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52 見守るマスターと日替わりランチ(4/4パート)

※前パートからの続きです

「遅くなってしまいました。ただいま戻りました」


 タクミが駅舎へと戻ってきたのは、すっかり日も暮れた夕方遅くのことであった。

 一日の営業を終えた『ツバメ』のホール側から入ると、中で掃除をしていたルナが声をかける。


「あ、タクミさんお帰りなさいませーっ! どうでした? 大丈夫でしたっ?」


「ええ、おかげさまで。ナトルさんとロランドはキッチンですか?」


「はいっ! 今ちょうど後片付けをしているところかと。ニャーチさんは駅舎の方の掃除に行ってますっ」


「わかりました。そうしたら、片付けが終わったらホールに来てもらうよう伝えてください。先に荷物だけ置いてきますね」


 タクミはそう言い残すと、そそくさと階段を上がっていく。

 そのタクミの行動に少しだけ違和感を感じつつも、ルナはタクミからの伝言を伝えにキッチンへと向かっていった。


 やがて、それぞれに仕事を終えた駅舎のメンバー全員がホールへと集まってくる。

 最後にやってきたテオが、席につきながらタクミに声をかけた。

 

「お待たせしましたー。“駅長”は最後の点検を終えてからくるそうですー」

 

「了解しました。じゃあ、先に始めましょうか。えっと、今日は大変失礼しました」


「いやいや、師匠こそ大丈夫っすか? 随分念入りに包帯巻いているみたいっすけど……」


 ロランドが指摘するように、タクミの右手には、手首を固定するかのように包帯がしっかりとまかれていた。 

 ニャーチはもちろん、ナトルやルナも心配そうにその痛々しい姿を見つめている。

 タクミは、その腕をさすりながらいつものように微笑みを見せる。


「ええ、ちょっと大げさにしていますが、おかげさまで大事には至っておりませんでした。ということで、これはお詫びと言っては何ですが、こんなのを買ってきましたので一緒に食べましょう。ニャーチ、ふたを開けてもらっていい?」


「わかったのな!」


 テーブルに置かれた箱をニャーチがさっそく開く。

 その中に入っていたのは、カカウエーテ(ピーナッツ)を溶かした砂糖で固めた板状の菓子、“パランケッタ”だ。


「故郷にも似たような菓子がありまして、つい懐かしくて買ってきちゃいました。みんなで頂きましょう」


「わーいっ! じゃあ、ニャーチが飲み物いれてくるのなーっ!」


 そう言うが早いか、ニャーチは一目散にカウンターへと駆け出していく。

 その後ろから、テオが慌てて声をかける。


「ニャーチさーん、注文聞くの忘れてますよー」


「あ、じゃあ私も手伝ってきますっ。えーっと、皆さん何がいいですかっ?」


 一人ずつの注文をルナが確認し、カウンターのニャーチに伝えに行く。

 二人並んでカウンターで飲み物を用意する姿に目を細めてから、タクミは改めてナトルに声をかけた。


「今日は本当に助かりました。先ほど“駅長”さんにも聞きましたが、予想通り大活躍だったみたいですね」


「そ、そんなっ……。準備が遅れてバタバタしっぱなしでしたし、ロランドさんにもご迷惑をかけっぱなしで……」


「そんなことないっすよ! 料理の手際はもちろんですけど、今日のメニューなんて、師匠の料理とこのあたりの伝統料理をミックスさせて、ホントすごかったっす!」


「ホントホント、自分も賄いで頂いたんですが、めっちゃうまかったです!」


「そ、そんな……」


 ロランドとフィデルからの大絶賛に、ますます恐縮するナトル。

 トレイを手に戻ってきたルナもまた、今日の様子を口にする。


「お客様からも大絶賛でしたよっ。また来たいって方が何人もいらっしゃいましたっ」


「それは何よりでした。やっぱりナトルさんにお任せして正解でしたね。本当にありがとうございました」

 

