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54 外国からの賓客と非公式の昼餐会(5/5パート)

※前パートからの続きです


「失礼いたします。本日のメイン料理をお持ちしました」


 木製のワゴンに載せて運んできた特大の皿をテーブルの中央に置いたカルロスが、

一言添えながら銀色のドームカバーを外す。

 湯気がふわっと立ち上った瞬間、中広間はたちまち大きなどよめきに包まれた。


 湯気の中から現れたのは、大きな魚の形にかたどられた、一見するとブレッドのようにも見える料理。

 こんがりと狐色に焼き上げられた表面は艶々と輝き、湯気とともに立ちのぼる香ばしい香りには否応なしに食欲が刺激される。

 テーブルを囲むだれもが、その見事な姿に息を呑んだ。


「これは何と見事な……。そしてもしや使われているのは……?」


 トウリュウがゴクリと喉を鳴らしながら、声を絞り出すように語りかける。

 その言葉にソフィアはにっこりと微笑み、そしてゆっくりと首肯しながら口を開いた


「ええ、これは『サルモン(サーモン)のパイ包み焼き』という料理。表面を包んでいるパイという生地は、お察しの通り小麦粉(・・・)でできたものですわ。ささ、冷めてしまっては料理が台無しになってしまいます。取り分けを」


 凛とした表情でサービスの指示を出すソフィア。

 その言葉にコクリと頷いたカルロスは、いったんテーブルからワゴンへと大皿を戻した。


 トウリュウをはじめ列席者が手元を覗きこむ中、用意しておいた大きめのフォークとナイフを手にしたカルロスが、ナイフをすっと入れていく。

 パリパリと気持ちよい音を立てながら輪切りにされたその中から現れたのは、ほのかにピンク色に染まったサルモンの身と鮮やかな緑色の野菜の美しい層。

 それを崩さないように慎重に、しかし手早く皿に取り分けると、周囲に白いソースをそっと流してから、列席者の前に運んだ。


「どうぞ、お召し上がりください」


 ソフィアの勧めに大きく頷くと、トウリュウはまだほのかに湯気を立てるパイ包み焼きをナイフで一口大に切り分けていく。

 そして白いソースを少しだけ塗りつけると、大きな口へと運んでいった。


 目を閉じ、じっくりと味わうトウリュウ。

 最初に驚いたのが、表面の生地の食感だ。

 薄い生地が何層にも重なったその表面の生地はパリパリとして香ばしく、濃厚なバターの風味が実に豊かである。


 中の具材も抜群だ。

 生地に包まれて焼かれたサルモンは、火がきちんと通っていながらもしっとりと柔らかく、そしてジューシーさにあふれている。

 サルモンの下には敷き詰められたセボーリャ(玉ねぎ)の薄切りも、熱がじっくりと加わることで甘味が存分に引き出されていた。

 緑色の部分は、おそらくエスピナーカ(ほうれん草)であろう。

 この細かく刻まれたエスピナーカの少しほろ苦い味わいが良いアクセントになっている。

 そしてクリームの風味を感じる白いソースのまろやかな味わいがこれらを一つにまとめ上げ、他に類を見ない極上の味わいを生み出していた。


 暫くの間、トウリュウは、言葉も忘れたかのようにパイ包み焼きを黙々と食べ進める。 再び声を出したのは、半分以上食べ終えてからの事であった。


「失礼、私としたことが食べることについ夢中になってしまった。心を奪われるというのはこういうことを言うのだな……」


「そのお言葉、料理人たちがよろこびますわ。お口に会いましたようで何よりですわ」


「ああ、本当に旨い。特にこの表面の皮、確かパイといったかな? これが実にすばらしいのだ。 外側はパリパリとした食感と香ばしさが楽しく、内側もまた具材の旨さを存分に吸い込んで、これ自身が極上の逸品といえよう。そちらの分まで取って食べてしまいたくなるぐらいだ」


「あら、トウリュウ様。そんなことをされたら戦争になってしまいますわ。食べ物の恨みは本当に恐ろしいのでしてよ?」


「おおっと、確かにそうだ。これはまた失礼した」

 

