52 見守るマスターと日替わりランチ(1/4パート)
本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。
この列車は当駅が終点となります。到着いたしました列車は車庫に入りますので、お手荷物などお忘れ物がございませんよう、ご注意をお願いいたします。
―― なお、喫茶店『ツバメ』は本日も変わらず営業しております。お気軽にお立ち寄りくださいませ。
日が昇るのが遅くなるにつれ、朝方はすっかり肌寒さを感じるようになってきた。
朝日が照らす建物の煙突からは、いつものように少し灰色交じりの煙がモクモクとたなびいている。
青く澄んだ空の下、ガルドは荷台を引かせた馬とともにハーパータウン駅へと続く路を静かに進んでいた。
やがてハーパータウン駅へと到着すると、ガルドはいつものように荷台から大きな木箱を抱え、裏口へと回り込む。
そしてコンコンコンと三度ノックしてから、ガチャリと扉を開いた。
「おぅ、今日の分持ってきたぞー」
「あ、おはようございますっ。今そっちに行きますので、少々お待ちくださーいっ」
「ああ、おはようさん。朝から元気がいいねぇ」
キッチンでせわしく支度をしていたナトルが声をかけると、ガルドも気さくに言葉を返す。
入口に並べた木箱の中身をもう一度確認していると、作業を一段落させたナトルが白い布で手を拭きながらやってきた。
「お待たせしました。こちらが今日の分ですねっ。っと、そういえばマスターは?」
「あ、今ちょっと駅務室の方に行ってまして……、呼んできましょうか?」
「いやいや、急がなくてもいい。すぐ戻ってくるんだろ?」
「ええ、じきに戻ってくるとは思いますが……」
「じゃあ大丈夫。そうしたら、先にコイツらを奥へ運んじまうかな……」
「あ、じゃあお手伝いしますっ」
「いいって嬢ちゃん、これくらい楽勝さ」
野菜や肉、卵、牛乳が入った大きな缶など、『ツバメ』で必要となる新鮮な食材をたっぷりと詰め込んだ木箱を、ガルドは軽々と担ぎ上げる。
そして勝手知ったる様子でキッチンの奥にある食材庫へと向かっていった。
ほどなくしてガルドがキッチンへと戻ってくると、ナトルが小さな鍋を火にかけながら声をかけてきた。
「ありがとうございますっ。今、シナモン・コーヒーをご用意しますので、どうぞ一服してください」
「おお、それはありがたい。いや、さすがに朝は冷えるようになったからな、温かい珈琲はなによりのご馳走だ。いや、ナトルちゃんはよく気が利くなぁ」
「ありがとうございますっ。といっても、これもタクミさんの指示なんですけどね」
温まったコーヒーをカップに注ぎながら、ナトルが舌をペロッとだす。
そのおどけた表情に、ガルドもいかつい顔をほころばせた。
すると、ホール側の入り口から足音が聞こえてくる。
キッチンへとやってきたのは、駅務室へと向かっていたタクミだった。
「ガルドさん、おはようございます。すいません、顔を見せずに失礼いたしました」
「いやいや、かまわんよ。ちょうど嬢ちゃんからコレを頂いてたところさ」
ガルドはそう言葉を返しながら、ナトルから受け取ったカップを掲げる。
「あ、ナトルさんが出してくれたのですね。ありがとうございます」
「いえいえっ。あ、仕度の続きをしなきゃ! すいません、すぐやりますっ」
作業の手を止めていたことを思い出したナトルは、ピョコンと頭を下げてキッチンテーブルへと戻る。
そして再び、包丁を片手に今日の営業のための仕込みに取り掛かった。
「よく働く良い子じゃねえか。ロランドに続く二人目の弟子ってところか?」
「いやいや、私なんて弟子を取る身分じゃないですよ。むしろ、これから少し忙しくなりそうですので、ソフィアさんを通じてナトルさんにご助力をお願いさせて頂いたというのが本当のところです」
「ふーむ。忙しくなるって、また何か始めるのかい?」