 そういいながらタクミが深々と頭を下げる。

 持ち上げられっぱなしのナトルは、顔を真っ赤にしながら手をふるふると振っていた。

「そうなのなーっ! 今日の一等賞はナトルちゃんなのなーっ……っとぉ!?」


 飲み物の用意を終え、なぜか踊りながら戻ってきたニャーチが何かにつまづいたのか体をよろめかせる。

 その場の全員が危ないっ!と思った瞬間、パッと立ち上がったタクミがニャーチを抱きとめた。

 

「こーらっ。はしゃぎすぎちゃダメでしょ?」


「ご、ごめんなのな……。って、あれ?」


 タクミの右手(・・)が自分をしっかり抱きとめていることに気づき、ニャーチが疑問符のついた声を上げる。

 

「だ、大丈夫ですかっ!?」


「師匠、その右手……?」


 また腕を痛めたのではと慌てた様子を見せるナトルに対し、タクミの行動に違和感を覚えたロランドが首をかしげる。

 タクミは包丁も持てない(・・・・・・)ほど酷く手首痛めていたという話だったはず。

 とっさのこととはいえ、ニャーチを受け止めるなど出来るとは思えなかったからだ。


 するとその時、玄関の扉がカランカランカラーンとベルの音を奏でた。


「おお、みんなもう集まっておるようじゃな。っと、タクミ殿……?」


 ホールの中の様子に、“駅長”もまた声をかける。

 するとタクミは、ニャーチを腕から離し、腕をさすりながら苦笑いを見せた。


「いやー、やっぱり隠し事はできないものですね。とっさに右腕を使ってしまいました」

「え? あれ?」


 タクミの言葉に、ナトルが目を白黒とさせながら言葉をこぼす。

 状況が呑み込めず、頭の周りに疑問符がいっぱい並んでいるようだ。


 すると、全員の視線を集めたタクミは、するすると右腕の包帯を外し始めた。


「え、ええ、ええええ!?!?」


 一番に驚きの声を上げたのはナトル。他のメンバーもあっけにとられた様子で目が点になっている。

 その時、“駅長”がうぉっほんと一つ咳払いをしてから口を開いた。


「事情は私から説明した方がいいの。タクミ殿は怪我などしておらん。少し事情があって、無理に方便を使ってもらったのじゃ」


「えーっと、どういうことです?」


 首を傾げながら呟かれたテオの言葉を合図に、全員の視線が一斉に“駅長”へと向けられる。

 

「実はな、今日はタクミ殿が不在の際、ナトル殿が『ツバメ』のマスター代理として役目を果たせるかどうかを試させてもらっておったのじゃ。内緒にしていてすまなかったの」


「い、いえ……。ちょっとびっくりしましたけど……」


「でも、“駅長”さんっ。それならナトルさんにちゃんと話しておいても良かったんじゃないですかっ? 朝はみんなとっても心配してたんですよっ!」


 最年少のルナが少し頬をふくらませながら“駅長”に視線を飛ばす。

 すると“駅長”は、腰をかがめてルナの頭をなでながらゆっくりとした口調で応えた。


「うむ、ルナちゃんも心配かけてすまんかったの。いやな、ここに来てからの働きぶりを見る限り、ナトル殿であれば料理は任せられるし、事前に話をすればきちんと対応できるというのは分かっておった。タクミ殿、そうじゃな」


 駅長の言葉に、タクミがコクリと頷く。


「しかしな、店を任せるということは、どんな事態が起こってもきちっと責任を持って対応するということも求められる。だから今日はあえて『緊急事態』を起こして、タクミ殿の力が借りれない状態でナトル殿がどのように対応できるか、それを見させてもらったのじゃ」


