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53 二人のエキスパートと食卓の意味(5/5パート)

※第4パートからの続きです。


 メイン料理として運ばれてきたのは、大き目のボウルに注がれた白いスープであった。

 具材に入っているのは大きな白いマイス(トウモロコシ)。そして上には、きつね色にこんがりと揚がった鶏の皮がクルトンのように少量散らされていた。


 それとは別に、レチューガ(レタス)セボーリャ(玉ねぎ)シエントロ(コリアンダー)などが載った大きな皿がテーブルの中央に用意される。


「お待たせしました。こちらが本日のメイン料理。“ポソレ風のスープ”です。まず一口そのまま召し上がって頂いてから、その後中央の皿にあります野菜や緑のリモーネ(ライム)をお好みでたっぷり載せてお召し上がりください」


「ふむ、スープ料理をメインとはまた珍しいですね」


「しかし、マイスがこれだけ入っていればお腹は満たされそうだ。それにしても、随分と白いスープだな」


「確かに。ミルクを使っているような色合いですが……」


 スープをしげしげと観察しながらカルロスとアウグストが言葉を交わす。

 そして、二人はスプーンを手に取ると、まずはタクミの言葉通りそのままのスープを口に含んだ。


「「なんだ、これは……!」」


 二人が口をそろえて、目を見開く。

 真っ白なスープからは、ミルクの風味など一切感じられない。

 その代わりに口の中に広がるのが、どこまでも凝縮されたクリーク鶏の風味。

 それも、混じりけのない、純粋な旨味がこれでもかというほど溢れていたのだ。


「……おいしい」


 同じようにスープを口にしたソフィアも、驚きのあまり息を呑む。

 ポタージュを思わせるような濃厚な味わいのスープ。しかしながらさらっとして飲みやすい。

 中に入った白いマイスもまたその旨味たっぷりのスープを一杯に含み、咀嚼するたびに美味しさをはじけさせた。

 

 夢中になって黙々と食べ勧める三人。

 そしてあっという間に、三人のスープカップは空になった。


「……っと、しまったな。つい夢中で食べきってしまった」


「ああ。止まらない味わいとは正にこのことだ。野菜を合わせるのをすっかり忘れてしまっていた」


「気に入って頂けたようで何よりです。よろしければお代わりをお持ちしましょうか?」

「おお! ぜひお願いします!」


「私も頼む!」


「よ、よろしければ、私にも……」


 最後にソフィアが少し遠慮気味に皿を差し出す。

 すると、ニャーチが満面の笑みでその皿を受け取った。


「了解なのなっ! すぐによそってくるのにゃー!」


 そのまま部屋を後にするニャーチを見送ると、改めてカルロスが口を開く。


「あのスープ、どこまでも濃厚な旨味を感じる一方で、しつこさを一切感じることはありませんでした。あんなにすごいスープを頂いたのは初めての経験です。アウグスト、あれの作り方はわかりますか?」


「いや、まったく見当もつかない。材料自体はクリーク鶏をメインに、セボーリャやサナオリアといった野菜類を合わせていることは分かる。味付けもほとんど塩のみだろう。しかし、あの色合いといい、旨味の濃さといい、いったいどうやったらあんなスープが取れるのだろうか……」


「今日のスープ作りは時間こそかけておりますが、作業的に何も難しいことはしておりません。強いて言えば、材料の部分で少々工夫させていただきました」


「ほう、何か特別な材料を使っておるのか?」


 アウグストがぐいっと身を乗り出す。

 しかし、カルロスがそれをたしなめた。


「アウグストよ、待ちたまえ。気持ちはわかるが、料理人たるものレシピは命。そう易々と披露することはできまい」


「いえいえ、構いません。というより、むしろ私の方からお話するつもりでした。今日のスープの材料。実は、先に召し上がっていただいた前菜三品の“余りもの”を集めたものなのです」


