51 修行に来た少女と秋の味覚(2/2パート)
※前パートからの続きです
「ふぅ、お待たせしました。じゃあ、ロランドさん、お手数をおかけしますけどよろしくお願いしますっ」
二階の部屋に荷物を運んだナトルが、再びキッチンへと戻ってきた。
着替えを済ませたナトルは、濃い緑色の仕事着に大き目の白いキャップ、そしてかわいらしいフリルが付いた白色のエプロンを腰に纏っている。
ソフィアの下で働いている時と同じ、身に馴染んだスタイルだ。
伝統的な使用人スタイルを彷彿とさせるその姿にロランドは少々驚きながらも、ナトルに言葉を返す。
「こっちこそよろしくお願いっす! さて、何からやったらいいっすかね?」
「えっと、そうですね……、そうしたら最初にカスターニャを剥くのをやっちゃいましょう!」
「さっきの箱のやつっすね! 食料庫に運んであるので取ってくるっす!」
「あ、そうしたら私も一緒に行きます。 明日から一緒に働きますので、どこに何が置いてあるのか場所を覚えないといけないですしねっ」
「そっか、それもそうっすね。じゃ、こっちへお願いするっす!」
そう言って、ロランドはナトルを食料庫へと案内する。
ほどなくして、二人は両手一杯の食材を木箱に入れてキッチンへと戻ってきた。
ナトルは、キッチンテーブルの上に食材を入れた大きな箱を載せると、ふぅと息をつく。
「ありがとうございます。じゃあ、さっそくこのカスターニャの皮剥いちゃいましょう!」
「了解っす。渋皮も剥いて大丈夫っすか?」
「ええ、量も多いので少し厚めに剥いて渋皮ごと剥いちゃいましょうっ。 あと、剥いたのは水につけておきたいんですけど……」
「そしたらこのボウルを使ってくださいっす。お水はそっちのが料理用のきれいな水っす」
「こっちのお水ですね。じゃ、お借りします」
ボウルを受け取ったナトルは、早速水を汲み入れる。
何とも楽しげな様子で準備を進めるナトルの様子に、ロランドもまた釣られて楽しげな表情を見せていた。
前準備を終えた二人は、早速カスターニャの皮剥きに取り掛かる。
中央に置かれたカスターニャは二人の手によって次々と皮が剥かれ、水を張ったボウルの中へと入れられていった。
真剣な表情ながら、どこか楽しげに皮剥きを進めるナトル。
一方、テーブルを挟んだ反対側で同じく皮剥きをしていたロランドは、若干額に汗をにじませている。
(め、めっちゃ早いっす……)
ロランドの額の汗の理由、それはナトルの皮剥きの速さにあった。
『ツバメ』での修行の日々を通じて、ロランドも包丁さばきの腕をめきめきと上達を指せている。
特に、皮剥きに関して言えば、師匠であるタクミよりも手際よくできると自負しているところすらあった。(ただし、これはタクミが皮剥きをあまり得てとしていないところも大きいのだが……)
しかし、ナトルのペースは、それをはるかに上回っている。
ロランドが一つ皮を剥いている間に、ナトルは二つ剥き終えているという、にわかには信じがたいものであった。
カスターニャを扱った経験の差があるとはいえ、余り大きな差をつけられてしまうと格好がつかない ―― “ツバメの二番手”としてプライドが、ロランドを焦らせる。
そして、もっと早くしようとしたその時、包丁の刃先が鬼皮を滑ってしまった。
「とわたっ!!」
「きゃっ! だ、大丈夫ですかっ?」
ロランドの声に、ナトルが慌てて手を止める。
幸い、刃先はロランドの左手親指をかすめた程度、傷や出血に至ることは無かったようだ。
「っと大丈夫っす。驚かせて申し訳ないっす」
「焦らなくていいですからね。けがをしたら大変ですっ。さて、もう一息ですのでやっちゃいましょうか」
「ういっす」
ややトーンを低めて応えるロランド。
ついムキになってしまったのを反省しつつも、やはり心のどこかにはくやしさが滲んでしまう。
しかし、そのことが怪我に繋がってしまえば一大事である。
ロランドは、ふーっと一つ息を吐くと、再び作業に集中していった。
