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54 外国からの賓客と非公式の昼餐会(1/5パート)

 本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。

 この列車は当駅が終点となります。到着いたしました列車は車庫に入りますので、お手荷物などお忘れ物がございませんよう、ご注意をお願いいたします。

―― なお、ローゼス=ハーパー線では特別列車の運行によりダイヤの変更が生じる場合がございます。変更が生じる場合には駅舎内での掲示にてお知らせしますので、予めご確認頂けますようよろしくお願い申し上げます。

 迎賓館(ロイヤルハウス)を預かるキーマン二人への接宴を無事に終えた翌日、タクミとニャーチは、ソフィアが滞在するスイートルームのリビングに集まっていた。

 薪ストーブがパチパチと音を立てる中、細かな細工が施されたソファにゆったりと腰をかけたソフィアが、こちらも美しい文様が描かれたカップを傾ける。


「んー、やっぱりタクミさんのテー(紅茶)は格別ね。もちろん珈琲も美味しいのですけど、今日みたいな寒い日はこのテーが本当に温まりますわ」


「ありがとうございます。今朝がた市場の方を見に行った際に、ヘンヒブレ(しょうが)を見つけましたので、ツバメから持参してきたテーと合わせてみました」


 ローゼスシティへと向かうにあたって、タクミはいくつかの調理器具や保存のきく食材、調味料などを運んできていた。

 こちらで料理する機会がある際に不便の無いようにと持ち込んだものではあるが、それを知ったソフィアの依頼により、本日この部屋にて“出張ツバメ”が開かれることになったのである。


ミエール(はちみつ)も入って、あまあまのぽかぽかさんなのな! それに、こっちのガレータ(クッキー)もごしゅじんの特製なのにゃっ!」


「ありがとうございますわ。『ツバメ』を独り占めしてるなんて知られたら、常連さんたちからうらやましがられちゃいそうですわね。さてと、そろそろ本題に移りましょうか? 接宴は三日後、いよいよいろんなことを決めていく必要がありますわ」


 柔和な笑顔から一転、ソフィアがきりっと締まった表情を見せる。

 ツバメでリラックスしているときの姿が印象深いが、こちらが本来のソフィアの姿なのであろう。

 タクミもまた、表情を引き締めながら口を開いた。


「今回の接宴は、現在クレイグ(この)国を訪れているホウライ国使節団ご一行様ということでしたね」

 

「ええ、ホウライ国は“西の海”の向こう側にある大国。これまではリベルト様のいらっしゃるテネシー共和国など“東の大陸”の国々を介しての交流でしたが、船舶の技術が発展したおかげで海を渡って直接行き来ができるようになったのですわ」


「そこで、正式に直接の通商を開くために使節団が派遣された。そしてソフィア様もまた、民間の立場として使節団に随行している船主との親交を深める……ということですね?」


 尋ねるようなタクミの言葉に、ソフィアがコクリと頷く。


「あくまでも民間の立場ということで、形式的には非公式の昼餐会ということになっております。しかし、私が集めた情報によれば,今回主賓としてお迎えすることとなる船主のトウリュウ様は、ホウライ国の政府にも通じている有力者のようです。彼の信頼を得られるかどうかが、今後の通商交渉にも少なからず影響を及ぼすこととなると私は考えています」


「なるほど。そうなると、いよいよもって責任重大ですね……」


 腕組みをして考え込むタクミ。

 すると、隣に座って足をぶらぶらとさせていたニャーチが、耳をピンと立てながらタクミに声をかけた。


「大丈夫なのなっ! いつものごしゅじんのおいしいご飯なら、きっと喜んでくれるのなっ!」


「うーん、それくらい単純ならいいんだけどねぇ……」


 ニャーチの言葉に、タクミは思わず苦笑いを見せる。

 ソフィアもまた、僅かに目を細めてから、再びタクミへと視線を向けた。


「確かに、今回の昼餐会はいろいろな思惑が交錯する食卓となります。その分、普段とは違った負担をおかけすることになるでしょう。それでも、この昼餐会のパートナーはタクミさんがベストだと思っています。責任はすべて私がとります。いつも『ツバメ』で私たちをもてなしていただいているのと同じように、ぜひ、今回も大切なお客様への接宴にお力をお貸しください」


 静かに頭を下げるソフィアに、タクミもまた力強く頷いて答える。

 

「もちろんです。微力ではございますが、全力を尽くさせていただきます」


「ニャーチもいっぱいがんばるのなっ!」


「ええ、ニャーチさんもぜひお願いいたしますわ」


 タクミに続いて声をあげたニャーチに、ソフィアが頬を緩めた。

 どこか張りつめていた室内の空気が穏やかなものへと変わる中、タクミが話を進める。

「さて、おもてなしするには相手の方のことをもう少し詳しく知りたいですね。それに、相手の国の食文化なども知っておきたいところですが、いかがでしょうか?」


「そう言われると思いまして、ちょうど今日から国立交易館で開催されるホウライ国見本市の招待状を手配済みですわ」


「それは願ったりかなったりです。百聞は一見に如かず、実際に目にすることができるのは大変ありがたいです」


「ねーねー、ニャーチも一緒にいっていいのな?」


 二人で盛り上がる様子に不安になったのか、ニャーチがタクミの袖をツンツンと引っ張りながら声をかける。

 それに答えたのは、ソフィアであった。


「ええ、もちろんご一緒に。きっと美味しいものもいっぱいありますわよ」


「おいしいごはん!! それは、楽しみなのな! ごっしゅじーん、早速出発するのにゃー!」


「こらこら、これは遊びじゃないからね? 分かってる?」


 テンションが上がり早速席を立ちあがろうとするニャーチを、タクミが慌ててたしなめる。

 その言葉に一応は頷いているものの、目をキラキラと輝かせたニャーチは既に心ここに在らずといった様子だ。

 