「なんと!? いったい、どういうことかね?」


 タクミから飛び出た予想外の言葉に、アウグストが食いつく。


「今日のスープの材料は、クリーク鶏の骨をオーブンストーブで焼いたものに、“チューリップ”を作る際に出た手羽先の“先”の部分。それに、サナオリアのサラダを作るために剥いた皮や、ソフィアさんに無理を言って用意いただいていた葉っぱばかりのアピオ(セロリ)プエーロ(ネギ)も一緒に入れております」


「最初に材料の手配を頼まれた時には本当に驚きましたわ。だって、正直捨てるようなところばかりですもの。でも、こうしてスープを飲んでみると本当に絶品……。どんな魔法を使ったのかって思うくらいですわ」


 ソフィアは一息で話すと、ふぅと息をつく。

 そこに、いったんキッチンへと向っていたニャーチが再び戻ってきた。


「お代わりのスープを持ってきたのにゃーっ!」


 ニャーチの明るい声に、部屋の空気が一変に変わる。

 カルロスもアウグストも、頬をほころばせた。


「ありがとうございます。ちょうどこのスープのお話を聞いていたところでした」


「今の話を聞いた後だと、なおさら楽しみだな。っと、今度はコレを入れるのを忘れないようにっと……」


 アウグストはテーブル中央の大皿に手を伸ばし、レチューガやセボーリャ、シエントロをたっぷりとスープの中に入れる。

 そしてその上から緑のリモーネを絞ると、スプーンを入れて豪快に食べ始めた。


「うむ、やはり旨いな。スープがしっかりしているから野菜をたくさん入れても味が薄まらないし、緑のリモーネの酸味との相性も抜群だ」


「こうして食べると、スープの良さがより一層分かりますね。旨味が次から次へと押し寄せてきます。先ほどの材料からこれほどまで滋味深い味わいが生み出されるとは本当に驚きです」


「全くだ。そしてこの“捨てられるような材料”を使ったということが、今日の料理にタクミ殿が込めた“意図”というわけだな?」


 アウグストがにやりと口角を持ち上げる。

 タクミもまた、ゆっくりと首肯した。


「先日の食事会では、私のために料理を一つダメにする形になってしまいました。捨てられる材料で作ったとはいえ、手間をかけて作って頂いたものを捨てる形になってしまうのは、やはり料理人として心苦しいところがございました」


「しかしあれは……」


「ええ、この迎賓館(ロイヤルハウス)での食事の位置づけを私に深く刻むため、ですよね? 外交という国の利益がかかる場所、綺麗ごとだけの食卓とはならないということ、改めて実感させていただきました。ただ、お二方とも私と同じような心苦しさを感じられていたのではないでしょうか?」


「まぁ、そりゃあな」


 苦笑いを見せるアウグスト。

 カルロスもまた、相槌を打つ。


「ですので、本日はそのお気持ちに少しでも応えるべくあえてこのような組み立てをさせていただきました。前菜を作るために出た“端材”からどこまで美味しさを引き出すか、これが本日の料理の主題です」


「なるほど。先日の『裏』をいったというわけか。いや、お見事です!」


 得心した顔で何度も頷くカルロス。

 そこに、アウグストが再び質問を投げかけた。


「しかし、料理人としてはあの材料からどうすればあそこまで濃い旨味が出せるか気になるな。ヒントだけでも教えてもらう訳にはいかないだろうか?」


「いえいえ、別に隠し立てするようなものではございません。まず、骨からの旨味を出来るだけ純粋に取り出すため、できる限り身をはずします。それを一度オーブンで焼いたら、あとはとにかく強火で徹底的に煮出すだけ。もうグラグラと煮込んでしまいます」


「ほう、普段のスープ作りだと濁りを出さないようにするために強火はご法度だが、その逆をするというわけか」


「ええ、その分どんどんと煮詰まっていきますので水分を足しながらの作業になります。あと、木べらや棒で鍋の中の骨をどんどんと砕いて、とにかく旨味を徹底的に絞り出すのが大事です」