「ここに入って来る前に“駅長”から聞きましたが、一日の営業をしっかり務めてくれたようですね。それは、ここにいる皆さんも納得だと思います。いかがですか?」


 タクミの問いかけに、全員が一斉に頷く。

 すると、ナトルは恐縮したように縮こまってしまった。


「そ、そんな……。私は、無我夢中だっただけで……」


「いやいや、本当に自信を持ってよいですぞ。これなら安心してマスター代理を任せることができますな? のう、タクミ殿?」


「ええ、私も一安心です」


 “駅長”の確認に、笑顔で頷くタクミ。

 するとその時、ニャーチが会話に割り込んできた。


「ちょ、ちょっとまつのにゃっ! なんかこの話だと、ごしゅじんが『ツバメ』からいなくなっちゃう気がしちゃうのな!!」


「そうっすよ! 何か、師匠が遠くに言っちゃいそうで……、まさか、ここから離れるだなんて言わないですよね?」


 ニャーチの悲鳴にも似た叫びに、ロランドも立ち上がって同調する。

 それに対しタクミが何か言おうとするが、それよりも早く“駅長”が口を開いた。


「いやいや、その心配はない。しかしな、少々やんごとない事情があって、タクミ殿の力をどうしても借りる必要が出てきたのじゃ」


「実は少し前に、とある重要な仕事のためにマークシティまで来てほしいと要請を受けておりました。ただ、私が出向くとなると頭数だけ考えても『駅舎』も『ツバメ』も人手が回らなくなるのが明白でした」


「『駅舎』の方は儂の方で人手を手配するにしても、『ツバメ』のほうは簡単に人を宛がうというわけにはいかんかった。そこでじゃな、その仕事にも関係しているソフィア殿にも協力してもらって、ナトル殿に『ツバメ』へと来てもらった ―― こういう訳じゃったんだよ」


「なるほど。じゃあ、最初から全部そのつもりで……」


 じっと話を聞いていたフィデルが、ようやく得心が言ったという様子で首を縦に振る。


「事情が事情なので、ここまで明かすことが出来ませんでした。ナトルさん、それに皆さんもご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」


 そういって、深々と頭を下げるタクミ。

 続けてナトルの方へと向き直すと、しっかりとした眼差しで見つめる。


「ナトルさんなら、私が不在の間の『ツバメ』も安心してお任せできます。それに、ロランドをはじめ、ここには力強いメンバーもそろっています。ナトルさんの力、ぜひお借りさせてください」


