55 再びの日常とねぎらいの夕食会(3/3パート)
※前パートからの続きです
一日中大変な賑わいとなった『ツバメ』だったが、キッチンにはタクミが、そしてホールにはニャーチが戦力として加わることで、忙しいながらもスムーズに営業を回すことができた。
パニックを起こしかけたルナも二人の姿に落ち着きを取り戻している。ひとまずは大丈夫そうだ。
そして夕刻、日中の喧騒が落ち着いた『ツバメ』のキッチンにはタクミとニャーチの姿。
一日中奮闘を続けていたメンバーたちをホールで休ませ、二人は今日の夕食作りに取り掛かっていた。
薄焼き卵を次々と焼き上げているタクミの横で、ニャーチが踊りながら火加減をじっと見つめている。
すると、キッチンの入口から透き通った声が響いた。
「タクミさーん、何かお手伝いさせてくださいっ!」
「おや、ルナちゃんは休んでていいんですよ?」
「私なら大丈夫ですっ! それよりもいっぱいお手伝いしたい気分なんですっ」
満面の笑みを浮かべながら声を弾ませるルナ。タクミたちが戻ってきたのが相当嬉しかったようだ。
珍しく子供らしく甘えてくるルナに、タクミもまた目を細める。
「そうしたら、少しだけお手伝いをしてもらいましょうか。ニャーチ、あっちのテーブルでルナちゃんと一緒にアレの筋取りをやってもらっていい?」
「あいあいさーなのなっ! じゃあ、ルナちゃんもおてて洗ってこっちおいでなのにゃー」
「はーいっ!」
ルナは元気よく返事をすると、水場でさっと手を洗いニャーチの下へ駆け寄る。
キッチン脇の小テーブルに向かい合って座る二人。
テーブルの上には新聞紙が敷かれ、真ん中には緑色の鞘に包まれた豆が運ばれていた
「これって、もしかしてギサンテです?」
「そうなのなっ! ごしゅじんがあっちで見つけてきたのなっ!」
ハーパータウンへと帰るにあたり、タクミたちは様々な食材を『お土産』として買い付けていた。
この緑色のギサンテもそのうちの一つ。
ローゼスシティは鞘ごと焼いたり炒めたりして食べられているそれは、『スナップエンドウ』そのものであった。
「これをこうしてピーってするのにゃー!」
ニャーチは鞘の端を少しだけ折ると、ヘタに向けてツーッと筋をとっていく。
そして同じようにヘタをとると、今度は反対側の筋もきれいに取り除いた。
「へーっ! 面白いですっ! 私もやってみますっ!」
ニャーチの手元を真似ながら、ルナも筋取りを始める。
最初のとっかかりさえ上手くいけば、あとはめくれるように簡単にとれた。
その手ごたえが何とも面白く、いつしかルナは夢中になって作業を進めていた。
手間のかかる筋取りも、二人がかりでやればあっという間に終わる。
ニャーチが最後の一つの筋を取ると、いつの間にかキッチンテーブルに移動していたタクミに声をかけた。
「ごっしゅじーんっ! 筋取り終ったのな―っ」
「おー、ありがとー。そしたら、さっと水洗いしてもらっていい?」
「あ、そうしたら私やりますーっ!」
ニャーチが立ち上がるよりも早く、ギサンテの入った籠を手にするルナ。
そのまま水場へと向かい、ざっと洗ってからタクミの下へとかけよった。
「これでいいですかっ?」
「ええ。ありがとうございます。そうしたら、そろそろアロースが炊き上がりますし、もう一つだけお手伝いしてもらいましょうか。ニャーチ、なんか仰ぐもの持ってきてもらっていい?」
「了解なのなっ! ちょっとホールの方を探してくるのな! ルナちゃんも一緒にいくのっ」
「はーいっ!」
仲良く並んでキッチンを飛び出すニャーチとルナ。
目を細めて二人を見送ったタクミは、再び調理に集中するのだった。
―――――
「おーまたせなのにゃーっ!」
駅舎の一同が囲むテーブルに、ニャーチとタクミが出来上がった夕食を運んできた。
大皿の上にあるのは、クレープのように薄く焼かれた卵で包まれた料理。
その見た目は、ナトルやロランドがランチとして用意した炒めパトの卵包みのようにも見える。
周囲には小さなトマトや塩ゆでしたギサンテが交互に並べられ、彩りも豊かだ。
他にも鶏のから揚げや野菜サラダ、スープが所狭しと並んでいる。
それらを前にフィデルが、喜びの声を上げた。
