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60 異国からの便りと決意の会食(1/5パート)

 本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。

 この列車は当駅が終点となります。到着いたしました列車は車庫に入りますので、お手荷物などお忘れ物がございませんよう、ご注意をお願いいたします。

―― なお、併設の売店『メアウカ』では、お土産物のほかに新聞も取り扱っております。ご旅行の前にぜひお買い求めください。

 本日の最終列車がハーパータウンのプラットホームに入線してくる。

 夏の強い日差しに照らされたホームでは、休日のテオにかわって“駅長代理”たるタクミが安全確認を行っていた。

 プシュー、ガッタン。列車が停まったことを確認すると、手旗を振って車掌へと合図を送る。

 

「長時間のご旅行お疲れ様でした。切符をご用意の上、集札口までお願いいたします」


 列車から降りてくる乗客たちを集札口へと案内していると、一等車から久しぶりの“常連客”が降りてくるのを見つけた。

 先方もタクミの姿を見つけ、笑顔で声をかけてくる。


「どうも、ご無沙汰ですわ」


「ソフィア様、お久しぶりでございます。お元気そうで何よりです」


「タクミさんこそ相変わらずのようね。まだ『ツバメ』は空いてらっしゃるかしら?」


「ええ、今なら席も落ち着いているかと思います。よければ個室の方へご案内いたしましょうか?」


「いえ、今日は一人ですしホールで構いませんわ」


「かしこまりました。それではどうぞこちらへ」


 いつものように笑顔で応えながら、タクミがソフィアを集札口へと案内する。

 ソフィアもまた、その後ろを颯爽と歩いていった。




―――――




「お待たせしましたのなっ。本日の『デザートセット』、クレームブリュレとアイスコーヒーなのなっ」


「ありがとう。今日も美味しそうね」


「ごしゅじんの料理は全部おいしいのなっ! それではどうぞごゆっくりなのにゃーっ」


 まだまだ賑やかな店内の一角に座ったソフィアは、ニャーチが運んできたデザートセットをうっとりとした表情で眺めていた。

 銅製のカップには水滴がつき、琥珀色の液体には透明な塊が浮かんでいる。

 そして共に運ばれてきた皿の中に入っていたのは、所々に焦げ目がついたカスタード色のもの。

 ぱっと見た感じではフランのようでもあるが、おそらくこの『焦げ目』が仕掛けであろうとソフィアは考えていた。


(何はともあれ、久しぶりに頂くタクミさんのデザートですから、しっかり堪能させて頂きましょう)


 ソフィアはスプーンを手にすると、クレームブリュレにそっと差し入れようとする。

 しかし、その表面は思いのほか固く、軽く差し入れただけではスプーンは刺さらなかった。


 そこでソフィアは、コンコンと軽くたたいてから、今度は少し力を込めてスプーンを入れる。

 すると、パリンという音と共に、表面を覆っていた飴状のものに割れ目が入った。


 そのまま中を掬い取り、まずは一口放り込む。


(えっ!? あったかいのに冷たい……?)


 口の中に広がる感触に驚くソフィア。

 焦げ目のついた飴の部分はほのかに温かいのだが、中に入っているフラン(プリン)に良く似たクリームの部分はひんやりと冷たい。

 玉子や砂糖、それに生クリームがふんだんに使われているのであろうクリームはまったりとした味わい。

 その甘味を、少しほろ苦さのある飴の香ばしさがいっそう引き立てていた。

 滑らかな食感の中に時々入るパリパリとした感触も面白い。

 温度、味わい、食感、それぞれに対比した味わいが口の中に広がり、フランとは似ているようで全く異なる楽しさだ。


(となると、こっちもきっと……)


 心を弾ませながら銅製のカップに口を近づけるソフィア。

 琥珀色の液体が喉を通ると、火照った身体にじんわりと冷たさが広がる。

 少し苦みのあるアイスコーヒーの余韻を楽しんでいると、再び甘味が欲しくなる。

 そこでクレームブリュレをまた一口。そしてアイスコーヒー。


 気づけば、あっという間にカップも皿も空になっていた。

 ふぅと息をつきながら余韻に浸っていると、声がかけられる。


「コーヒーのお代わりはいかがですか?」


「ありがとう。そうしたらもう一ついただけるかしら」


「かしこまりなのなっ。すぐにお持ちするのにゃっ!」


 ニャーチがタクミの背後からひゅいっと顔を出すと、パタパタとキッチンへと駆けていく。

 その姿に、ソフィアが思わずくすくすっと笑みをこぼした。


「失礼しました。どうにも落ち着きが無くて……」


「いえいえ、ニャーチさんもお元気のようで何よりですわ。それにしても、相変わらず仲がよろしいようで、ちょっと当てられてしまいましてよ?」


 からかうようなソフィアの言葉に、たじたじとなるタクミ。

 何とか話の矛先を変えようと、違う話題を持ち出す。


「と、ところで、今回はこちらでのお仕事で?」


「ええ。メインは拡張工事が終わった製氷工場の確認、それとガス灯関係の方でも打ち合わせがありますし、他にも新しいビジネスの話もいくつか。今回は少し長めに滞在することになりそうですわ」


「そうでしたか。しかし、相変わらずのご活躍ぶりですね」


「おかげさまで、何とかっていったところかしら? 国元で頑張っていらっしゃるリベルト様に負けてはいられませんわ。そうそう、先日リベルト様からはじめて手紙が届いたの!」


