もし差支えなければ、このスープの作り方を教えてもらえませんでしょうか?私の病院でも患者さんにぜひ勧めさせていただければと思うのですが……」


 オスワルドの申し出に、タクミは二つ返事で了承の意を表す。


「ええ、もちろん構いませんよ。お役に立てるのでしたら何よりです」


「ありがとうございます。では、早速…」


 オスワルドはそう告げると、革鞄からペンとインク、そして何枚もの紙を取り出して、指導を受ける体制を整える。タクミは、何も凝った料理ではございませんので…と、少し苦笑しつつ、材料や作り方の手順について、一つずつ説明していったのだった。

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[気になる点] シガーロをもう一度だけゆっくりと燻らせてから灰皿に押し付けて火を消し、とありますが珈琲を飲む前にもテーブルに置かれていた細かな装飾が施された灰皿に吸い終わったシガーロを押し付けて火を消…
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