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57 仕事熱心な保安官と刺激あふれるスープ

 本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。

 この列車は当駅が終点となります。到着いたしました列車は車庫に入りますので、お手荷物などお忘れ物がございませんよう、ご注意をお願いいたします。

―― なお、お客様の安全のため、ホーム上は走り回ったりしないようお願いいたします。



「皆様長らくのご乗車お疲れ様でしたー。どうぞ順番に改札口へとお回りくださーい」


 本日最後の列車が入線してきたハーパータウン駅のプラットホームでは、テオがいつものように声を上げていた。

 上司(タクミ)の教え通り、降りてくる乗客たちをつぶさに観察する。


 どうやら今日は、子供連れの乗客が多いようだ。

 列車を引っ張る蒸気機関車の周りにはいつしか子供たち集まってきていた。

 

 するとそのとき、蒸気機関車の方からわっと声が上がる。

 その声にテオが視線を向けると、二人の子供が輪の中から飛び出した。


 何かいたずらでもしたのであろうか、楽しげに逃げる少年を少女が真っ赤な顔で追いかける。

 もちろん、これを黙って見過ごすわけにはいかない。テオは大声で注意を飛ばした。


「こらーっ! 危ないからホームでは走っちゃだめだよー!」


 その声が届いたのか、少女が足をゆるめペコンと頭を下げる。

 一方の少年は、これ幸いとばかりにホームの後端目がけていっそう足を速めた。

 しかし、後ろに気を取られてしまっていたせいか、ちょうど三等車から降りてきた乗客にドンとぶつかってしまう。


 よろけて転びそうになる少年。

 しかし、少年が倒れる前にその背中がむんずと掴まれた。


「残念だったな、駅内での迷惑行為で逮捕だ」


「えっ!?」


 思わぬ言葉をかけられ、少年が目を白黒させながら振り返る。

 そこには、狼耳を生やした、いかにも怖そうな大人が歯をギラつかせていた。


 その圧倒的な迫力に、少年がガタガタとふるえだす。

 しかし次の瞬間、狼耳の男はハッハッハと高笑いを始めた。


「冗談だよ。だがな、今みたいにぶつかって、もし怪我をさせちまったら本当に捕まることだってあるんだぞ? 元気なのは良いが、ちゃんと駅員のあんちゃんの言うことも聞かなきゃ駄目だぜ?」


「は、はいっ! ごめんなさーいっ!」


 涙目になりながら謝罪する少年の頭を、狼耳の男がポンポンと撫でる。

 その一部始終をポカンとしながら見ていたテオだったが、自分の仕事を思い出し、首をぶるぶると振ってから声をかける。


「お客様、申し訳ございませんでした。お怪我は大丈夫でしたか?」


「なぁに、これくらい平気さ。こっちこそ出しゃばってすまなかったな。ところで“駅長代理”は?」


「あ、“駅長代理”なら今は『ツバメ』にいるはずですが……、お客様、何かご用件でしたでしょうか?」


 訝しんだように首をかしげるテオ。

 すると、狼耳の男がポンと手をたたいた。


「おっと失礼。お前さんは初対面だったな。俺はこういうもんだ」


 男がそう言いながら懐から革製のケースを取り出す。

 立派な徽章は、その男が鉄道保安官であることを示していた。




―――




「ちーっす。邪魔するぜー」


「いらっしゃいませなのなーっ! あ、ロドリゴさん久しぶりなのにゃー!」


 『ツバメ』へとやってきた保安官ロドリゴを出迎えたのは、ニャーチであった。

 猫耳をピョコピョコさせながら駆け寄ると、ペコリとお辞儀をする。


「ニャーチちゃんも相変わらずのようで何より。“駅長代理”は奥かい?」

 