「ここで何か始めるわけではないのですが、少々慌ただしくなりそうで。それで、実は、一つご相談したいことがございまして……、まだお時間大丈夫ですか?」
「ほう、お前さんからの相談とは珍しいな。まだ少しなら大丈夫だが?」
「ありがとうございます。では、詳しくは外で……。ナトルさん、仕込みの続き、よろしくお願いしますね。すぐ戻ります」
「あ、は、はーいっ」
茹で上がった卵を水場で冷やしていたナトルが、急に声をかけられて少しビクッとしながらも元気のよい返事を返す。
その返事にコクリと頷きながら、タクミはガルドを連れ立って裏口から外へと出て行った。
―――――
「サバス様、おはようございます。ご注文のモーニングをお持ちいたしました」
オープンして間もなく『ツバメ』へとやってきた常連客の下へ、タクミが『ツバメ』の名物であるモーニングサービスを運んできた。
普段ならこの時間はキッチンで孤軍奮闘しているはずのタクミの姿に、サバスは驚きの表情を見せた。
「おお、タクミ殿。今日はホールかね? 珍しいではないか」
「ええ、たまにはホールに立ってご挨拶させていただこうかなと。ナトルさんがキッチンに入ってくれていますし、今日は私学校がお休みなのでルナちゃんもキッチンでお手伝いしてくれていますので、いっそ向こうは任せてしまおうかと」
「なるほど。それは何よりじゃな。ということは、このモーニングも?」
「ええ、ナトルさんが中心になって仕上げております。それでは、どうぞごゆっくり」
そう言って深々と会釈をするタクミに対し、サバスが目を細めてうんうんと頷く。
テーブルに視線を送ると、そこには厚手の白いカップに注がれたシナモン・コーヒーとモーニングサービスが並べられていた。
(ほう、今日は少し趣が違いますな)
今日のモーニングサービスは、仕切りが付いた木製のプレート皿の上に並べて提供されている。
軽くトーストされたマイスブレッドとゆで卵はいつもと同じ。
そして普段であれば付け合せにレチューガやレポーリョといった葉物野菜のサラダが添えられている所であるが、今日はその代わりとして小さなガラスの器が二つ添えられていた。
そのうちの片方に入っているのは黄色がかったペースト状の塊。
その中には薄くスライスされたセボーリャと刻んだトシーノが入っているようだ。
小さな茶色の粒は、恐らくモスターサのものであろう。
(ふむ、こちらはタクミ殿が作るパタータサラダにも似ておりますが……)
器の中身をしばし観察してから、フォークで一掬いして口へと運ぶ。
すると、予想していたのとは異なる思いがけない味わいに、サバスの眉がピクリと動いた。
(なんと! 甘いとな!?)
黄色のペーストの正体はカモテであった。
おそらくはじっくりと熱を加えたのであろう。カモテから引き出された自然な甘さが口の中に広がっていく。
そこに、十分に炒められたトシーノの塩味や旨味と、まだシャキシャキとした歯ごたえを残しているセボーリャの甘みが加わり、風味豊かな味わいが生まれていた。
少し酸味を伴ったモスターサの辛みや、粗挽きの黒胡椒のパリッとした辛さもまた、単体では甘くなりがちなカモテの味わいを引き立てる良いアクセントとなっている。
全体が少しだけ白っぽく見えるのは、恐らくタクミが得意とするコクとまろやかさを持った白いソース ―― マヨネーズが入れられているのであろう。
ともすればバラバラになりがちな個性あふれる味わいを、一つにまとめ上げていた。
(なるほど、これはなかなかに美味です。それぞれの取り合わせがとても面白いですな)
うんうんと頷きながら、一口ずつカモテサラダを食べ進めていくサバス。
その時、ふと手元に置いてあったマイスブレッドが目に入った。
サバスはうんと一つ頷くと、香ばしく焼き上げられたマイスブレッドを半分ほど千切り、カモテサラダを載せる。
そしてフォークで少し押さえて食べやすく整えた後、そのままパクリとかぶりついた。
(うむ! やはり、これも美味い!)
