59 仲睦まじいお二人様と再びのアツアツご飯(1/2パート)
本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。
ウッドフォード行き一番列車は、明日の朝9時の出発予定です。改札は、出発の10分前を予定しておりますので、ご乗車のお客様は、改札口横にございます待合室にてお待ちください。
―― なお、『ツバメ』の料理についてご興味のある方は、お気軽にスタッフまでお尋ねください。
「ふわぁぁぁ……うーん……」
二番列車が発車した後のハーパータウン駅は、落ち着いた時間を迎えていた。
駅務室のテオが、昼食を済ませてくちくなった腹をさすりながら大きな欠伸をする。
するとその時、窓口側からコンコンコンとノックする音が聞こえてきた。
「あのー、お休み中でしょうか……?」
窓口の外に立っていたのは一人の若い女性。
テオは慌てて制帽を被り直し、笑顔を見せる。
「っとと、失礼しました。何かご用件でしたでしょうか?」
「ええ、ウッドフォードとの往復切符を一枚頂きたいのですが……」
「ウッドフォード往復ですね。ご出発はいつのご予定で?」
「二週間後の朝一に出発する便をお願いします。それと、出来れば指定席が良いのですが……」
「指定席の場合には一等車と二等車がございますが、どちらになさいますか?」
「そうですね……、では二等車でお願いします」
「かしこまりました。それでは、二週間後の一便、二等車指定席でお取いたしました。帰りの便につきましてはウッドフォード駅にて改めて座席の指定を受けてください」
「分かりました。ありがとうございます」
清楚な白いワンピースに身を纏った女性が会釈すると、ふわっと良い香りがたなびいてくるように感じた。
鼻の下が伸びそうになるのをなんとか我慢しながら、見送るテオ。
すると、視線の先には彼女を手招きする一人の若い男性の姿があった。
「おーい、席空いたってー」
「ありがとう。こちらも切符頂きましたわ」
仲睦まじい様子を見せながら、『ツバメ』へと入っていく二人。
まあ、そんなものだよなぁ……、とテオは口の中で小さくつぶやきながら発券記録にペンを走らせた。
―――――
「いらっしゃいませなのなーっ! セリオさんもエマさんもお久しぶりなのにゃーっ!」
店内に入った二人を出迎えたのはニャーチであった。
トコトコと駆け寄ってきた顔なじみの看板娘に、エマもまたくすっと微笑みながら小さく頭を下げる。
「ニャーチさん、お久しぶりですわ。相変わらずお元気そうですわね」
「ニャーチはいつでも元気いっぱいなのなっ! ささ、どうぞお席へなのにゃーっ」
「ありがとう。じゃ、エマが奥にどうぞ」
エマの傍らに付き添っていたセリオがそっと手を差し出す。
席に着いた二人は、賑わう店内をぐるりと見渡すと、懐かしそうに目を細めた。
「随分と久しぶりになっちゃったね」
「ずっと修行に明け暮れていたから仕方がないですわ。それにしても、あの日とは違って、とっても賑わっていますわね」
「あの時はほら、天気も天気だったからさ。それにほら、少し前に新聞で紹介されていたりしたじゃない。それでたくさんお客さんが来るようになったんじゃないかな?」
「そういえば、そんなお話を言ってらっしゃいましたわね。でも、これが本当の『ツバメ』の姿なのでしょうね」
昔話を交えながら、楽しそうにほほ笑む二人。
するとそこに、水とナプキンを手にしたタクミがやってきた。
「ニャーチからお二人がいらっしゃっているとお伺いしました。お久しぶりです」
「あ、タクミさん! ご無沙汰しております!」
「その節は本当にお世話になりました。本当にたくさんご迷惑をおかけしてしまいまして……」
セリオとエマが慌てて席を立ちあがると、深々と頭を下げる。
タクミはいつものように微笑んだまま、二人に腰を掛けるように促す。