「ごしゅじんなら今はキッチンにいるのな! 呼んできた方がいいのな?」


「ああ、手が空いたタイミングでいいんで、ちょっと顔を出してほしいと伝えてくれ。とりあえず、シナモン・コーヒーをもらえるかい?」


「かしこまりなのなっ! それではこちらのお席へどうぞなのにゃー!」


 ニャーチの案内で席に着いたロドリゴは、手元に持ってきていた新聞を広げながらくるりと周りを見渡す。

 新聞をぼんやり眺めながら周囲に意識を張ると、客たちの楽しげな会話が耳に入ってきた。

 以前に訪れた時よりは随分と賑わっている『ツバメ』だが、その温かな空気感は変わらない。

 この分であれば、今日もまた無事平穏に仕事を終えることができるだろう。

 ロドリゴはふーっと息をつぐと、うーんと背を伸ばした。


 しばらくすると、タクミがロドリゴの下へとやってくる。

 カップをロドリゴの前に運びながら、声をかけた。


「お待たせしました。ロドリゴさんお久しぶりです。以前よりぐっと若返りましたね」


「いやいや、あの時は犯人を捕まえるために変装してただけだから。それにしても随分と活躍してるみたいじゃねえか」


「いやはや、お恥ずかしいばかりで。おかげさまでいろんなご縁を頂いております」


「商売繁盛は結構なこと。とはいえ、俺の場合は商売繁盛じゃあマズイんだけどな」


「そうですね。それでもいつもしっかり目配せしているからこそ、列車での旅を楽しんでもらえています。ありがとうございます」


「よせやい、照れるぜ」


 顔を隠すようにしてカップを傾けるロドリゴ。

 ずずっと啜ると、シナモンの甘い香りがふわっと鼻をくすぐり、思わず息が漏れる。


「ふー、相変わらずココのコーヒーは美味いなぁ……」


「ありがとうございます。ところで、何かお話があると聞いておりますが……?」


「っとそうだそうだ。いや、実はな、小荷物扱いの記録を確認させてもらいてえんだよ」

「小荷物の記録、ですか? ええ、それは構いませんが……」


 ロドリゴの申し出に頷きつつも、タクミは少し戸惑った様子を見せる。

 その表情に、ロドリゴもまた渋い表情でもう一度頭を下げた。


「詳しいことは言えねえんだが、ちょっととある事件の捜査で必要でな。写しを取らせてほしいのよ」


「なるほど、“仕事”ということですね。わかりました。ただ、最近は小荷物の利用者も増えているので結構な量となりますが……」


「ああ、構わない。これも大事な仕事だしな」


「分かりました。そうしたら作業場所をご用意した方が?」


「いや、今からだと大分遅くなりそうだから借りていってもいいか?」


「ええ、もちろん。必要ならテオにも運ぶのを手伝わせますね」


「テオってさっきの若い兄ちゃんか、それは助かるな。うっし、じゃあ早速頼むとするか」


 ロドリゴはそう言いながらカップに残っていた珈琲を一口で飲み干す。

 喉を通った珈琲からは、まだじんわりとした温かさが感じられた。




―――




 翌日、ロドリゴが『ツバメ』へと顔を出したのはランチのピークが過ぎたころであった。

 ホール全体を見渡しやすい隅の席へと腰を落ち着けると、挨拶にやってきたタクミに資料の入った袋を返す。


「お疲れさーん。おかげでずいぶん調べがついた。いや、助かった」


「それは何よりでした。しかし、随分お疲れの様子ですね」


 水が入ったグラスを渡しながら声をかけるタクミ。

 その言葉にロドリゴが苦笑いで応える。


「さすがにちょっと根を詰め過ぎたかな。いやー、もう若くないって実感したよ」


「なかなか年齢には勝てませんよね。ところで、お食事はもうお済ですか?」


「いや、一応腹は減ってるんだが、疲れのせいかあんまり食欲が無くてなー。」


「うーん、それはよろしくありませんね……。そうすると、今日のAランチがお勧めかもしれませんね。具だくさんなスープがメインですので食べやすいかと。お時間は大丈夫ですか?」


「ああ、この後は集めた資料を持ち帰るだけだし、時間ならたっぷりあるぜ」


「かしこまりました。それでは少々お待ち下さいませ」


 ロドリゴが見送る中、急ぎ足でキッチンへと戻るタクミ。

 そしてキッチンの中の弟子に向けて、注文内容を伝えた


「オーダー、Aランチお1つです」

 

「了解っすー!」


 ロランドから気持ちの良い言葉が返ってくる。

 今日のAランチは、簡単に準備が出来るメニューだ。

 

 タクミの言葉を合図に、ロランドがオーブンストーブの天板の上にハンバーグを並べ始める。

 このハンバーグはタクミ特製の『豆腐入りハンバーグ』。鶏の挽き肉と豆腐を合わせた女性にも人気の一品だ。

 予め下焼きしてあるので、ここでは軽く焼き目がつく程度に温めるだけで良い。

 

