Special Blend ~ 駅長と“不思議なレシピ” (謎解きパート)
※前回からの続きです
翌日、ランチのピークが落ち着いた『ツバメ』のキッチンには、“駅長”のレシピとにらめっこするロランドとルナ、そしてニャーチの姿があった。
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タクミ殿へ
明日の昼食は、以下のレシピに書かれた料理を所望する。
ただし、このレシピ通りに作ってはならぬ。
私が望む料理を、タクミ殿の思うように作ってくだされ。
(1) ヘンヒブレを3個すりおろし、ボウルに入れる
(2) 2粒のアランダノの皮とタネを取り、果肉だけをボウルに入れる
(3) すりおろしたケッソをボウルに大さじ1入れて、良くかき混ぜる
(4) 2枚のトルティーヤを用意し、先ほどのボウルの中身を挟む
(5) 3本のサナオリアを包丁で千切りにして、フライパンで炒める
(6) 生クリームを1カップ新しいボウルに取り分け、しっかりと泡立てる。
(7) ボウルの中に小さじ2杯のナランハのしぼり汁を加え、様子を見る
(8) 大さじ2つのマイスの粉を加えて、しっかりと混ぜる
(9) (5)と(8)を(4)に載せたら、キビスを1個皮をむき、適当に刻んで散らす。
以上で出来上がりじゃ。分量や順番にはよくよく注意するのじゃよ。
それでは明日の昼を楽しみにしておるぞ。
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駅務室から戻ってきたタクミが、三人に声をかける。
「さて、あとは引き継ぎますので、三人は休憩に入ってくださいね。ところで、答えはわかりましたか?」
「うーん、一晩考えてみたんすけど、なかなか手ごわいっすね。今のところお手上げっす」
「ヒントになりそうなのは、『分量や順番にはよくよく注意するのじゃよ』って言葉ですよね。ということは、3個とか、大さじ2つとかに何か意味があるのかなぁって……」
「俺もそれは考えたんすよ。でも、ヘンヒブレ3個って言われてもいったいどんな意味が……」
「ふっふーん、ニャーチは答えがわかってるのな!」
二人のやり取りを聞いていたニャーチが、自信満々といった様子でにまーっと笑みを浮かべる。
それに驚いたのはルナだ。
「えっ!? ほんとですか!?」
「めいたんていニャーチにとけない謎はないのにゃっ! 食材の名前を分量の数だけかぞえればいいのなっ!」
「ん? どういうことっす?」
要領を得ないニャーチの説明に、首をかしげるロランド。
すると、ルナがポンと手をたたいた。
「そっか! 最初のだと【ヘンヒブレ3個】だから3つめの【ヒ】ってことですね!」
「あー、そういうことっすか! じゃあ、続きもそれで読んでいくと……」
「そうなのな! “駅長”さんが作ってほしいのは『ヒ・ラ・ケ・ル・オ・ナ・ラ・イ・キ』なのなっ! 作るのはロランドくんにまかせるのにゃっ!」
どうだと言わんばかりに胸を張るニャーチ。
しかし、ロランドやルナの反応は鈍い。
「……あのーっ、ニャーチさん。『ヒラケルオナライキ』ってどんな料理っすか?」
「私も聞いたことが……」
「にゅっ? ニャーチも知らないけど、料理をいっぱい知ってるロランドくんやルナちゃんならきっと知ってると思ったのなけど……」
「申し訳ないっす。たぶん、それは正解じゃないっす」
「私もそう思います。知らない料理です……」
「にゃ、にゃんだってー!?」
衝撃の事実を突きつけられ、ニャーチは顔に線を浮かべながらのけぞった。
その様子に、見守っていたタクミがくすっと笑みをこぼす。
「昨日の夜言ってたのはそれだったんですね。残念ですが『ヒラケルオナライキ』という料理はございませんので、“駅長”さんの求めるものではないです。でも考え方はだいぶ近づいてますよ」
「えっ? そうなんです?」
「ええ。あとは先ほどルナちゃんが話していたメッセージをもう一度しっかり見返すとよいかもしれませんね」
「『分量と順番を』ってやつっすね。でも分量はいいとして、順番……、もしかして順番を並べかえるってことなんすかね?」
「うーん、そうしたら分量が多い順番に並べてみますか?」
「でも、トルティーヤ2枚ってヘンヒブレ3個とどっちが多いかわかんないのなっ」
「そうっすよねぇ……。うーん、ニャーチさん、なんかひらめかないすか?」
