53 二人のエキスパートと食卓の意味(3/5パート)
※第2パートからの続きです
※あとがきにお知らせがございます
タクミたちを招いての晩餐会は、その後も楽しく談笑を交えながら進んでいった。
二品目として運ばれてきたのはスープ。
粗みじんにされたセボーリャやカラバサ、フーディアなどがたくさん入ったトマトベースのスープの上には、賽の目に刻まれたアボカドと小さな三角形にカットされた揚げトルティーヤが載っている。
野菜のうま味と栄養をたっぷりと濃縮させたようなスープには、カイエナや様々なスパイスで香りづけがされており、何とも癖になる味わいだ。
上に乗せられたアボカドが舌に残る辛さを抑え、揚げトルティーヤが食感の変化と香ばしさをもたらしている。
そして、三品目となる魚料理は、白身魚のソテー。
鯛を思わせる赤い皮が特徴的な白身魚を、パリッと香ばしく焼きあげた逸品だ。
こちらもまた緑のリモンのさわやかな酸味と香り、そしてアッホの風味が白身魚特有の旨味を引き立て、素晴らしい味わいを生み出している。
上からパラりと散らされた香草の香りも、また格別だ。
そして四品目。メインの肉料理が運ばれてきたところで、一つの事件が起こった。
三品目を概ね食べ終えたところで扉がノックされ、羊耳の給仕たちがワゴンとともに部屋へ入ってくる。
「お待たせしました。本日のメイン料理、クリーク鶏のアサードです」
「へぇ、またすごいものを出してきたわねぇ」
「えっ? これってそんなにすごいモノなんです?」
ソフィアのつぶやきにタクミが反応する。
すると、我が意を得たとばかりにカルロスが口を開いた。
「クリーク鶏は、その名の通りクリーク村でのみ飼育されているとても希少な鶏でね。この通り、通常の鶏よりも二回りほど大きく育つ上に、肉質も柔らかく味わいも至高。この国で最高級の食材を三つ選べといったら、間違いなくその一つに選ばれるであろうと言われているものだ」
「特別な手間をかけて育てられるクリーク鶏は、年間に育てる数が決まってるそうよ。しかし、よくこんな貴重なものが手に入ったわね……」
「なぁに、今日はタイミング良く仕入れることができたのだ。せっかくの機会だし、ぜひタクミ殿に召し上がっていただきたいと考えてな」
「それは身に余る光栄でございます。ここから拝見していても、その素晴らしさが十分伝わってきます」
「でも、こんな大きなのをどうやって食べるのなっ? かぶりついていいのなっ?」
話を聞きながら丸焼きを虎視眈々と見つめていたニャーチが素っ頓狂な声を上げる。
眉をひそめてたしなめるタクミを横に、ニャーチの言動に少しずつ慣れてきたカルロスが朗らかな笑い声を揚げた。
「はっはっは。かぶりつくのも豪快で良いかもしれませんが、ここはぜひ迎賓館流のおもてなしをさせてください。この『クリーク鶏のアサード』は、館の主、つまり私が皆様の前で切り分けるになっておりましてな。それが一種の見せ場となっているのですよ。さて、ではこちらに……」
カルロスが目で合図を送ると、横に控えていた羊耳の給仕たちがワゴンの上の大きな銀皿を持ち上げる。
そして、そのまま運ぼうとしたその時、うっかり裾をふんだのか、給仕の一人がバランスを崩した。
「あっ!」
何とか体勢を踏ん張ろうとした給仕だが、それが却って仇となる。
給仕が踏ん張った拍子に銀皿が傾いてしまい、みごとな照りに焼かれたクリーク鶏が床へと落下してしまった。
クリーク鶏が床を転がると、中に詰めてあった野菜やチャンピニョン、アロースが散らばってしまう。
「にゃーっ!?」
「っと、お怪我はございませんか?」
ニャーチの悲鳴がこだまする中、タクミもすぐさま立ち上がり、二人に視線を向ける。 彼女たちにけがはなさそうだが、その顔色は真っ青であった。
「なんと……、とにかく、まずはここを片付けましょう。それから、貴女はキッチンに向かって、至急代わりの品の用意を」
「は、はいっ」「も、申し訳ございません! 今すぐに!」
原因を作ってしまった給仕をキッチンへと向かわせながら、カルロスが床に散らばってしまった『クリーク鶏のアサード』を片付ける。
すぐに片付けは終わったものの、食卓は気まずい沈黙に包まれてしまった。
「とんだ粗相をしてしまい、大変申し訳ございません。今、代わりの料理を頼んでおりますので、少しだけお時間を……」
「いえいえ、こういうことはあることですから、仕方がないことです。それよりも、給仕の彼女に怪我が無くてよかったです」