 ハンバーグを焼いている間に、炊いたアロース(ご飯)を平皿に盛り、その横にトーストしたマイスブレッドも二切れほど並べる。

 そして深めの器には、華やかでスパイシーな香りを放つ茶色のスープが注がれた。

 ロランドはその中に、大ぶりに切ったサナオリア(にんじん)ピミエント(ピーマン)、豚と鶏をそれぞれ柔らかく炊いたものを順に入れていく。

 最後に焼き目がついたハンバーグを乗せれば、Aランチはあっという間に仕上がりだ。

「Aランチ、一丁上がりっす!」


「はい、ありがとうございます。では、コチラは私が運んでいきますね」


 銀色のトレイの上に二枚の皿を並べたタクミは、最後に野菜サラダが入った小さなガラスの器もその横に添える。

 そしてロランドにキッチンを任せると、再びホールへと向かっていった。




―――――




「お待たせしました。本日のAランチ、特製スープカレーです。アロースやマイスブレッドはこちらのスープに浸してお召し上がりください」


「ほっほー、これはなかなか旨そうだ……」


 テーブルに並べられたAランチを前に、鼻をひくつかせていたロドリゴが思わずじゅるりと舌舐めずりをする。

 先ほどまでは本当に食欲を感じていなかったが、スープカレーの香りに刺激されたのか、急に胃が動きだした


 胸の前で手を組んで食前の祈りをささげると、メインと思しきスープをそっと掬った。

(おーっ、コイツはなかなかパンチが効いてやがる!)


 香り高いスープを口にすると、しっかりとした辛みが口の中に広がり、燃えるような熱さに包まれる。

 目が覚めるような、実に刺激的な味わいだ。


 その刺激に誘われるようにもう一口スープを飲むと、今度は辛みの中から旨味の波が押し寄せてくる

 それでいながらさらりとしており、重さは感じられない。

 そのおかげか、まるでスポンジで吸収するかのごとく、スープの美味しさが身体に沁み渡っていった。


(そういえば、アロースやブレッドも浸してって言ってたよな……)


 タクミの言葉を思い出したロドリゴが、アロースをスプーンですくってスープに浸す。 そしてそれを口に運ぶと、再び驚かされることとなった。


(うぉっ! アロース甘ぇ! それに美味しさが格段に違う!)


 アロースの甘さがくっきりと際立ち、激しい辛さをまろやかにする。

 そうすると、今度はスープの旨味がいっそうくっきり味わえるようになってきた。

 肉の旨味と野菜の甘味が折り重なった複雑な味わいが心を弾ませる。

 つい先ほどまで沈んでいた食欲中枢も、今や全開フル稼働状態だ。


(よーし! これなら……!)


 食欲に火がついたロドリゴは、猛然と料理を平らげていく。

 具材として入った大ぶりの鶏肉はスプーンだけで細かく出来るほど柔らかい。

 もう一つの豚肉もまた繊維がホロホロと崩れるほどだ。


 そして、ハンバーグがまた素晴らしい。

 脂が少なくさっぱりとした味わいのハンバーグがスープを吸い込むことで、極上の味わいを生み出している。

 サナオリアの甘味は舌休めとなっているし、ピミエントはシャキシャキした食感とほんのりとした苦みがちょうど良いアクセントだ。

 

 最後はマイスブレッドで皿をぬぐって口の中に放り込む。

 そしてスープカレーを心行くまで堪能したロドリゴは、ふーっと大きく息をついた。


「いかがでしょうか? 少しは疲れが抜けましたでしょうか?」


 食後の珈琲を運んできたタクミが、ロドリゴに声をかける。

 その言葉に、ロドリゴは親指を上げて応えた。


「おかげさまで、見事この通りさ。しかし、今まではハンバーガーが一番だと思っていたが、今日のコイツで順位が悩ましいことになったぞ」


「お気に召して頂いて何よりです。また機会があればぜひ」


「ああ。ぜひそうさせてもらうさ。コイツを食って、まだまだ若いヤツラに負けずに頑張らないとな」


 ロドリゴはパンと一つ頬を叩くと、すっと席を立ちあがる。

 その様子に目を細めながら、ゆっくりと頭を下げるタクミであった。


 お読みいただきましてありがとうございました。

 今回は原点回帰ということで、1パート仕上げとしました。


 今回のお話は、このGW中に開催しておりました『スープカレーカムイ』様との

 コラボメニューを題材とさせていただきました。

 『スープカレーカムイ』様、貴重なコラボの機会を頂き、本当にありがとうございました。


 さて、『異世界駅舎の喫茶店』書籍版続刊とコミック版の発刊まであと2週間余り。

 書影も間もなくご紹介できることと存じます。

 追加情報は活動報告にてご報告いたしますので楽しみにお待ちくださいませ!


 それでは、引き続きご笑読頂けますようよろしくお願い申し上げます。


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