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58 夜の嵐と癒しの夜食

 本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。

 この列車は当駅が終点となります。到着いたしました列車は車庫に入りますので、お手荷物などお忘れ物がございませんよう、ご注意をお願いいたします。

―― なお、天候状況によりダイヤが乱れる可能性がございます。あらかじめご了承ください。

 柱時計がポーンと音を鳴り響かせると、それを合図にするかのように喫茶店『ツバメ』の裏口の扉がガチャリと開く。

 そこからやってきたのはフィデル。辺りをくるっと見渡すと、ロランドとともにキッチンの後片付けをしていたタクミに声をかけた。


「タクミさーん、本日も業務終了でーす。売上の確認お願いしまーす」


「お疲れ様です。では、こちらでやっちゃいましょう。ロランド、片付けは任せていいですか?」


「うぃーっす! バッチリやっておくっす!」

 

 二つ返事で引き受けるロランドに一つ頷いてから、タクミはキッチンの隅にある小テーブルに腰を掛けた。

 フィデルがその正面に腰を落ち着けると、手にしていた布袋を渡す。


「それでは、ご確認よろしくお願いします!」


「ええ、では早速」


 タクミは受け取った袋から紙幣や小銭を取り出すと、種類ごとに仕分けして数えはじめる。

 しかし、しばらくすると数える手を止めてしまった。


「ん? 何かありました?」


「いえいえ、今日はこの天候のせいか、手元が暗くて少々見づらいなぁと思いまして」


 タクミがそう言いながら窓の外に視線を向ける。

 今日は朝からあいにくの天候。空一面が厚い雲でおおわれており、普段の同じ時間に比べてもだいぶ暗くなっていた。


「あー、そういえば今日は天気悪いですもんね。灯り持ってきた方がいいですか?」


「そうですね。お願いできますか?」


「うぃっす。じゃ、すぐ用意します」


 勢いよく席を立ちあがったフィデルは、ホール側の入口近くにおいてあるランプを取ると、長マッチを擦り手早く火をともした。

 そしてランプを手にして戻ってくると、タクミがペコリと頭を下げる。


「これなら大丈夫そうです。ありがとうございます」


「そんなそんな。しかし、タクミさんとかルナちゃんとか、暗いところだと見えないのって大変ですよね」


「まぁ、こればっかりは持って生まれたものなので仕方がありませんね。でも、こうして灯りがあれば大丈夫。この天気ですし、早めに帰れるよう続きも片付けてしまいましょう」