 軽口を交わし合ったトウリュウとソフィアが、お互いに笑みを漏らす。

 その二人の様子に、部屋の片隅で見守っていたカルロスはほっと胸をなでおろしていた。




―――――




「食後のデザートをお持ちしましたのなっ!」


 最後の品、デザートをトレイに載せて運んできたのはニャーチであった。

 その後ろからはワゴンを押しながらタクミもやってくる。

 

 ニャーチがそれぞれの列席者の前にデザートを並べていく中、タクミはテーブルへと近づき、香として使っていた“チャ”の葉が乗った小皿を引き上げた。

 

「おや、それはもう片付けてしまうのかね?」


「ええ、最後はこちらも本来の形でお楽しみいただければと」


 タクミはそういうと、陶器のポットにすっかり茶色に色が変わった“チャ”の葉を入れる。

 そして別のポットで運んできていた熱いお湯を注ぎ入れ、すぐに蓋をかぶせた。

 砂時計の砂が落ちていく間に、手早くカップとソーサーを並べていくタクミ。

 ほどなくして砂が落ち切ると、取っ手のついた細かい網で葉を受け止めながら、出来上がった“チャ”をそれぞれのカップに注いでいった。


 カップの中の液体は淡く茶色に染まっており、そして独特の香ばしい香りが鼻孔をくすぐる。

 馴染みのあるその色合いと香りに、トウリュウが目を細めながらタクミに声をかける。

「なるほど、〆は“炒りチャ”として、というわけだな」


「ええ、せっかくの貴重な茶葉、最後までご堪能いただけないかと思い、このような形を撮らせていただきました。添えましたのは、先ほどのパイ生地を使ったガレータ(クラッカー)。上に載せているのは餡 ―― 豆を甘く炊いたジャムでございます」


「ほほう、豆のジャムか。どぉれ……」


 トウリュウは早速クラッカーに手を伸ばすと、口の中へと放り込む。

 そして、サクサクと音を立てながら咀嚼をすると、実に満足そうな様子で何度も頷いた。


「これも素晴らしいな。ガレータとやらの土台はパリパリとしていて香ばしく、一方で豆のジャムもまた何とも味わい深い甘さだ。そしてにぎやかになった口を“炒りチャ”ですすげば……」


 そう言いながらトウリュウはカップを口元に持ち上げ、そして静かに傾ける。

 一時の間をおいてゴクンと喉をならすと、ふーぅ、と大きく息をついた。


「何とも至福だな。ソフィア殿、本日はこのような素晴らしい席にお招きいただいて本当にありがたい。おかげで一番の土産話を持ちかえることができそうだ」


「お言葉、ありがとうございます。本日の昼餐会のセッティングは、ほぼ全てこちらのタクミさんのアイデアなのですわよ」


「おお! となると、あの包み焼きも彼の手によるものなのかね?」


「ええ、包み焼きも、前菜も、スープも、そしてこのデザートも、全てタクミさんの発案ですわ」


「なるほど……、そうだ! タクミ殿といったな。今日の料理のことで、ぜひ一つ教えて頂きたいことがあるのだが、聞いてもよろしいかね?」


 トウリュウの質問に答える前に、タクミはちらりとソフィアに視線を送る。

 そしてそれに気づいたソフィアが頷き返すのを確認してから、改めて口を開いた。


「私で答えられることであれば、何なりとお申し付けください」


「ありがとう。実は聞きたいのは、コレのことなんじゃ」

 

 トウリュウはそう言いながらデザートを手に取り、土台となっているガレータの部分を指さす。


「これは先ほどの包み焼きの皮と同じものといっておったな? このパリパリとした何とも言えない食感が実に楽しく、そして素晴らしい美味しさだった。ただ、不思議なのが、これの構造。どうしたらこんなに薄い生地を何枚も重ねることができるのか、教えて頂くわけにはいかないだろうか? それとも、何か秘密の作り方でもあるのかね?」


