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53 二人のエキスパートと食卓の意味(2/5パート)

※第1パートからの続きです

「さて、着きましたわ」


 その日の夕方、ホテルまで迎えに来た豪華な馬車に乗ったタクミとニャーチ、そしてソフィアの三人は、本日の目的地へとやってきていた。

 外から扉が開かれ、最初にソフィア、そしてニャーチ、タクミの順で降りていく。

 

「ふわぁぁ……」「こ、これは……」


 馬車を降りて、そのまま口をポカンと開けて目の前の建物を見上げるタクミとニャーチ。

 それはまさに圧巻の光景であった。

 歴史を感じさせる石造りの大きな建物は、あちらこちらに灯りがともされ、荘厳な雰囲気を放っている。

 エントランスもまばゆいばかりの灯り ―― おそらく最新式のガス灯であろう ――で照らされ、まるで昼間のように明るい。

 ちょっとした調度品の一つ一つをとってもどれも歴史と風格を感じさせ、この場の持つ重みがずっしりと心に響いてきた。


 タクミたちがあっけにとられていると、建物の中から燕尾服を纏ったスマートな青年の男性が近づいてきた。


「ようこそ、ローゼスシティ、そして迎賓館(ロイヤルハウス)へ。館主の役を仰せつかっております、カルロス・マリメイドと申します」


「カルロスは私の従兄さんよ。今回の件の依頼主でもあるわ」


 ソフィアの言葉にうんと一つ頷くタクミ

 そして、カルロスから差し出された手をそっと握りながら言葉を返した。


「初めまして、タクミ・クロガネと申します。今回は大役を仰せつかりまして、いまだ緊張しておりますが、どうかよろしくお願いいたします。そして、えーっと……、あれ?」

 つい先ほどまで隣にいたはずのニャーチの姿が見当たらず、タクミは辺りをきょろきょろと見渡す。

 その時、不意に背中をぎゅっと摘む気配を感じた。

 後ろを振り向くと、そこには小さく縮こまるニャーチの姿。

 普段の動きやすい恰好とは違い、かわいらしいドレスに身を包んだニャーチの頭をポンと一つ撫でると、そっと手を差し伸べて前へと回らせた。


「失礼しました。こちらが私の大切なパートナー、ニャーチです」


「ニャ、ニャーチはニャーチなのにゃ! は、はじめましてなのなっ」


 ぺこっとお辞儀をするニャーチに目を細めながら、カルロスが改めて名乗る。


「カルロスです。短い間ですが、どうぞよろしく」


「よ、よろしくなのなっ」


 そういうが精一杯だったのか、再びタクミの背中に回り込むニャーチ。

 その様子に、残る三人は思わず笑みをこぼした。


「さて、玄関で立ち話もなんですから、どうぞこちらへ。公式の場ではないためささやかな形にはなりますが、迎賓館でのおもてなしをどうぞご堪能ください」


 カルロスはそういうと、三人を室内へとエスコートする。

 その仕草には一切の無駄がなく、風格と気品を感じさせるものであった。

 こういった場に慣れていないせいか、ニャーチがタクミの服の裾をつかんで小刻みに震えている。

 タクミは、怖がるパートナーの背中にそっと手を添えながら、カルロスの後をついて行った。




―――――




「今日はプライベートなお招きとなりますので、こちらでの接遇となり恐縮です。ただ、食事の方は料理長が腕によりをかけて準備しておりますので、どうぞ楽しみにしていてください」