―――――
「こっち、野菜刻むの終わりましたーっ」
「ありがとうございます。じゃあ、それは、さっき叩いておいた豚の端肉と合わせてチャンピニョンに詰めちゃってください。こちらのアクとりが終わったら、お手伝いに行きますっ」
「了解っすー。そうだ、ブロクリも茹で始めていいっすか?」
「はーいっ。トマトのカットお願いしまーすっ」
今日初めて一緒に料理をするナトルとロランド。
最初こそ不慣れなキッチンにナトルが戸惑ったり、妙な対抗心でロランドが焦ったりしていたものの、やがてペースをつかんだ二人は、言葉をかけないながら順調に料理を進めていった。
そして少し落ち着きを見せ始めたキッチンの裏口がコンコンと鳴らされる。
扉から入ってきたのは“駅長代理”の仕事を済ませたタクミであった。
「お疲れ様です。進み具合はいかがですか?」
「あ、お疲れ様っすーっ! いやー、ナトルさんが手早くて、すごいっすよー!」
「そんなそんな……。ロランドさんが先を読んでいろいろやってくれて助かってます。あ、そっちの粉チーズと香辛料も入れちゃってくださいっ」
自分の作業を続けながらも、ナトルはロランドの作業の進み具合を確認し、テキパキと指示を出す。
言葉こそ謙遜をしているものの、その姿は自信にあふれたものだ。
はじめてこの駅舎にやってきた来た時のオドオドした様子は、もはや微塵も感じさせなかった。
(ソフィアさんの下で、とてもいい修行を積むことができたようですね)
彼女の成長したその姿に、タクミは笑顔でウンウンと頷いた。
「では、こちらはお任せしますね。ロランドはこのままナトルさんのサポートをお願いします」
「ういっす! 任せておいてくださいっす!」
「あと三十分ぐらいで完成ですので、皆さんにもそう伝えて下さーいっ」
二人から返ってきた小気味良い言葉に力強く頷きながら、タクミはホールへと向かっていった。
―――
ランプが灯された『ツバメ』のホールでは、白い布をかぶせたテーブルを囲むように駅舎メンバーが勢ぞろいしていた。
ナトルとロランドが作った料理が並べられると、早速テオが歓声を上げる。
「おーっ! これはまたすっごいご馳走ですねー!」
「ホント、おいしそうですーっ! 私、カスターニャが入ったスープなんて初めてですっ」
テオに続けて喜びの声を上げたのは、ルナであった。
普段とは少し趣が違う料理の数々に、彼女の目は爛々と輝いている。
「さすがはナトルさん。あのソフィアさんの下で鍛えられているだけあって、すっごい料理の腕前ですね! そこのデカウサギがかえって邪魔だったんじゃないです?」
「うっせぇぞチビギツネ! テメェはそれしかねえのか!」
いつもの調子でやりとりをする少年二人。
歯をむき出しにしてイーッといがみ合う二人を見て、ナトルが慌ててフォローに入る。
「い、いえいえ、ロランドさんのおかげで不慣れなキッチンでもスムーズに料理をすることが出来ましたよっ。ロランドさん、ありがとうございますっ」
「あざーっす。ほら、ちゃんと役に立ってんだろ?」
「まぁ、今日のところはそう見たいだなっ。明日からも足引っ張るんじゃねえぞ!」
二人が再びイーッといがみ合っていると、そこにキッチンに残っていたタクミが手を拭きながらやってきた。
いつもの様子に、タクミは二人をたしなめる。
「はいはい、仲良く喧嘩するのはその辺にして、温かいうちに頂きましょう。では、ナトルさんはそちらの席へどうぞ」
「あ、は、はいっ!」
ナトルが席に着くと、それと入れ替わるかのようにしてニャーチがすくっと立ちあがった。
ニャーチはすうっと息を吸うと、ナトルににこっと微笑んでから、目の前に置かれたグラスをかかげる。
「そしたら、ニャーチがかんぱいの音頭をとるのなっ! ナトルちゃん、改めてよろしくなのなーっ! それじゃあ、かんぱーいっ!」
「「「「「「かんぱーいっ」」」」」」
ニャーチの合図でテーブルを囲む全員がグラスをかかげ、そして口をつけた。
