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54 外国からの賓客と非公式の昼餐会(2/5パート)

※前パートからの続きです

「ふにゃぁ、すっごいのなーっ!」


 通訳兼案内係であるバンジョウの案内で大広間に入ると、最初にすぐに目に飛び込んできたのは六段積みのピラミッドのような大きな雛壇であった。

 その一段一段に並べられているのは、赤銅色の輝きを放つ金属性の大皿や壺、オブジェといったもの。

 大皿や壺には様々な文様が細かく施され、オブジェもまた様々な動植物を時にリアルに、時に大きくデフォルメして再現していた。

 周囲にある展示台の上に並べられた小さな飾り物や茶器、香炉等の一つ一つに施された細工もどこまでも緻密であり、天井から吊るされたシャンデリアの灯りによりいっそう美しく輝いている。


 雛壇の前でその美しさを堪能していたソフィアが、ほうと一つ息をついてから声を上げた。


「お噂には聞いておりましたが、こうして並んだ様子は実に壮観ですわね」


「ええ、圧倒されるとはまさにこのことですね」


 ソフィアと同じように、にこやかな表情で作品を眺めるタクミ。

 一方のニャーチはどうやら小物が気に入ったようで、展示台に顔を近づけてうっとりとした表情を浮かべていた。


 そんな三人の様子に機嫌を良くしたのか、バンジョウがどこか自慢げに声を上げる。


「コチラは我がホウライ国の名産品の一つ、“銅細工”でゴザマス。どれもトビキリの一級品ばかりデスよ!」


「凹凸の陰影だけでこれだけの風景を描くその技術、大変素晴らしいです。とても深い味わいを感じます」

 

 タクミの脳裏に浮かんでいたのは、“侘び寂び”という言葉。

 打ち出しの凹凸のみで描かれた緻密な銅細工は、決して派手なものではない。

 しかし、光と影によって表現されるその様はまるで水墨画のようにも感じられたのだ。


「ありがとうゴザマス。皿や壺の絵は職人が丹精込めて一つずつ打ち出して描いてマス。大変なサギョです」


「そうですわよねぇ……。ほんの少しでも力加減がずれたら、全然別のものになってしまうわけですものね」


「その通りデス」


 ソフィアの言葉に頷くバンジョウ。

 すると、じーっと作品を見つめていたニャーチがくるっと振り向いて声を上げた。


「ねーねーっ、ニャーチも作ってみたいのなっ! どれくらい練習すればできるようになるのなっ?」


「うーん、それきっとムズカシです。一人前の銅細工職人になるのに、十年はかかると言われてマス」


「ふにゃぁ、それはたいへんなのにゃ……」


 耳をペタンと倒し、しょぼんとするニャーチ。

 タクミはそれをなだめるように頭をなでる。


「十年たってようやく一人前、しかし修行は一生続くのでしょうね」


「マサにその通りデス! だから、ホウライ国では、こうしたモノが作れる職人、とても大事にされてマス」


「だから、“名産品”として真っ先に持ってきているというわけね」


「分かっていただけで、とてもウレシです!! サテ、我が国の技術、コレだけじゃありません。ドゾ、奥の方へお進みクダサイ」

 

「あーいっ! 今度は何があるのか、たのしみなのにゃーっ!」


「あー、独りで走っていっちゃダメだからね!」


 今にも駆け出しそうなニャーチをたしなめながら、いつものように首根っこをつかまえる。

 そんな二人の様子に目を細めながら、ソフィアもまた、未知との出会いに胸を高鳴らせながら、部屋の奥へと足を進めていった。




―――――




 その後も三人は、バンジョウの案内に従って、会場内をぐるりと回っていった。

 

 銅細工とともに大広間に展示されていたのは、焼き物や絹や綿などを中心とする布製品など。

 それらに共通しているのは、やはり「緻密さ」であった。

 白磁と思われる真っ白でつややかな焼き物には髪の毛ほどの太さの線で細かく文様が掻き込まれている。

 綿製の大きなタペストリーは、一本一本異なる色で染め上げられた糸を縦横に編み込むことで、伝承に基づく物語が壮大に描かれていた。


「しかし、どれも見事なものね。どこか神秘的なものを感じますわ」


 ため息交じりにこぼされたソフィアの言葉に、タクミがこくりと頷く。

 こうした緻密さから生まれる独特の雰囲気は、ソフィアたちが暮らすテネシー国の文化様式とは異なるものであった。


 しかしタクミには、この特有の雰囲気にどこか懐かしさを覚えていた。

 それは、かつて暮らしていた世界における“東洋的(オリエンタル)な趣”。

 日本だったり、アジアの国々だったり、時には中東やインドだったりと、感じられる空気は作品やモノによって様々ではあるものの、全体としての雰囲気はどれも東洋のそれを思わせるものばかりだ。


