55 再びの日常とねぎらいの夕食会(2/3パート)
※前パートからの続きです
本日最後の列車がハーパータウンに到着すると、『ツバメ』に出来た長い行列もようやくなくなっていた。
とはいえ、ほとんど満席となっているホールは、いつも以上のにぎやかさのまま。
それでも一通りの注文を出し終えたキッチンは、ようやく一段落の気配だ。
最後の一食となったアルメハのパトをホール側に渡したロランドが、うーんと背を伸ばす。
「ふぅ、やっと一息っすねー」
「お昼ご飯食べる暇も全然なかったですね。あ、洗い物やっちゃわないと……」
キッチンのサポートに入ったルナが、水場にたまった物をてきぱきと片付け始める。
その様子を見て、ナトルが休憩を促す。
「ルナちゃんもロランドさんも一回休んでくださいねっ」
「そういうナトルさんこそ休んでくださいっす。追加の仕込みと調理とで、ずっと動きっぱなしだったじゃないっすか」
「いえいえ、私はまだだいじょうぶですっ。それより、到着する列車はまだもう一便ありますし、今のうちに軽くつまんでおきましょう」
「それもそうっすね。じゃあ、俺に作らせてもらっていいっすか? さっき思いついたことがあるんっす!」
「それならお任せしちゃいますね。フィデルくんとレイナちゃんの分もお願いします。ルナちゃん、一緒に洗いもの片付けちゃいましょうっ」
「はーいっ!」
ルナと二人で食器洗いを進めていくナトル。
すると、背後からトトトトトンと気持ちの良いリズムが聞こえてきた。
ちらっと様子を覗くと、ロランドが手際よくセボーリャを薄くスライスしている。
その手元の速さはナトル以上。これはロランドがタクミの下で毎日たくさんの料理を作ってきた経験の賜物であろう。
今日の忙しさをここまでなんとか出来てきたのも、ロランドの力があってこそとナトルは感じていた。
そんなことはつゆ知らず、ロランドは一生懸命賄い作りを進めていく。
刻んだセボーリャは塩水にさらしてギュッと絞り、トマトケチャップをさっと塗ったトルティージャの上に散らす。
そして、その上にヴルストを載せて、くるっと巻き上げてオーブンストーブに入れた。
「また何か面白そうなもの作ってますねっ」
洗いものを終えたナトルが声をかけると、ロランドが鼻をポリポリと掻く。
「時間もないし、パッと食べられるものがいいかなーって。これならすぐに焼けますし、手づかみで食べられるっすからね」
「とっても美味しそうですっ! それに、香りもすごく良くて……あっ!」
手を拭きながら近づいてきたルナのお腹からくぅ、とかわいらしい音が鳴る。
恥ずかしそうに頬を染める少女に、ロランドが目を細めながら声をかけた。
「もうすぐ焼きあがるから、スープ用意してもらっていい?」
「はーいっ」
照れを隠すようにはにかみながら、スープを注ぐルナ。
やがて、キッチン脇のテーブルに焼きあがったトルティーヤロールが運ばれてきた。
「おまたせしたっすーっ」
「いえいえ、全然待ってませんよっ」
「そうですよーっ。あっという間にこんなおいしそうなご飯を作れるなんて、やっぱりロランドお兄ちゃんはスゴイですっ!」
「それほどでもないっすよ。さて、残りも焼いちゃうので先に食べてくださいっす」
ロランドは皿の上からトルティーヤロールを一つ掴むと、オーブンストーブの前に戻っていく。
これからホールにいるフィデルとレイナのために第二陣を焼き上げるつもりのようだ。
ナトルとルナは、向かい合うようにして椅子に腰をかけると胸を両手の前に組む。
「神様、今日もこうして美味しい食事に恵まれることに」
「楽しい食卓を囲めることに、感謝します!」
食前の祈りをささげた後、顔を見合わせた二人からくすっと笑みがこぼれる。
ナトルはまだ湯気を立ちのぼらせるトルティーヤロールに手を伸ばすと、そのままパクリとかぶりついた。
縁がカリカリになったトルティーヤから香ばしさが溢れる。
大き目のヴルストにもしっかり火が入り、プリプリの身からジュワッと肉汁が溢れだした。
内側にくるまれていたセボーリャは少し辛さを残す半生の仕上がり。シャキシャキとした食感も心地よい良いアクセントだ。
そしてトマトケチャップがヴルストの肉汁と口の中で一体となり、極上の味わいを奏でる。
幸せが口の中にあふれ、思わず顔がほころんでしまう美味しさだ。
「ふわぁ……」
ナトルがふと顔を上げると、ルナがうっとりと笑顔を浮かべていた。