大人たちのグラスに注がれているのは白いスパークリングワイン、子供たちには白いウーバのジュースを炭酸水で割ったものだ。
しゅわしゅわと爽やかかな泡立ちが、口の中に広がる。
それぞれに乾杯のドリンクを一口味わうと、誰からともなく拍手が沸き起こった。
「さて、じゃあ早速……」
テオが最初に手を伸ばしたのは鶏とカスターニャのスープ、今日のメインディッシュである。
見たところ、鶏肉は手羽元の部分を使っているようだ。
一緒に入っているのは、やや大ぶりに刻まされたセボーリャとサナオリア、そしてカスターニャ。
透き通ったセボーリャに、鮮やかな橙色のサナオリア、そして黄色く染まったカスターニャが何とも美味しそうな彩りとなっていた。
テオはまずは目で堪能してから、スプーンでスープを一掬いし、ゆっくりと舌の上を転がすように味わう。
塩味のシンプルなスープ、しかしながらとても滋味深い味わいだ
続いて鶏肉にスプーンを差し込んでみると、いとも簡単に骨からホロリと身が外れる。
じっくり丁寧に煮込まれていなければこうはならないだろう。
スープの美味しさをたっぷりと含んだ鶏肉が口の中でホロホロと解けるとともに、旨みが口の中いっぱいに広がっていく。
そして驚くべきはカスターニャである。
ホッコリとした食感に仕上がっているカスターニャと、鶏の旨味がたっぷり出ているこのスープの組み合わせが、想像以上に抜群だったのだ。
少し塩味の効いたスープの味わいがカスターニャの素朴な甘味を引き立て、また、カスターニャの甘味が、スープに深みをもたらしている。
もちろん、トロトロに煮込まれたセボーリャやホクホクのサナオリアも大変素晴らしい美味しさだ。
テオは、あっという間にスープを平らげると、顔を綻ばせながらうんうんと頷いた。
「んー、これはとっても優しい味わいですね。とっても美味しいです」
「あ、ありがとうございます! 本当に、お口に合いましたですか?」
「もちろんですよ。このスープの優しさ、ナトルさんの人柄が現れているようです」
「そ、そんなっ……」
テオからかけられた賛辞に、普段褒められ慣れていないナトルが思わず頬を染める。
その素直で素朴な反応に、テオもついどぎまぎしてしまう。
続いて歓声を上げたのは、テオの隣に座っていたフィデルだ。
「こっちのチャンピニョンの肉詰めもすごいっすよ! お肉もたっぷりで、それに上に載ったチーズがトローッとして、めっちゃうまいです!」
テオは、大きなチャンピニオンの肉詰めにナイフを入れ、大きな口で頬張っていく。
今日の肉詰めに使われているチャンピニョンはカスターニャとともに運んできたもの。
手のひらほどもある大きなチャンピニョンの裏側に、刻んだセボーリャを混ぜ込んだひき肉をたっぷりの詰め、上にチーズをのせてオーブンでじっくりと焼き上げた一品だ。
それに添えてあるのは、焼き上げる際に皿の上に流れ出た肉汁にトマトケチャップと赤ワインを合わせて作った特製のソース。
トマトケチャップの風味豊かな味わいに肉汁のコクと赤ワインの深みが加わり、絶妙な味わいとなっていた。
ニコニコとしながらナトルに感動を伝えようとするフィデル。
しかし、それに対する言葉は別の場所から返ってきた。
「あ、それ俺が作った奴だ。どうだ、旨いだろーっ!」
「うっせえ、お前には話してねーんだよっ! そもそもお前が作ったっていっても、レシピはナトルさんのなんだろ? だったら、それはナトルさんのレシピが良かったってことじゃねえか。ね、ナトルさん、そうですよね?」
再び話かけられたナトルは、慌てた様子で首をふるふると横に振る。
「そ、そんな……、ロランドさんが手際よくやってくれたので、こうしておいしく出来たんです。私なんて、ただこんなのがあるよって伝えただけですし……」
「うーん、そこまで謙遜することはないっすよー。確かにナトルさんのレシピが良かったから、美味しく出来たんですしね。いや、勉強になったっす」
余りに恐縮するナトルの様子に、ロランドが慌ててフォローを入れた。