 大広間の中をぐるりと一周すると、バンジョウは廊下を隔てたところにある小広間へと三人を案内する。

 バンジョウの後ろをついて小広間へと近づいていくと、ニャーチがくんかくんかと鼻を鳴らし始めた。


「うにゃ? なんだか良い香りがするのなっ?」


「確かに、そう言われてみればそんな気がしますわ。いったい何の香りかしら……?」


「んー、スパイスのような雰囲気もありながら、少し燻したような感じもしますし……」

「皆さん鋭いデス! 先ほどは『眼』でホウライ国のコトを感じて頂きましたが、次は別の形で感じて頂きマス。 ドゾ、こちらへお入りください」


 自信に満ちた表情を見せながら、バンジョウが扉を開いて三人を先に小広間へと通す。

 すると、部屋の中は、清らかな、そしてどこか甘さを感じさせる、非常に心地よい香りに満ち溢れていた。


「ふにゃぁ。とろ~んとするのなぁ……」


 その香りに魅了されたニャーチが小さく呟きながら顔をほころばせる。

 ソフィアもまた眼を閉じてゆっくりと深呼吸すると、満足げにコクリと頷いた。


「とっても落ち着く、素晴らしい香りです。これは香油を焚いているのかしら?」


「イエ、香油ではアリマセン。香りの正体、コレです」


 バンジョウはそういうと、入り口正面に置いてある、足のついた壺状の陶器を指し示す。

 僅かに煙を立ちのぼらせるその陶器の中を覗き込むと、その中央には一枚の木片が置かれていた。

 それを見たタクミが、ふむ、と一つ頷いてから口を開く。


「これは……香木ですか?」


「おお、よくゴゾンジで! その通り、香木デス。炉の中でこうして燻すように香りを立てて、その香りを楽しむのが嗜みにナテマス」


「なるほどねぇ。でも、この小さな木片で、ずいぶんと香りが立つものねぇ」


「ホウライ国の南方の地域がこうした香木の産地なのデスが、良いモノは正直すごく高いデス。今日の香木はジンコウという種類の上級のモノ、この一片デモ十倍以上の重さの金と同じくらいの価値がありマス」


「ええーっ!? そんなに高いわけ!?」


「ハイ。香木は水の中や土の中で長年眠ることで出来マス。その中でも上質のモノはとても希少なのデス。ホウライ国でイチバンのモノは、国の宝にナテマス」


「なるほどねぇ……。でも、確かにこの香りの心地よさなら、それも納得ですわ」


 目をぱちくりとさせていたソフィアも、バンジョウの言葉に納得しうんうんと頷く。

 そして改めて炉に顔を近づけると、立ち上る香りにうっとりと頬をほころばせた。


 そしてしばらく香りを楽しんだ後、バンジョウが三人に話しかける。


「サテ、まだまだいっぱい感じて頂きたいものがゴザマス。今度はコチラへドゾ」


「次もわくわくさんなのなーっ!」


 声を弾ませるニャーチに、ソフィアもタクミもうんうんと頷いた。




―――――




 次に通されたのは、来賓のみが案内される応接用の個室。

 透き通ったガラス窓から陽光が差し込むその部屋は、パチパチと薪を爆ぜさせている暖炉の柔らかな炎と相まって、冬の厳しい寒さを感じさせない穏やかな温もりに包まれている。

 テーブルを囲む四人の前では、ホウライ国の伝統衣装を纏った女性たちによる小楽団が美しい音色を奏でていた。

 

 勇壮さから始まるその曲は、徐々に強さを増していったかと思うと、ゆったりとした美しい旋律へと移り変わり、さらにはどこか悲しみを感じさせる音色へと変化を見せる。 そして、再び熱を帯びてくると、一心不乱に掻き乱すかのような激しいリズムとなり、そして最後は荘厳さと華やかさを兼ね備えたメロディで締めくくられた。