「困ったのな。めいたんていでもたまにはとけない謎はあるのな。めいたんてい引退なのにゃ……」
猫耳をぺたんと倒したニャーチが、眉間にしわを寄せる。
ロランドもうーんとうなるばかりだ。
ルナもまた、じーっとレシピを食い入るように見つめる。
「順番、順番、順番……。うーん……、ん? あ? これってもしかして!?」
「うにゃっ!? ルナちゃんなんかひらめいたのなっ?」
「まだ答えかはわかんないですけど、順番ってもしかしてこれのことじゃないです?」
ルナはそういうと、レシピを指でなぞる。
「最初は【ヘンヒブレを3個】って言ってて、次は【2粒のアランダノ】、その次は【ケッソを大さじ1】って、分量と食材の名前が出てくる順番がバラバラなんです。ということは、この言葉の『順番』にも、もしかしたら意味があるのかなーって」
「なるほど!、そうすると……、を、これはいけそうっすね!」
「えーっと、えーっと……、あ! アレの名前になったのなっ! ルナちゃんすごいのなっ! お手柄なのにゃっ!」
「ぐ、偶然ですっ! それにニャーチさんの発想がなかったらここまでたどり着かなかったですし……」
ニャーチから持ち上げられたルナが、頬を染めてはにかむ。
「いやいや、ルナちゃんも十分すごいっすよ。俺なんて一つもわかんなかったっすから。さて、そうしたら料理はわかったんで早速作るっす。謎解きでは活躍できなかったっすけど、料理の方は任せてくださいっす!」
「はーいっ! 私もお手伝いしまーすっ」
「ニャーチは“駅長”さんを呼んでくるのなーっ!」
答えが見つかった嬉しさをあふれさせながら、三人がそれぞれに持ち場へと向かう。
その様子に、一人でキッチンをまわしながら静かに見守っていたタクミも目を細めて頷いた。
―――
「うむ、やはりこれは旨い。それに、ロランド君も随分腕を上げたようじゃな」
ほどなくしてやってきた“駅長”に出された賄いは、『ヒラソルオムライス』。
デミグラスソースの大地に大輪の玉子の花が咲いたような“注文通りの賄い”に舌鼓を打っていた。
“駅長”の隣では、スプーンを握りしめたニャーチがガツガツとオムライスを頬張っている。
ロランドとルナも、自分たちの分をテーブルに運び、席に着いた。
「ありがとうございますっす! いやー、でもあのレシピはすっごく難しかったっす」
「食材の名前と分量の数字だけじゃなくて、分量が『前に書いてあるか後ろに書いてあるか』まで考えないといけないなんて、全然思いつかなかったですっ」
「ははは、ちょっとひねりすぎましたかの。しかし、タクミ殿ならすぐに分かってもらえるのではないかと。どうじゃね?」
“駅長”はそういいながら、キッチンテーブルで作業をしていたタクミに視線を送る。 タクミは微笑みながらこっくりと頷いた。
「これくらいであればなんとか。ただ、数字にもうひとひねりがあったらさすがに難しかったかもしれませんね」
「なるほど。ただ、やみくもに難しくしすぎても楽しくはないであろうしのう。まぁ、この辺りはもう少し調整が必要じゃな」
「ところで、なんで“駅長”さんはこんなの作ってたのな? ヒラソルオムライスが食べたかったらごしゅじんに言えば作ってもらえるのな!」
「そうそう、それは俺も気になってたんすよ」
「私もですっ。なんか理由があるんですか?」
ニャーチの言葉を合図に、謎解き組の三人が“駅長”に視線を集める。
「まぁ、ちょっとした遊びじゃよ。そうじゃな、タクミ殿」
“駅長”から再び水を向けられると、タクミもまたゆっくりと頷いた。
なお、後日、同じレシピを使った匿名作家の短編小説作品が『コンテスト入賞作』として新聞紙上をにぎわせることになるのだが、それはまた別のお話である。
お読みいただきましてありがとうございました。
小説版単行本の2巻と、ミックス版1巻の発売を記念して、スペシャルバージョンのエピソード、今回はちょっとした『謎解き』風のお話でした。
お楽しみいただけましたでしょうか?
ヒラソルオムライスは、ソフィアとリベルトの思い出の料理ですね。
なろう版では「20 ランチのお誘いと大輪の花(1/2)」に掲載しております。
小説版単行本の最新刊『異世界駅舎の喫茶店 小さな魔女と記憶のタルト』でも
pon-marshさんの素敵なカラーイラストで描いて頂けました。
ぜひお手に取ってご覧いただければ幸いです。
それでは、引き続きご笑読いただけますようよろしくお願い申し上げます。