 大広間や貴賓室などを一通り案内された後でタクミたちが通されたのは、メインの区画からは少し離れた応接室であった。

 主に実務担当者レベルの打合せや会食等に使われるという説明を受けているものの、その設えは国を代表する迎賓館にふさわしく豪華なものだ。


 天井からは大きなシャンデリアが吊るされには数多くの蝋燭がともされ、その光で細かなガラス細工がまばゆくきらめいている。

 シックな調度品も細かく細工が施されており、それぞれに歴史の深みが伺える。

 ダークブラウンで統一された室内の中で、真っ白なテーブルクロスだけが輝くように浮かび上がっているのも、演出を際立たせていた。


 落ち着かない様子で辺りをきょろきょろと見渡すニャーチをなだめながら、タクミはカルロスやソフィアとしばし言葉を交わす。

 しばらくすると、扉がコンコンコンと三度打ち鳴らされ、カルロスがどうぞと声をかけた。


「失礼いたします。最初の料理をお持ちいたしました」


 部屋の中に入ってきたのは、白いレースで出来た伝統的な装束をまとった清楚な雰囲気を漂わせる二人の女性であった。

 髪の間から横長の垂れ耳を覗かせているところを見ると、おそらく二人とも羊の亜人なのであろう。

 彼女たちの手で運ばれてきた料理が四人の前に並べられる。

 白い磁器の皿に盛りつけられているのは、どうやら魚介類の和え物のようだ。

 横には四分の一ほどの扇型に切られたトルティーヤの揚げ物が添えられている。

 白、赤、緑、と目にも美しい色合いの一品目に目を奪われたのか、先ほどまで緊張していたはずのニャーチが突如として大きな声を上げた。


「うにゃぁ!! キラキラさんなのなっ!!」


「こら、ニャーチ、ちょっと声が大きいです。というか、突然元気になりましたね……」

 冷や汗をかきながらニャーチをたしなめるタクミ。

 それをにこやかにほほ笑みながら見守るソフィアの横では、天真爛漫なニャーチの様子を初めて目の当たりにしたカルロスが一瞬面をくらったような表情を見せていた。

 しかし、カルロスもまたすぐに気を取り直して声をかける。


「何とも純真でかわいらしい奥様ですね。さて、一品目は『海の幸のセビチェ』、そのまま召し上がっていただいても良いのですが、ぜひ横に添えてあるトスターダ(揚げトルティーヤ)にも載せてお召し上がりください。では、遠方よりお越しいただいた素晴らしき料理人との出会いに」


 流れるように挨拶を終えたカルロスが、二人の給仕たちが注いでくれていた白いスパークリングワインのグラスを掲げる。

 それに続けてタクミとソフィア、そして一拍遅れてニャーチもまたグラスを掲げ、杯を傾けた。


 かくして、顔合わせの晩餐会は始まった。

 一品目の『海の幸のセビチェ』は、一口大に刻んだカマロン(海老)ベネーラ(ホタテ)を、角切りのアボカドやトマト、それにセボーリャ(玉ねぎ)のみじん切りと共に合えたもの。

 タクミ流に言えば『海老と帆立のカクテルサラダ』といったところだ。

 軽くボイルされたカマロンやベネーラと、たっぷりとかけられたリモン(レモン)の酸味の相性はいうまでもなく抜群。

 そこにカイエナ(唐辛子)の辛みがアクセントとなり、共に入れられたシラントロ(コリアンダー)の葉の香りが爽やかさを一層高めている。

 そしてそれをトスターダの上に乗せれば、パリッとした触感と揚げたマイス(トウモロコシ)特有の香ばしさが加わり、さらなる美味しさが生まれていた。


 タクミがほーっと息をつきながら素直に感想を口にする。


「これは本当にすごいですね。ワインとの相性もさることながら、食べれば食べるほど食欲が掻き立てられるようです。最高の前菜です」


「ありがとうございます。タクミ殿のような素晴らしい料理人のお眼鏡にかなうのであれば、大変うれしいですね」


「いえいえ、私なんてそれほどのものでは……。ところで、一つご質問なのですが、ローゼスシティではこのようにカマロンやベネーラを“生”に近い状態で召し上がることは多いのでしょうか?」