「なるほどなぁ。これはぜひ一度試してみたくなるな。タクミ殿、こちらにいる間に、一緒に勉強させてもらえぬか?」


「もちろんです」


 アウグストの申し出に、タクミがこくりと頷く。

 すると、これまで静かにスープを飲んでいたニャーチが会話に割り込んできた。


「身をほじるのはニャーチにまかせるのにゃっ! ニャーチお手伝い部隊再出動なのにゃっ!」


「おお、それは頼もしいな。では、ぜひその時にはお願いしよう」


「あいあいさーなのなっ! ほじった身もおいしいがいっぱいだから、おいしい料理にするのなーっ」


「なるほど、そこで前菜の一つが鶏のテリーヌだったのですね」


 ポンと一つ手を叩くカルロス。

 タクミもまた微笑みながら口を開いた。


「骨際の身は旨味たっぷりですからね。ここを使わない手はございません」


「それであの渾然となった旨さとなったわけか。いやはや、本当に無駄がない」


「でも、あの材料でここまで美味しい料理が作れるとなると、かえって本来の胸肉やもも肉がいらなくなってしまいそうですわね」


「そうなると、予算的には助かりそうだな」


 ソフィアの言葉に、カルロスがおどける。 

 会話が弾む食卓は、朗らかな笑い声に包まれた。




―――――




「いや、堪能させていただいた。今日は本当にありがとうございました」


「貴重な経験だった。ぜひこっちにいる間にいろいろ教えてくれ」


 食事を終えたカルロスとアウグストが、それぞれにお礼の言葉を口にする。


「こちらこそ、お口に合いましてほっとしております」


「いや、本当に素晴らしい料理ばかりでした。タクミ殿の料理の腕前はもちろんのこと、料理に対する真摯な考えが伝わってくる、非常に温かな料理でした。さて、ソフィア、タクミ殿に腕を振るってもらう例の昼餐会は来週でしたよね?」


「ええ、でも、どうしまして?」


「実は、その席上で使ってほしい食材があるのだ。アウグスト、タクミ殿にならアレを託してもよいと思うのだが……」


「もちろん。大賛成だ。タクミ殿がアレをどのように使うか、むしろ自分としても興味があるぐらいだ」


「ええと、アレとはいったい……?」


 話の事情が分からず、首をかしげるタクミ。

 するとカルロスが、にこっと微笑みながら、しかし目元はしっかりと座らせて口を開いた。


「言葉でお伝えするより、お見せした方が早いでしょう。アウグスト、例の箱を持ってきてくれないか」


 カルロスの言葉に黙って頷いたアウグストは、いったん部屋を後にする。

 再び部屋に戻ってくると、彼は一つの頑丈そうな箱を手にしていた。

 それをテーブルに置き、首からぶら下げた鍵を胸元から取り出して箱を開く。

 そして、中から布袋を一つ取り出すと、タクミにずいっと差し出した


 タクミが袋の中を覗くと、そこに入っていたのは“白い粉”。

 それは、タクミにとって大変なじみ深く、そして“こちらの世界”ではどうしても手に入らなかった食材であった。


「ま、まさかこれは……」


「ええ、小麦粉です。今度の昼餐会、ぜひこちらを使った料理を一品お願いできませんでしょうか?」


 静かに口を開くカルロス。

 その言葉の重みに、ゴクリと喉を鳴らすタクミであった。


 お読みいただきましてありがとうございました。

 今回は食卓外交編の前編ということで、かなり盛りだくさんの内容となりました。

 おかげで初の5パート突入です……短編連作とはいったい(汗


 さて、次の『8の日』は年初ということで更新を一回お休みさせていただきます。

 次回の更新は1月18日(水)を予定しております。

 今年は書籍化、そしてコミカライズと年初には想像もしていなかった驚きの展開となりました。

 これもひとえに読者の皆様のご声援のおかげでございます。

 この場をお借りしまして厚く御礼を申し上げます。


 コミカライズ版の『異世界駅舎の喫茶店』は、本日からニコニコ静画での更新も開始されております。

 また、時期がずれてしまいましたがクリスマス短編も更新しております。

 ぜひどちらも合わせてお読みいただき、ご声援など頂けましたら大変幸いです。


 それでは皆様、良いお年をお迎えくださいませ。

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