「そうしましたら、馬車の手配も済んでおりますし、早速参りましょう。今から行けばちょうどお昼前にはつけると思いますわ」


「なんだか急かしてしまったようで申し訳ございません。では、詳しいお話はまた馬車の中でということで」


 頭を下げながら席を立ちあがるタクミ。

 そしてそろって馬車に乗った三人は、国立交易館に向けて出発していった。




―――――




 国立交易館についたタクミたち一行を出迎えたのは、長い体をくねらせながら踊る大きな龍であった。

 数人の男たちが持つ棒で支えられた龍は、先頭の男が持つ金色の玉を追いかけるようにして広場に設けられた演舞スペースを所狭しと回っている。

 馬車から降りた三人がその光景に見とれていると、頭をもたげた龍がこちらへとやってきて、そしておもむろにニャーチの頭をかぷっと咥えた。


「ふみゃ! ふみゃーーー!! たべられたのなーーーー!!」


 突然頭をかじられて動揺するニャーチ。

 タクミが何とか宥めていると、ソフィアが微笑みながら説明を始めた。


「ふふふ、大丈夫ですわよ。これはホウライ国伝統のリュウブというもの。頭をかじられることで厄払いと健康祈願になるそうですわ」


「ふむ、なかなか興味深いお話ですね」


 彼らの踊りを見ていると、“元の世界”のころにテレビで見たことのある九州方面の伝統的な龍の舞いが思い出される。

 それに、頭をかじって厄を落とすという話は、正月の獅子舞そのものだ。

 親しみを覚える雰囲気がありながらも自分が持つ知識とは異なる部分も感じられる。

 心の中に戸惑いを抱えながら踊りを見つめていると、ソフィアが横から声をかけてきた。


「タクミさんは意外とこういうのがお好きなのかしら?」


「いや、以前に暮らしていたところの風習とどこか似ているところがあるなぁと思いまして……」


「あら、そうすると、タクミさんも実はこちらの方のご出身なのかしら?」、


「いえ、そういう訳ではないのですが……」


 どう答えてよいか分からず、タクミが言葉を濁す。

 するとニャーチが、服の裾を引っ張りながら声を上げた。


「そんなことより、早く中にいくのにゃーっ! またぱっくんされたらやーなのなーっ!」


「ええ、そうね。じゃあ、とりあえず参りましょうか」


 ソフィアの言葉に首肯すると、タクミはもう一度ニャーチの頭をポンと撫でてから交易館へと向っていく。

 受付を済ませに行ったソフィアを待つ間、タクミは人の流れを観察していた。


 豪華なシャンデリアが吊るされたエントランスホールに集まっている人たちの身なりは随分とよさそうに見える。

 一つ一つの仕草も落ち着いたもので、どこか社交場のような雰囲気すら感じられた。


 しかし、会話をしている様子を見るに、その目は真剣そのものである。

 思わずゴクリと息を呑むタクミの気配を察したのか、ニャーチが小声をかけてきた。


「ごしゅじん、なんかすごいところなのな……」


「そうだね、思っていたより随分格式のある場所みたい……」


「あら、そんなことないですわよ?」


 後ろからの声にタクミが振り向くと、そこにはいつの間にか戻ってきたソフィアの姿があった。

 

「ええ、もう少し広くホウライ国の事を知らせるようなものを想像していましたが、これは完全にビジネスの世界ですね」


「そうね。向こうの国の方もはるばる海の向こうからやってきて手ぶらで帰るわけにはいかないでしょうし、こちらとしてもめったにない商談の機会となるわけですから、おのずと力が入るということですわ。さて、こちらはバンジョウさん。今日一日、この会場で案内役兼通訳として同行頂けることになりました」


「バンジョウです。どぞ、よろしくお願いします」


 ソフィアの傍らに付き添っていた一人の若い青年が、少し訛った発音で挨拶をしながら軽く頭を下げる。

 タクミもまた、会釈をしながら言葉を返した。


「タクミと申します。こちらは妻のニャーチ。どうぞ今日一日、よろしくお願いいたします」


「ニャーチなのな! バンジョウさんよろしくなのにゃっ! ところで、その服すごくかっこいいのなっ!」


「ありがとうゴザマス。これは、ホウライ国の伝統衣装です。褒めてもらえるとウレシですね。似合ってますか?」


「良く似合ってるのにゃっ! それになんかとっても強そうに見えるのにゃっ!」


 バンジョウの纏う服は、いわゆる着物にも似た上着に袴のような下衣と、造りだけを見れば“和服”のそれに近いように感じられる。

 しかし、一方で上着は黒の服地に朱色の襟を合わせたかなり派手目の色遣いであり、袴にも荘厳な龍の刺繍が施されている所を見ると、“中華”の趣もまた感じられた。 


 その“似て非なる”雰囲気に懐かしさと不思議さを感じながら、タクミもまたバンジョウへと声をかける。


「今日一日かけて、ホウライ国の事をたくさん勉強させていただきたいと存じます。何卒宜しくお願い申し上げます」


「こちらこそ! ホウライ国の誇る文化、ぜひしっかり感じていてください。では、早速ご案内です。ドゾこちらへ」


 バンジョウは爽やかな笑顔を見せながら、三人を連れて会場へと向かっていった。


※次パートへと続きます。

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