マイスブレッドのパリッとした食感と、カモテのねっとりとした舌触り、そしてセボーリャのシャキシャキとした歯ごたえが一体となり、素晴らしいハーモニーを奏でている。
味わいの方でも、マイスブレッドの香ばしさと表面に塗られたバターの豊かな風味が加わり、いっそう美味しさが増している。
何より、カモテとバターはもともと相性が良い食材。お互いに引き立てあうことは自明のことであった。
(それにしても、今日はまた違った面白さがありますな……)
旬のカモテを中心としつつ、生セボーリャのスライス、それにモスターサや粗挽き胡椒という、個性が強い食材を上手にまとめ、タクミが作る普段のモーニングを踏襲しながらも、しっかりと個性を感じさせる一品に仕上がっている。
まさに“顔”の見える料理だ。
カモテサラダを載せたトーストを少しずつ食べながら、ソフィアの屋敷で初めて会った時から比べて大きく成長した少女の顔を思い浮かべていた。
(と、なると、こちらも楽しみになりますが……)
トーストやゆで卵とともにカモテサラダを食べ終えたサバスは、最後に残しておいたもう一つのガラスの器を手元に寄せる。
真っ白なソースが掛けられているのは、一口大に切られたプラタナだ。
プラタナの一つを白いソースごとスプーンで掬い、ゆっくりと口元へと運ぶ。
(ほほー、これはまた面白い取り合わせですな)
サバスの顔が再び綻ぶ。
プラタナの上にかけらえていたのはヨーグルトであった。
プラタナが持つしっとりとした甘さは食べごたえと満足感をしっかりと感じさせる。
やや酸味が強めなヨーグルトの味わいは朝の気だるさを完全に吹き飛ばしてくれるようだ。
朝のデザートとしてふさわしい一品を最後の一掬いまで堪能したところに、再びタクミが姿を見せた。
「珈琲のお代わりはいかがでしょうか?」
「ああ、頂こうかな。いや、今日のモーニングも、なかなかに旨かったですぞ」
「それは何よりのお言葉、ありがとうございます。きっとナトルさんも喜ぶことでしょう」
軽く会釈をするタクミ。その表情は、いつも以上ににこやかな笑顔だ。
サバスは、タクミが注いでくれた新しいシナモン・コーヒーを一口含むと、胸元から葉巻を取り出し、おもむろに火をつける。
そして、ゆっくりと一服した後、再びタクミに話しかけた。
「この分であれば、予定通り行きそうですかな?」
サバスの問いかけに、タクミはゆっくりと頷く。
「今の段階では“7割程度は大丈夫”といったところですね。青信号にするためにはもう少し見定める必要があるかと存じます」
今度はサバスがその言葉をかみしめるような表情を見せる。
再び紫煙をくゆらせてから、おもむろに口を開いた。
「“駅長”殿もソフィア殿も、タクミ殿の力を見込んでおります。無論、この私も同様です。ご心配は尽きないことかと思いますが、良い結論が出るよう期待しておりますぞ。」
「かしこまりました。出来るだけ早く、お答えを返せるようにいたします」
深々と頭を下げるタクミ。
その姿に、サバスはいつになく鋭い眼差しを送っていた。
※第2パートに続きます。次回は11/18(金)の更新予定です。
※小説家になろう公式生放送<なろうラジオ>にゲスト出演させて頂くことになりました!
放映は11/12(土) 19:30~ の予定。詳細は活動報告にてご確認ください!
※本作の書籍版が「ライトノベルオンラインアワード 2016年9月刊 新作部門」にてランクインさせていただきました! ご声援ありがとうございます!