 タクミはそういいながら、皿の上のセビチェをフォークですくう。

 セビチェに使われているカマロンやベネーラは、表面だけが白く色が変わっているものの、中心の部分は生のままであった。

 おそらくは短時間湯に潜らせたか、若しくは『湯霜』のようにさっと湯をかけただけのものであろう。

 港のあるハーパータウンであっても魚介類の“生”に対する抵抗感は強く、あまり好まれないと思っていたタクミにとって、このセビチェは驚きの一品であったのだ。


 しかし、その質問はカルロスにとって予想の範囲内であったようだ。

 彼はスパークリングワインのグラスをくいっと傾けると、ゴクリと喉を通してから口を開く。


「確かにタクミ殿のおっしゃる通り、この辺りでは一般的に“生”の食材を食べる習慣はございません。それは、どうしても魚介類が傷みやすく、独特の臭みが出てしまうことが多いからです。実際、この“セビチェ”も、街中であればしっかり茹でて火を通したカマロンやベネーラが使われています」


「なるほど。そうすると、この料理はあえて“生”を残していると?」


 真剣な視線で質問を重ねるタクミ。

 カルロスもまた、タクミの質問の意図を理解し、うんと一つ頷いてから答えを続けた。


「その通りです。食材の鮮度の問題で臭みが出るのであれば、裏を返すと“鮮度の良い食材”で作れば火を通す必要は少なくなるということ。この館では、特別に手配した“生きたままの”カマロンとベネーラを仕入れ、調理直前まで生かしておくことで、最高の味わいのセビチェが提供できるようになりました。それに、この料理がこの形できちんと出せるようになったのも、タクミ殿のご尽力が影響しているのですよ」


「え? と、いいますと?」


 突然の言葉にタクミがきょとんとしていると、カルロスに代わってソフィアが説明を始めた。


「ほら、例の“冷蔵箱”よ。博覧会の時にタクミさんに教わったアレ、あの評判がすごくてね。これまでよりうーんと食材を長持ちさせられるってんで、この迎賓館や一流のレストランとかで引っ張りだこになってるのよね」


 ソフィアの言葉に、カルロスがうんうんと頷く。

 

「博覧会以降、この国のいたるところに製氷工場ができ、これまでに比べればずいぶんと安価に氷が手に入るようになりました。そのおかげで、カマロンやベネーラを海から離れたこの地に運んでくる際に、氷で十分に冷やすことで大半を生かしたまま運ぶことも不可能ではなくなりました。もし安価に手に入る氷が無ければ、今日のセビチェを作り出すことはできなかったでしょう。ソフィア殿からは、タクミ殿から頂いたアイデアが氷の普及に向けた大きな原動力となったと聞いております。であれば、今日のセビチェもまた、タクミ殿のお力の賜物であるといえるかと存じます」


 にこやかな表情で、しかし熱く語るカルロス。

 その言葉をじっと聞いていたタクミは、頬をポリポリとかいて照れくさそうな表情を見せた。


「なるほど……。いや、私の力なんて大したものではございません。私からソフィア殿にお話ししなくても、いずれ同じような発想に至る方はいらっしゃったでしょう。それはともかく、このセボチェをあえて“半生”で出しているのは、やはり馴染みやすさを考慮されてのことでしょうか?」


「ご明察です。本来なら“生”でも食べられるくらい鮮度の良いカマロンやベネーラではあるのですが、やはり“生”では抵抗のある方も多くいらっしゃいます。そこで、今のところは軽く湯通しして、かつ冷水ですぐに熱を取った“半生”にてお出ししております。もしよければ、後程“生”も召し上がって見られますか?」


「それはありがたいですね。ぜひともお願いいたします」


「にゅぅ、それはいいのなけど……、ニャーチはもっといっぱいおいしいが食べたいのにゃーっ!」


 しばらく静かにしていたと思ったニャーチが、話に割り込んできた。

 その言葉にふと手元をみると、ニャーチの前の皿はすっかり空になっている。

 どうやら、少々話に夢中になりすぎていたようだ。


「そうですわよ。まったく、お二人とも、隣にこんなに素敵なレディがいるというのにほったらかしなんですもん。そうですわよね? ニャーチさん?」


 ソフィアの言葉に、ニャーチがコクコクと首を縦に振る。

 女性陣二人からじーっと視線を向けられ、顔を見合わせながらバツが悪そうに苦笑いを浮かべるタクミとカルロスであった。


※第3パートへと続きます。

※次回は12/22 12時頃に臨時更新を行う予定です。

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