「あー、確かに今日は崩れそうっすねー。こっち来るときにちょっと嫌な雰囲気を感じました」


 そう言いながら鼻を鳴らすフィデル。

 その言葉が聞こえたのか、ロランドが手を拭きながら噛みついてきた。


「また、そんなこといってー。お前の天気予報は全然当てにならんからなぁ」


「うっせえデカウサギ! ヤバい時にはちゃんとヤバい匂いがするんだよ! お前とは違うの、わかった?」


「なんでぇチビギツネ! そんなこと言ってこないだも外したばかりじゃねえか! おかげでこっちは雨の中ずぶぬれで帰る羽目になっちまったぞ!」


「あー、あれな。ちょっと微妙だったけど、まぁ、お前なら濡れてもいいかなーって」


「何だとてんめぇ!じゃあ、ウソ教えたってわけか?」


「ウソじゃないけど……まぁ、確率までは聞かれなかったし?」


「てんめぇ!! この野郎!!」


 フィデルに一杯喰わされたと知り、顔を真っ赤にするロランド。

 そんなロランドの様子が楽しいのか、フィデルがアッカンベーとばかりに舌を出す。

 毎度恒例の一触即発の雰囲気に、タクミはあきれ顔だ。


「ほらほら、フィデルくんもロランドも、まだ仕事は終わってませんよ? 最後まで片付けちゃいましょう」


「「はーいっ」っす」


 耳をペタンと倒し、仲良く反省する二人。

 するとその時、突如窓がガタガタとなりだした。


「っと、やっぱり今日は一荒れきそうですね。ロランド、それにフィデル君。今日はここで切り上げましょう。後は私の方でやっておきますので、早めに帰ってください」


「いや、でも大丈夫……っとと?」


 何か言いかけたロランドが口を閉ざす、

 そしていったん裏口の扉を開くと、目を閉じて耳をピーンと立てた。


「……確かに今日ばかりは、ちょーっとまずそうっすね」


「ん? 何か聞こえたんか??」


「ああ、海の方からちょっと嫌な音がな。こりゃだいぶ荒れそうだ」


「ぬ……お前がそこまでいうってことは、本気でヤバい奴じゃねえか?」


 フィデルは『匂い』で雨のにおいを感じられるとはいえ、それは半ば『勘』のようなもの。精度は決して高くはない。

 一方、漁師一家で育ったロランドは、実際に聞こえてくる『音』で遠くの天候をある程度察することができる。

 大きく天候が荒れる時しか分からないとはいえ、その信頼度は段違いだ。


 それを知っているがゆえに、フィデルは気が気でない。

 ロランドもまた、真剣な表情でコクリと頷いた。


「では、今日はここまでということで。明日も荒れた天気が続くようなら遅れて出てきてもらって構いません。天気が荒れていたらお客さんも少ないでしょうしね。帰り道、くれぐれも気を付けてください」


「うぃーっす! では、師匠、申し訳ないっすけどお先に失礼するっすー!」


「俺もお先ですっ。あ、テオさんにも伝えておいた方がいいっすか?」

 