 演奏が終わると、誰からともなく拍手が起こる。

 賛辞の口火を切ったのは、ソフィアであった。


「素晴らしい演奏でしたわ。心が震えるというのは、こういうことを言うのですわね」


「ありがとうゴザマス! この曲は、ホウライ国建国の伝承を奏でたもの、喜んでいただけてとても嬉しいデス ……といっておりマス」


 楽団の女性たちに代わって、バンジョウが彼女たちの言葉を通訳する。

 その話に耳を傾けながら、タクミは彼女たちの手にする楽器に目を向けた。

 そして、記憶にある“三味線”や“胡弓”に良く似たその楽器について、質問をなげかける。


「見事な演奏、私も堪能させていただきました。ところでその楽器はやはりホウライ国の伝統的なものなのでしょうか?」


「ハイ、コレは『スーシェン』と言いマス。今見て頂いた通り、この四本の弦を左手で抑えながら、右手に持った弓で引いたり、指で弾いたりして奏でマス……だそデス」


「なるほど、『スーシェン』というのですね……」


 スーシェンという響きを口の中で何度か反芻し、おもむろに頷くタクミ。

 様々な工芸品や、香木、そしてこのスーシェンが奏でる音色と、自身の記憶とを重ねあわせていくと、タクミの中にホウライ国のイメージが徐々に浮かび上がってきた。


 次の演奏へと向かうため楽団の女性たちが部屋を後にすると、入れ替わりで別の女性たちが部屋へとやってくる。

 彼女たちが運んできたものをテーブルに並べ終えるのを確認すると、バンジョウが口を開いた。


「サテ、最後は舌で味わっていただきマス。 この国での飲み物といえばコーヒーが主流のようデスが、ホウライ国では“チャ”、すなわちテーが主流デス。今日は、産地や製法が異なるいくつかの“チャ”と、それに合わせた甘味を用意シマシタ」


「それでちっちゃなカップがいっぱいだったのな!」


「その通りデス。後程、女性たちがいろんな“チャ”を運んできマスので、是非飲み比べてみて下サイ。最初は、こちらデス」


 そういいながら手慣れた手つきでチャを注ぐバンジョウ。

 お猪口より一回り位大きな白磁の器に入れて差し出された“チャ”は、普段口にするテー ―― タクミが『ダージリン』と呼ぶそれよりもいっそう深みのある紅色に輝いている。


「こちらは、ホウライ国の南部の山脈地域で作られる“チャ”です。茶葉を加工した後、最後に香木の元となる木で燻して、薫香をつけてマス。一緒にお出ししたのは、豆をすりつぶしたものに牛乳と砂糖を合わせて固めた、“バルフィ”という菓子です」


「それはまた興味深いですね。では、早速……」


 タクミはそういうと、小さな器を静かに持ち上げる。

 その“チャ”から放たれる香りは爽やかで甘く、そしてかすかに煙の雰囲気も感じられた。


 しばし香りを堪能した後、ゆっくりと器を傾け、美しい紅色の液体を口に含む。

 すると、少し渋みを伴った、しかしながら力強さを感じさせる味わいが口いっぱいに広がった。

 鼻に抜ける香りも一層豊かで、先ほどの香木の香りを思い起こさせる。


 長くたなびく余韻を味わいながら、今度はバルフィに手を伸ばすタクミ。

 小皿に載った一粒を口に放り込むと、濃厚なコクと甘さが一気に口の中に押し寄せてきた。


 イメージとは異なる強い味わいのコントラストに、タクミはほう、と驚きの表情を見せる。


「この取り合せは面白いですね。はっきりとした甘さを持つバルフィですが、この“チャ”の風味が強いので決して負けていません」


「そうですわね、むしろ、バルフィを少し口に含んだところにこのテーを頂くと、不思議と風味が豊かになる気がしますわ。」


「ニャーチ、この味すきなのなっ! ミルクテーっぽいのにゃっ!」


「確かに、この“チャ”には牛乳と砂糖をたっぷりと入れて頂くこともありマスね。気に入って頂けたようでウレシデス」 


「とってもおいしいのにゃっ! おかわりはできないのにゃっ?」


「こらこら、まだこれからいろんな“チャ”を出してもらうんだから……」


「あ、そうだったのなっ! じゃあ、次をおねがいするのにゃっ!」


「全く、そうじゃなくて……」


「ははは、ニャーチさんはタノシ人デス。次の“チャ”が来るまで、もう一杯ドゾデス」


「やったのな!! バンジョウさん、ありがとなのにゃーっ!」


「あ、そうしたら私にもいただけまして?」


「もちろんです。タクミさんも、ドゾ、遠慮なく」


「では、お言葉に甘えさせていただきます。バンジョウさん、ありがとうございます」


 少し申し訳なさそうに頭を下げながら、そっと器を差し出すタクミ。

 異国情緒あふれる小さな茶会は、まだはじまったばかりであった。


※次パートへと続きます。


※コミカライズ版第2話が先日掲載となりました。詳細は活動報告をご覧ください。

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