あっという間に一本食べ終えたルナは、すでに二本目にかぶりついている。
無邪気に頬張るルナに、ナトルがくすっと微笑みながら声をかけた。
「私ももう一本もらっていい?」
「あ、は、はひっ。 ご、ごめんなさい、自分ばっかり食べるのに夢中になっっちゃってっ……」
「ううん、全然いいのっ。すごくシンプルだけど、本当に美味しいよねっ」
「はいっ! パリパリとプリプリで、どれだけでもお腹に入っていきそうですっ……あ、でも、食べすぎるとまた太っちゃうかな……」
「えーっ、ルナちゃんは、ぜんぜん心配することないよーっ」
「で、でも、私、最近本当にどんどん服が小さくなってきちゃって……」
「だーめっ。今はまだ育ちざかりなんだからしっかり食べなきゃね。それに、この後まだまだ忙しくなると思うし、ちゃんと食べておかないと体力もたないよっ。ねっ?」
妹に諭すような口調で話すナトル。
その優しい言葉に、ルナもコクリと頷いた。
「分かりましたっ! じゃあ、もう一本いただきまーすっ!」
「そしたら私ももう一本……って、私こそ食べ過ぎかなぁ?」
「多めに焼いてるから、どんどん食べてもらって大丈夫っすよー!」
どこまで会話を聞いていたのか、オーブンストーブの前に陣取っていたロランドが声をかけてくる。
何ともかみ合わない言葉に、ナトルとルナはくすくすと笑ってしまうのであった。
―――――
そして最終列車が到着すると、ナトルの読み通り再び『ツバメ』に乗客たちが押し寄せてきた。
昼の時点で完売したBランチに続き、Cランチは売り切れ。カマロンから鶏肉に切り替えて仕込みなおしたAランチも残りわずかとなっている。
残りのお客様には、急きょ用意した炒めパトの卵包みと特製のピザで凌ぐ体制だ。
臨時スタッフとしてホールをさばいていたフィデルが、注文とともにホール側の状況を伝える。
「お客様はあと二十人ぐらい並んでます! 食事の方、いけますか?」
「全速力でやってるよっ!」
焦りからか、ロランドがつい声を荒げてしまう。
しかし、ナトルにもそれを咎めている余裕はない。
パトを炒めながら、指示を飛ばす。
「出来たのはそこに並べておくからドンドン運んでいってくださいっ。ルナちゃん、お皿用意してもらえる?」
「はいっ! ここに用意してありますっ」
「ルナちゃん、こっちにもお願いーっ! 」
「はーいっ、今すぐ持っていき……きゃっ!!」
ルナが悲鳴を上げると、パリーンと乾いた音がキッチンに響いた。
どこかにつまづいてしまったのか、バランスを崩した拍子に肝心のお皿を落としてしまったのだ。
一瞬の静寂の後、ナトルが声をかける。
「大丈夫? 怪我してないっ?」
「わ、私は大丈夫ですっ。でも、お皿が……ど、どうしよう……」
自分の失敗が周りのリズムを崩してしまったことに動揺し、ルナの声は震えてしまっていた。
『ツバメ』に来る前のことが脳裏をよぎり、怒鳴り声がルナの耳の奥にこだまする。
「ひっ、ひっ……」
「ルナちゃん!?」
虚ろな目でみるみるうちに顔を青ざめさせるルナに、ロランドが慌てて駆け寄る。
椅子に座らせ、
「誰も怒ってないから大丈夫。とにかく一回ここで座って、深呼吸しよう、ね?」
「で、でも、わたし、やらなきゃ……」
虚ろな目をしたまま立ち上がろうとするルナ。
ロランドが必死に止めようとしたその時、今度は裏口から声がかかった。
「お片付けならニャーチに任せるのなーっ!」
「えっ!?」「へっ!?」
久しぶりに聞くその声に、ナトルとロランド、そしてルナも裏口へと顔を向ける。
そこには普段よりほんの少しだけおめかしをした猫耳の看板娘、そして、いつものように穏やかな笑みを浮かべる『ツバメ』のマスターの姿があった。
荷物を入口に下したタクミは、所定の場所にひっかけてあったカフェエプロンをさっと腰に巻くと、早速手を洗い始める。
「先ほど“駅長”から事情はお伺いしました。お疲れ様と言いたいところですが、お客様がお待ちですので、話は後にしましょう。ロランドはルナちゃんが落ち着くまで横についてあげててください。ナトルさん、指示をお願いします」
「は、はーいっ!」
帰ってきたタクミとニャーチの姿に、キッチンがにわかに活気づく。
ロランドに支えられたルナの眼にも、もう涙は浮かんでいなかった。
※次パートへと続きます
※おかげさまをもちまして、二周年を迎えることができました。
二周年のお礼を活動報告にて掲載させていただきましたので、合わせてご覧いただけましたら幸いです。