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55 再びの日常とねぎらいの夕食会(1/3パート)

 本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。

 この列車は当駅が終点となります。到着いたしました列車は車庫に入りますので、お手荷物などお忘れ物がございませんよう、ご注意をお願いいたします。

―― なお、近日中にダイヤの改正を予定しております。具体的な内容が決まり次第、改めて当駅舎の掲示板にてご案内申し上げます。

「長時間のご乗車お疲れ様でした。切符を拝見いたしますので、順番にこちらへお並びくださーい」


 ハーパータウン駅の出札口に立ったテオが声を上げると、改札口にはあっという間に行列ができた。

 ここ最近は列車を利用する人たちもどんどん増えており、自由席である三等車などは通路にまで人が立つほどになっているようだ。


 改札口の扉を開くと、テオはいつものように乗客一人ひとりに声をかけながら切符を確認する。

 すると、乗客の一人が切符を差し出しながら質問してきた。


「ええと、『ツバメ』というお店はどこにあるのかの?」


「あ、『ツバメ』ならこの改札口を出たすぐ左手のところですよ」


「ほほー、あれですか。駅員さん、ありがとう」


 乗客からの礼の言葉にペコリと小さく頭を下げるテオ。

そして、次の乗客にもいつものように声をかけた。


「お疲れ様でした。こちらは帰りの切符になりますので、なくさないよう大切にお持ちください」


「ありがとう。ところで『ツバメ』というお店がこの駅にあるって聞いたのですけど、どちらかしら?」


「あ、えーっと『ツバメ』は、左手の看板の出てるお店になります」


「そう。ありがとう。本当に駅の中にあるのねぇ……」


 出札業務で場所を尋ねられるのは日常のこと。

 これまでも『ツバメ』の場所を尋ねてくる乗客はちらほら見かけていた。


 それでも、こうして立て続けに尋ねられるというのは記憶に無い。

 珍しいこともあるもんだと思いながら、普段どおりに出札業務を続けるテオ。


 しかし、これがただ『珍しいこと』では終わらないということに気づくまで、そう長い時間はかからなかった。


 駅舎の売店『メアウカ』にいたフィデルも、テオと同じように尋常ではない事態の気配を察知する。

 出札口から出てくる乗客たちの中には『ツバメ』や『メアウカ』に立ち寄る人はいるものの、多くはそれぞれの目的地に向かうために駅舎をそのまま素通りしていく。

 しかし、今日に限っては、少なく見積もっても列車から降りた乗客の半分以上が『ツバメ』へと立ち寄っていた。


 『ツバメ』の入口にできた大行列に小首を傾げながら、フィデルは駅務室へと向かう。


「テオさーん、新聞の受け取りにきましたー。 ところで、今日はいったいどうしちゃったんです?」


「いや、それが良くわかんないんだ。とにかく降りてきたお客様たちが次々と『ツバメ』の場所を聞いてきてね。で、あっという間にあんな感じさ」


 首をすくめながら、手荷物扱いで届いていた新聞の束を渡すテオ。

 受取りの書類にサインをするテオも、腑に落ちていない様子だ


「少しずつ客足が伸びてたのは間違いないけど、こんな急にっていうのは不自然ですよねぇ」


「ふむ、その原因はそこに書いてあるかもしれませんよ?」


「わっ!」


 後ろから声をかけられたフィデルがびっくりして振り向くと、そこにいたのは“駅長”であった。

 “駅長”は朗らかに笑みを浮かべながら、先ほど受け渡しをしたばかりの新聞を指さす。

 促されるままに新聞を開いて中を読み始める二人。

 しばらくすると、二人はそろって一つの記事に目を留めた。


「なるほどー、原因はこれでしたか」

 

 テオが上げた声にフィデルが頷く。

 そこに書かれていたのは、ローゼスシティで行われていた外交交渉の様子。

 『ツバメ』の常連でもあるソフィアが大きな成果を上げたと伝えるその横で、「難交渉を成功に導いた裏、一人の料理人がいた」と記されていたのだ。


「その料理人は、普段はハーパータウンにある『ツバメ』という店で腕を振るっている。斬新なアイデアが詰まったその料理に魅了され、常連となるものも多い……。めっちゃベタボメじゃないですかー」


 記事を読み上げながら唸るフィデル。

 確かに、この記事を読めば『ツバメ』を訪れたくなるであろうというのも道理だ。


 列車で運んでいるとはいえ、ローゼスシティやマークシティのような大都市で発行されている新聞がハーパータウンに届くまでには、一日程度のズレがある。

 新聞を日常的に読んでいるのは、ビジネスに携わる人たちか、生活にゆとりがある層であり、ちょうど列車を利用する客層とも重なる。

 つまり、乗客たちの多くは既にこの記事を読んでいるということだ。


「となるとですよ、このあと、もっとヤバいことになりません?」 


 最後まで記事を読み終えたテオが渋い顔を見せる。

 先ほど到着したのは、今日の第一便であり、これから昼と夕方に二本の便が到着予定なのだ。


「そうですな。この後の便でやってくる乗客たちも、『ツバメ』に寄られる方がたくさんおられるでしょう」


「それに、こうして新聞が届いたのですから、この街でも昼から夕方にかけて記事のことが広まりますよね? そうしたら、『ツバメ』を訪れてみる人もやっぱりでますよねぇ……」