「そうですね。早めに切り上げるよう伝えてもらえると助かります」


「了解です! では、失礼しますーっ」


 ロランドとフィデルが仲良く頭を下げて裏口を飛び出していく。


 それを見送りながら、タクミはいっそう暗さを増していく空を眺めていた。




―――




 ロランドの“予報”の通り、夜が更けるにつれて嵐はいっそう激しくなっていた。

 鎧戸を締めた窓も、時々ガタガタと音を立てている。

 ランプの灯りがほのかに照らす部屋の中では、ニャーチが静かに寝息を立てていた。


 タクミは水出しのテー(紅茶)が入ったコップを傾けると、机の上に並べてある一冊のノートを取り出した。

 この駅舎で仕事をするようになってからずっと記録している、日誌代わりのノートだ。

 日々の記録が淡々とつづられたノートをペラペラとめくり、新しいページを開く。

 そして、今日の一日を振り返りながら、金属製のペンで新しい記録を綴り始めた。


 その刹那、鎧戸を貫いて青白い光が激しく瞬く。直後、衝撃にも似たドドンという音が駅舎を揺らした。


「ふぎゃー! ふみゃー!! ふぎゃーー!!」


 ベッドを振り向くと、泣き叫ぶニャーチの姿。

 どうやら先ほどの衝撃で目が覚めてしまったようだ


「ごしゅじーん!! やーの!! 雷やーの!!」


「はいはい、大丈夫だから。ちゃんとここにいるから」


 タクミはベッドの上でニャーチの肩を抱き寄せ、ポンポンと頭を撫でる。

 ひっくひっくと、子供のようにしゃくりあげるニャーチ。

 何とか落ち着かせようとベッドに腰を掛けて宥めていると、部屋の扉がコンコンコンと鳴らされた。


「あ、あのー。ちょっとこっちにいてもいいですか……?」


 タクミが扉を開くと、そこにはルナの姿。

 どうやら先ほどの落雷の衝撃で、ルナも目が覚めてしまったようだ。


 枕をぎゅっと抱きしめ、不安げな表情を見せるルナ。


「もちろん、どうぞこちらへ。ニャーチも起きてしまいましたし、ちょっとみんなでゆっくりしましょう」


「あ、ありがとうございますっ」


「ルナちゃん、こ、こっちおいでなのなっ」


 しっかりしたところを見せなければと思ったのか、まだ少し歯をカチカチと鳴らしながらではあるものの、ニャーチがルナを呼び寄せる。

 その様子を見たルナは、にこっと微笑んでからニャーチの隣にぴょこんと座った。


 二人の様子に微笑みつつ、タクミは棚から新しいグラスを取り出す。

 そしてポットに入れておいた水出しのテーを注ぐと、そっと二人に渡した。


「はい、お二人ともどうぞ」


「あ、ありがとなのなっ」


「タクミさん、ごめんなさい。お部屋まで押し掛けちゃいまして……」


「いえいえ。さすがに先ほどのはちょっとびっくりしましたね。おそらくすぐそばに落雷があったのだと思いますが……」


「ゴロゴロさんでも嫌なのに、どかーんはイヤイヤなのにゃーっ! びっくりしたのにゃーっ!」


 再び体を震わせ、首を横に振るニャーチ。

 今度はルナがそっと肩を寄せる。


「ニャーチさん、大丈夫ですよっ。ここにはタクミさんもいますからっ」


「はっ! そうなのにゃっ! ごしゅじんがいれば平気なのなっ」


 そう言いながらニャーチがうにゃーんと喉を鳴らす。

 すると、そのお腹からキュルルルルと可愛い音が鳴り響いた。

 その何とも力が抜けるような音に、タクミは思わずプッと吹き出す。


「全く、少し落ち着いたかと思ったら……」


「し、仕方ないのなっ! せいりげんしょうなのにゃっ!」


 顔を真っ赤にして抗議するニャーチ。

 そのやりとりを微笑みながら見守っていたルナだったが、そのお腹の虫もくぅと可愛らしい声を上げた。

 ベッドの上で二人が顔を見合わせ、クスクスっと笑みをこぼす。

 

「お二方とも、良ければ何か作ってきましょうか?」


 タクミが問いかけると、二人は顔を見合わせてからぴょんとベッドを飛び下りた。


「ごしゅじんと一緒にいくのなーっ!」


「私も一緒に連れてってくださーい」


 すっかり落ち着きを見せる二人に、タクミもまた微笑みながら頷いた。




―――




「といっても、これを焼くだけなんですけどね」

 