「でも、とってもおいしそうなにわとりさんだったから、ちょっと残念なのな……」
耳をペタンと倒ししょぼんとするニャーチ。
たしなめるべきか、それとも慰めるべきか迷い、タクミはただじっと見つめるばかりだった。
そんな二人の様子を、ソフィアは静かに見守っている。
すると、再び扉がコンコンコンとノックされ、先ほどキッチンへと向かった給仕とともに、コックコートに身を包み、頭からは丸い虎耳を覗かせた大柄の男性がやってきた。
「少々待たせたな。今度こそクリーク鶏のアサード、存分に食ってくれ!」
そういいながら、軽々と運ばれてきた大きな銀皿がテーブルの中央に置かれる。
「うにゃにゃ? どういうことなのにゃっ??」
「“もう一つのクリーク鶏”ですか……?」
目をぱちくりとさせて驚くニャーチの横で、タクミがぽつりとつぶやく。
その反応に満足げな表情を見せながら、カルロスはキッチンへと戻るコックコートの男を見送り、切り分けを進めていった。
それぞれの部位がきちんと均等に行きわたるように、そして、中の詰め物もきれいに盛りつけなおして、一人一人の前へと差し出す。
「驚かせて失礼しました。今度こそ“クリーク鶏のアサード”どうぞお召し上がりください」
カルロスの言葉に頷くと、タクミはまずこんがりと焼けたモモの部分を一口切り分け、パクリと口に頬張った。
「……これは、ため息が出るほど素晴らしいですね」
よほど丁寧に焼かれたのであろう。
表面の皮はパリッと香ばしく、内側の肉はジューシーに焼きあがっている。
鶏肉にありがちなパサパサ感は一切なく、そしてしっかりとした弾力を感じながらも食べづらさは一切感じられない。
噛めば噛むほど、鶏肉のうまみがぎゅっと押し寄せて来るその味わいは、まさに絶品だ。
まずクリーク鶏本来の味わいを堪能したタクミは、続いてソースを絡めてじっくりと味わう。
皿に添えられているのは二種類のソース。一つは刻んだセボーリャや香草が入った緑色のソース、そしてもう一つは濃い褐色をしたいかにも濃厚なソースだ。
最初に合わせたのは緑色のソース。こちらはトマトにも似た青みを感じさせる爽やかな酸味の中に、じんわりとした穏やかな辛みが感じられる。
おそらくはセボーリャだけでなく、緑色のカイエナも入っているのであろう。
最初の二品にも共通する酸味と辛味を兼ね備えた味わいは、クリーク鶏の良さをいっそう引き出していた。
続けてタクミはもう一つの褐色のソースにも手を伸ばす。
こちらを少しつけたクリーク鶏を口に含むと、先ほどとは異なり、複雑で、かつ濃厚な風味が一気に口の中へと押し寄せてきた。
最初に感じられるのは甘み。しかし、そのすぐ後から独特の苦みやスパイシーな辛みが追いかけてくる。
そして鼻孔をくすぐる豊かな香りは、他に類を見ないものだ。
濃厚でずっしりとした重みのある味わいは、どこか“赤味噌”を思わせる雰囲気すらある。
しかしタクミには、この風味に心当たりがあった。
「これはもしかして……カカオが入っていますか?」
「ご明察です。このカカオを使ったソース『モーレ』もまた、この“クリーク鶏のアサード”には欠かせないものなのです」
「しっかりとした旨味を持つクリーク鶏だからこそ、濃厚なモーレに負けることなく、味わいが共存できるのでしょう。本当に素晴らしい味わいで、感服いたしました」
「その言葉、アウグストが聞いたら心から喜ぶでしょう。後程改めてご紹介しますので、ぜひその時に直接お伝えください」
最大の賛辞にカルロスが微笑みを見せる。
すると、横で黙々と食事を勧めていたニャーチが再び声をかけてきた。
「ねーねー、こっちのご飯もすっごくうまうまなのなっ!! ごしゅじんも早く食べてみるといいのなよっ!」
「はいはい、どれどれ……」
ニャーチの言葉に頷いくと、タクミは皿に添えられていた詰め物にもフォークを伸ばす。
刻み野菜やチャンピニョン入りのピラフのようにも見えるそれは、黄金色に輝いているようにも見えた。
期待に胸を膨らませながら、そのアロースを口に含むタクミ。
そしてしばらく咀嚼をすると、ゴクリと喉を通し、ふぅ、と息をついた。
「驚かされることばかりです。アロースがクリーク鶏の美味しさを全部吸っています。添え物とばかり思っていましたが、むしろこのアロースこそがこの料理の美味しさの真髄かも……」
「さすがはタクミさんね。このアロースが無ければ、この料理はただの鶏の丸焼きにすぎませんわ」
