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54 外国からの賓客と非公式の昼餐会(3/5パート)

※第2パートからの続きです。


「一口にテーといっても、本当にいろんな風味があるのですわね」


 テーを堪能していたソフィアが、カップを置きながらしみじみとつぶやく。

 ここまでに出された四種類のテーは、ソフィアにとって経験したことのない未知の味わいのものばかりであったのだ。


 最初に出された紅色のテーは、『ツバメ』を訪れた時に頂くものに近い親しみのある味わいである。

 それに続いて出されたのは薄い緑色の“チャ”。

 取っ手のない小さなボウルにも似たカップで出されたそれは、一つ目のテーに比べればやや渋みが感じられる。

 しかし、その奥にはしっかりとした旨味と爽やかな香りが感じられ、紅色のテーとは全く異なった表情を見せていた。


 この緑の“チャ”に添えられていたのは、細かく砕いた豆を飴で固めた板状の菓子。

 カリッとした食感が楽しいこの菓子を口に含むと、少し強めの甘さとともに、炒った豆から放たれる豊かな香ばしさが口の中いっぱいに広がってくる。

 そして、たなびく余韻をしばし楽しんでから“チャ”をすすると、何とも不思議な、ほっとした気持ちにさせられた。


 “チャ”の葉を炒ってから淹れたという三種類目のテーは、独特の香ばしさが鼻孔をくすぐる。

 これに合わせるのは、ザクッとした食感が楽しいクッキーに似た焼き菓子。

 バターの濃厚な味わいを炒った茶の香ばしい風味がさっと洗い流し、また一口、また一口と後を引く味わいを生み出していた。


 そして今堪能していた四種類目は、“チャ”の葉に“マリカ”という花の花弁を合わせたもの。

 二つ目のテーにも似た爽やかで柔和な味わいだが、花の香りがいっそう華やかなこのテーの味わいには、自然とソフィアは頬を緩めていた。


 そして、“チャ”の美味しさに心を躍らせるのはソフィアばかりではない。

 ニャーチもまた、ふーふーと少しずつ冷ましながら、四種類の“チャ”の美味しさを堪能していた。


「どれも本当においしいのなっ! なんか、懐かしいような気持ちになるのにゃぁ」


「ありがとうゴザマス。“チャ”はワタシたちの国の誇り、喜んでもらえてウレシです」

 自信にあふれた表情を見せながら話すバンジョウの言葉に、タクミも静かに頷く。


(『ツバメ』でも扱っている紅茶はともかく、緑茶やほうじ茶があるのには驚きましたね。それに四つ目はおそらくジャスミン茶……、ここまで重なると単なる既視感という言葉では済まされませんね)


 これらの四種類の“チャ”の味わいは、タクミたちがかつて暮らしていた場所のことを思い起こさせるのに十分であった。


 “こちらの世界”にやってきてからそれなりの年月は立っているものの、まだ理解しているとは言い難い。

 その中でかつて暮らしていたところに似た土地があっても全く不思議ではないは思うものの、やはりこうして目の当たりにすれば驚きを隠すことはできなかった。


 とはいえ、細かな部分では違いを感じるところも多い。

 その差が生じる部分を理解したいと、タクミは一つの質問を投げかけた。


「この四種類の“チャ”、どれも素晴らしいものばかりでした。これはバンジョウさんの国の皆さんがどこでも楽しまれているのですか?」


「イイエ。ワタシたちの国、とても広いデス。なので、“チャ”の楽しみ方、地域によって違いマス。最初の紅色の“チャ”は主に中西部から南にかけての暖かい地域、二つ目と三つ目は北東の沿岸部、そして四つ目は主に南東方面で楽しまれてマス」


「確かにテネシー国でも、この辺りと中部のマークシティ、それに南のハーパータウンじゃいろいろ違ったりするわよねー」


「ということは、料理も地域ごとに異なっているのでしょうか?」


 さらに質問を重ねるタクミに、バンジョウがにこやかに答える。


「ソノ通りデス。海に近いトコロは魚よく食べマスし、南の方は辛い好き多いデス。それに、この国はマイス(とうもろこし)よく食べるみたいデスが、私たちの国だとアロース(コメ)たくさん食べマス」


「なるほど、主食はアロースですか……。やはり粒を茹でて召し上がるのですか?」


「そのまま食べる、あまりしないデス。茹でたアロースを潰して固める“ピン”や、トロトロの汁を作ってから広げて蒸して細長く切る“ミェン”、粉にしたアロースを丸めて伸ばしたモノで具を包む“バオ”、とにかく色々な形で料理に使いマス。そのまま食べる時デモ、“カヤク”を混ぜたり、炒めたりして食べる多いです」