「いえいえ、秘密というほどのことではございません。これは折り込みという方法で作ったパイ生地です。簡単に言うと、小麦粉を水で練って作った生地で伸ばしたバターを包み、それを折りたたんでは伸ばし、折りたたんでは伸ばし……という作業を何回か繰り返すことで作っております。こうすることで、小麦粉の生地の層と、バターの層がたくさん重なり、このように薄い生地が積み重なったような形を作ることができます」


「なるほど。しかし、生地を折って重ねたとして、そんなにうまくいくものかね? また一つにくっついてしまいそうなイメージがあるのだが……」


「いくつか工夫はございますが、大きなポイントとして挙げられるのは『冷たいバター』を使うということでしょうか? バターが溶けてしまうとどうしても生地がつぶれてしまいますので、冷たく固まったバターの層でしっかりと生地の層を守っていくのが重要です。そしてもう一つ、実はこの生地は『小麦粉』を使わないとなかなかうまくいかないのです」


「ほう、アロース(コメ)粉ではできないのかね?」


「ええ、私も何度か試したのですが、他の粉では満足いくものはできておりません。このパイ生地を作るためには極薄の生地にする必要があるのですが、そのためにはどうしても『小麦粉』の性質が必要となるようです。本日は、このような機会に恵まれましたので、『小麦粉を使わなければならない料理』として、パイ包み焼き、そしてパイ生地を使ったガレータをご用意させていただきました」


 いつものようなにこやかな表情を見せながら、トウリュウに答えるタクミ。

 しかし、小麦粉を生かした料理選びは、今回の昼餐会におけるタクミにとっての最大の難関でもあった。


 “こちらの世界”では貴重品である小麦粉を使った料理は、最大限の歓待の気持ちを表す記号であり、また、この国の国力を知らしめるという強い“メッセージ性”を秘めている。

 そのため、この迎賓館(ロイヤルハウス)であっても、小麦粉を使う料理といって出されるのはシンプルな“ブレッド”が主であり、たくさんのブレッドをスープやメインの料理とともに食してもらうというのが一般的という話であった。


 しかしタクミは、せっかく小麦粉を使うのだからと、小麦粉の特性を最大限に生かした料理にしたいと考えた。

 そうして選んだのが“折り込みのパイ生地”。

 グルテンを含まないアロース粉やマイス粉などでは狙い通りに仕上げることが難しい“折り込みのパイ生地”は、まさに『小麦粉を使わなければならない料理』であったのだ。

 そしてそれにとどまらず、メインの料理として求められる驚きと感動、それに何よりパイ生地の美味しさを存分に味わってもらえるよう料理として思いを込めて工夫を重ねた結果、『サーモンのパイ包み焼き』そして『パイ生地のガレータ』が選ばれたのである。


「なるほど。いや、その心遣いは、料理からも素晴らしく伝わってきておった。本当に貴重な経験をさせていただいた。ありがとう」


 そう言いながらトウリュウは席を立ちあがり、タクミに向けて頭を下げる。

 それに倣うように、ホウライ国側の列席者一同も席を立ってタクミに頭を下げた。


 突然のことにタクミが固まっていると、カルロスがポンと肩をたたく。


「ここは素直に受け取りましょう。タクミさん」


「……わかりました。皆様、こちらこそ楽しんで頂けて何よりです。どうもありがとうございました」


 最上級の賛辞に応えるように、タクミもまた深々と頭を下げる。

 誰からともなく巻き起こった拍手が、この昼餐会の成功の立役者をいつまでも称えるのであった。


 お読みいただきましてありがとうございました。

 またも5パートになりました……うーん、だんだん長くなりますね(汗


 ちなみに本編では描けませんでしたが、パイ包み焼きを魚の形に飾り付けたのはニャーチだったりします。

 試作段階ではタクミもやっていたのですが、どうやらら<・#><ではなく謎のクリーチャーしか生まれなかった模様です(笑)


 コミカライズ版もおかげさまで好評頂いており大変感謝をいたしております。

 先週には第3話が更新されておりますので、ぜひ合わせてご覧いただけましたら幸いです。

 それでは今後ともご笑読いただけますようよろしくお願い申し上げます。

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