一方のフィデルはいつもの調子が通じず、なんともバツが悪そうな表情となる。
苦い表情を見せながら頭を下げると、チャンピニオンの肉詰めをぱくりとかぶりついた。
「それより、こっちのブロクリも美味しいですよーっ。この中に入ってるのって、タクミさんがよく料理に使う“ツナ”ですよね?」
続いて声を上げたのはルナ。
彼女はブロクリの塩ゆでに、たっぷりと白いソースをつけて頬張っていた。
マヨネーズをベースに、に刻んだ茹で卵と細かくフレークにした“ツナ”が合わせられている。
濃い緑に染まった瑞々しいブロクリに、白いソースのコクのある味わい、そして“ツナ”の旨味が重なったその味わいに、ルナはすっかり虜になっていた。
ナトルがニコニコと微笑みながらありがとう、と話していると、ロランドが会話に入ってくる。
「ルナちゃん、実はその“ツナ”もナトルさんが作ってきたやつっすよ?」
「えーっ! ナトルさんも“ツナ”を作れるんですかっ?」
ロランドから返された答えに、ルナが驚いて目を見開きながらナトルの方へと振り向く。
見つめられたナトルは、再び頬を染めながら、うんと小さく頷いた。
「実は初めてこの駅舎に来た時に、タクミさんに“ツナ”を食べさせてもらったんです。で、その時の“ツナ”のことが忘れられなくて、頑張って作ってみたんです。ただ、ボニートの良いのが手に入らなかったので、アトゥーンの若魚を使ってるんですけどね」
「再現できちゃうなんてすごいですっ! ナトルさん! ここにいる間、私にも料理一杯教えてくださいっ!」
「ええ、私でよければ何でも聞いてくださいね」
目をキラキラと輝かせるルナ。
その親しみを込めた視線は、ナトルにまるで妹ができたような気分を感じさせるものであった。
ニャーチもまた、ナトルの料理を満面の笑みで堪能している。
「どれもとってもおいしいのにゃっ! ナトルちゃん、腕がめきめきなのなっ!」
「それを言うなら、腕をめきめきと上げている、でしょ?」
「そうともいうのなっ! まぁ、細かいことは気にしちゃいけないのなっ?」
腕がめきめきだと折れてるよね……、と心の中で苦笑いするタクミ。
しかし、言葉選びはともかく、タクミもニャーチと意見を同じくしていた。
ナトルの料理を食べたのは随分久しぶりだったが、どれもこのまま『ツバメ』のメニューに加えてもいいと思えるほどの出来栄えだ。
そして、何よりも感心したのが、今日のメニューの組み立てである。
メインディッシュである鶏とカスターニャのスープは、故郷の味であるとナトル自身が説明をしていた。
そして、サイドの二品である、チャンピニョンの肉詰めとツナマヨネーズで頂くブロクリには、ナトルが初めてこの駅舎にやって来た時に供した料理を思い起こさせるものだ。
(なるほど、そういうことですね……)
三品の料理から、ナトルの想いを組み取ったタクミは、フォークとナイフを置いて、ナトルに視線を送る。
「ナトルさんの“原点”の料理、存分に堪能させて頂きました。どれもとても美味しかったですよ。ごちそうさまでした」
「……!! あ、ありがとうございますっ!」
その短い言葉の中に込められたタクミからの最大級の賛辞に、満面の笑みを浮かべるナトルであった。
お読みいただきましてありがとうございました。
ナトルが初めて駅舎を訪れた際のお話は第一話に掲載しておりますので、まだお読みで無い方はご覧いただければ幸いです。
ちなみに、書籍版にも大幅改稿の収録されていますので、こちらと比べながらお読みいただても楽しんでいただけるかと存じます。
さて、1点お知らせです。
既に各所で告知されておりますが、この度「小説家になろう公式生放送」に出演させて頂くことになりました。
放送は 11/12(土) 19:30~の予定。 詳しくは、なろうラジオ公式サイト、若しくは活動報告をご覧ください。
次回の更新は11/8の予定です。楽しみにお待ちいただけましたら幸いです。