「かやく!? そんなのいれたらどっかーんってなっちゃうのなっ!?!?」


「ハハハ、ニャーチさん面白いデス! でも、その“火薬”違いマス。アロースに入れる“カヤク”は、肉や魚、野菜を細かく刻んだモノです」


「そうなのな!? びっくりしたのにゃー」


 驚きのあまりピーンと立っていたニャーチの耳がペタンと倒れると、テーブルが笑いに包まれた。

 すると扉がノックされ、部屋に再び給仕の女性たちがやってくる。


「それでは、最後の“チャ”です。ドゾ、お召し上がりくだサイ」


 朱色の急須から小さなカップに注がれるほんのりとした緑色の茶は、これまでのどの“チャ”よりも淡い色合いであった。

 バンジョウに勧められるがままに、その“チャ”を口にするタクミたち。

 すると、暫くの間、まるで時が止まったかのようにテーブルが静寂に包まれた。


「これは……すごいですわ」

 

 短い言葉に万感の思いを込めるように、ソフィアが口を開く。

 ニャーチもまた、その気持ちをうまく言葉にできないようだ。


「ふわーっとして、うにゃーんってなったのな……」


「言葉を失うとはまさにこのことですね。淡い見た目とは裏腹に、柔らかな甘さとしっかりとした旨味があり、そしてこのとても華やかな香り……いや、どんな言葉を使っても語りつくせません」


「喜んでいただけて何よりデス。この“チャ”は『インツェン』と言いマス。ワタシタチの国の言葉で銀色の針という意味。ほら、これが“チャ”の葉デス」

 

 バンジョウが差し出したのは白く細い“チャ”の姿は、確かに『銀の針』という言葉にぴったりである。

 そして、その色目と姿に、タクミはあるものを思い出していた。


「もしかしてこれは新芽の部分を使ったものですか?」


「おお、その通りデス。これは数百年前から生えている古木から取れる新芽だけを摘んで作った“チャ”なのデス!」


 理解してもらえた嬉しさが溢れだし、バンジョウが満面の笑みを見せる。

 一方、ソフィアもまたバンジョウの言葉に驚きの声を上げた。


「数百年の古木ってだけできっと大変希少なものなのですわよね? その新芽だけを使っているとなると……もしかして、ものすごいものじゃありません?」


「ハイ。国の宝の一つに数えられるものでゴザマス。値段つけるコト、とてもデキマセン」


「ですわよねぇ……。これに比するものとなるとちょっと計り知れませんわ……。」


 ため息交じりに答えるソフィア。

 するとその時、扉がガチャリと開き、一人の男性が部屋へと入ってきた。


 その男の姿に、タクミは思わず息を呑む。

 なぜなら、その男の姿 ―― 特に肩口から上にかけてはまさに“龍”の姿であったからだ。

 “こちらの世界”の亜人たちにもすっかり慣れていたつもりのタクミだが、これにはさすがに驚きを隠せない。

 そんな戸惑うタクミを横に、バンジョウはすかさず席を立ち上がると、男に向かって頭を下げた。


「トウリュウ様、お待ちしておりました」


「いや、遅くなってしまった。バンジョウ、皆さんには喜んで頂いておるかね?」


「ハイ。ちょうど今、『インツェン』をご堪能いただいていたところデス」


 主の言葉に、短く報告をするバンジョウ。

 そしてバンジョウに続いて席を立ったソフィアが、片膝を折って腰をかがめながら挨拶の言葉を口にする。


「トウリュウ様ですわね。はじめまして、ソフィアと申します」


「いかにもトウリュウだ。まぁ、堅苦しいことは抜きにして、どうぞ座ってくれ」


 ソフィアに対し再び席に座るよう促すと、トウリュウ自身もどかっと腰をかける。

 

「さて、今日は堪能いただけましたかな?」


「本当に大変貴重な経験をさせていただきましたわ。特に最後の『インツェン』というテー、あちらが本当に素晴らしい味わいで、感動いたしました。あれほど貴重なもの頂いてしまって、どうやってお礼をすればよいか考えていたところですわ」


「確かにアレは貴重なものではあるが、それでも“チャ”は飲んでナンボのモノだからな。まぁ、それでも礼をというのであれば……、そうだな、今度の会食でぜひアレと同じくらい感動できる旨いものでも食わせて貰おうじゃないか」


「まぁ、それは随分難しいご注文ですわ」


「なあに、噂に名高いソフィア殿なら、それくらいのこと易々とやってのけるであろう? それに、そのために彼らをこの場に同席させたのではないかね?」


 トウリュウはそういうと、ギロリとした目つきでタクミに顔を向ける。

 ようやく少し動揺が収まりかけたところに投げかけられた鋭い視線。

 再び心臓が高鳴るのを必死にこらえながら、タクミは務めて冷静に振る舞う。


「今度の会食で料理人を務めさせていただくタクミと申します。ここにいるニャーチとともに、出来る限りご期待に沿えますよう、精一杯務めさせていただきます」


「うむ、楽しみにしておるぞ。では、あわただしくて申し訳ないが、また後日」


 そう言い残すと、トウリュウは席を立ちあがり、部屋を後にする。

 その後ろ姿を見送りながら、タクミは彼をどうやってもてなそうか、早速想いを巡らせていた。


※第4パートへと続きます(1パート追加しました)

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