「いえいえ、迷惑だなんて……。それにしても、お二方とも相変わらず仲睦まじいご様子で何よりです。修行の方は順調ですか?」
「ええ、おかげさまで。とはいえ、師匠から見たらまだまだだって怒られそうですけどね」
「それでも、先日はセリオが考えた新しい工夫を『面白いな』って言ってたんですよ。普段めったにセリオのことを褒めない父なのに、私、驚いてしまって……」
「とはいっても、その後百倍怒られたけどな。『工夫もいいが、まずは基本をしっかりしろ』ってね」
楽しげに話す二人に、タクミもまたコクコクと相槌を打つ。
「そのご様子なら順調に修行も進んでいるようですね。何よりです」
「でも、こうしていい修行をさせて頂いているのも、あの時タクミさんに止めて頂いたおかげです」
「あの時、感情に走っていたら、きっと父との縁が切れてしまい、どうなっていたかわかりませんわ。本当にありがとうございます」
再び深々と頭を下げるセリオとエマ。
かしこまる二人に、タクミがそっと声をかける。
「いえいえ、あれはきっと天啓だったのですよ。さて、今日は何かお召し上がりなりますか?」
「あっ、そうでした! タクミさんの料理、楽しみにしてきたんですよ」
「セリオさんったら、タクミさんの料理を食べるんだって、お昼を抜いてきてるんですよ」
「そういうエマだって、お昼はほんの摘む程度にしてたじゃないか。お願いできるならドリアを作ってもらうんだーって」
「もうっ、それはナイショのお話って言ってたじゃないですかっ」
セリオの言葉に頬を染めるエマ。
すると、タクミが微笑みながら言葉を挟む。
「あの時のメニューを覚えて頂いて、光栄です。たまたまですが今日のAランチがドリアですので、もしよろしければご用意させていただきます。以前のものとは少し異なりますが、少々趣向を凝らした一品となっております。良ければいかがでしょうか?」
「そうなのですか! それはぜひお願いしたいです」
「私もぜひお願いします!」
「かしまりました。それではAランチを2つ、少々お待ちくださいませ」
タクミは頭を下げると、早速キッチンへと向かっていった。
―――――
「お待たせしました。本日のAランチ『二色のドリア』でございます」
「わぁ、なんて可愛らしいのかしら!」
タクミの手によってテーブルに運ばれてきたドリアに、エマが歓喜の声を上げた。
小ぶりの丸い器が二つ連なった形の陶器には、片方には白の、そしてもう片方には赤いソースがたっぷりと載っている。
どちらもまだフツフツと湯気を立てており、食欲をそそる香ばしい香りが鼻をくすぐる。
「これはまた……すごいですね」
「ありがとうございます。熱いので火傷をしないよう注意しながらお召し上がりください。お飲み物は食事の後でご用意させていただきますね。」
タクミはすっと頭を下げると、セリオとエマの下を離れる。
二人は、改めて見つめ合うと、コクリと一つ頷いてからスプーンを手に取った。
エマが最初に掬ったのは白いドリア。
美味しそうに焦げ目がついた表面にスプーンを差し入れて持ち上げる。と、ケッソがトローリと糸を引いた。
中には白いソースがたっぷりと絡んだアロース。それにセボーリャのみじん切りも入っているようだ。
ところどころに見える緑色の葉のようなものはエピスナーカであろうか。
それに小さくクルンと丸まったカマロンの姿も見える。
見ているだけで口の中が美味しさでいっぱいになるようだ。思わず喉がゴクリとなってしまう。
たまらず口に入れようとするエマ。
しかし、タクミの言葉を思い出し、何とか思いとどまってふーっふーっふーっと三回息を吹きかけから口の中へと運んだ。
瞬間、エマの顔がとろける。
「ふわぁ……、とってもまろやかですわ……」
バターやケッソ、それにおそらく生クリームも使われているのであろう。
口に含んだ瞬間、乳製品のまろやかなコクが口いっぱいに広がった。