 そう言いながらソフィアは鞄から一通の手紙を取り出す。

 よほどうれしかったのであろう、その表情は今にもとろけそうであった。


 ソフィアから手渡された手紙をそっと開くタクミ。

 品のよさを感じさせる綺麗な文字で綴られた飾り気のない文章は、どことなくリベルトらしさを感じさせる。

 そして、最後に記されているのが『必ずまた、再会を ――』。この短い一文から、ソフィアに対するリベルトの熱い思いが伝わってきた。


 タクミはそっと手紙を閉じると、ソフィアの手に戻す。

 ソフィアは、慈しむように手紙に両の手を重ねると、丁寧に鞄へと戻した。


 するとそこに、ニャーチが戻ってくる。


「おまたせなのなっ! アイスコーヒーのお代わりなのにゃっ!」


「ありがとう。ニャーチさんは良いわね。タクミさんといつも一緒にいられて」


「ふみゃ??」


 突然話題をふられて、きょとんとするニャーチ。

 それでも、タクミが頭をポンポンと撫でると、うにゃーんと笑顔を見せた。


「もう、二人ともご馳走様ですわ。それにしても、この暑い日にアイスコーヒーは本当にいいですわね。最近、ナトルに作らせて頂いているのですのよ」


「ありがとうございます。こうして冷たいコーヒーを出せるのも、ソフィア様からの計らいがあってこそです」


「今日のデザートも、氷できゅーっと冷やしてあるのな! だからあったかいと冷たいでとってもおいしいのな!」


「そうそう、クレームブリュレ、でしたかしら? 上の飴の部分と下のクリームの部分の対比が絶妙で、大変おいしゅうございましたわ。あちらにも氷を使っていらして?」


「はい。玉子と牛乳、生クリーム、砂糖を混ぜ合わせた卵液をカップの中に注ぎ、いったん蒸し焼きにしてから氷を使って冷やしております。お出しする直前に表面に砂糖をまぶし、専用の焼きごてを当てることで、表面にカラメルのような飴の層をつくることができます」


「ぱらぱらーってやって、じゅわーってやると、パリパリになるのにゃっ!」


「なるほどねぇ。ということは、その焼きごては……?」


 探るような目線を投げかけるソフィア。

 その意図を察したタクミが、一つコクリと頷いてから口を開く。


「ええ、グスタフさんに作って頂いたものです。といっても、カップのサイズに合わせて鉄の板をくりぬき、それに持ち手をつけただけのものですけどね」


「それでも、そうしようと思わないと作らないものでしょ? 形にするグスタフさんもすごいけど、そういうアイデアを出せるタクミさん、本当に凄いと思うわよ。あーもう、ニャーチさんがいなかったら私がタクミさん口説き落とすのにーっ」


「またまた。そんなことを言うと、リベルト様に怒られてしまいますよ」


 どこか困ったような笑顔を見せるタクミ。

 一方のニャーチは、タクミの腕をひしっと掴んでがるるるると威嚇する。


「だめなのなっ! ごしゅじんはあげないのにゃーーーっ!」


「うふふ、冗談ですわ。それに、そんなにぴったりくっつかれては、二人の仲に入るスキマなんてありませんことよ?」


「そうなのなっ! いつもごしゅじんと一緒なのにゃっ!」


 タクミにぶら下がろうかという勢いで腕をつかみながら、自信満々に答えるニャーチ。 顔を赤く染めるタクミを見ながら、ソフィアは肝心な『依頼』をしていないことを思い出した。

 

「そうそう。タクミさんに一つお願いがありますの。明日のお昼、少し遅めの時間になると思うのですけど、ここでランチをお願いしてもいいかしら?」


「ええ、もちろん。お部屋をお取りした方がよろしいでしょうか?」


「うーん、……いえ、明日はこちらで構いませんわ。その変わり席を二人分ご用意いただけるかしら。お相手はサバスさんですわ」


「かしこまりました。遅めのお時間となると、一時過ぎぐらいで良かったですか?」


「そうね。もうちょっと遅くになっちゃうかもしれないけど、よろしくて?」


「遅めであれば大丈夫かと。それでは、一時過ぎからお二人様、席をお取りしております。ランチは何かご注文ありますでしょうか?」


 タクミがソフィアに尋ねると、横からニャーチがつんつんとつついてきた。


「ん? どうしたの?」


「あのねあのねっ、サバスさん、ちょっとおつかれっぽいのなっ。昨日もモーニングでゆで玉子とサラダしか食べてなかったのな」


「あら、サバスさんにしては珍しいですわね。ちょっとお疲れなのかしら?」


「もしかすると夏バテ気味なのかもしれませんね。となると、喉を通りやすいお食事の方が良いかもしれませんね」


「そうね。そうしたら、お手間でなければそういったものをご用意いただけるかしら?」

「ええ。最近は食が落ちているお客様も多いようでしたので、ちょうど夏バテ対策メニューにしようとロランドとも話していた所でした。そうしましたら、明日はそちらのメニューでご用意させていただきます」


「ニャーチも! ニャーチもしっかり試食するのなっ!」


 ぴょんぴょんと跳ねながら訴えるニャーチ。

 タクミは「はいはい」と答えながら、ポンポンと頭を撫でる。


「もー、そのラブラブな熱気で私まで夏バテになりそうですわー」


 結局最後まで当てられてしまったソフィア。

 銅のカップを傾けると、カランと涼しげな音が響き渡った。


※次パートへと続きます。

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