「ご飯もお肉もどっちもおいしいのなっ! おいしいがいっぱいで、おなかもいっぱいで、ニャーチはとってもうれしいのにゃーっ!」
ようやく緊張がほぐれたのか、それともお腹が膨れて満足したのか、ニャーチがご機嫌な表情を見せる。
一時は緊迫した空気が流れた応接室も、今は楽しげな雰囲気で包まれていた。
―――――
デザートとして出されたフランとフルーツの盛り合せもあっという間に平らげ、香り高い珈琲とともに食後の余韻に浸っていると、扉がガチャリと開いた。
入ってきたのは、先ほど二つ目の“クリーク鶏のアサード”を運んできてくれた、コックコートに身を包む大柄の男だ。
「先ほどは満足なご挨拶もできず失礼した。この迎賓館の厨房を預かっているアウグスト・クワレスだ」
金色の髭を口元に蓄えたアウグストがコック帽を小脇に抱えてぐっと手を差し出す。
タクミもまた席を立ち上がると、差し出された手をしっかりと握り返した。
「本日は、素晴らしい料理の数々をありがとうございました。特に“クリーク鶏のアサード”、素材の良さもさることながらあの味わいに込められた技術の粋に感服いたしました」
「その言葉は料理人冥利に尽きるな。アレは俺の自信作の一つだからな。良ければ、こっちにいる間に秘訣を伝授するぜ?」
「それはもう是非にお願いしたいです。少しでも近づけられるよう勉強させてください」
タクミの言葉にアウグストが力強く頷く。
すると、横からニャーチが口を挟んできた。
「でも、せっかくのおいしいだったのに、一つ目のがばしゃーってなっちゃったのは、もったいなかったにゃ……」
「んー、たぶんそれは心配ないというか……“予定通り”だったんじゃないかな? カルロスさん、アウグストさん、いかがですか?」
タクミはニャーチに言葉を返しつつ、確認したかったことを二人に尋ねる。
その質問に先に答えたのは、カルロスであった。
「さすがはタクミ殿。ご明察の通り、一つ目に用意したものは“わざとひっくり返す”ために用意させたものです。これは、この『迎賓館』という場で供される料理の“意味”をぜひ身体で感じて頂こうと、外交にまつわる過去の逸話に倣って用意したものです」
「ふむ、過去の逸話ですか……」
カルロスの言葉に相槌をいれるタクミ。
すると今度は、アウグストが説明を始めた。
「まだこの国が海外との通商を始めたばかりの頃、とある国際会議がこの国で開かれることとなった。出来たばかり『迎賓館』のスタッフは、この国の力と威信を示すため、それはもう躍起となって準備に取り組んだそうだ」
「そして、その準備が功を奏し、最高級の食材である『クリーク鶏』を同時に二つ入手できました。しかし、ここで初代の迎賓館長は考えたそうです。『果たして、これを二つとも供することが最善なのか』と ――」
「これみよがしに二つ並べても感動は薄いし、嫌味に過ぎるといわれる恐れもある。そこで、初代館長は今日と同じように、“僅かに出来の悪い一つをあえてひっくり返したうえで、すぐさま本命のもう一つを供する”ということをやってのけたのです」
「なるほど、一つを“捨て駒”にすることで、本命の一つをより引き立てるということでしょうか?」
話を静かに聞いていたタクミが口を開く。
それに対し、カルロスもこくりと首肯し、話を続けた。
「ええ、その意図はもちろん大きかったと思われます。それに加えて『あえて期待を外して落胆させておいてから、もう一度期待に応える』ことで賓客たちの喜びを最大限に引き出すための筋書きだったと伝えられています。また、『立派なクリーク鶏の『予備』まで用意できるほどの力がある国である』ということを誇示する思惑もあったでしょう」
「『迎賓館』は外交と深く結びついた施設、すなわち国の利益や威信を賭けた戦場の最前線ともいえる場所だ。となれば、そこで供される料理もまた“交渉の武器”の一つとして扱われる。意図的に不味い料理を作ることはないにせよ、メニューや食材の選択一つから“思惑”や“意図”がいやがおうにも付きまとってくるのだ」
「もちろん、タクミ殿の料理の腕前を信頼していないわけではありません。ただ、この『迎賓館』で料理を頂くにあたって、言葉だけでなく、ぜひこのことを体で感じて頂きたいと想い、このような場を設けさせていただきました」
話を終えたカルロスが頭を下げる。
タクミもまた、ゆっくりと頭を下げると、口を開いた。