 フィデルがそう呟きながら、狐耳をペタンと倒す。

 不安げな表情を見せる二人に、ふむ、と一つ頷いた“駅長”が指示を出した。


「では、こうしましょう。フィデル君は『ツバメ』へと入ってサポートに回ってください。テオは『メアウカ』で売店業務をメインに担当し、改札や集札の時だけいったん売店を閉めて駅務に入ってください。残りの駅務は私の方で引き受けます。それでいいですかな?」


「マジですかー!? 俺、売り子なんてやったことないですよー?」


 眉間にしわを寄せながら、テオが悲鳴にも似た声を上げる。

 すると、フィデルが口角を持ち上げながら、励ました。


「まぁ、テオさんなら何とかなりますよ。でも、夜に出かけた時みたいに、お客さんの女の子を口説いたらダメですからねー」


「ちょっ!? それはナイショだって! てーか、流石にそんなことしないって!」


「まぁまぁ、テオも普段通りやれば大丈夫です。それでは、よろしくお願いしますぞ」


「「うぃーっす!」」


 “駅長”からの発破に、二人が元気の良い返事を響かせた。




―――――




 フィデルが裏口から『ツバメ』のキッチンに入ると、そこは予想通り戦場のようであった。

 お昼にはやや早い時間ながら、一度に押し寄せてきたお客様たちからランチの注文が殺到している。

 その注文を何とか捌こうと、ナトルとロランドの二人がキッチン狭しとめまぐるしく動き回っていた。


「ひゃー、やっぱりすげえなぁ……」


 予想通りの状況に、フィデルが思わず言葉をこぼす。

 すると、それを耳ざとく聞きつけたロランドが、早速噛みついてきた。

「何だチビキツネ! 忙しいんだから邪魔するんじゃねぇ! とっとと売店に戻りやがれ!」


「うっせぇデカウサギ! 今日は“駅長”からこっちを手伝うように言われたんだよ! 今日はガチでヤバくなりそうだぜ」


「えーっ!? 何かあったんですかー?」


 ガスコンロの前で小柄な体格には不釣り合いな大きなフライパンを一生懸命振りながら、ナトルが声を上げる。

 その質問に、フィデルは手を洗いながら先ほどの新聞記事のことを説明した。


「ということで、ちょっーと覚悟した方がいいかも?」


「マジかー!? 師匠すげえ!!! って、喜んでるばかりじゃいられねえっすね」


 歓声を上げたロランドだが、すぐさま真剣な表情を見せる。


「そうですね、このペースだと仕込みも足りなくなりそうですし、何とかしないと……」

 フライパンで炒めていたパト(パスタ)を皿に取り分けながら、考えを巡らせるナトル。


 今日はご飯もののAランチが『カマロン(小エビ)炊き込みアロース(ピラフ)・カレー風味』、軽めのBランチには売店用にも用意した『揚げカバージャ(さば)のサンドイッチ・サルサソース添え』を流用している。

 ミニコースのCランチは、鶏の手羽元やヴルスト(ソーセージ)、芋や根菜を一緒に炊き合わせたポトフがメイン。

 そして先ほど取り分けていたパトのランチは、アルメハ()をふんだんに使ったパエージャ風に味付けした炒めパトだ。


 このほかにもスープやサラダも準備しており、普段であれば営業終了後に少し余るぐらいの量は用意している。

 しかし、今日はいつもの倍以上のペースでお客様が押し寄せてきており、このままのペースが続くと昼過ぎには全て無くなってしまいそうだ。

 特にBランチやCランチに必要なマイス(コーン)ブレッドは、今日のランチ分しか在庫がない。


(とりあえずブレッドを使うメニューは売り切って終わりしか仕方がなさそうです。その代りは……、そうだ、タクミさんに教わったピザが良いかもですねっ。あと、炊き込みアロースも鶏肉を使えばもう一度仕込めそうです。えっと、そうしたらこの後は……)


 料理の手を緩めながら、ナトルがこれからの段取りを頭の中で再構築する。


 タクミとともに出かけているニャーチの代わりに、ホール担当としてロランドの妹であるレイナが手伝いに来てくれている。

 そして今日は私学校が休みの日だったということもあり、ルナも一緒にホールの仕事についていた。

 

 この先、もう一度仕込みをし直すとなると、キッチン側にもう一人サポートが欲しい。 それを考えると、取るべき体制がおのずと見えてくる。


「フィデルさんは確かドリンクならできるってお話でしたよねっ?」


「ドリンクなら大丈夫っすよ!」


「そうしたら、ホールにいるルナちゃんと変わってもらっていいですか? ルナちゃんには追加の仕込みに回ってもらい、フィデルさんにはホールとカウンターでのドリンク対応をお願いしたいですっ」


「了解っす! ということは、ルナちゃんはこっちに呼べばいいってことですね!」


 テキパキと支持を出すナトルに、フィデルが二つ返事で答える。

 すると、オーブンストーブの天板で次々と目玉焼きを焼いていたロランドが声を上げた。


「チビギツネ!うちの妹にいらんちょっかいかけたら承知しねえからなっ!」


「うっせぇデカウサギ! 今はそんなヒマねえってーのっ! とりあえず、やることきっちりやっちまおうぜ!」


「わーってるっつーのっ! てめぇもとっとと行きやがれってんだー!」


「ほらほら、仲良く喧嘩しているヒマはないですよーっ! フィデルさん、早速お願いしますねっ」


 すっかり二人の調子にも慣れたナトルが、嗜めながらも指示を飛ばす。

 『ツバメ」の長い一日は、まだまだ始まったばかりであった。

※次パートへと続きます

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