Special Blend ~ 駅長と“不思議なレシピ”
当駅のご利用、誠にありがとう。当駅はローゼス=ハーパー線の終着駅。日に三本の列車が発着しておる。列車に乗るのであればそこの駅務室に声をかけ、切符をお買い求めてくだされ。
―― そうそう、この駅舎には喫茶店『ツバメ』と売店『メアウカ』があるのじゃ。もしお急ぎでなければどうぞそちらもお寄りくだされ。
※小説版単行本2巻&コミックス版1巻の発刊記念特別編です。
「ごっしゅじーん! うにゃ? ごしゅじんいないのな?」
一日の営業を終えた喫茶店『ツバメ』のキッチンにニャーチの声が響き渡る。
その声に反応したのは後片付け中のルナであった。
「あ、タクミさんならサルバトールさんに頼みごとが出来たって、つい先ほど出かけましたっ。すぐ戻るとは仰ってましたけど……」
「そうなのなぁ。うーん、そしたらこれどうしようかにゃぁ……」
耳をペタンと倒したニャーチが、手元の紙に視線を落とす。
すると、ロランドも後片付けの手を止めて声をかけてきた。
「ん? よかったら見せてもらっていいですか?」
「たぶん大丈夫なのな。明日のお昼のまかないはコレにしてほしいって“駅長”さんから預かったのなっ」
ロランドが受け取った紙に書かれていたのは、何やらレシピらしきもの。
しばらく視線を走らせていたロランドだが、やがて首をひねり始めた。
その様子に気づいたルナが、つられて小首をかしげる。
「あれ? どうかしたんですか?」
「んー。いや、このレシピ、ちょっと……いや、だいぶおかしくないかなって?」
「え? どういうことです? あ、私も見ても大丈夫ですかっ?」
ニャーチがこくこくと頷くのを確認してから、ルナもまた紙を覗き込む。
するとロランドは、見やすいようにその紙をテーブルに拡げた。
拡げた紙には、こう書かれていた。
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タクミ殿へ
明日の昼食は、以下のレシピに書かれた料理を所望する。
ただし、このレシピ通りに作ってはならぬ。
私が望む料理を、タクミ殿の思うように作ってくだされ。
(1) ヘンヒブレを3個すりおろし、ボウルに入れる
(2) 2粒のアランダノの皮とタネを取り、果肉だけをボウルに入れる
(3) すりおろしたケッソをボウルに大さじ1入れて、良くかき混ぜる
(4) 2枚のトルティーヤを用意し、先ほどのボウルの中身を挟む
(5) 3本のサナオリアを包丁で千切りにして、フライパンで炒める
(6) 生クリームを1カップ新しいボウルに取り分け、しっかりと泡立てる。
(7) ボウルの中に小さじ2杯のナランハのしぼり汁を加え、様子を見る
(8) 大さじ2つのマイスの粉を加えて、しっかりと混ぜる
(9) (5)と(8)を(4)に載せたら、キビスを1個皮をむき、適当に刻んで散らす。
以上で出来上がりじゃ。分量や順番にはよくよく注意するのじゃよ。
それでは明日の昼を楽しみにしておるぞ。
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「うーん、これ、どう考えてもデタラメなレシピですよね? この通りに作ってもおいしい料理にならないと思うんですけど……」
眉間にしわを寄せるルナの言葉に、ロランドがこくりと頷く。
「そもそも『レシピに書かれた料理を所望』って言ってるのに『このレシピ通りに作ってはならぬ』って……いったいどういうことっすか?」
「うにゅー……、おしりがめるめるなのな……」
「それって、もしかして支離滅裂ってことです……?」
「そうなのな、そうともいうのな! ルナちゃん良く分かったのな!」
ニャーチはそう言いながら、笑顔でルナの頭を撫でる。
戸惑いながらもはにかむルナ。
そんな二人の様子にロランドが目を細めるものの、やはりレシピのことが気になるようだ。
「しっかし、これ、さっぱり分かんないっすね……。ニャーチさん、“駅長”さんは他には何にも言ってなかったっすか?」
「うーん、『分量や順番によくよく注意してくだされ』って言ってただけなのにゃ……」
「それって、このレシピの最後にも書いてあることですよね……。でも、分量や順番と言われてもそもそも中身がデタラメみたいですし……」
「これ、本当に師匠に渡して分かってもらえるんですかね……?」
「ん? 私がどうしましたか?」
「わっ!? し、師匠!!」
背後からの声に、耳をピンと立てて驚くロランド。
どうやらちょうどタクミが帰ってきていたようだ。
「ごっしゅじーん! おかえりなのなーっ! あのねあのねっ、“駅長”さんが明日のお昼にこれを作ってって!」
そう言いながら先ほどのレシピを渡すニャーチ。
するとその横から、ルナが心配そうに声をかけてきた。
「でも、そのレシピ、何か変なんです。レシピなのにその通りに作っちゃダメって書いてありますし、中身もおかしな所ばかりですし……」
ルナの言葉に頷きながら、タクミもレシピに視線を落とす。
しばらく顎に手を当てて考えていたタクミだったが、何か得心がいったのか、微笑みながら大きく頷いた。
「なるほど、“アレ”を作ってほしいってことですね。しかし、“駅長”さんもイタズラがお好きですねぇ」
「えっ!? 何を作ってほしいか、分かったんすか!?」
驚きの声を上げるロランド。その横では、ニャーチもルナも目を大きく開いている。
そんな三人の様子にくすっと微笑みながら、タクミが口を開いた。
「ええ、ちょっとした頭の体操みたいなものですね。これは“レシピ”ではなく、ある“料理名”が隠されていたんですよ」
「えーっ!? そうなんですかっ? それってどこに……?」
「えっと、それはですね……」
「ちょっと待ったなのにゃーっ!!」
タクミが解説しようとした矢先、ニャーチが大慌てで割り込んできた。
その声に、三人がニャーチの方を一斉に振り向く。
すると、ぷーっと頬を膨らませたニャーチがタクミに詰め寄った。
「ごしゅじんだけ楽しいのはずるいのなっ! 料理の名前が隠れてるのなよね? 私もみつけたいのにゃっ! ロランドくんもルナちゃんもそう思うのなよね?」
「あー、その気持ちはちょっと分かるっすね。こういう謎かけみたいなの、意外と好きなんっすよねー」
「私もですっ。せっかくなら自力で見つけたいですっ!」
目を輝かせる三人を見て、タクミが目を細める。
「分かりました。それでは答え合わせは明日のお昼に実際に作ってみるということで。それまで、がんばって考えてみてください。そうしたら、書き写して持って帰りますか?」
「もちろんっす! よーし、絶対に解くぞー!」
「私も後で写させてくださーいっ」
「ニャーチはごしゅじんのをみせてもらうのなー」
盛り上がる三人の様子に、何度もうんうんと頷くタクミであった。
お読みいただきましてありがとうございました。
小説版単行本の2巻と、コミックス版1巻の発売を記念して、スペシャルバージョンのエピソード、今回はちょっとした『謎解き』風のお話です。
先ほどのレシピには『ある料理名』が隠されています。
ヒントは『これまでに異世界駅舎の喫茶店で出てきたことのある料理』!
ぜひ“駅長”からの謎を解いて、料理名を突き止めてみてください。
なお『フリガナ』は謎解きとは無関係ですので、ご了承ください。
解答編を次回の定例更新にて投稿予定ですので、もし答えが分かったという方も、それまでは解答披露やネタバレを控えて頂けますと助かります。
それでは、引き続きご笑読いただけますようよろしくお願い申し上げます。