「お話はよく理解できました。私も以前に暮らしていたところで似たような外交の逸話を読んだことはあります。ただ、こうして目の当たりにすると、重みがまったく違いますね。貴重な機会を頂けました」
「でも、ごしゅじん。わざとポイッてするためにご飯を使うのは、どうしてももにょってするのにゃっ。やっぱりもったいないって感じちゃうのな」
「そうねぇ。さっきの逸話は私も知っているのだけど、どうしても引っかかる部分はあるのよねぇ……」
これまで話を静かに聞いていた女性陣二人から、疑問の声が上がる。
その疑問は、口にしないまでもタクミも感じていたところだ。
タクミはすっと顔をあげて、カルロスとアウグストに視線を送る。
答えが発せられたのは、料理長アウグストからであった。
「それは俺も全く同感だ。料理人としては、どうしても食材を捨てるために使うのは抵抗があるっつーわけで、これをやるなら一つ目の分は“捨てる予定の食材”を使うってのが条件で再現したってわけさ」
アウグストの話によると、“一つ目”の鶏は、廃棄予定だった古い丸鶏の皮の間に、こいつも捨てる予定だった古い端肉をミンチにして皮の間に詰め、さらに表面に水あめを塗って“見栄えだけ”は一人前に見えるようにしたものとのことだ。
中の詰め物も、割れ米やセボーリャの一番外側の堅い部分を使うなど『食用に適さない』ものばかりで作られているとのことで、美味しい不味いの前に『食べ物』として成立しないとの話であった。
「なるほどなのなっ! それならちょっとは安心したのにゃーっ!」
事情を理解したニャーチがほっとした表情となる。
ソフィアもまた、納得の表情を見せていた。
一方のタクミは、これまでの話を整理するように少しの間黙想をする。
そして、改めてカルロスとアウグストに向きなおすと、真面目な表情で口を開いた。
「今日は本当に素晴らしい宴をありがとうございました。先ほども申し上げましたが、この『迎賓館』という場所、そしてここで供される料理の重みを深く実感したところでございます。そこで、一つ私からお願いがあるのですが……」
「ほう、なんでしょうか?」
「このような場で料理をするのは、何分初めての経験となります。そこで、本日お二方に示していただいたことに対する私の理解が正しいかどうか、一度確認を頂く場を設けさせていただきたいのです。つきましては、今日のお礼も兼ねまして、お二方に料理を提供する機会を頂ければと存じますが、お願いできますでしょうか?」
「いや、タクミ殿の先ほどの様子であれば、十分問題ないと思うが……」
丸い虎耳をピンと立てたアウグストが、小首を傾げながら言葉を返す。
しかし、タクミは小さく首を横に振ると、再び話し始めた。
「今度担当することを予定している接宴に向けて、お二方の力をお借りせねばならないでしょう。その際、お二方に私という料理人が“外交”という舞台を踏まえてどのように料理を組み立てるのか、知っておいて頂きたいのです。それを理解いただくには、おそらく私の料理を召し上がっていただくのが一番早いかと」
「なるほど。確かにそれは道理ですね。わかりました。そうしたら、ぜひ一度タクミ殿の料理を頂きたいと存じます」
「迎賓館の食材は自由に使っていただいて構わんから、必要なものがあればいつでも言ってくれ。正直、俺もタクミ殿の料理を食べてみたかったんだよな」
「ごしゅじんのごはんは、今日のごはんに負けないくらいいっぱいおいしいのなよっ! ニャーチのたいこばんなのにゃーっ!」
「そうね、タクミさんの料理、きっとお二方も驚くと思いますよ?」
「ちょっと、お二方ともあんまりハードルを上げないでくださいね」
にこやかな表情で後押しをするニャーチとソフィアの言葉に、タクミは思わず苦笑いを見せる。
迎賓館の応接室には、再び朗らかな笑い声がこだまするのであった。
※第4パートへと続きます。
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『異世界駅舎の喫茶店』コミカライズ版が本日よりComicWalker様にて連載開始となりました!
ここまで来ることができたのも、読者の皆様の多大なるご声援のおかげです。
まずはこの場をお借りしまして、厚く御礼申し上げます。
コミカライズ版の掲載情報は活動報告にて随時ご紹介しております。
なろう版、書籍版とはまた一味違う喫茶店『ツバメ』の世界、ぜひ合わせてご堪能いただければ幸いです。