そして、アロースやセボーリャがこの白いソースの美味しさをたっぷりと吸い込み、甘味と旨味のハーモニーが奏でられる
プリプリのカマロンの身を噛みしめれば、ぎゅっと溢れ出てくる海の風味に心が弾む。
そこにエピスナーカの僅かな苦みや、表面で焦げたケッソの香ばしさが加わると、極上の味わいだ。
思わず身震いするほどの美味しさに虜になるエマ。
夢中で一口、また一口と食べ勧める姿に目を細めながら、セリオもまた同じようにスプーンを動かしていた。
「これも凄いな……。こんなに旨いものがあったとは……」
赤いソースが掛かった方のドリアには、おそらく何かの香辛料を使ったのであろう、
黄色に染まったアロースが敷き詰められていた。
上にかかったソースにはトマトベースのもの。しかし、単にトマトを潰して煮込んだソースとは全くの別物である。
じっくりと煮込まれたのであろうそのソースからは、トマトの時にツンと来る酸味は一切感じられない。
たっぷりと入った挽き肉の旨味がこれでもかというほどソースに溶け込んでおり、まるで『肉のソース』だ。
その旨味たっぷりのソースが黄色く染まったアロース、そして焦げ目がつきながらもトロリと糸を引くケッソと一体となることで、これまた至高の味わいへと昇華する。
しっかりとした重厚感がありながらもどこまでも後を引く味わいに、セリオもまたスプーンを動かす手が止まらなかった。
口の中にたなびく余韻すら惜しむように、もくもくとドリアを食べ勧める二人。
やがて皿が空になったところで、ようやく二人はクスクスと笑みを漏らした。
「いやー、美味しかった。あっという間に食べてしまったよ」
「本当ですわ。もちろんあの時のドリアも素晴らしかったのですけど、今日の二つのドリアも本当に美味しくて、夢中で食べてしまいましたわ」
「それだけタクミさんの料理が素晴らしいということだ。これだけ感動する料理は、久しぶりに頂いたよ」
「あら? それは私の料理では感動しないということなのかしら?」
「い、いや、そういうわけでは……」
エマの言葉に、セリオがついしどろもどろになる。
その様子をしばらく上目使いでじーっと見つめていたエマだったが、やがてクスッと吹き出した。
「もう、冗談ですわよ」
「そ、そうか……。あんまり驚かさないでくれよ」
額の汗をぬぐうようなしぐさを見せるセリオ。
そして二人は再びクスクスと笑い声をあげた。
するとそこに、タクミがやってくる。
運んできたコーヒーカップを二人の前に置きながら、口を開いた。
「お飲み物をお持ちいたしました。今日のドリアはお口にあいましたでしょうか?」
「ああ、もちろん。素晴らしい味わいだった」
「二人とも、夢中で食べてしまいましたわ。本当に美味しい料理をありがとうございます」
「いえいえ、喜んで頂けて何よりです」
二人の言葉に頭を下げるタクミ。
すると、ふと何かを思いついたように、セリオが口を開いた。
「そうだ、エマ。例の件をタクミさんに相談してはどうだろう?」
「え? でもご迷惑じゃ……?」
「っと、どうかなさいましたか?」
二人の会話にタクミが割って入る。
少し逡巡を見せていたエマだったが、セリオと視線を交わすと、改めて居住まいを直して口を開いた。
「いえ実は、今度作らなければならない料理のことで少し悩んでおりまして……」
「もし出来れば、お知恵をお借りできないかなと思ってしまったもので……」
恐縮そうに頭を下げるセリオ。
一方のタクミは、大して気にした風もなく微笑みながら話しを促す。
「今なら少し手元も空いておりますし、大丈夫です。もしよければご事情をお聞かせいただけませんか?」
「ほ、本当ですか?」
タクミの言葉に、エマの顔がパッと明るくなる。
そして二人は、ここ最近ずっと気がかりであった一つの悩みについてタクミに打ち明け始めた。
※次パートへと続きます。