「わ、私が……、この店を……」


 降ってわいた大きな話に、ナトルは今朝以上の戸惑いを見せる。

 すると、ルナとロランドが、それぞれに声を上げた。


「お客様たちもすっごく喜んでましたし、ナトルさんならきっと大丈夫ですっ!」


「そうっすよ! ナトルさんの腕があれば、師匠がいない間もますます大繁盛間違いなしっす!」


 二人の熱のこもった声援に、ナトルは思わず俯く。

 しかし、しばらく目を閉じたかとおもうと、再び顔を上げて力強く言葉を発した。


「分かりましたっ! 私でどこまで出来るか正直分かりませんが、少しでもタクミさん、そして『ツバメ』のお役にたてるよう、精いっぱい頑張りますっ」


 しっかりと決意を見せたナトルに、誰からともなく拍手が沸き起こった。

 タクミもまた、激励の拍手を送りながらウンウンと頷く。


「ありがとうございます。出立まではまだ数日ありますので、その間に引き継ぎもさせていただきますね。ちょっと忙しくなりますが、よろしくお願いいたします」


「はいっ! こちらこそよろしくお願いしますっ」


 ようやく元気な声で言葉を返すナトル。

 するとその時、ニャーチがタクミの服の裾をつかんで、見上げるように話しかけてきた。


「ねぇ、ニャーチはどうすればいいのな? 離れ離れはやーなのなよ? ついていってもいいのな? いいよねっ?」


 今にも泣きだしそうな表情で目を潤ませるニャーチ。

 これは、どうやらタクミも予想外だったようだ。

 椅子に腰を掛けるニャーチと視線の高さを合わせるように、タクミがしゃがみこむ。


「うーん、そんなに長い間じゃないけど、それでもダメ?」


「ニャーチはごしゅじんとずっと一緒なのなっ! だから、お出かけするなら一緒にいくのなーっ!」


 フルフルと首を横に振りながら、ニャーチが応える。


「とはいっても、今度はホールの人手が足りなくなるし……」


「あ、そうしたらうちのレイナを手伝わせましょうか? これから寒くなると家の漁仕事も少なくなりますし、ルナちゃんと一緒ならアイツも喜んでやってくれると思うっす」


「そうか、レイナちゃんは良いね。そこのろくでもない兄貴とは違って気立てもいいし、仕事もきちんとやってくれるだろうしねー」


「うっせぇ! 人の妹に色目を使うじゃねえ!」


「ちょっとまて、今の話でどこに色目をつかったってなるんだー?」


 話を脱線させ、いつもの調子で掛け合いを始めるロランドとフィデル。

 間に挟まれていたテオが、まぁまぁと宥めてから、口を開いた。


「タクミさん、ニャーチさんも連れて行ってあげて下さいよ。今日、タクミさんのことを一番心配していたのもニャーチさんでしたし、タクミさんがいない間、誰がニャーチさんを起こしに行けばいいやら……っと、いけねっ!」


 つい余分なことを口走り、慌てて口をふさぐテオ。

 「そんなにねぼすけさんじゃないのなー、たぶん?」と微妙なふくれ方をするニャーチをよそに、ホールが笑いに包まれた。


 ひとしきり笑い声が響いた後、“駅長”がタクミに話しかける。


「まぁ、朝起こしに行くのはともかくとして、ニャーチ殿も連れて行ってあげなされ。タクミ殿もニャーチ殿を置いていくのは心配じゃろうし、それに向こうで一人というのは存外しんどいと思いますぞ? 一人よりも二人が良いというのは、タクミ殿が一番分かっているのではないかね?」


 穏やかな口調ながら真剣みを帯びた“駅長”の言葉に逡巡するタクミ。

 しばらく目を閉じて顎に手を当てて考え込む。

 そして再び目を開くと、うんと一つ頷いてから口を開いた。


「分かりました。それではお言葉に甘えて、ニャーチも一緒に連れていくことにします。その分の人手の段取りはまた調整しましょう。皆様、ニャーチの分も力を借りることになりますが、何卒よろしくお願い申し上げます」


「ありがとなのなっ! ニャーチはいつでもごしゅじんと一緒なのなーっ!」

 

 頭を下げるタクミの横で、ルンルンと踊るニャーチ。

 やっぱりこの二人はこうでなくては……、その場の全員が『ツバメ』を支えてきた二人のために頑張ろうと心の中で誓っていた。

 

 話がまとまったのをみて、全員がほっと気を緩める。

 するとその時、ルナがぽつりと素朴な疑問を漏らした。


「でも、そんなに大きな仕事を任されるってすごいですよね。いったい、どんなところでお仕事するんですっ?」


 純粋な視線で見つめられ、タクミが思わず頬を掻きながら“駅長”へと視線を送る。

 すると、タクミに代わって“駅長”がルナの問いに応えた。


「うむ、実はタクミ殿が向かうのはローゼスシティにある迎賓館(ロイヤルハウス)、タクミ殿はそこで腕を振るってもらうのじゃよ」


「へー、迎賓館……って、そこ、国賓が泊まるところじゃないですかー!?」


 何気なく発せられた“駅長”の言葉に、今日一番の大きな声を響かせるテオであった。


 お読みいただきましてありがとうございました。

 話が思いのほか長くなり、最終的に4パート構成となりました。今話はここまでとなります。

 次回、いよいよタクミとニャーチが『ツバメ』の外に出ます。どんな事態に巻き込まれるのか、是非楽しみにお待ちくださいませ。


 さて、昨日夜より新作『明治あやかし美食奇譚 ~ 鬼姫様はおいしいご飯を所望します』を投稿しております。

 和モノテンプレ企画参戦の三話完結の短い作品、先ほど最終話を投稿させていただきました。

 駅舎とはまた違った『モリモリ食べる系飯テロ』をぜひご堪能ください。


 次回の更新は12/8の予定です。楽しみにお待ちいただけましたら幸いです。


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