Coffee Break ~ テオの休日
※後書きに大切なお知らせがございます。
本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。ローゼスシティ行き始発列車は、明日9時の出発予定です。改札は、出発の10分前を予定しておりますの。ご乗車のお客様は、改札口横にあります待合スペースにてお待ちください。
―― なお、鉄道をご利用で無い方も、喫茶店『ツバメ』及び売店『メアウカ』はご利用頂けます。どうぞお気軽にお立ち寄りください。
「ふわぁぁぁぁ。うーん……」
ハーパータウンにあるとあるタウンハウスの一室。
カーテンから零れる日差しがベッドでまどろむ青年を照らしていた。
青年の名はテオ。今や街の玄関口となったハーパータウン駅の駅員である。
テオが夢とうつつの間を行き来していると、窓の外からカランカラーンと、やや甲高く、そして荘厳さを感じさせる音が響いてきた。朝を告げる教会の鐘だ。
「やべっ!? また遅刻する!?」
その鐘の音に、テオは反射的に起きあがる。
鐘の音が鳴る頃には支度を済ませ、家を出なければならない。
上司の顔を思い浮かべながら、慌てて身支度を始めるテオ。
すると、ようやく意識がはっきりしてきたのか、今日の『予定』を思い出した。
「あー、そういえば今日は休みだったっけ……」
慌てる必要がないとわかったテオが、どかっとベッドに腰を下ろす。
“駅長代理”がしばらく出張していたこともあり、まとまった休みは久しぶりだ。
遅刻しないようにと貸し出されていた“目覚まし時計” ―― 機械工ギルドに依頼して作った特別製らしい ―― のベルを止めていたのも、せっかくの休日をゆっくり眠ろうと思っていたからである。
「あーあ、なんか目が覚めちまったなぁ……」
首をコキコキとひねり、腕をそらして背伸びをする。
二度寝しようかとも思ったが、どうやらしっかり熟睡できていたようで、なんだか妙にすっきりとしている。
そうすると、これからどうしようか……、そう考え始めるや否や、腹の中の相棒がくぅと声を上げた。
「……ま、とりあえずはメシだな」
テオはベッドから立ち上がると、羽織っていたパジャマをばっと脱ぎ捨てた。
―――――
「おおー、朝からにぎわってるなー」
腹を空かせたテオがやってきたのは、セントラルストリートの一角にあるメルカド。
ハーパータウンの台所として名高いこのメルカドは、活気あふれる声が飛び交っていた。
野菜や果物、肉に魚、塩や胡椒に香辛料、はたまた石鹸や鍋、ザル、包丁に至るまで生活に必要なありとあらゆるものを販売する店が軒を連ねる中、テオは“お目当て”を目指して通路を進んでいく。
そして、メルカドの中心から少しはずれたところにある一軒の露店の前に着くと、忙しく働いていた小柄な女性に声をかけた。
「うぃーっす、クララちゃん久しぶりー」
「あら、お久しぶりです! お席空いていますので、こちらへどうぞ。ご注文はいつものでよかったですかっ?」
「そだね。あと、今日はナランハのジュースも一緒にもらえる?」
「はーいっ! では、少々お待ちくださいませ」
フェレットの亜人の証である小さく丸い白耳をぴょこぴょこと動かしながら、クララは屈託のない笑顔を見せる。
その愛くるしい姿に頬を緩めながら、テオは案内された席へと腰を落ちつけた。
メルカドには多くの人々が行き交い、活気と喧騒に満ち溢れている。
ここにいるだけで元気が貰えそうだ。
そんなことを思いながらぼんやりと辺りを眺めていると、クララが皿を運んできた。
「お待たせですーっ。いつものタコスと、ナランハジュースのセットです」
「ありがとー。今日もまた一段とおいしそうだねぇ」
さりげなくウィンクしてアピールしてみたものの、クララは全く気付いてなかったようだ
テオは苦笑いを浮かべながらポリポリと頭をかく。
“いつものタコス”は、休日の定番となっている朝食だ。
黄色のトルティーヤ生地の上に、レチューガの緑とセボーリャの白、そして角切りトマトの赤色が踊っている。
そして中央にはこんがりと焼かれた牛肉がたっぷりと載っている。
このボリューム満点のタコスをパタンと折りたたむと、テオは早速口いっぱいに頬張った。
「んー! 今日も旨いねぇ!」
小さなころから慣れ親しんだ、素朴で懐かしい味に舌鼓を打つテオ。
タクミが作る『ツバメ』の料理ももちろん新しくておいしいのだが、このタコスのようなシンプルな味わいもまた、テオにとっては嬉しさを感じさせるのだ。
塩と胡椒で濃いめに味付けられた牛肉は食べごたえ抜群。
噛みしめるたびに肉汁が溢れてくる。
レチューガやセボーリャの歯触りもシャキシャキと楽しい。
そして、ピリッと辛いサルサソースもまた、食欲を否応なく掻きたてた。
大ぶりのタコスを一口、また一口と食べ進めるテオ。
すると、ふとあることに気がついた。