「ひゃーっ! これはまたすごいご馳走ですね!」
「私たちが出かけていた間皆さん本当に頑張ってくれていたと“駅長”さんからお伺いしました。ということで、今日は私たちからの“ただいま”と“ありがとう”の料理です」
「そんなっ! タクミさんこそお疲れ様でしたっ! 私たちの方こそおかえりなさいの料理を用意するつもりだったんですけど……」
「一服したら、ついウトウトしちゃったっす……」
ナトルとロランドが、揃って申し訳なさそうに頭を下げる。
不在の間キッチンを任せていた二人は、すっかりいいコンビになっていたようだ。
そんなロランドに、テオが相変わらずの調子で茶々を入れる。
「それより早く、ご飯にしましょう! ね、レイナちゃんもおなかすいたでしょ?」
「もうっ、テオさんったら、そういうことを言うから女の子にもてないんですよっ」
年下のレイナからの指摘が思いのほか刺さったらしく、ガーンとショックを受けるテオ。
それを横目に、今度は“駅長”が声を上げた。
「ははは。しかしこれほどのご馳走を前にしては、ワシも腹の虫が騒ぎそうじゃ。タクミ殿、早速じゃが取り分けてもらってもいいかね?」
「ええ、もちろんです」
タクミはコクリと頷くと、大皿を手元に引き寄せ、まずは真ん中から半分に切り分ける。
そしてそれと直交するようにもう一度包丁を入れ、さらにそれぞれを半分ずつ切り分けた。
顔を覗かせているのは、白いアロースの間に緑、橙、黄が何層にも折り重なった美しい断面。
誰もがその美しさに目を奪われる中、耳をぴょこんと立てたレイナが歓声を上げた。
「すっごーい! まるでケーキみたいーっ!!」
「ホント、これはまたすごいのが出てきましたね!」
相槌を打つフィデルもまた、フォークをしっかりと握りしめている。
ニャーチもまた、待ちきれないといった様子だ。
「もう待てないのなっ! ごっしゅじーん! 早くいただきますするのにゃー!」
「はいはい。それでは、皆さんもどうぞ召し上がってください。いただきます」
「「「「「「いっただっきまーすっ!」」」」」なのなーっ!」
タクミの言葉を合図に、テーブルを囲む全員が“タクミ流”の言葉で祈りを捧げる。
かくして、ねぎらいの夕食会がにぎにぎしく始まった。
「ほほう、このアロース、少々酸味を利かせてあるのですな」
珍しく驚いた様子を見せる“駅長”。
フィデルもまた、うっとりとした表情を浮かべている。
「でも、甘くも感じますし、なんともさわやかで……。うん、これ旨い、旨いです!」
「お二人のお口に合ったみたいで何よりです。これは『ちらし寿司』という料理。今日はせっかくの夕食会ということで、ケーキ風に仕立ててみました」
「『チラシズシ』! なんか名前までかわいいですね。中の橙色のは、もしかしてサルモンですか?」
「レイナさん、その通りです。これはサルモンの身を燻製にした『スモークサルモン』。迎賓館の料理長さんが作った特製のものですよ」
「うへっ!? ってことは、これ、めっちゃ凄いやつじゃないですかー!!」
テオが驚きの声を上げると、タクミがにこっと微笑んだ。
すると今度は、味を確かめるようにロランドが、何度も頷きながら問いかけてくる。
「この緑のやつもうまいっすねー。これって、周りのと挟んであるの、同じっすよね? ぱっと見だとギサンテっぽいんですけど……」
「それ正解ですっ! これ、鞘ごと食べられる種類のギサンテだそうですっ。塩ゆでしてから水にさらして、刻んだのを挟んでますっ」
「こっちのはこうやって食べてもおいしいのなっ!」
ニャーチはそういうと、丸のままのギサンテに野菜サラダ用のマヨネーズをたっぷりとつけ、口の中へ放り込む。
幸せそうなニャーチの笑顔は、その美味しさを何よりも物語っていた。
『ちらし寿司』を前に、テーブルを囲む誰もが頬を綻ばせる。
その中で、ただ一人ナトルだけが真剣な表情を見せていた。
「ナトルさん、どうかしましたか? もしかして、何か苦手なものでも?」
「はわわっ。ご、ごめんなさいっ! ちょっと考え事してしまってました。本当に、こんなきれいで美味しい料理、初めて食べましたっ! でも、なんでこんな風にアロースがちゃんとまとまってるのか、不思議だなーって思って、つい……」