 ランプが灯されたキッチンにやってくると、タクミは冷蔵箱の中から金属製の箱を取り出し、留め具をパチンと外した。


 中に入っていたのは何やら黄色く色づいた液体、そしてその中にブレッドのようなものが浸されている。


「えーっと、これは……?」


「これは玉子と牛乳、それに少し炒って香ばしさをつけた砂糖を溶かしたものです。この甘い液にマイスブレッドを漬け込んでおきました」


「くんかくんか、何か甘そうな匂いがするのな!」


「ええ。そうしたらこれをこっちへ運んで……」


 タクミはそう言いながら、容器をガスコンロの近くまで運ぶ。

 そして、長マッチを擦ってガスコンロに火をつけた。


 火力を少し細めに絞ると、コンロの上にフライパンを置き、バターを入れる。

 バターが程よく溶けたところに、先ほどの卵液を吸い込ませたマイスブレッドを入れると、ジュワーっという音とともに、たちまち香ばしい香りが一面に広がった。


「やっぱり甘いのなっ! じゅわーっがふわーっなのにゃ!」


「ほんと! とってもワクワクしちゃいますっ!」


 タクミの手元を興味深そうに覗き込んでいた二人から歓声が上がる。

 崩れないように様子を見ながら焼いていくと、表面の黄色が徐々に濃くなり焦げ目がついてくる。

 両面にしっかりと焼き色がついたところで二枚ずつ皿に取り、一枚には砂糖を、もう一枚には砂糖とシナモンの粉を合わせたものを振りかけた。

 最後に真っ赤なフレッサ(いちご)のスライスを添え、タクミがうんと一つ頷く。


「はい、これで完成です。あちらのテーブルに運んでもらえますか?」


「あ、じゃあ私が運びまーすっ!」


「そうしたら、ニャーチが飲み物を入れてくるのなっ。夜だから牛乳がいいのなっ!」


 タクミの言葉に、ルナもニャーチもテキパキと動き出す。

 セッティングを二人に任せ、タクミもまた片づけに手を動かすのであった。




―――




「それでは、いっただきまっすなのにゃーっ!」


 ニャーチが元気よく手を合わせると、ルナもまた胸の前で手を組み祈りを捧げる。

 そして二人仲良くぱくっと頬張ると、うっとりと表情を蕩けさせた。


「じゅわ~~なのな~っ。とろけるのなぁ~~」


「ホント、とってもおいしいです! 表面はカリッとしてるんですけど、中はふわふわしてて、マイスの香りもとっても香ばしくて、うん、私これ大好きですっ!」


「お口に合って何よりです。うん、おいしいですね。フレッサの甘酸っぱさもちょうどいい舌休めになりそうです」


 タクミも一口、また一口と食べ勧めながらうんうんと頷く。


「でもごしゅじん、なんでコレを用意してたのなっ?」


「そうそう、それが不思議だったんです。これって、もしかしてこうなることが分かって準備されてたですか?」


 ニャーチの言葉に続き、ルナも小首をかしげながらタクミを見つめる。

 するとタクミは、小さく首を横に振りながらこう答えた。


「いえいえ。別に分かっていたわけではありません。ただ、今晩は嵐になるかもとロランドやフィデル君に聞いていましたから、何かの時に心を落ち着けられるものがあった方が良いかなと一応用意はしていたのです。甘いものは心を癒してくれますしね」


「そのとおりなのな、甘々でうまうまだったのな!」


「まぁ、備えあれば憂いなしというものですね。それに、これなら何事もなければ明日の朝ごはんにすればいいかと思ってましたしね」


「そこまで考えてるなんて、タクミさんってホントにすごいです!!」


 ニャーチとともに、ルナも目を輝かせてタクミを見つめる。

 純真な目で見つめられたタクミは、ぽりぽりと頬を掻きながら席を立ちあがった。


「そういえば、随分と外が静かになりましたね。先ほどの雷で落ち着いたのでしょうか?」


 タクミは裏口の閂をはずし、カチャリと扉を開く。

 外の雨はいつしか上がり、雲の合間から星がきらめくのが見えた。

 すると、タクミの脇の間に潜り込んできたニャーチが、空を見上げながら口を開く。


「うにゃ? もうゴロンゴロンしないのなっ?」


「どうでしょう? でも、きっとこの分なら大丈夫そうですね」


「よかったのなーっ。もうゴロンゴロンいやなのなぁふぁぁぁぁぁぁ」


 すっかり安心したのか、それとも甘いものを食べて気持ちが落ち着いたのか大きな欠伸をするニャーチ。

 その様子にルナも微笑もうとするが、彼女にも欠伸が移っていった。

 タクミは時計の針をチラリとみると、二人に優しく微笑みかける。


「こんな時間ですし、朝までもう一眠りですね。ルナちゃんはどうされますか? 良かったら私たちの部屋で一緒に寝ますか?」


「うーん……いえ、大丈夫です。もうすっかり落ち着いたので自分の部屋で眠れそうです」


 一瞬考えてから応えたルナだったが、その表情は穏やかだった。

 タクミもまた、コクリと頷く。


「分かりました。では、また明日の朝に。ほら、ニャーチはちゃんとベッドに戻って寝るんですよ」


「わかったのなぁ……おねむするのにゃぁ……Zzzz」


 急激な眠気にうつらうつらしながら部屋へと戻るニャーチ。

 タクミの腕にしがみつきながら、幸せそうな笑みを浮かべていた。

 お読みいただきましてありがとうございました。

 今回も1パート仕上げとなりました。


 さて、既に活動報告ではご案内しておりますが本作『異世界駅舎の喫茶店』の

コミックス版1巻につきまして、めでたく『緊急重版』が決定いたしました。

 小説版最新刊もじわじわと売上を伸ばしているとのことです。

 この場をお借りいたしまして厚く御礼申し上げます。


 また、活動報告にて、コミックスに関する情報や新たな取り組みについても

お知らせしております。

 ぜひ一度↓リンクからご覧いただけましたら幸いです。


 それでは、引き続きご笑読頂けますようよろしくお願い申し上げます。

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