「ねぇ、クララちゃん。今日のお肉何かすっごく柔らかい気がするんだけど……?」
「あ、気が付きました!? 実はこの間教わったことをやってみたんですっ」
「えーっと、俺、なんか言ったっけ?」
その言葉に、クララがぷくーっと頬をふくらませる。
「えーっ、忘れちゃったんですかー? ほらー、夜、偶然バールでお会いした時のー……」
「あー! あれかぁ、あの時の話ねー。アレ、やってみたんだ! へーっ」
ようやく何のことか思い出したテオが、照れを隠すようにタコスをまた一口パクリとかぶりついた。
それは三週間ほど前の事。休日を前に夜のセントラルストリートへと繰り出していたテオは、一軒のバールで友人たちと一緒に店を訪れていたクララと偶然遭遇していた。
一人で呑むのもアレだとばかりに声をかけ、楽しいひとときを過ごしたテオ。
その際、話題が料理の話となった時に、とっておきの『肉を柔らかくする方法』を自慢げにお披露目していたのだ。
「セボーリャとかチャンピニョンとかも試してみたんですけど、このタコスに使う場合にはピーニャでさっと漬込むのがちょっと甘い風味もついて、一番いいみたいでした。おかげさまで、今では大評判なんですよっ」
「へー、そりゃいいね。ちょっとはお役にたてたかなっ?」
「もちろんですっ!」
まぶしいばかりの笑顔を見せるクララ。
そのあまりのかわいらしさに、テオは頬を染めながらナランハジュースが入ったグラスを口元へと運ぶ。
これはいい感じにお近づきになれたかな……。良さげな雰囲気に浸っていると、クララがまた言葉を続けた。
「“タクミさん”って、本当にすごい料理人さんなんですね」
「……えっ? タクミ……さん?」
なぜか飛び出てきた上司の名前。
その言葉に先ほどまでの浮かれ気分が一気に現実に引き戻される。
「ほら、テオさんが言ってたじゃないですかー。自分の上司は、仕事も料理もできるすっごい人だって。お肉を柔らかくする方法も、その、上司さんから教わったって自慢してましたよ」
「そ、そういえばそうだったね……」
格好つけて知識を披露していたつもりが、どうやら酒の勢いもあって余分なことまで話してしまっていたようだ。
テオは笑顔を張りつかせたまま、冷や汗を垂らす。
一方クララは、話しの流れで一つ思い出したことがあったようだ。
「そうそう、上司さんは『ツバメ』のマスターもやってるんですよね。この間、新聞で大きな記事になっててびっくりしました!」
「あー。あれは俺もびっくりしたよ。おかげで『ツバメ』にもたくさんのお客さんが集まっちゃってね。ちょっと落ち着いたとはいえ、まだまだ大行列なんだよねー」
「やっぱそうなんだー。じゃあ、『ツバメ』に行けるのは当分先かなぁ……」
「え? 『ツバメ』に行きたいの?」
「もちろん! だって、いま女の子たちの間で注目ナンバーワンのお店ですし、そうじゃなくてもこの間の話ですっごい興味があったんですっ」
両手を前に組みながら、くりくりとした大きな瞳で見つめるクララ。
思わぬところで回ってきた運気に、テオはここぞとばかりの勇気を振り絞った。
「だったら一緒に行こうよ! ランチのピークはさすがにまだいっぱいだけど、その後ならだいぶ落ち着いてるからさ。今日はこのあとどんな予定?」
「えっと、お仕事はお昼前には終わるから……、うんっ、今日なら大丈夫ですよっ!」
「やった! じゃあ、一緒にいこうよ! どこで待ち合わせよう?」
「うーん、そうしたら、11時ぐらいに、メルカドの入口で待ち合わせにしてもいいです?」
「もちろんっ。 じゃあ、どこかで軽く小腹満たしてから、ちょっと遅めのランチって感じにしよっか」
「はいっ! 実は、すっごーく行きたかったんです! ありがとうございますっ!」
丸い白耳をぴょこぴょこ動かしながら、クララがぺこっと頭を下げる。
思わぬ形でお近づきの機会を得て、心の内側で拳を掲げるテオであった。
なお、『ツバメ』にて女の子たちに囲まれるテオの姿が目撃されるのは、それから数時間後の事である。
お読みいただきましてありがとうございました。
久しぶりのコーヒーブレイク回。 今回はテオくんにフォーカスしてみました。
デートに誘うのは失敗したけど、女の子たちに囲まれるとか普通にうらやましくね?なんて思っていたりしません。 さて、テオはどんな目に合わせようかな……(こら
ところで、本日は重要なお知らせが『2つ』ございます。
まず一つ目。ComicWalker・ニコニコ静画の『異世界コミック』コーナーにて連載中のコミカライズ版『異世界駅舎の喫茶店』につきまして、コミックス1巻の発売が決まりました!
そして二つ目。小説版『異世界駅舎の喫茶店』も、めでたく続巻を刊行させていただくことになりました!
皆様のご声援のおかげで、嬉しいお知らせをお届けすることができました!
本当にありがとうございます。
詳細につきましては「活動報告」にてお知らせしておりますので、ぜひご覧いただければと存じます。