「あー、そういえばそうっすね。普通にアロースを茹でてもこうはならないっすよね」
料理人らしいナトルの疑問に、ロランドも同調する。
すると、タクミがうれしそうに頷きながら口を開いた。
「良く気づきましたね。流石はナトルさんです。今日のアロース、実はこれも『お土産』の一つ。ホウライ国の方から分けて頂いた、海の向こうのアロースを使っているんですよ」
今回のローゼスシティ行きでは、もう一つ大きな収穫があった。
それははるか海の彼方に、様々な文化や食材があるということ。
その中でも特に、かねてから求めていた『短米種のアロース』と出会えたことは望外の喜びであった。
タクミたちが暮らすハーパータウンを含め、この国で食されているアロースはいわゆる長粒種のもの。
粘りが少なく、やや香りの強いアロースは、ピラフやカレー、パエリアといった料理には非常に相性がいい反面、タクミにとって最も馴染み深い“日本的な料理”には向いていない。
しかし、今回の“おもてなし先”であったホウライ国には、豊富な種類のアロースが親しまれており、その中に短米種のアロースもあったのだ。
タクミがこのアロースを欲しがっていると知ったトウリュウとバンジョウは、「タクミ殿なら是非に」と二つ返事で引き受ける。
そして、他の食材と共に、昼餐会のお礼として短米種のアロースがお土産に加わったのだった。
そんなお土産話を披露していると、今度はテオが疑問の声を上げる。
「ということはですよ。タクミさんの荷物が多くて、しかもめっちゃ重かったのは、このアロースが一杯だったってことだったりします?」
「うにゃ、そこに良く気づいたのなっ! で、明日もソフィアさんからごしゅじん宛ての荷物が届くのなっ」
「なるほど。しかし、きっと明日の『ツバメ』も忙しいでしょうから、タクミ殿はそちらにかかりきりでしょうな。テオくん、明日も頑張ってくれたまえ」
「ひえーっ! まじっすかー!」
明日もこの大変さが続くと知ってしまったテオから悲鳴が上がる。
しかしその切ない声は、どっと沸いた笑い声によってかき消されるのであった。
―――――
「ふーっ、今日も一日おつかれさまなのなーっ」
夕食会も終わりすっかり夜も更けたころ、久しぶりの自室に戻ってきたニャーチがごろーんとベットに寝転がる。
タクミもまたベットの脇に鞄を置くと、うーんと背伸びをした。
そして辺りをぐるりと見渡すと、ぽつりとつぶやく。
「……ただいま、だね」
「うにゅっ、ただいまなのなっ」
それを聞きつけたニャーチの返事は、いたって普通であった。
いつでも自然体なパートナーの頭をポンポンと撫でると、タクミは荷物を片づけはじめる。
“こちらの世界”に来てから初めての旅行、それはタクミにとって非常に価値のあるものとなった。
首都ローゼスシティには、ハーパータウンとはまた違った、この国の息遣いが感じられた。
迎賓館での仕事は、料理に対する新たな視点を与えてくれた。
新たな料理や食材との出会いがたくさんあり、新たな縁も紡がれた。
そして、その傍らにはいつもと変わらぬニャーチの姿。
これからどこに行こうとも、何が起ころうとも、彼女がともにいれば心配ない。
タクミには、そう感じられた。
キッチンから運んできた二つのグラスをテーブルに並べ、ツマミ代わりのスモークサーモンをそのあいだに置く。
「さて、ニャーチも呑む? って、あらら……」
タクミがベットを振り返ると、ニャーチは静かに寝息を立てていた。
さすがのニャーチも長旅の疲れが出たのだろう。
タクミはもう一度髪をなでると、そっと布団をかけるのであった。
お読みいただきましてありがとうございました。更新ちょい遅れとなりました(汗
おかげさまをもちまして、『異世界駅舎の喫茶店』連載開始からまるっと二周年となりました。
いつもと変わらぬのんびりペースとはなりますが、三年目も引き続きほっこりとして、そしてお腹が空いていただける作品を目指して執筆を続けて参りたいと存じます。
コミカライズ版も先日『第4列車 ~ 恋味デザート』が更新となりました。
ぜひ合わせてご愛顧いただけましたら大変幸いです。
それでは今後ともご笑読いただけますようよろしくお願い申し上げます。